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昔の写真(2008年) 富山地方鉄道本線乗車記と旧型車

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新規の乗車がありませんので、昔の写真を引張り出しての投稿(カテゴリー「懐かし写真」)を5年ぶりにやってみます。最近の乗りつぶしが富山だったので、2008年4月に富山地方鉄道を訪問した時の写真です。この時は湘南窓の旧型車が大漁でした。

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まずは地鉄の新魚津から、本線を宇奈月温泉まで乗りつぶしします。乗換えに利用した当時のJR魚津駅は、北陸新幹線開業前の特急停車駅でしたので、蜃気楼を紹介する観光案内所や駅弁屋もあり、人も多くいて賑やかな印象でしたが、今はどうなってしまったのでしょう。そしてこの時は地鉄の“新しい”方の魚津駅の草臥れ方というか、時間を30年戻したような感じが凄かった。この時は廃墟ビルにホームがあるみたいな隣の電鉄魚津駅も健在でした。

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10030形で宇奈月温泉に向かう途中、電鉄黒部で交換のため停車します。細すぎるホームに3面3線の構造、すべてのホームを覆う大屋根、不思議な駅だなぁ、どうしてこうなっちゃったんだろう。今になって知るのですが、最初は1923年に全通した国鉄黒部駅~宇奈月温泉を結ぶ黒部鉄道の中間駅で、1936年に富山側から伸びてきた地鉄との接続駅となり、1943年に会社合併、1969年に当駅から国鉄黒部までの支線の廃止・・・という、非常に深い歴史を持った駅になります。富山地方鉄道の駅って、どこも面白いなぁ。

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宇奈月温泉に到着します。4月の初めで、黒部峡谷鉄道は運休期間ですので、この路線の乗りつぶしはお預け。構内は入替作業で機関車がせわしなく動いてた記憶です。

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駅のそばでちょっと写真を撮って時間をつぶし、

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14760形の特急に乗車して稲荷町まで戻りました。

この特急の走りっぷりが本当に良かったです。特に新魚津駅からのJR(当時)との並走区間は、ありったけの声を絞り出すかのようなモーターの音で、上下左右に車体を揺さぶって、小さな駅は全部通過して走り抜けます。感動して背筋が痺れちゃいました。これだけ頑張って走っても、後ろから130km/hで特急はくたかが来れば、あっさり抜かれてしまうんだろうなぁと思ってましたが、そうはならず無事に逃げ切ることができ、上市のスイッチバックでクールダウンする様子は、めちゃくちゃ格好良かったです。

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そして車両基地のある稲荷町で下車。不二越線ホームから撮れる一番いい位置に10020形の第3編成(モハ10025他)がいます。この編成は1964年製ながら、なんとつい最近の2019年まで活躍します。奥には連結面丸出しのクハが2両もいるぞ。

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外に出まして魅惑の増結クハ174。

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東芝のデキ12021もいるぞ。

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この頃は普通の増結サハだった、クハ112。

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そして本線富山方面ホームから見れたのが10020形第2編成(モハ10023他)。こっちは車内が倉庫状態になっていて、既に営業運転はしていない模様。

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不二越線で来たのは14720形の第2編成(14722+172)。

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その3分後に本線富山行きで来たのが14720系の第1編成(14721+171)。

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後続の電車で追いかけますと、富山では並んでました。カエルみたいだなぁ。

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昔のしょぼいコンデジなので画質が荒いです。相当補正してます。

(乗車は2008年4月)

関連タブ:富山地方鉄道
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昔の写真(2009年) 長野電鉄2000系特急と3600系!特急

前回は富山地方鉄道の日車ロマンスカーを出しましたので、長野電鉄の日車ロマンスカーも出してしまいます。

訪問したのは2009年9月、この時は長野市内にちょっと用があり、その前後に日帰りで、数年後に引退の決定した長野電鉄2000系特急のお名残り乗車をしてきた形です。まずは朝早い長野新幹線(この時はこの名称)で長野へ、この時が私の長野新幹線初乗車でした。

