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東北新幹線E5系はやぶさ乗車記

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青森県の弘前市に行く用が出来まして、乗りつぶしをやっていながら、まだ未乗車だった東北新幹線の盛岡から新青森までの178.4kmにやっと乗車してきました。乗車するのは昼過ぎに東京を出発する、はやぶさ23号。E5系に乗車するのも実は初めてでして、東京と新青森でお顔の写真が撮りやすいようにと後ろの方の2号車の進行方向右側A席に収まります。それとこの編成には車内WiFi設備が付いてまして、長時間の乗車にはありがたいです。今回の記事は各駅の出発時間、通過時間も書いてみます。

13:20、東京出発
お昼を食べて満腹なので眠い。居眠りしないように気を付けなければ。

13:26、上野出発
上野駅の地位というか威厳というのはどんどん低下して行く感じですが、数人が乗車。地上へ出て、ユラユラと大宮までの110km/h運転区間を走ります。埼京線との並走区間のカーブでは、遥か前方に赤いE6系こまちの先頭車が見え、17両編成はさすがに長いです。それとこの2号車は、床下からドコドコと静かなディーゼルエンジンのような音がするのですが、何の音でしょう。

13:46、大宮出発
大宮でほぼ満席になり、私の隣のB席も埋まります。さぁ出発!どんどん加速します。ここは東北上越新幹線で一番好きなところでしたが、凄い加速性能を持ったN700系に乗り慣れてしまったので、物足りないというか、あんまり感動しなくなってしまいました。

とはいえさっきまでとは違うモーターの音で、晴天の関東平野を275km/hで一気に北上します。ディーゼルエンジンのようなドコドコ音は一切聞こえなくなり、また車内は満席ですが、100%ビジネス客のようで、誰一人喋らず余計な雑音も一切無し。いいなぁこういうの。眠気も覚めて来ました。

14:05、宇都宮通過
さぁ、ここからが楽しみにしていた国内最高速度である時速320km運転が始まります。その性能とやらを見せてもらおうか、と心の中で呟きながら窓に張り付いてみますが、高速域の275km/hから320km/hに速度を上げるのは大変なようです。グングン加速とは言えないのですが、なんとなく架線柱の流れる間隔が細かくなってきたようで、これが320km/hなのか?

せっかく国内最高速度で走るのですから、昔の500系のように電光掲示板で、ただいまの速度は◯◯◯km/hですと表示してくれると嬉しいですが、どうしてやらないのでしょう。今やスピードでは世界一となった中国の新幹線もやっているわけですが、もしかして負けてしまったのが影響しているのでしょうか。

どうしても速度が知りたい。スマホの速度計アプリを入れてくるべきでした。速度計のついたビュフェも今は連結していませんし、こうなったら自分で計ってみようか。通過駅のホーム先端に入った時刻を記録し、後で計算してみることにします。

14:14 20秒、那須塩原通過
隣に架線柱の上しか見えない東北本線があって、それが横に広がって黒磯駅構内です。跨線橋の上部が一瞬見えるだけで、かつての交直切替の要所も、車両の姿が一切見えないのが悲しいところ。昔は在来線で東北本線を北上すると、黒磯駅の青森側にED75が大量に並んでいるのを見て、交流区間に入ったぞと、気分が高まったものです。そのスペースはいつしかEH500だけになり、今は機関車の交換をここではしなくなったそうですので、もしかして1機もいないのでしょうか。時代は変わったんだなぁ。黒川橋梁が遠くに一瞬見えます。

14:19 20秒、新白河通過

しばらくすると盆地になって郡山の市街地に入ります。ここではビルの中を抜けるように走るのでスピード感が凄い。きっとこれが320km/hなんでしょう。2010年に中国の京津高速鉄道で330km/hを体験しましたが、それ以上のスピード感です。

14:26 03秒、郡山通過
長いトンネル内では架線とパンタグラフのスパークする音がします。車内で聞こえるのですから、実際は凄い音なんだろうな。

14:34 00秒、福島通過
青春18きっぷだと1時間弱かかる距離が8分か、速いなぁ。川を挟んで見える阿武隈急行沿線の町もすぐに見えなくなります。

14:39 51秒、白石蔵王通過
ここから減速でスルスルとスピードを落とします。300km/hオーバーからの減速なので、ノロノロ運転みたいに感じるのですが、在来線の特急よりは速いんだと思います。また加速。

仙台市内に入ります。長町駅はいつから都会的な高架駅になったのでしょう。貨物線が分岐するところも見えて・・・
14:52、仙台到着
乗客の半数近くが下車。これで空くかと思いきや、降りた人の半分くらいの乗る人がいます。

そして帰って計算した、仙台までの通過駅間での平均速度です。
那須塩原~新白河間 312.00km/h
新白河~郡山間 317.12km/h
郡山~福島間 310.94km/h
福島~白石蔵王間 318.97km/h
いい数字が出てくれて良かった。ちゃんと320km/hで走ってたようです。

14:54、仙台出発
仙台からの乗車は本当に久しぶり、東北新幹線が盛岡までだった時以来です。貨物線がまた見え、利府にはきれいな717系が留まってます。まだ生きていたのか?、訓練車?、と帰ってから調べてみると、訓練車は訓練車ですが、717系ではなく417系のようです。トンネルに入って加速、また駅間の時間を計ってみようか、と思っていましたが、油断していたら古川を通過してしまいます。トイレにでも行こうか。

