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仙石線乗車記1(205系マンガッタンライナー)

特急ひたち3号に乗車して12:31に終点仙台に到着、すぐに西口改札を出て、仙石線の始発駅、あおば通まで一駅分歩きます。迷う事なくすぐに着きまして、予定していた12:50発の高城町行には余裕で間に合いそうです。

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地下ホームに降りると、電車はマンガッタンライナーに当たりました。マンガの街・石巻市のPRのために誕生した息の長いラッピング車ですが、石巻への観光客輸送は仙石東北ラインのハイブリッド車がメインとなりましたので、その任務を解かれる日も近いかもしれません。

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あんまり漫画を読まない子でしたので(好きな書物は時刻表と地図帳…)、大きな感動はないのですが、小学生時代に萌えを感じた003はこんな感じだったっけ?それとゴレンジャーも石ノ森章太郎原作だったんだ。

車内はガラガラ、運転室後ろ右端の窓に張り付いてかぶりつきをしたいところですが、先客がいましたので、座席に座ります。乗車した編成の石巻側の先頭車は、クロスシートとロングシートの切替が出来る2WAYシートで、座り心地がちょっといいのですが、ロングシートに固定された状態なので外の景色は見にくい。

それでは定刻に出発。ここ、あおば通から仙台までの0.5kmが、2000年3月に延伸した区間でして、今回の旅行で唯一純粋な初乗車となる区間です。電車は地下をのったり走って、あっという間に仙台駅に到着しました。仙石線の仙台駅とあおば通駅の関係は、多摩モノレールの立川風にすると、仙台駅は仙台東駅、あおば通駅は仙台西駅といった感じでしょうか。

仙台では沢山乗ってきます。先頭車の一番前のドア付近だけが特に混んでいる状態で、この先改札や跨線橋が石巻側ホーム端部にある駅が多いようです。なんだか元私鉄っぽくていいなぁ。

仙台出発、ここからも前回来た時は地上時代だったので、乗りつぶし地図は赤く塗りつぶしてますが、実際は初めて乗る区間です。仙台の次はつつじが丘駅で、乗客はここでも増えます。ここは駅名から地下化された時に出来た新しい駅だろうと思ったのですが、実は大正時代からある駅で、「榴ケ岡」なんて難しい漢字で書きます。次が宮城野原で、ここでもたくさん乗ってきますので、まだまだ仙台中心部のようです。そして楽天ゴールデンイーグルスの本拠地のようです。

陸前原ノ町に着きます。ここはかつて陸前原ノ町電車区があり、高校1年生の夏休み(1983年になるんだ)に、旧型国電72系電車に103系高運転台車のボディーを載せ替えた、モハ72形970番台・クハ79形600番台を見に降りてます。その後野蒜に向かう快速でも、この電車に当たりました。それが1985年に高性能化されて川越線103系3000番台の3連に生まれ変わり、さらに余ったモハがサハ103 3000番台となって地元の青梅線に転属。72系電車が、台枠だけですが8年ぶりに青梅線に帰ってくるという、まさかの展開に心が熱くなったのを思い出します。その後、1996年八高線南部電化時に仙石線時代の4両編成に組み直され、2005年まで走ったんだから凄いもんです。

地上に出ます。次の苦竹は、私鉄っぽい雰囲気の高架駅。そして左手には東北新幹線の高架がすぐ近くに見えます。ここでも仙石線はこんな近くを走っていたんだ。今度東北新幹線に乗るときは、上から仙石線が見えるか注視してみよう。次は小鶴新田、京急の小島新田と鶴見線の鶴見小野が、ごっちゃになって出てきたみたいな駅名です。

沿線に農地が見えて宮城野信号場のポイントを通過し、左手に仙台車両センター宮城野派出所が広がります。205系3100番台が何本も休んでいますが、この先首都圏のE231系の余剰車が大量に出そうですので、この電車もそろそろ引退でしょうか。