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長野電鉄の地下ホームに降りると、待っていたのは「りんご色」に戻った2000系D編成。こうして改めて写真を見返してみると、本当に丸っこい電車だったんだなぁ。「りんご」という愛称は、色だけで付けられたのではなかったんだ。行き先はまだ特急長野になっていますが、特急須坂行きになります。

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朝のラッシュを終えて車庫に戻る列車ですので、車内はガラガラ。回転クロスシートの記憶でしたが、この時は集団見合い式に固定されていたようです。

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短い時間かぶりつきを楽しんで須坂に到着。サボもちゃんと特急須坂になっています。

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サハも可愛らしいなぁ。妻面は東急初代5000系みたい。

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この時はまだ屋代線があったんだ。ちなみに私は木島に親戚がいたので、長野電鉄は小学生時代に全線乗りつぶしを達成済。屋代線は上野発着の直通急行電車で乗っています。しかし、もうほとんど記憶がないので、乗っておけばよかったな。この時は消える路線より消える車両優先でした。

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次は小布施に移動し、「ながでん電車の広場」もちょっと見学します。静態保存車両というのは、永遠にそこにあるのもだと思っていましたので、写真はこれしか撮っていません。そういう時代はもう終わりでして、4両の車両は長野県の各地に散り、今ここには須坂まで乗車してきた2000系D編成がいるとのこと。

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信州中野行きの3500系が来ました。なんと非冷房、窓は全部開いています。

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長野方面に戻るのですが、来たのは3600系の特急!。本来は2000系の運用で、今度は茶色くなったA編成で長野までの乗車を楽しみにしていたのですが、今日は検査で3600系の代走だときた。

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なかなか経験できない3600系特急は、凄い走りっぷりだったのですが、10年前の私には物足りなかったようで、次の須坂で降りてしまいます。特急料金も不要だった記憶です。

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3600系のL1編成。2020年になって、日比谷線での後継車両だった東京メトロ03系に、ここでもまた置き換えられるというのも運命だな。

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車両基地では丁寧に手洗いされてる2000系D編成。茶色いA編成は、結局一度も見ることが出来ませんでした。

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2005年から走っている8500系(もう15年になるのか…)。これは予想に反して増えなかった。

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長い活躍が出来なかったOS11。ワンマン化の対応がされず、実質中古車である3500・3600系に置き換えられてしまった車両、これもまた運命なんだな。2003年に廃車になって、2017年までここに留置されていたというのも、長野電鉄もすぐに解体したくない未練があったのでしょうか。

須坂始発の特急ゆけむりで一旦長野に戻ります。最前席をゲットしました。最高です。写真はありません。

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用が済んで今度は権堂から湯田中まで特急ゆけむりに乗車。途中から最前席に座れました。湯田中では昔の駅舎を利用した温泉施設にちょっと浸かり、後半の写真は旧駅舎から始まります。

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今は貴重な非冷房の3500系が下ってゆきます。これにも乗車すればよかったな。

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帰りの電車が来ました、サボは普通湯田中になっています。この頃は信州中野から湯田中間は各停になる特急の運用が多くありました。

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2面2線から1面1線に縮小し、特殊なスイッチバック運転を解消した湯田中駅。長野電鉄は小学生時代に乗りつぶし済みなんて書いてしまいましたが、ここでスイッチバック運転を行っていた記憶も全くありません。駄目だなぁ。

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長野に戻ります。

(乗車は2009年9月)

左沢線乗車記

昨年秋に山形に用があり、帰りに左沢線に乗車していました。初めての乗車ではなかったので、記事するのを途中で止めてしまったのですが、新型コロナの影響で、まだ大手を振って鉄道旅行なんて出来そうにないので、断片的な乗車中のメモを元に、これも記事にしてしまいます。

