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松浦鉄道乗車記2(たびら平戸口~佐世保)

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平戸島へのサイクリングを終え、たびら平戸口駅に戻ってきました。昭和な雰囲気の駅舎内は、国鉄時代にタイムスリップしたみたい。なんと昔ながらの売店も営業しています。左側には鉄道資料館があり、昔の写真やサボなどが展示されていて、これも楽しい。

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2,3番ホームから駅舎側を望みます。こういうホームの中央にあるような構内踏切はJRでは絶滅したか? 私としては近江鉄道の高宮駅で見た以来です。日差しは強く大きな屋根の下がありがたい。まったりと夏を感じられて、いい駅で途中下車できたなと満足です。

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今度の列車はこの駅で交換、まずは伊万里行きが来まして、

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私の乗車する12:48発の佐世保行きが来ます。左の建物は国鉄時代に役目を終えたのでしょうか。今はたった一人の駅員しかいないこの駅ですが、昔は多くの職員が勤めていたことが伺えます。

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さて出発、しばらく内陸部を進みます。この列車もガラガラでして、なんと乗客は私含めて4人しかいない、またまた一人で座るには気が引けてしまう、進行方向右側かつ海側の2つしかないボックス席に座ってしまいます。

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深い入江(江迎湾)の独特な風景が見えてきて、すえたちばな駅に着きます。入江を見下ろせる片面ホームには日傘をさした美人が列車を待っていて、絵になるなぁ。

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カーブした鉄橋で入江の末端部を渡ります。ここは有名な撮影地ではなかったっけ。この先はまた内陸部に入って行くのですが、各駅で数名ですが乗客が増えてゆきます。佐世保圏内になるのでしょうか。

そろそろ吉井駅です。松浦鉄道に乗車したら、1970年前後に廃止された3本の支線跡を見てみたい。まずは世知原線跡がカーブしたコンクリート橋梁を渡った左側にあるはず。しかし右側の座席からは全く判らず。吉井駅に着いてしまいました。後で知るのですがこの橋梁は有名なもの。

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ここで交換。廃線跡は見つけられませんでしたが、草むした広い構内は、ここが分岐駅であった名残。レールバスのキハ02がちょこんと佇む姿を思い浮かべてみます。次の神田駅も構内が広く、かつては貨物を取り扱っていたような雰囲気です。

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続いて佐々駅、ここも構内が広い。ここからは日中も30分1本という、旧国鉄赤字ローカル線を元とする第3セクター鉄道としては高頻度運転区間となります。ここで運転手が交換し、出発すれば左に車両基地があり、古いタイプの車両が1両見えます。さて、右の線路際に注目。

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廃止からもうすぐ半世紀となる臼ノ浦線ですが、路盤は完全に残っています。ここをタンク機関車が短い石炭貨物列車をトコトコと牽いていたのでしょうか。臼ノ浦の石炭積込港はどんな雰囲気だったんだろう。帰って画像を検索してみれば、何枚か出てきます。中でもこのブログ(「アトリエ隼 仕事日記」様)が凄い、長崎愛に満ちた記事に貴重な写真が一杯でとても参考になります。松浦鉄道については、よくこれを読んで予習してから乗車するべきでした。

ちなみに世知原、臼ノ浦、柚木の松浦3支線を私が知ったのは、中学生ぐらいの時に非常に高価だった復刻版時刻表を買ってもらった時でして(親に感謝)、誌面からは、廃止寸前の悲壮感を通り越え、薄気味悪さを感じるほどの(失礼)妖しい存在感を放っていました。乗車後にお復習して知ったのは、松浦線のルーツは佐世保軽便鉄道が始まりで、佐世保側、伊万里側とも国鉄線に接続する以前に、この3支線は開業していたということ。元々は支線ではなく石炭を運ぶための本線だったのだ。

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真申で交換。この付近からは戦時中の改軌時に切り替えられた新線区間になります。左側には旧線跡っぽいのが見えたのですが、もしかしたらそうか。乗客も増えて席の移動はもうできません。右側にはまた発電所があります。

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もう佐世保近郊区間に入ったと言えましょう。2駅に1駅は、新しい造りの簡素な棒線駅でおそらく松浦鉄道に転換してから誕生したようです。そんな駅からもどんどん乗客は増えボックス席は4人座るようになります。写真は野中・左石間で見えた川。