トイレに行って思ったのは、隣の1号車の狭いこと狭いこと。6列しかなくて定員は30名、でも乗降ドアはきっちり2箇所付いています。E5系の1号車は、自由席で絶対に並んではいけない号車です。列に並んでも前から15人しか座れないなんて、4扉ロングシートの通勤電車と変わらないではありませんか。ちなみに2号車は定員100名なので前から50人が座れます。戻ってしばらくしてH5系とすれ違い、紫帯のは初めて見ました。

そろそろ盛岡です、盛岡に来たからには左側の岩手山を見たいのですが、残念な事に左側の窓は西日が強いようで、みなさんカーテンを下ろしてしまっています。

15:33、盛岡到着
大宮から2時間かからないんだから凄い。昔は急行八甲田で夜9時過ぎに上野を出て、盛岡に着くのは翌日の朝、朝日を浴びる雪化粧した雄大な岩手山に感動した思い出があります。こまち切り離しでしばらく停車。ここで50パーセントぐらいの乗車率になります。

15:37、盛岡出発
さてここからは、最高速度260km/h区間で、各駅停車にもなってしまうのですが、私にとっては初めて乗車する区間になります。左側の窓は全てカーテンが下されているので、秋田新幹線と分岐する様子、盛岡新幹線車両センターの様子は全く見えません。右前方のながらかな稜線の山はなんという山でしょう。右側の在来線は、東北本線ではよくある上下線が分かれて段差になっている区間。近づいてくる山々は紅葉が始まっており、大した紅葉ではないのですが、西日を浴びてとてもきれいです。

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15:49、いわて沼宮内到着
山間の駅のようで、駅ホームから紅葉が見えます。新幹線開通以前は特急はつかりが通過する駅ではありませんでしたっけ。出発すると右に町が見えますが、新幹線が来て、どう発展したのでしょう。Wifiはもう使えない見たい。しばらくして長いトンネルに入ります。

トンネル内で減速して車内放送、トンネルを出たところで、
16:01、二戸到着
在来線時代の二戸駅ってどんな駅だったか全く印象に残っていないのですが、石切り場があります。

16:13、八戸到着
八戸の町が見えないまま到着、右側には大きな建物は、ビジネスホテルが2軒ぐらいしかありません。隣のホームには、東京行きはやぶさ30号を待つ人が列を作っています。それにしても八戸駅は、県庁所在地でもないのに、8年もの期間、終着駅であったためか通過線がありません。八戸市民にとっては宇都宮や福島よりも扱いが上なんだぜ!と、自慢の駅かもしれません。北海道新幹線札幌開業時には、航空機にスピードで対抗する為、通過線を作るなんてことになるかもしれませんので、周りの土地を買収して駅の拡張が出来ないようにしてしまうのはどうでしょう。

16:14、八戸出発
出発すると遠くでDD16がコンテナ車を牽いています。こんなところにDD16?八戸臨海鉄道の車両のようで、2009年から走っているようです。他に同鉄道の青いDL、ディーゼルカーの車両基地には新しい八戸線のキハ130もいます。その向こうに本八戸の町が見えます。

十和田観光電鉄の廃線跡と交差するのは、どのあたりだろうと、グーグルマップで調べてみようとしたのですが、トンネルばっかりで電波が届かず、今どこ走ってるのかわからないまま七戸十和田に着いてしまいました。あとで調べると、十和田観光電鉄と交差する所は、平地だというのに新幹線は長いトンネルで抜けています。七戸十和田も南部縦貫鉄道があった所ですが、南部縦貫鉄道の七戸駅と新幹線の七戸十和田駅は3kmぐらい離れています。

16:27、七戸十和田出発
在来線だと野辺地を過ぎて陸奥湾が見え(在来線列車のスローな旅だと松島以来の久しぶりの海)、東北本線車窓の最後の見どころなのですが、新幹線はひたすらトンネル。それにしても長い、日本の陸上トンネルで最長の26.5kmだそうで、新宿立川間27.2kmと変わらないではありませんか。やっと出たら、青森の町が右手遠くに見えます。

16:43、新青森到着
青森の町、青森ならではの線路を見ていないので、青森に来た実感が全く無いのですが、ここが東北新幹線の終着駅の新青森です。実際終着駅であったのは、北海道新幹線函館開業までなので約5年半の期間で、八戸駅よりも短い。

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隣にはJR北海道所属のH5系が停車しています。じっくり観察して、東北新幹線乗りつぶしの余韻に浸りたいところですが、先を急ぎます。

16:51発の701系5両編成の弘前行きは混んでいて座れません。こんなところで立つとは思わなかった。東北の人たちの、席に荷物をおいて占領してしまう悪い習慣は、まだ改善されないようで、車掌さんが放送で何度もマナー向上の呼び掛けをしています。同じJR運賃を払いながら、転換クロスシートが普通である西日本の人たちに比べ、損しているなぁと思います。

ちなみに翌日の帰りは、停車駅の少ないはやぶさ34号に乗車。新青森出発時点で日は暮れ、車窓は見られませんでしたが、宇都宮手前から速度が遅くなることを、しっかり感じることが出来ました。

(乗車は2018年10月)

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関連タグ:新幹線JR東日本
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弘南鉄道弘南線乗車記