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福田町と陸前高砂で、密だった一番前のドア付近の乗客がみんな降ります。さぁかぶりつきです。大きな曲面ガラスの前面窓ですが、機器類がたくさんあって、眺望はあまりよくありません。

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折返し列車の設定がある多賀城に到着。2012年に高架化されたんだそう。

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南武線の駅みたいな雰囲気の下馬。ここで空は明るいのに雪がぱらついてきました。今日の天気予報では太平洋側は晴れだったのですが、この先心配です。

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高架の本塩釜駅に着きます。この路線には1983年と1998年頃の2回乗車しつつ、車窓がどうだったか全く覚えていなかったのですが、やっと記憶にある光景が出てきました。

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塩釜港を右に見た後に、折返し列車が多数設定される東塩釜に着きます。

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東塩釜駅の先はシーサースクロッシング、何故か右に進み、左は行き止まりの引き上げ線で、ここからは単線だったのでした…、という展開も私鉄っぽさ全開です。

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海岸に出ます。右手は日本三景の松島ですが、それよりももっと面白い仙石線最大の見どころが始まります。

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左手に東北本線、ちょうどEH500の牽く貨物列車が後ろから追い越してゆきます。

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浜田とだけ書かれた陸前浜田に到着します。

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陸前浜田を出発します。前方のトンネルで東北本線の下をくぐります。

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ただの藪の中ですが、実は東北本線の山側を走っているという驚きの個所になります。

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時刻表の索引地図だとここ。どうしてこうなっているんだろうと、事情を知らなければ誰もが疑問に思う個所です。これは今よりもっと極端な描かれ方をしていた昔(1988年)のJTB時刻表の索引地図になります。ここが仙石線が宮城電気鉄道であった一番の名残りでしょうか。先に線路が敷かれたのは、こちら仙石線の方なのですが、力の強い東北本線に屈した形で、索引地図上の線路はねじ曲げられてしまっています。

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今度は東北本線の上を跨いで(右側車窓を注視してれば見えそうですが今回は見落とし)、海側に戻って松島海岸に到着。スーツケースを引いた観光客が何名か降ります。

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松島海岸を出れば再び東北本線が左手に近づいてきます。

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左に2015年に開業した0.3kmの仙石線・東北本線接続線が見えます。暗くなる時間ですが、帰りにここを通って乗りつぶしとしますのでしっかり見ておこう。

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架線の張られていない仙石線・東北本線接続線とつながります。ここは、線路は簡単に繋げられそうですが、架線が不要で電車だか気動車だか今だに分類がはっきりしない鉄道車両の登場のおかげで出来た路線かと思います。あと10年したら、かつての栗原電鉄のように、電化設備を撤去する路線がいくつも出てくることでしょう。

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13:34、終点の高城町に着きます。

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構内踏切に駅員さんのいる可愛らしい駅舎、折返し電車の設定があるのに、こんなに私鉄らしい小さな駅だったんだ。

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ホームは4両編成ギリギリの長さで、石巻側の電車の顔は撮れません。帰って知るのですが、ここで折返す電車が設定されたのは、仙石東北ラインの運行が始まってから。

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205系を観察して時間をつぶします。モハ205 3102はモハ205 56だったのか、こういう発見は心ときめいてしまいます。

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車内の銘版は、昭和60年・東急車輛、平成14年・郡山工場。大体ですが、山手線で17年、仙石線で18年走ったことになります。2代先輩のモハ72形970番台・クハ79形600番台が、仙石線を去る時、72系として製造されてから32年目だったので、それよりも長い活躍をしていることになります。

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こちらが石巻側先頭車の2WAYシート。仙石線全17編成のうち5編成がこの座席のようですが、今はロングシート状態に固定されてしまっています。

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6分後に折返して仙台に戻るのを見送ります。やっと見れた石巻側の顔ですが、このキャラクターは私知らないです。