柚木線が分岐していた左石駅に到着します。昔は広かったっぽい構内とホームのとても古い木造屋根に石炭を扱っていた鉄道駅の名残を感じられますが、周りには新しいマンションが建ち、もう完全に住宅地。出発すれば左側に柚木線の跡を見つけられそうですが、左石からの通路に立つ乗客で左側の車窓は全く見えません。カメラもしまいます。

坂をくねくね下ってゆきます。山の田から右側に見える川は、川床が1枚岩みたいになっていて不思議な雰囲気。北佐世保に到着。ここは高台にある駅で、周りの景色を見れば、ここも長崎と同じように坂の街なんだなと感じます。中層マンションが教会風デザインなのは、ここ佐世保ならではのものなのでしょうか。ここからは昔は佐世保線だった区間で、高架、切通し、トンネルを繰り返します。

中佐世保に到着。切通し区間なのか高架区間なのかよくわからない坂の町の駅で、線路際は草木がジャングルのように茂りなんとも言えない雰囲気。次の佐世保中央までは0.2kmと鉄道路線では最短駅間距離の区間なのですが、南国独特の雰囲気に合わせ、私の住まいの近くの福生にも通ずる米軍基地のあるっぽいドロドロした風景の中を走ります。私の文章力でうまく伝えられないのが悔しい。すぐに佐世保中央駅に到着、ここから見える路地もなんか怪しい雰囲気。しかし、写真家が上手に切取れば、いい作品に仕上がりそう。ここで半数の乗客が下車します。

佐世保中央を出発すればすぐにトンネル。トンネルを出れば高架区間で、打って変わってスッキリした空間に飛び出ます。横に線路より高い高速道路、その下の道路も広い、新しいショッピングセンターに、その向こうは海、旧市街から新市街に来たみたい。

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右手にJRの線路が広がり、14:09、終点の佐世保駅に到着します。

(乗車は2017年8月)

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関連タグ:松浦鉄道旧国鉄の第三セクター路線
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佐世保線乗車記(佐世保~有田)

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初めて来ました佐世保駅、なんてスタイリッシュで都会的な駅なんでしょう。私は、平屋のコンクリート駅舎に、優等列車の発着する1番線、跨線橋を渡って2,3番線、松浦鉄道は0番線、そんなものだと思ってたので、あまりの違いにビックリです。

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駅の西側は海、シルバー塗装の783系もこうしてみると一部廃車が出ているとは思えないぐらいに近代的。

しかし、松浦鉄道含め3面8線、JRだけでも3面6線なんて多すぎて使いきれるのでしょうか。長崎駅より大きいのです。もしかしてこれは両駅の昔からの関係、さくら、あかつき、かもめ・みどり、こっちに来るのはいつも食堂車のない付属編成だったという悔しい想いがこうさせたのか・・・、なんて、小学生の頃から時刻表ばかり見ていると変な推測をしてしまいます。

ここでは次の列車まで約1時間の待ち時間があり、一旦昼食に外へ。せっかくなので有名な佐世保バーガーでも食べてみようと、海側のお洒落なショッピングセンターのお店に行ってみたのですが、混んでいて焼き上がるのに40分以上待つというので断念。結局戻って駅ビル内のちょっと高級なうどん屋さんで食べたのですが、ここも麺を茹でるのにとても時間をかける店でして、佐世保の飲食店とは、どこも調理に時間をかけるものなのか。注文したのはゴボウ天うどん、ゴボウ天ぷらはカウンター前で丁寧に揚げてくれるのですが、一口かじれば衣からスッポ抜けてしまい何だか空しい。でも空洞になった揚げたての衣は、サクサクの素晴らしい食間で実に美味しいぞ、しかし残りの天ぷらは、もう汁を吸ってしまってサクサクではない。

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ゴボウの天ぷらについて、すっきりしないままホームへ、左はこれから乗車します15:13発の普通肥前山口行きは817系の2両編成。右は大村線長崎行きの快速。

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817系には何度か乗車したことがありますが、前面がすべてガラス張りのは初めてか。正面から写真を撮れば自分が写り込んでしまうんだな。

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それでは出発。すぐに高架を降りて住宅街へ、カーブが多くトンネルもあります。松浦鉄道の佐世保近辺と同じような感じです。