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まずは車両の紹介ということで、山形駅側線に停車します左沢線でしか見れないキハ100系のキハ101形ですが、1993〜1994年にデビューしたとは思えないぐらい美しい。それにしても、どうしてこの系列のディーゼルカーはきれいなんだろう。薄汚いイメージの昭和のとは全く違います。地味ながらローカル線を支えた名車だと思います。

そして左沢線といえば、東北地方の盲腸線ながら、国鉄時代に廃止されることも、第三セクター化されることもなく、しっかりJR東日本に引き継がれた、通学輸送で賑わう路線。朝ラッシュの堂々たるキハ101形6連は、撮り鉄の格好の被写体にもなっています。山形16:30発の左沢行を待つホームも高校生と通勤客でいっぱい。どんな編成で来るのでしょうか。

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まずは2両回送で来て、続いて上りの2両が来て増結、

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4両になりました。ここのキハ101は、ロングシートのトイレ無しで、通勤輸送に特化したバージョンです。シートはほぼ埋まり、立つ客もいっぱいです。

この路線に前に私が乗車したのは1983年の高校1年生の夏休みでして、その時も夕方の乗車で同じように混んでいました。その時の車両は、国鉄時代ですのでいろいろなキハを連ねた7両か8両だった記憶ですが、修学旅行用のキハ58 800番台が含まれていて、それに乗車。スピードメーターも動いていた記憶です。

それでは出発、かろうじて前が見える一番前の座席前に立ちます。直ぐにポイントで線路が収束し、単線並列になります。右が1435mmの標準軌、左が1067mmの狭軌です。

北山形に着きます。左からそれぞれ2線の左沢線、仙山線、奥羽本線乗り場が並ぶおもしろい駅です。この駅では次の山形行は何番線に来るのか、どう案内されているのでしょう。左沢線ホームは左にカーブし、駅構内で奥羽本線らとは別れます。そういえば奥羽本線山形新庄間は、標準軌化されてからまだ乗っていませんので、乗り直さなくてはいけません。この先の仙山線と平面交差するところも見てみたいです。

住宅地を走って新しいコンクリート橋を渡り、羽前山辺で4両の上り列車と交換。このホームにも高校生がいっぱい。ここからは田んぼの中の一直線を走るのですが、勾配がきついようでキハ101はいい音を出してくれます。その後、羽前金沢、羽前長崎と県庁所在地の名前の駅が続きますが、どっちも棒線駅。

最上川を渡ります。ところで最上川はどこをどう流れているんだっけ?とグーグルマップで調べてみれば、なるほど。もしも奥羽本線が最上川に沿って建設されていたら、福島→米沢→今泉→荒砥→寒河江→村山→新庄に行かないで酒田!となっていたかもしれないんだな。

左沢線の主要駅で車両基地まである寒河江で、ほとんどの乗客が降り、私も座ります。すぐに眠ってしまったようで気が付いたら羽前高松、県庁所在地駅3つ目だ・・・というより後から思い出すのですが、ここは電化された山形交通三山線の起点だった駅、よく見ておけばよかったなぁ。ここからは立ってかぶりつきします。

最後の柴橋駅は山裾にあるホームの短い駅で、後ろ2両はドア締め切り。ここからは急に雰囲気が変わって山の中に突っ込んでゆきます。カメラも出します。

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トンネルだ。

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まただ。

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二つ目のトンネルを抜けると左沢の街が広がります。清々しい光景です。

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すぐに駅が見えてきました。

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40分の乗車で終点左沢に到着します。そうそう、ここは1面1線の駅、昔の記憶が少しよみがえってきたところ。

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駅舎はずいぶんきれいに整備されたんだな。平日夕方なのでお店はもう閉まっていそう。

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というより、6分後に折り返す列車に乗らなくてはならず、駅を見る時間はありません。