(乗車は2020年12月)

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仙石線乗車記2(HB-E210系ハイブリッド車)

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仙石線経由で高城町に着き、次は15分の接続時間で13:49発の石巻行仙石東北ライン快速に乗車します。ちなみに乗ってきた仙石線各駅停車は仙台から高城町まで44分かかったのに対し、この仙石東北ライン快速は28分、朝夕の東北本線内塩釜のみ停車の快速だと最速21分という次元の違う俊足ぶりを発揮します。

かぶりつき場所も確保出来て、さぁ出発です。このハイブリッド車とやらは、一体どんな音を出すのかというと、最初の走り出しはE233系のような静かなモーター音ですが、ちょっとするとゴーーっとバーナーに点火したかのようなエンジン音がします。そして加速すればエンジンの音も変調。走りも滑らかで速いし、205系がいかに草臥れた古い電車であったことを実感せずにはいられません。

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手樽、陸前富山と1面1線の駅を二つ通過しますと、松島湾に出ます。

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雪が舞う中、陸前大塚を通過。

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ここからは新線になり、山側の高台に登って行きます。震災前の旧線は海岸線に沿って右にカーブしていました。

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東名を通過。

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高台に移転した新しい野蒜駅に着きます。1983年の高校1年生の夏休み旅行では、昔の野蒜駅で降り、海岸近くにあったユースホステルに初めて宿泊するという経験をした、思い出深い場所なのですが、すべて津波で流されてしまったようです。

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平野部に出ます。建物がほとんど無いので、この辺りも被害が大きかったのでしょうか。

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新しいコンクリート橋で成瀬川を渡ります。

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陸前小野に停車します。ここで震災後に付け替えられた新線区間は終わります。ここからはほとんどの駅に停車して進みます。矢本では、中途半端な時間にも関わらず何故か若い女性が沢山降りたのですが何があるんでしょう。

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陸前赤井でハイブリット車の仙石東北ライン快速と交換。新技術だ!地球にやさしいだ!ともてはやされるハイブリット車ですが、製作費が高くてメンテナンスの手間も大きいからか、まだ大量に製造されるには至っていません。このHB-E210系は僅か16両の製造で4両編成が4編成分しかありません。ハイブリット車の元祖ともいえる小海線のキハE200形は僅か3両で、早めに乗車しておいた方がいい車両の一つかもしれません。

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石巻の一つ手前の陸前山下に着きます。右の線路は製紙工場に繋がる貨物専用線。

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そろそろ終点の石巻です。左から石巻線が近づいてきます。前方に大きな商業ビルみたいのが見え、栄えているんだなぁと思いましたが、これは病院みたい。

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この渡り線は貨物列車と女川に直通する仙石東北ラインが走る線。

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石巻駅が見えてきました。

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石巻と言えば、漫画でも焼きそばでもなく、石巻線の紙輸送コンテナ貨物列車でして、最後の活躍をするDE10の姿が見えるかと期待しますが、いたのはDD200 8でした。初めて見ましたが、「愛」の札を入れてますので今も所属は愛知のようです。日本全国どこでも見られたDE10も、そろそろお別れの時期が近付いてきたようです。それよりも鉄道における紙の輸送がいつまで続くかも気になるところです。新聞も読まなくなりましたし本も滅多に買うことがなくなり、トイレットペーパーも温水便座のおかげでほとんど使わなくなりました。そしてコロナの影響もあり、最近は仕事での紙の使用量が激減しています。

(乗車は2020年12月)

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石巻線末端部の乗車と女川駅

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仙石東北ライン快速で石巻に到着し、4分の接続時間で次に乗車するのは、14:21発石巻線の女川行になります。車両は、“奥の細道”の黄帯ですので陸羽西線用キハ110のようです。小牛田側キハ110-244は、最上川を眺めるための一人掛け回転クロスシートの装備車だったようですが、気付かずに普通の石巻側先頭車に乗ってしまいました。