佐世保線は佐世保から早岐までが私の未乗車区間。この区間を乗れば、昔のL特急の走っていた主要在来線をすべて乗ったことになるので、私の乗り潰しも一区切りと勝手に思っているところです。

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日宇に到着、特急みどりと交換で3分停車。

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大塔でも交換、今度は大村線普通列車。この駅の横には大型ショッピングモールがあり、乗客の半分が降り、同じくらいまた乗ってくる。いいなぁ、私の住む多摩地区の大型ショッピングモールは鉄道では行けない所にあるのも多い。

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あっけなく早岐に着いてしまいました。この早岐・佐世保間といえば、田んぼの中のストレートをC11が逆向きで20系さくらをヘッドマークを付けて走る写真が雑誌で見て印象に残っていたのですが、田んぼの中のストレートなんて無かったぞ。

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ここでも5分停車。

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キハ66・67の長崎からの大村線快速の接続後に出発。スイッチバックしますので、私も運転手さんと一緒に移動して、またかぶりつき。

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未乗車区間は終わりましたが、県境越え区間も面白い。坂をぐいぐい登って行きます。

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おっ信号所だ。

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左から松浦鉄道が近づいてきて、しばし複線みたいだけど片や電化、片や非電化という景色。

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15:45、有田に到着します。

(乗車は2017年8月)

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関連タグ:JR九州

松浦鉄道乗車記3(有田~伊万里)と国鉄最後の日の思い出

佐世保発の普通列車を有田で降りて、3区間に分けた松浦鉄道の乗り潰しの最後、有田から伊万里まで乗車します。

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15:48発の伊万里行きは自動車学校のヘッドマークをつけています。乗客は10名ぐらいか。進行方向右側座席は、伊万里→佐世保では4人掛けボックスシートでしたが、有田→伊万里では伊万里駅の関係で1人掛け転換シートになります。気を使わずに座れるので助かります。

有田~伊万里間は、松浦鉄道の中ではあまり車窓が面白くない区間かもしれません。美しい海は見れませんし、石炭輸送の重い歴史も感じなければ、佐世保みたいなエキゾチックな街も走らない、いい意味で正しく枯れきった感じの日本のローカル線です。午後ですので車窓をしっかり見てやろうという集中力も切れ、ボーッとしてるうちに伊万里に着いてしまいました。おっ!と思って撮った写真は下の2駅。

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古い駅舎の蔵宿駅(ぞうしゅくと読む)。Wikipediaによると1913年に建てられたんだそう。こちらも後で知るのですが、石炭ではなく陶磁器の運搬のために建設されたという有田~伊万里間は、松浦鉄道では最も歴史が古く、なんと1898年の開業。ちなみに佐世保軽便鉄道はその22年後の開業であります。

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ホームが自然に帰りつつある夫婦石という駅。ここで交換。写真を撮った2駅は、1898年の開業からある駅みたいです。

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16:13、伊万里に到着です。

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改札を出て道路を渡って16:23発の筑肥線に乗り換えです。7時間前に乗車した区間ですので少し寝ます。

(上記の乗車は2017年8月)

***

これで記事が終わってしまうのも寂しいので、国鉄最後の日の鉄道旅行の思い出話を…

 長崎県と佐賀県は、私にとって46都道府県で最も縁がなかった県でして、鹿児島本線と九州新幹線で何度か鳥栖付近を通過したのを除けば、一度しか来たことがありません。それは忘れもしない1987年の国鉄最後の日に発売された全線フリー切符を利用した最悪の旅行でして、その行程は…
 まずは前日夜発の大垣夜行の臨時続行便(167系、座れない)で名古屋へ、次に名古屋始発のひかり(座れない)で博多へ、博多からは長崎行き特急かもめでこれまた座れない。そして肥前山口で隣のホームにガラガラの715系普通佐世保行きが停まっていたのを見て乗り換え。これが佐賀県で外の空気を吸った唯一の経験になります。とにかくやっと座れる。しばらく元寝台特急581系の広いボックスシートに身を委ねて早岐へ。次もガラガラ大村線普通列車で長与経由で長崎へ。とても穏やかな大村湾の景色が印象に残ってます。長崎到着後は直ぐに特急かもめ自由席の列に並んで、なんとか座席を確保して博多へ。次に予定していたひかりは超満員、先行するこだまで小倉だったか広島まで行って、満員のひかりに乗り換えます。ひかりでは長い時間食堂車でヒレカツ定食を注文して粘った記憶もあります。新大阪で降り、最後は485系急行きたぐに臨時続行便。なんとか座れたました。きたぐに乗車中に国鉄はその歴史を閉じます。JR幕開けの翌日は、青春18きっぷに切り替え、新潟からいろいろ回る予定でしたが、もうクタクタ。長岡で下車し、上越線でまっすぐ東京に帰りました。若かったからやり(乗り)遂げられた感じの旅行でしたが、もうこの手の全線乗り放題キップは懲り懲りです。
 今回の旅行で長崎県と佐賀県の鉄道は乗り潰してしまう予定ですので、また当分来ることは無いのかもしれません。