出発すれば右に見える最上川とてもきれい。坂を転がるように下って行きます。車体長が短いのでカタンカタンのリズムが忙しなくて、それがまた心地いいです。その後はほとんど寝てしまいました。

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山形に到着、新幹線で帰ります。山形新幹線は狭軌で編成も短いミニ新幹線ですが、車内販売があるので得した気分。ビールは車内で購入することにします。

(乗車は2019年9月)

相鉄・JR直通線乗車記

昨年2019年の11月、横浜羽沢から鶴見までの貨物線を利用し、相鉄の電車が都心に乗り入れる、「相鉄・JR直通線」という、とんでも路線が誕生しました。この計画が発表された15年前、そんな夢みたいな話・・・と思っていたのが本当に実現してしまったわけで、時代は変わるもんです。

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新型コロナによる都道府県を跨いでの移動制限も解除され、やっと私も初乗車出来ます。乗るのは新宿9:53発の各停海老名行で、相鉄12000系での運用です。

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無事にかぶりつき場所もゲットしました。ちなみにこれより前に出発する相鉄直通電車は、先頭車が女性専用車になってしまうので、男性は大崎からでないとかぶりつきが出来ません。それでは出発。湘南新宿ラインは首都圏で一番かぶりつきが楽しい路線だと思います。

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先月移転したばかりの渋谷駅埼京線ホームは、旧ホームも通路として利用されてるみたいで、端から端まで歩いたら何メートルになるんだろう。東急東横線は、渋谷も横浜も地下化によって、旧駅スペースをJR東日本のライバル路線に譲り、利便性を良くさせてしまう結果になってしまっています。

蛇窪信号場をゆっくり走り西大井、ここから先頭車は、運転室後ろに張り付いている私一人だけになってしまいます。その後、新幹線と並走する区間を100kmを越えるスピードで走るのを見て思うのは、相鉄も立派になったなぁ~。

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多摩川を渡ります。新宿から乗ったので言うのを忘れてしまいましたが、相模鉄道さん、悲願であった東京への乗り入れおめでとうございます。

武蔵小杉で、先頭車は私1人から3人になります。少ないなぁ。さぁ、ここからが相鉄・JR直通線の核心部になります。

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武蔵小杉を出るとポイントを右へ、

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横須賀線上り線の下をくぐります。東海道貨物線は上り湘南ライナーでしか乗車したことがないので、ここを通るのは私は初めて。

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右の武蔵野南線からの線路と繋がります。ちょうど相鉄から来たE233系とすれ違い。

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今日は新鶴見信号所には貨物列車が1本もいません。いたのはEH200の単機のみ。

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新川崎駅の横をすり抜けます。ここのホームは撮り鉄さんがよくいるところ。この路線は武蔵野南線~横浜方面への臨時列車で乗ったことのある区間ですが、かぶりつきは出来ませんでしたので、見る景色すべてが新鮮です。

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割畑信号所でDE10 1662。そろそろDE10もお別れかな。

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左に分かれる尻手につながる貨物線は、まだ未乗車。

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貨物来た!

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そろそろ鶴見、ダイナミックな立体交差が始まります。まずは横須賀線の下をくぐり、

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鉄橋で京浜東北線・東海道本線を跨ぎ、盛土で東海道貨物線も跨ぎ、東海道方面の在来線線路すべての10本が並ぶ区間の一番南側を走ります。

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鶴見川を渡ります。ここも撮り鉄スポットのはずですが、今日は誰もいません。

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鶴見駅構内を走り抜けます。私は何年かしたら、ここの貨物待避線の1,2本を減らしてホームを作り、JR・相鉄直通線が鶴見に停車するようになるのではないかと思っています。いや、ひょっとしたら東京駅や下北沢駅でやったような技術を使い、東海道本線や横須賀線にもホームが出来て、一大ターミナルになるかもしれません。そして鶴見線も大化けするかも。相鉄が新宿に乗り入れたことに比べたら、はるかに現実的で実現も簡単そうです。