10月の穏やかな一日、弘前に用があって来たのですが、午後に時間が作れましたので、弘南鉄道弘南線の乗りつぶしをしてしまいます。

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スタートは黒石から、塩っぱいラーメンを食べて、駅に着いたのは14時過ぎ。駅にはタイプの違う3編成の7000系が並んでます。左から7011、7012、7102。模型みたいな情景です。いいなぁ。

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青い空、輝くステンレスボディ、なんか神々しい雰囲気です。北陸鉄道のとは違って、こちらはオリジナルの台車を履いています。

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改札は電車が出発する10分前に始まるとの事。駅の内部は事務室が見えて、中に駅員さんがいて、改札のラッチもあって、昔ながらの地方ローカル線の終着駅の情景をしっかり残しています。右写真の屋根の無い片側ホームは弘南鉄道黒石線が発着していたホームに違いありません。このホームには公衆トイレがあって、自由に出入りできます。

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改札が始まってホームへ

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弘前側のお顔それぞれ。左の中間車改造顔ですが、窓回りを黒く塗っていないので、ツルツル感というか、ステンレスそのまんま感が際立っています。これは弘南鉄道だけで見られる顔でしょうか。右のオリジナルの方も、絶妙な角度の光線で、キリリと顔が引き締まって格好いい。

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とにかく弘南鉄道の7000系は車体がきれいです。今更ですが、東急7000系って、こんなに格好良かったんだ、そして昔のステンレス車って、こんなに美しかったんだと、ちょっと印象が変わりました。

実は日比谷線直通として最後の活躍をしていた1990年頃、東横沿線に縁があったので、さんざん乗り・・・いや、来るんじゃねーヨ!と舌打ちしつつ見送っていた嫌いな電車でした。私にとっては渋谷にも行かないし、横浜にも行かないし、急行にも抜かれて遅くて冷房もない、車内も汚れていて、そのくせ混んでいる・・・そんな役回りの電車だったのですから。

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右の赤い帯のオリジナル顔の方に乗車します。低そうな屋根、でかくて威圧感のあるパンタグラフは、懐かしいなぁ。そうそう、嫌いだった電車です。

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外観は帯色以外あまりいじられてないようですが、運転室仕切りは改造を重ねたみたいで、ここは旧型車両の装いです。

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14:20、出発します。右手には車庫があり、中にはラッセル車、キ100のシルエットが見えます。また、国鉄黒石線を引き継いだ弘南鉄道黒石線の線路跡がしばらく右に見え(上写真)、別れる所はソーラーパネルのスペースになっています。後で知ったのですが、国鉄時代の黒石駅は別の場所にあり、この線路跡に列車が走ったのは、弘南鉄道時代の僅か14年になります。

地方ローカル私鉄の割には軽快に走ります。沿線の所々にリンゴ畑があり、リンゴが枝いっぱいに実っています。3つ目は田んぼアート駅です。すぐそばに展望台があり、今日は晴れていて風もなく絶好の見学日和ですが、平日ですので誰も降りず、誰も乗りません。

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尾上高校前を出てしばらくすると、撮影名所のコンクリート橋です。ここで撮影された渋いツートンカラーの17m旧型国電の写真を昔雑誌でたくさん見て、行ってみたいなぁと思っていたのですが、中学生の私には青森県は遠すぎました。その頃はローカル私鉄らしくないと思っていたコンクリート橋ですが、今はだいぶ草臥れてきたようで、よく揺れます。ちょうど保線作業も行なっています。

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14:36、平賀に到着、ここで下車します。車両基地のある中間駅ということで、ここで30分、次の弘前行きを待つ間に、基地で休む電車でも眺めて過ごそうと降りたのですが、思ってた駅とは全然違って、駅舎はJAが入る巨大なビル。ホームに残ることも出来ず、また、改札外に出ても車両基地には近づけそうにありません。

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ということで、7分後の黒石行きに乗車することにします。写真は改札後、電車が来るまでの僅かな時間で撮影できたホームと車両基地の様子。無装飾ツルツルの7100形と除雪用の電気機関車が見えます。

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14:43発の黒石行きは中間車改造の7100形で来ました。

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14:49、双六遊びではありませんが、黒石側に2駅戻って津軽尾上で下車します。

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昔は終着駅だったそうで大きな駅舎がありますが、今は無人駅。ホームには3両の停車位置が残っていまして、17m旧型国電時代の名残のようです。

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津軽尾上15:01発の弘前行きは、中間車改造で前面窓周りが黒塗りしていないツルツル顔のが来ました。空いている後ろの車両に乗車します。どうして座席の更新は半分だけなんでしょう。

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岩木山が綺麗に見えます。

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最後尾から見る柏農高校前駅。駅そばのリンゴ畑では収穫の作業中です。

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平賀を過ぎて車両基地を弘前側から、

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館田で交換、最初に乗った赤帯編成です。

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新里では綺麗に整備された蒸気機関車が保存されています。国鉄蒸機とは縁がなかった路線ですが、2011年に鰺ヶ沢町役場から移されたんだそうです。

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この日はちょっと汗ばむくらいの陽気で、この電車の後ろの運転室ドア窓は開いたまま。爽やかな空気を客室側からも感じられます。ちなみに弘南鉄道の電車は、全車非冷房ですので、夏に乗りに来るのも楽しそうです。

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弘前東高前を過ぎたら奥羽本線の横を1区間走ります。弘前到着手前では渡り線があります。7000系に代わる電車が入る時に使用されるのでしょうか。