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関連タグ:松浦鉄道旧国鉄の第三セクター路線国鉄時代

唐津線(山本~久保田)乗車記と鍋島

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伊万里16:23発の唐津行き筑肥線上り列車、肥前久保を過ぎたところで運転席横に立って、唐津線との並走区間をもう一度見てみます。

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唐津線をオーバークロスして、

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複線みたいになって、本牟田部駅をすり抜け、

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場内信号、広い構内

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山本駅に17:03到着、同じホームで待っています17:04発の唐津線佐賀行きに乗り換えます。

***

さて、ここからが表題の唐津線の乗り潰しとなります。とはいっても唐津~西唐津の電化区間は筑肥線103系で唐津~山本の昔は筑肥線との重複区間も筑肥線キハ125で乗車済み、更に山本より南約4kmの筑肥線並走区間も2回筑肥線から見たので、面白い区間は見尽くしてしまった感じがあるのですが、地味な区間もボックスシートからしっかり車窓を見ておこうと思います。

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ちなみにこの列車はキハ47なので前面展望は良くない。

早速発見があって、筑肥線との並走区間が終わり、鉄橋を渡ると、右手に線路跡みたいのが近づいてきます。そしてこの線路との接続直前は保線車両の車庫になっています。なんだ!これは?、もしかして唐津線佐賀側から筑肥線伊万里側への短絡線?そんなのあったっけ?

急いでタブレットでWikipediaの唐津線を開いてみますと、ここは中相知信号場のあったところで、伊万里側へと延びていたのは1978年に廃止された相知炭坑駅へと通じていた貨物線跡だったのでした。この路線図によれば唐津線には3本の支線が昔は存在していて、唐津側から、まずは山本から分岐していた岸嶽支線、この相知炭坑への貨物線、最後に多久から分岐していた柚ノ木原へ通じていた貨物線となります。

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岸嶽支線の存在はすっかり忘れてました(復刻版時刻表にありました)。筑肥線上り列車の山本駅到着寸前のかぶりつき写真を再掲載しますが、この辺は左側に岸嶽支線の線路があって、単線が3本も並ぶ区間だったのです。

次に注目は多久駅手前、右側に柚ノ木原への貨物線跡があるはずですが、よくわからない。駅の周りはきれいに整備され、昔はとても広い貨物ヤードだったのかもしれません。

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多久を出発すると右手がすごい、高い屋根を持つスクラップ置き場が見え、その次に石炭積込み施設(写真)が残っているのが見えます。1968年に閉山した三菱古賀山炭鉱なんだそうで、後で知るのですが、この唐津線も元々は石炭輸送のための鉄道で、港側の唐津側から延伸し、最後に久保田で長崎本線と接続したとのこと。

こんな遺構の残っている駅でしたが、ここからは夕方ラッシュ時は30分間隔での運転区間となり、頻繁にキハ47の対向列車とすれ違います。お客さんも多い。

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長崎本線が近付いてきて久保田に到着。これで唐津線の乗り潰し完了ですが、その後の長崎本線も30年ぶりに乗車する区間。

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時刻表を見ていて気になる(臨)バルーン佐賀駅を通過します。ここは、熱気球と鉄道を絡めた写真作品では、とてつもなく広い空間の中だった気がしますが、実際は普通の河川敷でそんなに広くはありません。写真を撮った人が上手で騙されたとしか言いようがない。

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終点の佐賀まで乗るつもりでしたが、一つ手前の鍋島で下車します。