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先頭車でかぶりつきです。運転室上の運賃表は、震災前の気仙沼まで通じていた時代の気仙沼線全駅が掲載されていました。出発してしばらくして旧北上川を渡ります。

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陸前稲井~渡波間の直線区間を進みます。

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沢田~浦宿間は万石浦に沿って走ります。ここも海に繋がっていますので津波と地盤沈下の被害を受け、震災から2年間不通だった区間になります。20年以上前に乗った路線ですが、仙石線と同じように全く覚えておらず、初めて見る神秘的な風景に、なんだか癒されます。

浦宿から女川まで2.3kmは、震災後に新線に付け替えられた区間となっていますが、しばらくは昔のままの路盤を走り、その後太平洋側に抜けるトンネルに入ります。

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トンネルを出ると真新しい嵩上げされた造成地になります。ここが新線になるのか。ここをほんの数100m走ると、終点女川駅が見えてきました。

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14:46、終点女川に到着しました。

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女川で時間を潰し、1時間39分後の列車で帰る予定ですが、雪がまた降ってきました。傘持って来なかったし、時折強く吹く風がとても冷えるし…、もう9分後の14:55発で帰っちゃおうかな、と一瞬思いましたが、それでは女川に失礼です。改札を出て、パーカーのフードを被って海に向かって歩きます。

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振り返って見る新しい女川駅です。震災で流され、200m内陸側の嵩上げされた土地に作られました。上には温泉施設が入ってます。

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新しく整備された商店街のシーパルピアを抜けると、港が見えてきました。それとちょっと晴れてきた。

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この緑の壁のモニュメントはなんだろう?

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裏側に回ってみてビックリ!なんと!鉄筋コンクリート造2階建の建物が津波でひっくり返ってしまったんだ。旧女川交番だそうで、この状態になりながらも建物はほぼ原型を保っているのがすごい。杭はこんな風に折れてしまうのか。津波の威力に鳥肌が立ちます。緑の壁に見えたのは、屋上のアスファルト防水だったのか。

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海にたどり着きました。20年前に来た時も、ここに来て写真を1枚撮っていたはず。

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探してみたら出てきました。標準レンズで撮っているので全体がわからず、出すほどの写真ではありませんが載せておきます。この頃は鉄道旅行にカメラを持っていかない、持って行ってもほとんど撮らないという時期でして、この時の旅行では仙台に着いて駅構内東側いた715系1000番台の形式写真4枚と、この女川での1枚、計5回しかシャッターを押していません。

女川駅周辺については 、1時間半時間をつぶすので、ちょっと調べて来たのですが、震災後に出来た駅前商店街のシーパルピア女川に、海鮮丼で有名なお店があるらしい。そこで行ってみたのですが、観光シーズンでない今の時期の平日は、残念ながら15時閉店で、もう閉まっていました。しかし魚屋さんとしてはまだ営業していましたので覗いてみると、握り寿司のパックが売っています。しかも地魚6貫600円が半額ときた。早速買ってイートインコーナーみたいなところで一人で食べます。ネタの大きさは100円均一の回転寿司の3~5倍あろうかというもので、定価の600円でも破格の値段と言えそうなもの、そして感動するぐらいに美味しい…ことに間違いはないのですが、お寿司は冷え切った体で食べるものではありません。特急ひたちで飲まなかったこれまた冷え切ったお茶で胃の中に流し込みます。なんだか悲しくなってきます。こういう時は横に温かいきつねうどんでもあればいいんだけど…。駅だとどこがいいだろう、出汁の旨味たっぷりの岡山の吉備うどん、おろし生姜をたっぷり入れた相鉄の星のうどんなんか最高だよな。

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冷え切った体のまま、お店の外に出れば雪がまた降ってきました。寒い寒い、そうだ!駅の温泉にでもちょっと入ろう。