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15:19、弘前に到着です。701系で新青森へ戻ります。

***

さて、乗りつぶしを始めたのが2012年の夏。その時の未乗車区間の距離は、JR・第3セクター・私鉄合わせて7,800km弱だったのですが、6年ちょっとで5,300km乗車し、今回の乗車で残り3001.3kmとなりました(計算が合わないのは、北陸・北海道新幹線等、新規開業路線があったためです)。頑張ったなぁ~(?)。もう少しで3,000kmを切るまでになったのですが、路線数で数えると細かいのが164もあり、すべて乗り尽くすには、まだ後10年はかかりそうです。

(乗車は2018年10月)

越後線・弥彦線乗車記1(115系で柏崎~吉田)

12月の平日、休みが取れたので、日帰りで越後線と弥彦線の乗りつぶしに出掛けます。むさしの号に接続しない大宮8:14発のMaxとき305号に乗って、長岡に9:33着、そこから9:48発のE129系普通列車直江津行きに乗って、柏崎に10:32着。

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柏崎で待っていた10:36発の越後線吉田行きは、2次新潟色の115系3連。臙脂色と黄色の初代新潟色を期待していたのですが、そんなに上手くはいきません。

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先頭はクハでしたので、後ろのクモハ115-1068に乗車します。ガラガラでして乗客は私の他におじいさんが一人だけです。すぐに出発し、毎度おなじみのMT55のモーター音を響かせ、左にカーブして信越本線と別れます。この音もあと何年ぐらい聞けるでしょうか。

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車内は暖房が効いてポカポカです。115系の半自動ドアは、ピッタリ閉まらず隙間風が酷かった記憶ですが、改良されているようです。そして椅子のヒーターは暑いくらい。背ずりが厚くなっているのは、北国用の暖房設備として強化されているとかと関係するのでしょうか。ドアにも凍結防止のヒーターが付いています。

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次の東柏崎です。2面2線だったのを棒線化した駅は、ローカル線ではよく見る光景ですが、電化区間でこんなに新しいホームなのは、なんだか痛々しく感じます。1日9往復、昼間は3時間も間隔が空く、この路線の末端部を象徴するようです。

電車は、全国各地で今も残る115系と同じように、駅間ではしっかりスピードを出して、ローカル線でも手を抜きませんよとアピールしてるみたいに淡々と進みます。それにしても乗降客が少な過ぎです。電化設備を撤去して、単行の軽快気動車走らせておけばいいのではないかと思ってしまうのですが、朝夕は115系3連の輸送力が必要なんだと信じたい。そして3つ目の荒浜を過ぎると、左手数100メートル先に原発がある区間を走ります。当然ですが、丘があって見通しは利かず、原発は見えません。見えたのは送電線とその巨大な鉄柱のみ。さて、今日は昼食が食べられないかもしれないと、大宮駅売店でおにぎりを買っておいたのですが、ポカポカのシートの上に置いていたら痛みそう。早い時間ですが食べちゃいます。

出雲崎というちょっと大きな駅に到着。ここでおばさん観光客三人組みが降り、駅員さんに地図を見せて何か質問してます。出雲崎なんて初めて知った駅なのですが、どんな観光地があるのでしょう。調べてみれば、かつては佐渡の金銀荷揚げ場所、北前船の寄港地として栄え、近代石油産業発祥の地でもあり、今は新潟景勝百選で一位、「良寛さんと夕日の町」なんだそうだ。

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寺泊に到着します。構内は広く、隣の2,3番線島式ホームは長く、幹線の駅みたいです。この駅については、後になって思い出しました。ここは越後交通長岡線と接続していた駅で、駅名も昔は大河津でした。越後交通長岡線は、1067mmで電化されながら、信濃川を渡る鉄橋が建設出来ず、最後まで来迎寺という中途半端な駅を起点とし、寺泊港のあった寺泊までを結んでいたという謎めいた路線でした。この駅と旅客営業は1975年というとっくの昔に廃止されていますが、来迎寺側の貨物営業は1995年までやっていたというのが驚きです。ホーム向こう側のスペースは、越後交通の敷地だったみたいで、今もホームが残っているようですが、見落としてしまいました。代わりに、折れ曲がった信号機を見たのですが、どうしてそうなってしまったのでしょう。

大きな川を渡ります。信濃川はここじゃないし、なんだこの川。なんとか分水と書かれています。これは大河津分水だそうで、度重なる洪水を防ぐため1840年代に調査が始まり、工事が完成したのは1922年という大土木工事。鉄道路線ばかりでなく、こういう河川も歴史を交えて勉強しないとダメだなぁ。

次の駅は分水、駅員さんもいるみたいで、ホームで電車を待つ人もたくさんいます。ここからは周りに住宅が増えて東京の郊外みたいです。

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越後平野を軽快に走ります。左にだけ山が見えて、これが弥彦山です。粟生津も幹線の駅みたいで乗客も多数、分水を境に違う路線になったみたいです。

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そろそろ終点の吉田です。弥彦線の線路が左に並びます。早いですがドアの前に立ちます。

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一番にドアの前に立って、この115系の半自動ドアならではの重たい扉を開けたいのです。

11:42、吉田に到着。ヨイショ(ドア開ける)、あれ?そんなに重くはありません。取っ手や説明文のプレートは、1980年代の中央本線の山スカ115系から変わってないようですが、ドア自体は多少改善されているのでしょうか。