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いい位置にED76が停まっているのです。いい場所ではないですがEF81 450番台もいます。国鉄交流電気機関車はJR後一気に淘汰された感じですが、こいつは長く活躍しました。EF81も今は下関には顔を出さず、交流区間のみの運用のようですが、どっちが先に引退するのでしょう。

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ここではたった8分の滞在で、次の2両編成の長崎発鳥栖行きという長距離普通列車に乗り換えます。電車は速い、100kmで飛ばします。すぐに地方都市の標準的な2面4線高架駅の佐賀に到着。ここから座って行きます。背ずりが木の座席ですが、座り心地は悪くない。

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18:43、鳥栖に着いてしばらく特急列車の撮影。次から次へと来るので楽しい。今日は鳥栖のビジネスホテルに宿泊です。昨日は中州でしたので、どこで夕食を食べるか店が多すぎてなかなか決められず歩き回ったのですが、今日はホテル横の居酒屋さんに即決定。東京に比べて安いし旨いし量も多い、特にイワシの刺身が新鮮で美味しかったです。

(乗車は2017年8月)

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関連タグ:JR九州

三井化学専用鉄道を再々訪問1(仮屋川操車場)

九州鉄道旅行3日目最終日、鳥栖の安めのビジネスホテルの朝食を食べて7時過ぎに出発します。今日の予定は、鳥栖7:25発の門司港行き普通列車で基山へ、そこから甘木鉄道甘木線と西鉄甘木線の計31.6kmの乗り潰しをして、大牟田に出て、船で島原へ渡る予定です。

しかしホテルを出たところで目の前を、短いタンクコンテナの貨物列車(通称大牟田貨物)が通過するではありませんか。お盆休み期間ですが、今日は私のお気に入りの三井化学専用線が走るということ。予定を変更して直接大牟田に行き、こっちを見に行くことにします。

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朝から大牟田行きは、元々「本日の予定第2案」として暖めていたプランでもあったのですが、鳥栖駅でもこれを後押しすることがありまして、7:25発門司港行き普通列車は415系ステンレス車、7:26発熊本行き普通列車は同じ415系ながら鋼製車。後者もロングシートのやつだったのですが、乗車できるのはこれが最後かもと、約45分MT54の音を楽しみ大牟田に到着、早速西鉄大牟田駅に行って自転車を借ります。

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自転車はすごい、前から来たいと思っていました三井化学専用線の見学スポットの一つである仮屋川操車場の一番奥にあっという間に着きました。西鉄の新栄町駅からだって、歩けば相当時間がかかるはず。第1便の機回しでここの先端部まで来る45トン電車の姿を捕らえたいと思っていたのですが、来るのが遅かったので第1便は到着済み、また移動します。

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仮屋川操車場の大牟田駅側から見渡せるポイントに到着。写真は三井化学専用線からJRに引き継がれる第1便。今日は6両で、うち1両が黄色いタンクコンテナ。海上コンテナを積んだ車両はありません。

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待つこと40分、やっとJRから三井化学専用線と引き継がれ第2便となる列車が一番手前の線路に到着。

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今日の牽引機はDE10 1202、国鉄色です。

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すぐ切り離して、

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中線を戻り、

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手前から3番目の線路へ、

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おっ!田の字窓の西鉄5000形だ。

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今度は三井化学専用線からJRへ引き継がれる方に連結です。

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連結作業終了。

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その5分後に真打登場、今日の三井化学専用線の第2便の45トン電車は18号機です。

この18号機、私の訪問した2週間後、ここ仮屋川操車場でなんと脱線事故を起こしてしまいます。古い車両ですので一時はどうなるかと心配しましたが、その後無事に復活しています。その記録は右リンクのブログ「眠れないマクラギを数えて」に詳細に記録されています。とにかく良かった。

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さて、いつ来てもここの電車(機関車)はきれいなんだよな。

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こちらも連結。

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しばらくしてDE10側の方が停止位置の修正で少し前へ、いい位置で並んでくれます。

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もう1枚。

その後の45トン電車の出発シーンは動画で記録しました。自転車で宮浦操車場へ追いかけます。

待っている時間思ったことですが、この日も暑い1日でして、どっちの機関車も冷房がありませんので乗務員の方々は本当に辛そう。古い機関車の写真を撮って喜んでいるのが、何だか申し訳ないような気がしてきました。