いつも温泉に入れそうな旅行の時はタオルを持参しますが、今回は予定していなかったのでタオルを購入して入ります。お風呂は小さいですが誰もおらず貸切でした。列車の時刻ギリギリまで温泉を楽しんで出ます。売店でビールを買って石巻線での飲もうか…、やっぱり止めておきます。赤の他人と向かい合わせになるボックスシートで、マスクを外してビールを飲むなんてことが許される時代は、もう終わりました。

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さて帰ります。16:25発の小牛田行は、2両で10名程しか乗っておらずガラガラ。やっぱりビール買っておけばよかった。しかし渡波で高校生がドッと乗車し、全ての座席が埋まり立ち席が出るほどの満員になります。やっぱりビール買わなくてよかった。

16:50に石巻着、次は16:55発の仙石東北ライン快速の仙台行に乗り換えます。窓際の席は空いておらず、ボックスシートの通路側に座ります。これからは向かい合わせとなるボックスシートは、転換クロスシートやロングシートに改造されそうな気がします。初めての乗車となる仙石線から東北本線への連絡線は、外が真っ暗で何も見れませんでしたが、減速して編成をクネクネさせて通過です。

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17:49、仙台に到着します。仙台から東京までは、いつものやまびこではなく、えきねっと50%割の恩恵で、普段は高い特急料金のはやぶさで帰ります。これで、宮城県の震災で路線の変更が行われた区間の、乗りつぶし日帰り旅行は終わりです。

(訪問は2020年12月)

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関連タグ:JR東日本温泉

昔の写真(1983年) 仙石線陸前原ノ町電車区の72系970番台

新規の乗車がありませんので、久々に昔の写真を引っ張り出して記事にしてみます。

仙石線の記事を書いた後ですので、1983年になるのですが、私の高校1年夏休み東北旅行での、陸前原ノ町駅から見た、陸前原ノ町電車区の写真を出してみます。この頃の仙石線は、初期型の103系に混じって、旧型国電72系に103系高運転台車のボディーを載せ換えた、モハ72形970番台・クハ79形600番台が5編成在籍してしていました。

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まずは陸前原ノ町に進入する下り列車、先頭は窓の札からクハ79609のようです。

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その前のカットです。後ろにクモヤ145の姿が見えます。車番は何番かと検索してみると、クモヤ145 113のようです。

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この頃にも高城町行は存在していたのか。1983年の時刻表を引っ張り出してみると、仙台発で7本あった高城町行の1本で、おそらく仙台10:47発の1031M列車になります。

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見送ります。写真が残っているだけで、吊り掛け音を残して出発する状況などの記憶は全くありません。バックに東北本線貨物支線がみえます。

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仙台方面ホームから見た陸前原ノ町電車区の全景です。フイルムの右端が歪んでしまいました。

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左側の3両は、左からクモハ103 22、クハ79605、クモヤ90055。この頃の仙石線103系は、石巻側がすべてクモハ103でした。

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旧型同士の並びです。クモヤ90とクモヤ145が同時に所属していたようです。

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頭を出したクハ79603。
ツーライト銀線(小学生時代、鉄ヲタの高学年先輩らは、高運転台クハ103をそう呼んでました…)なのに、クーラーが無くて、ずらりとグローブベンチレーターが並ぶ様子が、偽物っぽさ全開で面白いったらありゃしません(もちろん褒め言葉)。ドアに取っ手、乗務員扉の後ろにタブレット保護板…、これが数年後に本物?の103系に化けて首都圏に戻って来るのです。

今回はこの記事を書くにあたり、当時の仙石線の車両配置について、どなたかが作成された、こちらのPDFデータがとても参考になりました。ありがとうございます。
仙石線車両配置推移

(撮影は1983年8月)