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鶴見駅構内が終わります。東海道本線が品川を出てから最初に京急と並走する区間で、鶴見線の鉄橋の下をくぐる部分のみの僅かな複線区間。

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さぁいよいよです。注目のポイント群が見えてきました。武蔵野南線からの臨時列車はここで右へ分岐して東海道本線の旅客線に行ってしまうので、ここを真っ直ぐ走るのは初めてです。

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左に分岐するのは桜木町につながる貨物線。ここも私が生きてるうちに旅客列車が毎日走るようになるかな。

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横浜羽沢につながるトンネルに入ります。首都圏で一番謎めいた貨物線に通勤電車が日中30分間隔で走るようになるなんて時代も変わるもんだな。大口付近の高架部分は、しっかりシェルターで塞がれていて、光は見えません。途中で埼京線E233系とすれ違い。

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約5分でトンネルを出ます。ずいぶん緑の多い場所だな。

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EF66 117に福山通運のコンテナ列車だ。

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ポイントだ。

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横浜羽沢駅だ。

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横浜羽沢駅の全体が見えてきそうなところで地下に入ってしまいます。

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すぐに光が見え、右から新横浜からの東急・相鉄直通線と合流して、

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羽沢横浜国大駅に到着。長かったなぁ。こんなにかぶりつきが楽しい区間は他にあるまい。ここで乗務員の交換。ここからは相鉄新横浜線、再び地下を走ります。

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地上に出た。西谷駅だ。

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西谷に同時に到着した。右の快速が先に発車するとのことで乗り換えます。

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同じ新型車の12000系かと思いきや、運転室の造りが全然違う、これは東急に直通する予定の20000系だ。西谷駅の北側には引き上げ線出来たんだ。

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緑の多いS字カーブを登って行きます。鶴ヶ峰駅だ。懐かしい光景です。

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新宿から47分で鶴ヶ峰に到着。速いなぁ。

実は私、約20年前に2年間だけ、ここ鶴ヶ峰に住んでいたことがあるのです。当時は横浜に本社がある会社に勤めていて、半年から2年の間隔で、横浜市内での勤務地が変わる生活でした。ところが鶴ヶ峰に住んで半年で東京に進出することになり、渋谷に半年、駒込に1年、ここから通うことになってしまいます。通勤辛かったです。帰るのが面倒になって池袋のインターネットカフェによく泊ってました。そして次は王子に2年との命令で、もう耐えられんと王子に引っ越してます。それが渋谷へは乗り換えなしで、数年後には駒込にも王子にも乗り換えなしで行けるようになるなんて、凄いなぁ。

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話には聞いてましたが、私の利用していた南口には、こんな高層マンションにショッピングモールが出来たんだ。20年前のここは不思議な場所で、しょぼい不動産屋さんに回転すし屋、奥に入ったところに幽霊屋敷みたいな居酒屋さんがありました。そして横浜側は、駅から歩いて1分の栗畑でした。南口にこんなのが出来て、さぞかし北口側は寂れてしまったんだろうと歩いてみましたが、昔のままのゴチャゴチャした雰囲気で、私が住んでいた時よりも賑やかになっている感じです。ただ、よく行った銭湯(確か名前は鶴の湯)は、無くなってしまったようで見つかりませんでした。

(乗車は2020年6月)

次の記事:久々の相鉄線乗車と、相鉄・JR直通線の復路
関連タグ:JR東日本相模鉄道
プロフィール

QJ7000

Author:QJ7000
おじさん鉄道ファンの日本の鉄道の乗車記録です。2012年、ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになり、乗りつぶしをスタート。その時の未乗区間は7,818.4kmでしたが、12年目にしてあと1,078.2kmになりました。すべて乗りつぶすには、今の生活パターンだと、まだ7,8年ぐらいはかかりそうですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事をご覧になりたい方は下のカテゴリーの「年別目次」からどうぞ。

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