(訪問は2017年8月)

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関連タグ:専用鉄道訪問三井化学専用線

三井化学専用鉄道を再々訪問2(宮浦操車場)

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宮浦操車場に到着。仮屋川操車場からでも自転車だとあっという間に着きました。コンテナ車は5両だったのが4両になっていますので、22トン電車の移動作業はあと4回。この後は大牟田駅西口11:06発の三池港行きバスに乗るのですが、この時点で9:57。移動作業は何回見られるでしょうか。ギリギリまで粘ってようと思います。

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おっ!早速工場から帰ってきました。今日の22トン電車は11号機です。また会えて嬉しい、来て良かった。

このブログは基本的に乗り潰しブログです。一度来た所は、目的が果たせなかったり状況が変わったりしなければ、来ないし、記事にもしない方針だったのですが例外を作ってしまいました。

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直ぐに2両目を工場に引いて行きます。前回来た時は周りの工場の騒音がうるさかったからか、電車の走行音がほとんど聞き取れず、吊り掛け駆動ではなくカルダンなのではないかと思ったのですが、今日は日曜日ですので工場は静か、ちゃんと優しい感じの吊り掛け音を聞くことができました。

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次に戻ってくるのはだいたい10分後なので、他の車両の写真もささっと撮影。いつもいい場所に停まっています45トン電車の18号機。

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南側奥の留置車両郡、ここも歩けばかなりの距離ですが自転車なら直ぐ着きます。また踏切に戻って3両目コンテナ車の引き込みは動画撮影。

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また戻ってきまして、

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4両目コンテナ車を引き込みます。

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また10分後戻って来ます。

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あれ?5両目コンテナ車は奥に押し込んでしまったぞ。私も追いかけます。

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コンテナ車を連結したまま詰所前の定位置に停車。

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乗務員の方々も汗をふきふき詰所の中へ。暑い中本当にお疲れ様です。午前の作業はこれで終わりみたいです。この時点で時間は10:48、大牟田駅に戻ることにします。

さて、帰ってから思い出したのですが、この日見た11号機には「T6-8」という表記がありまして、これが大正6年8月製造を示すものだとしたら、丁度私の訪問した月にこの機関車は100才の誕生日を迎えたことになります。100年前の機関車が現役で活躍しているというのは、とんでもなく凄いことでして、お祝い、何かしらのイベントはあったのでしょうか。いやいや、この鉄道にとっては、そっとしておいた方がいいのかもしれません。この後、18号機が脱線し、仮屋川操車場への第2便にピンチヒッターで22トン電車の重連運転が見られたというのですが、これも鉄道趣味界の大きなニュースにはならなかったみたいです。これからも(東京からですが)この鉄道については静かに見守ってゆきたいと思います。

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最後に大牟田駅ではED76 1019が大牟田貨物を従えて待機中。これまで見れてラッキーです。

(訪問は2017年8月)

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三池島原ライン乗船記

大牟田での三井化学専用線の見学を終え、次は高速船の三池島原ラインで島原へ渡ります。大牟田駅西口前の三池港行き連絡バス乗場は、お盆休みの期間ですのでキャリーバックを引きお土産の紙袋を持った島原へ渡るんだろう帰省客で一杯。更にこのバスに接続します西鉄特急が到着しますとその列はどんどん長くなります。高速船は定員制ですので乗れるかどうか心配になってきました。切符はまだ買っていないのです。

西鉄特急~連絡バス~高速船の接続スケジュールはかなりタイトなものでして、西鉄特急が大牟田に11:04着、バスが大牟田駅11:08発→三池港11:16着、高速船が三池港11:20発→島原12:10着となっています。まず、バスは2台で来ました。到着して直ぐ出られるように運転席横に立ちます。どちらも満員になって出発。海、港が見えてきて、この辺は三池鉄道の線路跡があちこちに見られそうですが、目で探している余裕はもうありません。

到着して待合室内の切符売り場に一番に並びますが、ほとんどの他の乗客はすでに連絡乗車券?を購入済みのようでどんどん抜かれます。出航時刻も迫り、こちらは焦っているのに切符売り場の女性職員の動きは実にマイペース。しかしこの雰囲気から満員で乗船出来ないというようなことはなさそうです。

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やっと切符を手にして桟橋に出ますと、高速船は2艘待機していました。