関連タブ:国鉄時代

昔の写真(2000年頃) 八高線103系3000番台

旧型国電72系を、足回りはそのままで車体を103系高運転台車同等品に乗せ換えた、仙石線のモハ72系970番台とクハ79600番台の写真を前回出したところで、今回は足回りも新性能化し、本物の103系に編入された姿の、八高線103系3000番台の写真です。経歴がこれ以上ないぐらい面白い電車で、実家の近くでしたので、たくさん写真を撮っていたつもりだったのですが、これしか出てこない…。しかも拝島駅構内で昼寝する写真ばっかりです。

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クモハ102-3002を先頭にしたハエ52編成です。青梅線石灰石貨物最終日の写真なので、年月日は1998年8月13日。

長い活躍に敬意をこめて、この車両の私向けの年表を作ってみますと…
1952年~1957年:
 後に103系3000番台となる、モハ72形500番台、クハ79形300番台・同920番台が製造される。
1974年:
 103系の車体を乗せて、モハ72形970番台、クハ79形600番台に改造されて仙石線で走る。クハ-モハ-モハ-クハの4両編成5本。色は、ウグイス色→ウグイス色に前面カナリア色の警戒色→スカイブルーと変化。
1984年~1985年3月まで:
 仙石線から撤退。その後順次103系化改造工事。
1985年9月30日:
 川越線全線電化日、103系3000番台デビュー。クモハ102-モハ103-クハ103の3両編成で、川越~高麗川間を主に担当。昼間は地下化された大宮駅にも顔を出します。
1985年~1986年:
 余ったモハ72970がサハ103形3000番台に改造され、青梅線103系3両の付属編成に組み込まれる。これを見た時は、台枠だけですが青梅線に72系が帰ってきたと胸が熱くなりました。
1996年3月16日:
 八高線八王子高麗川間電化で川越線と直通運転。川越(南古谷)~八王子間を受け持つこととなり、クモハ102-モハ103-サハ103-クハ103の4両編成化、同時に209系3000番台、103系3500番台も登場。青梅線立川へも乗入開始。
1999年12月3日:
 青梅線乗り入れ廃止、当時の時刻は、川越8:35→立川9:46~9:52→川越11:11、川越14:57→立川16:07~16:38→川越17:49の2本(平日時刻・1998年5月の時刻表より)。立川駅の乗換案内にはウグイス色ラインの川越線の文字も入っていました。
2005年10月:
 205系3000番台・209系3100番台の転入により全車引退。半世紀に渡る長い活躍、お疲れさまでした。
(Wikipediaを参考にしています)

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八王子駅で撮影した同じく52編成で、2004年1月の撮影。本物のクハ103より顔がちょっと長い。テールライト横に標識灯掛けフックがついたままで、仙石線クハ79時代の面影も残してます。

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拝島駅で2005年3月、そろそろ引退時期か。これも52編成だ。このクモハ102-3002は、最初がクハ79374、次がクハ79606、3回形式が変わってます。

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2004年1月拝島駅、56編成でやっと違うの出てきた。こいつはよく見れば103系3500番台で、生まれは本物の103系なのですが、偽物グループに入れられてしまった、異端車の中の異端車、今風の言葉を使えばマイノリティの中のマイノリティで、これも愛しい存在です。顔を向けているのはクハ103-3502。

20040102-30_クハ3502
同じ日の撮影で、新製されて103系3500番台と一緒にデビューするも、2019年2月までと長い活躍が出来なかった209系3000番台も友情出演させておきます。

(撮影は1998年~2005年)

しばらく更新お休みします。
プロフィール

QJ7000

Author:QJ7000
おじさん鉄道ファンの日本の鉄道の乗車記録です。2012年、ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになり、乗りつぶしをスタート。その時の未乗区間は7,818.4kmでしたが、12年目にしてあと1,078.2kmになりました。すべて乗りつぶすには、今の生活パターンだと、まだ7,8年ぐらいはかかりそうですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事をご覧になりたい方は下のカテゴリーの「年別目次」からどうぞ。

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