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いや、このだらしない半開き状態、ピタッと閉まらないところは、昔のままです。乗務員が端から1枚1枚閉めて回ってます。これももうすぐ見られなくなる光景です。

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吉田駅は1番線に到着で、周りはもうE129系ばかりです。

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一旦改札の外へ、橋上駅ばかりとなった今、こういう風景を見る機会は確実に減っています。

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駅前です。雨もパラパラ、時折強い風が吹いています。お昼も食べましたので、外には出ません。また構内へ。

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吉田駅の全景です。二つの路線が平面交差する駅は、思いつくので一番凄いのは大和西大寺、支線同士で西武線の小川と萩山、他にありましたっけ。この駅は、ここを始発終着とする列車が多く、3面5線で中線もある構造になっています。

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ちょっと1番線に停車中の115系の柏崎行きの車内で待ちます。

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12:24に2番線に到着する村上発の電車です。普通列車編成両数表では、115系の3連+3連になっていたのですが、E129系の4連+2連に変わってしまっていました。もう初代新潟色を見ることは出来なそうです。

(乗車は2018年12月)

次の記事:越後線・弥彦線乗車記2(吉田~東三条~弥彦)
関連タグ:JR東日本

越後線・弥彦線乗車記2(吉田~東三条~弥彦)

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次は弥彦線です。乗車する予定の吉田12:32発の東三条行きは、普通列車編成両数表ではE127系のはずでしたが、E129系です。ここではこの路線ならではのE127系に乗るのを楽しみにしていたのですが、えちごトキめき鉄道に譲渡した関係で今は2編成しかない希少車、さらに予備車もない状態ですので、今日はE129系の代走のようです。この列車は弥彦発で、ここには11:58に着いて34分もの長時間停車中。10名ほどの乗客が、編み物をしたり読書をしたり寝ていたり、思い思いに車内で静かに時間を潰しています。

弥彦線を乗りつぶす行程は、東三条、弥彦、どっちを先に行くかで2通りありまして、

この電車で先に東三条に行く場合は、
吉田12:32→12:51東三条13:10→13:46弥彦15:15→15:24吉田。
先に弥彦に行く場合は
吉田12:36→12:44弥彦12:49→12:58吉田13:32→13:51東三条15:04→15:23吉田。
弥彦と東三条のどっちで時間を潰すかの選択となり、弥彦神社の麓駅かつ終着駅の弥彦を選んだのですが、E127系に乗っておきたい。ここで予定変更、弥彦に先に行こう。

ところが弥彦行きの電車が、強風による徐行運転で10分ほど遅れるとのこと。これでは、ただでさえ短い弥彦での滞在時間が、1分とか2分になってしまいそうです。やっぱり先に東三条に行くことにして、E129系の最後尾に乗車します。

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東三条行き電車車内から見た、弥彦行きの希少な127系電車。この日はもう見られるチャンスが無く、こんな写真しか撮れず残念。

とにかくこの電車も徐行運転だそうで、ゆっくり右へカーブし、越後線と別れます。その後も田んぼの中をひたすら徐行運転。走行音に関しては、毎日乗車していますE233系と全く同じでして、徐行するのも、中央線に直通する青梅線が立川手前で発する時と同じ聞き慣れたものです。

西燕に13分遅れで到着。ここからはもう徐行しません。外の風の様子はそんなに変わっていないようなので、飛ばして大丈夫なのか?と心配になります。

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燕駅です。燕市の中心駅で、昔は新潟交通が発着していただけあって、堂々たる駅舎に目が行きます。簡易Suica改札機があって、駅員さんの姿が見えないのですが、業務委託駅でみどりの窓口もあるそうです。

川を渡ります。信濃川はまだのはず。この川の名前は、中ノ口川。Wikipediaによる情報ですが、江戸時代には出来ていたらしい河川で、明治時代は川蒸気船で賑わっていたものの、大正になって(越後線の寺泊・分水間で渡った)大河津分水が出来て水位が低下。その後水運に変わって登場したのが新潟交通なんだそうだ。

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燕三条に到着。別件ですが今年は2回ここに新幹線で来ています。燕市と三条市で色々あった駅ですが(部外者から見れば楽しい歴史)、地元の物産品売場は買うにはちょっと高いものの見ていて楽しいし、1階のカレーラーメンも美味しいし、2階の駅そばも美味しい。とても好きな駅です。

ここではたくさん降りる人がいて、ガラガラになった前の車両に移ろうと席を立ったのですが、またたくさんの乗る人がいまして、貫通ドアの手前で、押し返されてしまう状態で結局移動出来ず。弥彦線のワンマンカーは乗降共一番前のドアしか開きませんので、こんな風になってしまいます。

今度こそ渡るのが信濃川だ。そして高架に上がると車窓が一変。

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三条はなんだか黒い街。高架から見下ろすと、どの家も屋根瓦がみんな黒いので、黒い街に見えてしまいます。

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そろそろ終点東三条です。高架を降りて左にカーブし、信越本線に寄り添います。昔は信越本線の下をくぐり、さらに先、越後長沢まで7.9kmも伸びていたのですが、その区間は1985年に廃止され、1997年に燕三条・東三条間高架化と共に現在のルートに変更されています。

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東三条到着。12:51着の予定でしたが17分遅れの13:08着。