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私が案内されて乗船するのはこっち。船の後部には室外の席、何と言うのかわかりませんが潮風を浴びられるプラスチックの椅子席があり、ここに座ろうかと一瞬思ったものの、後で辛くなって中に入ろうとしても座席が埋まっているというのも想定されますので中に入ります。窓際や通路側の座席は既になく、中央の狭い席に納まります。

さて出航です。クルリと向きを変え岸が離れて行きます、港を出て有明海へ。しかし座席は窓から遠く、窓も波しぶきでくもり、景色は全く楽しめません。そこで切符購入と一緒にもらったパンフレットとクーポン券でも見て過ごします。この三池島原ラインを運航する、やまさ海運株式会社は、私もいつか行ってみたいと思っています軍艦島へのクルーズもやっていまして、昔は一般人の立ち入れない廃墟の無人島も、軽めのノリのパンフレットの作りを見て、今やすっかりメジャーな観光地になった感じです。あと、クーポン券がとても充実していまして、大牟田と島原のレンタサイクル無料券なんかが付いています。島原側から大牟田に渡ってきたら、三井化学専用線めぐりのレンタサイクル代を無料にできたのだ。

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50分の乗船で島原に到着。ちょうど隣の桟橋では熊本行きのフェリーが出発するところ。今度は高速船ではなくこういう普通のフェリー、船内を歩き回れるやつに乗ってみたい。うどんでも食べられたら最高であります。

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しばらくして大牟田からのもう一艘が到着。定刻より10分遅れになります。

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こちらは私が乗ったの。

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陸側を振り返れば、雲仙岳がドーンと見えます。島原半島に来たのであります。

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待合室でトイレを済ませ、島原鉄道の島原外港駅へ向かいます。線路際に着きますと、ちょうど踏切が鳴って、島原外港に到着する列車のいい写真が撮れました。

(乗船は2017年8月)

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E351系スーパーあずさ5号お名残乗車記

九州旅行の記事がまだ終わっていないのですが、1本だけ旬な記事を先に上げます。

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2月初旬の平日休みの日、来月のダイヤ改正で引退のE351系で運転されます、8時ちょうどのスーパーあずさ5号にお名残乗車してきました。また、この列車は毎朝の通勤時に新宿駅で見る列車でして、この日もいつもと同じ電車で新宿に来るも、仕事には行かず、あずさに乗っちゃうというのを一度やってみたかったのです。

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左はLEDの別のAZUSA表示。右の基本編成と付属編成の連結部分は、新宿停車中に通り抜けておきました。

この列車は新宿からですと自由席でも余裕で窓際を確保できるのですが、えきねっとの割引で指定券を取った方が断然安い。選択した座席は、カーブで前方の車両がよく見え、モーターの音もよく聞ける電動車の台車の上の2号車1番A席にしました。車内に入りますと、189系と変わらないぐらい草臥れています。内装パネルが汚れているのは、昔は喫煙席だった名残でしょうか。座席も狭苦しい。この車両も登場して23~25年、引退する時期なんだなぁというのを感じます。

さぁ出発です。今日は快晴、いい鉄道旅行になりそうです。しかし車端部だからかよく揺れます。新宿から東中野まではカーブ区間ですのでよく揺れ、東中野から中野までも直線区間ですが線路が悪いからかよく揺れるのですが、いつものE233系より激しく揺れる気がします。これは振り子機能を固定しているとかと関係するのでしょうか。中野からはラッシュで前の電車が詰まっているので、総武線に抜かれたりしますが、三鷹からは若干スピードが速くなり立川。ここでは2号車だと普段E233系の止まらない位置に停車します。

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立川を出ると一気に加速、気持ちよく多摩川を渡ります。ところが日野を過ぎ切通区間を抜け撮影名所でもありますカーブから急に減速、普通じゃないノロノロ運転になってしまいます。そしてついには豊田で停車してしまいました。

豊田駅の放送によると、なんと阿佐ヶ谷で人身事故発生。その後の車内放送では、中央線快速はすべてストップし、高尾の快速用のホームは2本とも埋まっている、そのため前を走る八王子に停車中の快速が動けない、なのでこの列車も動けませんとのこと。残念!もう少しで逃げ切れたのに。私は毎日中央線で通勤していて、人身事故等による遅延はもう慣れっこなのですが(昨日の夕方も豊田で発生していた)、今日だけは避けてもらいたかった。