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折り返し弥彦行きは、定刻の13:10に出発。東三条では隅にある0番線に2分しか滞在できませんでした。前回の記事で書き忘れましたが、今回の旅行の切符は、大人の休日倶楽部パスを使っています。

ガラガラの先頭車の一番前の席に座って吉田方面に戻ります。燕駅で運転室に指令が入り、西燕から吉田までは風により25km/h制限になるそう。西燕でまた同じ指令が入り、運転手さんが復唱、それを指令室が確認して、やっと信号が青になって出発します。

行きも徐行だった区間ですが、どうしてここだけなんでしょう。素人の考えでは、越後平野全体に日本海からの風が均一に吹くイメージですが、弥彦山や河川などの何かしらの影響があるのでしょう。実際に風の音が強くなり、線路際のススキも倒れています。架線は所々で直接吊架式架線(1本のやつ)が見られます。

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やっと吉田に到着します。今度の東三条行きは129系の4連です。

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吉田には13:30着の予定が12分遅れて13:42着。隣の東三条行きも吉田・西燕間で徐行運転となる指令が入ってます。そしてこの電車も、強風のため遅れている柏崎からの電車を待つので、しばらく停車。

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結局出発したのは14時過ぎ、13:38発の予定が20分以上の遅れです。

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ここが越後線と弥彦線の平面交差部分です。10mぐらい重なります。

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ここも強い風が吹き、時折横殴りの雨が窓に叩きつけられますが、徐行はしないでグングン弥彦山を目指します。吹きっさらしの矢作駅に停車、誰も降りません。

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弥彦には14:15に到着。1面1線のシンプルな駅です。

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強い風、冷たい雨、1時間半の滞在予定が1時間に短縮されてしまいましたが、こんな日は歓迎です。また、ここまで来たらロープウェイに乗って弥彦山に登っておくべきかもしれませんが、今日は運良く点検のため運休です。

小雨に濡れながら、歩いて5分ぐらいのところにある道の駅に行ってうどんを食べ、こんな天気ですので誰もいない足湯に5分ぐらい浸かって駅に戻ります。

(乗車は2018年12月)

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越後線・弥彦線乗車記3(弥彦~吉田~新潟)

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弥彦駅に戻って来ました。ここは、なんとかの駅百選に選ばれているとのことですが、まだ建物が改装(新築?)されて日が浅く、そしてこんな天気の日に来てしまったからか、朱色が際立ち過ぎる割には、人気もなくて寒々しい(実際に寒い)アンバランスな駅にしか私には思えないのが残念。帰って改めて、〜の駅百選とはなんだっけ?と調べてみますと、色々ありまして、まずは地域ごとの駅百選。東北、関東、中部、近畿の4つのエリアから合計400の駅が選ばれています。しかし新潟県は東北エリアでも関東エリアでもないため、弥彦駅はこの中には入っていません。何の百選に入っているかというと、ふるさとの駅百選というもの。これは鉄道関係の著名人が選んだもので、リストには西鹿児島駅なんてのもあり、よく見れば平成7年に選定されています。きっとこの頃の弥彦駅は、今よりもずっと、ふるさとの駅に相応しい佇まいだったのでしょう。

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駅舎にいるよりE129系の車内の方が暖かくて快適です。電車は定刻の15:15に静かに出発。日の短い12月とはいえ、まだ3時過ぎなのに、日が暮れそうな天気。そしてJR東日本の一般車両特有のカーテンを省略できるUVカットガラスが、さらに車窓を暗くしています。(ちなみに私はこのカーテン省略仕様が好きです。)

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もう一度、弥彦線が越後線と交差するところを一番前から見て(とても楽しい)、15:24に吉田に到着。

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今度の柏崎行き115系は弥彦線ワンマンカーの復刻塗装車です。いいものが見れました。隣のE129系が今度乗車する15:39発の新発田行き。4両編成で先頭車に乗車します。

定刻に出発、吉田駅構内の架線には夥しい数のカラスがいます。こんなに一度にたくさん見るのは初めてかも。何が原因で集まっているのでしょう。

北吉田では高校生がたくさん乗車。これからもどんどん混みそうです。運転室後ろに立ってかぶりつきすることにします。ワンマン運転ではないので邪魔になることはありません。

16時前で、外はますます暗くなってしまいましたが、巻でまた高校生が大勢乗車しまして、車内は賑やかになります。左には弥彦山のシルエットがぼんやり見えて、越後曽根で交換、平坦な直線区間をゆったり進みます。

車窓が住宅街になったところで、水面がとても高い川を渡ります。新川という1800年代に建設された川なんだそう。この川を渡ると内野で、ここからは電車が20分間隔で運転される、新潟市の通勤圏内となります。越後線は川を渡ると、乗客が多くなるのがはっきりしています。

内野はちょっとしたターミナルかと思っていましたが、2面2線のシンプルすぎる駅でした。隣には6連のE129系が停車しています。

ここからは丘の上を走り、海と反対側である右手に平野を見下ろす形となります。新潟平野の平らなところをずっと走ると思っていたのですが、この辺の地形は一体どうなっているんでしょう。

新潟大学前で大学生が大勢乗車し、ますます混雑。寺尾では6連のE129系と交換しますが、こちらも首都圏の通勤電車と変わらないぐらい混雑しています。電車は引き続き丘の上を走ります。右側は町の灯りが増えますので、夜に乗ったら夜景が綺麗かもしれません。

青山を出て撮影名所の鉄橋を渡ります。意外にもあっさり渡り切ってしまう短い鉄橋でした。この川は、弥彦線の燕三条の弥彦側で渡る中ノ口川だと思っていたのですが、違っていまして、関屋分水という信濃川の分水路。これは1972年に通水した新しい川で、鉄道が先で河川が後というのは珍しく、日本中でどのぐらいあるのか気になるところです。この川の分水路としての役目は、地図を見れば一目瞭然です。中ノ口川はどこに消えたかというと、河口に達する前に、信濃川に再合流してしまうようです。

関屋でどっと乗客が増え、かぶりつき場所に立ってるのが厳しくなります。築堤の上を走るのですが、下の広い道路はたぶん新潟交通の軌道があったところではないでしょうか。

最後の白山は2面3線の堂々たる駅。ホームも人がいっぱい。在来線の特急ときが今も存在していたとしたら、終着駅を新潟でなく、ここ白山としてもいいぐらいの感じです。実際に将来は、新津や新発田方面からの電車が、ここまで来て折り返すようになるそうです。

ここで乗車する大勢の人に押し込まれ、最後の一区間は、かぶりつき場所、ドア窓から離れてしまいます。しっかり車窓を見れませんでしたが、最後の締めで信濃川を渡って、右に新幹線が近づいてきて、高架化された新潟駅に16:33に到着です。

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この電車は新発田行きですが、ほとんどの乗客がここで降りますのでエスカレーターは大混雑、なかなか降りられません。

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在来線高架化工事中の新潟駅では、ちょっと見たいものがありまして、今も地上に残る仮設の8,9番線乗り場に行ってきました。遠くて昔の仙台駅仙石線乗り場みたいです。万代口の駅舎も見たいですが時間なし、新幹線ホームへ急ぎます。

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乗車するのは16:49発のMAXとき336号、隣のホームにはE2系、政治家の力で勢いのあった上越新幹線も、今は優先度が低くなって古い車両ばかりになってしまいました。

(乗車は2018年12月)

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名古屋ガイドウェイバス・ゆとりーとライン乗車記

名古屋に用があって来ました。空いた時間で乗りつぶしが出来ます。1本目はゆとりーとラインです。

自分のおさらいのために詳しく書くと、第三セクターの名古屋ガイドウェイバス株式会社が運営する、「ゆとりーとライン」が愛称の路線で、路線の正式名称は「ガイドウェイバス志段味線」といいます。

この路線は、普通に道路も走れるバスが、ガイドウェイを備えた専用軌道上を、タイヤ横の案内輪を出す事によって運転手さんがハンドル操作無しで走れてしまうもの。走るのはバスなのに法令上は鉄道という、日本の鉄道路線の中では際立って異色なものとなります。日本ではここだけですが、世界ではどうなんでしょう。

ただ、軌道の上をバス(車)が勝手にカーブして走るシステムというかアイデアは、オモチャのトミカの世界では何十年も前から実現していたので、これで遊んだことのある大きくなった男の子としては、もっと普及していても良さそうな気がしないでもありません。

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中央線大曽根駅ホームから見える、ゆとりーとラインの大曽根駅。中央線で通る度に気になっていた駅です。余談ですが大曽根までは名古屋から12分、私が毎日乗ってるのと同じ10両編成の中央線ですが、こっちのは豪華な転換クロスシート車が連結されているのが凄い。

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駅は多摩都市モノレールの駅なんかよりも、ずっと大きくて威圧感があります。乗車したいバスの発車時刻が迫って来ていたので急いでホームへ。

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バスが駅⁈に入線するシーンは撮り損ねてしまったのですが、Suicaをピッとやって乗車した、10:00丁度発の高蔵寺行きバスの車内です。中は普通のバスと全く同じです。かぶりつき席(バス好きの人達の間ではヲタ席?)は座れず、後ろのシートに座ります。

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それでは出発、右にカーブする軌道の立派なこと立派なこと。バスは鉄道車両より軽量だという認識なのですが、こんなに立派な鉄筋コンクリートの構造体を採用するのは、軌道が高所にあるからか。素人の考えでは、道路渋滞を避けるのが目的ならば、建設費を抑えるために細い柱の低い位置の軌道で、アップダウンが沢山あってもいい気がしますが、これが正解なのでしょう。乗り心地がどうだったかは忘れてしまいましたが、とにかく乗っていて爽快です。

次はナゴヤドーム前矢田、バスが1台ちょこんと止まるだけなのが、勿体ないぐらい立派なバス停、いや駅です。この時はバスでドームの観客輸送なんて出来るのかと思っていたのですが、心配は無用です。地面の下には地下鉄名城線の駅もちゃんとあります。

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二つ目の砂田橋を過ぎると左にカーブして川を渡ります。上の写真は右側の景色ですが、左側は名鉄瀬戸線の名撮影地ではないですか。急カーブもあって確か減速する所です。瀬戸線に乗車した時には、すぐ横にゆとりーとラインがあったなんて気がつきませんでした。

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川を渡れば名鉄瀬戸線をオーバークロス。守山自衛隊前駅が見えます。走っているのはマンションの7階ぐらいか、そんな高くなくてもいいのに。そして自衛隊の中も丸見え。いいのか?

軽いアップダウンを繰り返しながら、小まめに駅に停車し進みます。だんだん緑が多くなってくる感じです。圧巻なのは川村と白沢渓谷の間で、必要あるのかと思えるぐらいの高さで高速道路(第二環状線)を跨ぐところ。高架の路盤が高いのは、5月に乗車した東海交通事業城北線もそうでしたが、これが名古屋の文化なのか。

ふと思ったのは、こんなに上空高くに路線を建設できるのなら、各駅にトミカの立体駐車場にあったような大型エレベーターを設けてバスを高い位置に上げ、駅間は全区間下り片勾配とし、位置エネルギーだけで走行するトミカのオモチャのような排ガスゼロのシステムを作り上げる事も可能かも。そのうち実現したら面白そうです。

大曽根から13分の乗車で小幡緑地駅に到着。これで鉄道路線としての、ガイドウェイバス志段味線の乗りつぶしは完了なのですが、もう次の駅、いや、ここからはバス路線なので次の停留所まで乗車しておきます。

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スルスルと高架を降りてガイドレールがなくなったところでモードチェンジのため停止。見たかったのはこれです。なんだか音が聞こえたので、タイヤの横に飛び出ていた案内輪を床下に収納したようです。ここからは普通のバスで、運転車さんはハンドル操作が必要です。

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道路に出ます。法令上はここまでが専用軌道なのでしょうか、それともさっきのモードチェンジをしたところまで?

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道路に出て100m程走って竜泉寺口停留所に到着。ここで降ります。

信号を渡った反対側のバス停から、数分後に来る大曽根行きバスに乗り、専用軌道に入る時のモードチェンジも体験しておこうと思っていたのですが、ゆとりーとラインの立派すぎる中間駅から乗るのも体験したみたい。小幡緑地駅まで歩いてみることとします。

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大曽根方面の道路にはバス専用レーンがあり、渋滞が激しそうなのが想像出来ます。このバスレーンの発展したというか、昇華してしまったのが、ゆとりーとラインなんだな。

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ゆとりーとラインのモードチェンジの敷地内には、白い車体のバスが駐車しています。これは試作車とかで保存されているものなのでしょうか。

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これが小幡緑地駅。エレベーターがありますが、エスカレーターは無し。階段を上るのはきつい高さ。

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反対ホームに入って来た中志段味行きバス。やっとバスのまともな写真が撮れました。ホームに放送が入り、乗る予定の大曽根行きバスは渋滞により5分ぐらい遅れるとのこと。

遅れて来たバスは、意外にも混んでいまして、一番後ろの座席の真ん中に詰めてもらって座ります。景色はあんまり楽しめません。そしてどの停留所でもどんどん乗って来ます。お年寄が多く、みなさん病院へ向かわれるのでしょうか。

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最後は続行便を出した方がいいぐらい混雑、そして遅れも大きくなって大曽根に到着します。

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通常はバスの中で、運転手さんによる運賃精算業務が行われるようですが、今日のこの便は混雑が激しいので、駅の改札で行うとのこと。こういう柔軟な対応はさすがです。

* * *

さて日本ではここだけのガイドウェイバスですが、世界ではどうなんだろうとWikipediaを覗いてみますと、数は多くないのですが、それぞれオモチャの世界のように個性的です。例を上げると、

トラムの線路の外側にガイドウェイバスの軌道を併設置し、トラムの地下区間にまで乗り入れ可能なもの。
ディーゼルエンジンと電気の両方で走ることが可能で、トラムとガイドウェイバスとの併用区間と、バスとして走るトラムの併用軌道区間では、トロリーポールを上げてちゃっかりトラムの電気を借りて走るもの。
駅構内にはガイドウェイを設置せず、一般のバスも乗り入れ可能とし、乗り換えをしやすくしているところ。

また、日本のガイドウェイバスについては、建設費が異常に高すぎることの他に、なんと!1駅間で走行出来るバスは1台のみと決められているそうで、バスの機動性を全く生かせていないなんてことも書かれています。せっかくの新しいシステムなのに、法が追いついていないというか、開業して17年経つというのに何とかならないものでしょうか。ラッシュ時にはバスが数珠繋ぎになって走るのかと思っていたのですが、違うようです。これならガイドウェイなんて取り払ってバス専用道路としておいた方が良いのではないか。

話が飛びます。世界一だと自負していた日本の新幹線の技術が、今や中国に抜かされてしまったようですが、新交通システムの分野では、相当先を越されてしまっている感じです。

驚いたのはスマートレールという現在試験中のシステムで、道路に白線を書くだけで軌道が完成し、架線無しで走る数両連結のゴムタイヤ電車。そのうちGPSの技術で白線が、AIの技術で運転手も要らなくなるでしょう。

日本でもこれがLRTとして各都市で導入出来たら、鉄道路線が一気に増えるなんてことが起きるかもしれません。でもやっぱり、これも道路やら鉄道の法に縛られて、日本での導入は簡単にはいかないのではないかと思うところです。

(乗車は2018年12月)

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関連タグ:新交通システムバスの旅
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QJ7000

Author:QJ7000
おじさん鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。2012年、ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになり、乗りつぶしをスタート。現在の未乗区間は約2,850kmで、今の生活パターンだとすべて乗りつぶすにはあと10年ぐらいかかりそうです。路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事をご覧になりたい方は下のカテゴリーの「年別目次」からどうぞ。

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