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上りあずさ2号もここで停車。デッキで電話する人が見えます。

静まり返った車内に車内販売が来ます。暖かいコーヒーでも飲もう。それとサンドイッチも購入。朝の東海道新幹線のように500円にはならなかったのですが、サンドイッチは素朴な味がしみじみ美味しい大船軒のでして、中央線でも販売してるとは以外です。

今日の予定はガタガタと諦めていましたが、8:46に豊田を出発。JR東日本アプリの列車走行位置情報を見れば、高尾に停車していた快速が動いています。八王子では立川より全然多くの人が乗車。隣にはビジネスマンが座り、早速パソコンを広げて仕事を開始。ここでもなかなか出発できません。駅の放送によると、後続のあずさ7号がいつ新宿を出発できるかわからないので、大月、塩山、山梨市、石和温泉、下諏訪に臨時停車するとのこと。スーパーでない停車駅のあずさになってしまいましたが、定刻より27分遅れの9:00に八王子を出発します。後続あずさ7号の8分前を走るかたちになります。

いつもなら高尾駅は通過線を高速で走り抜けるはずですが(ここは中央線特急の楽しみの一つ)、今日はノロノロで通過。しかし構内を抜けてからぐんぐん加速。そしてここからは線路に雪がびっしり残っていて景色も変わります。

やっとスーパーあずさらしい走りを体験できます。昔は線路間が撮影地だったトンネル手前の上下線が別れるところのカーブから振り子で車体がカクンと傾き気持ちいぞ。裏高尾では斜面に三脚を立てた撮り鉄さんが1名、待ってるの寒かったろうなぁ。相模湖では新型E353系のスーパーあずさ4号が停車中。定刻運転なら八王子を出て約9分後にすれ違う予定の列車です。今日は、上り特急とのすれ違い時刻を計算してメモし、うまく上下線が別れたところですれ違いそうなら写真を撮ろうと準備していたのですが、それも無駄になってしまいました。

大月に臨時停車、富士急ホームには、富士急カラーの旧京王5000系が停車中。初狩を過ぎて、一番撮りたかったE351系スーパーあずさ6号とすれ違いです。笹子トンネルを抜け、左側には甲府盆地がきれいに見えるはずですが、ほとんどの窓のロールスクリーンが下ろされてしまい全然見えません。塩山には臨時停車しますが、山梨市と石和温泉は臨時停車するのを中止するようで、後続の普通列車に乗り換えるよう案内されます。このような判断を次々にこなす運転管理の鉄道マンは大変だろうな。

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中央本線下り列車の車窓がいいのは圧倒的に左側なのですが、石和温泉手前辺りでは、右側からも南アルプスの山々が見ることができます。左は白根三山、右は甲斐駒ヶ岳でしょう。

甲府到着寸前まで、遅れを取り戻そうとしているのか猛ダッシュ。甲府到着手前では右にEF64 1053と茶色のEF64 37が停まっています。いつもここに常駐しているのを忘れてました。順光でいい位置でしたのに、写真を撮り損ねてしまいました。甲府に到着、昔の急行アルプスでは、座れないほど混んでいても、甲府でほとんど降りて、ボックスを一人で占領できるほどに空いたのですが、今日のスーパーあずさは数人しか降りません。

甲府を出発しますと八ヶ岳も顔を出します。留置線ではE257系が2編成並んでいます。E257系は、最も私の身近な特急車両なのですが、乗るのは中央・青梅ライナーばっかりで、たまにあずさやかいじに乗車するも立川より東側のみ。そして西側は毎回スーパーな方を選択してしまっているので、E257系が中央本線を最高速度130km/hで走るのを一度も体験したことがありません。踊り子号に転用される噂もありますので、その前に乗っておかないといけません。

韮崎あたりから小淵沢にかけては、私が中央線下り特急の最も好きな区間で、連続勾配区間をスピードを全く落とさず一気に駆け上がります。過去2回のスーパーあずさの乗車では、感動するぐらいの力強いモーター音が聞けた記憶があるのですが、今回は割りと静かです。これは前回は量産先行車(だった?)、今回は量産車の違いでしょうか。期待が外れて少し残念。しかしスピードは速い。

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小淵沢で隣のビジネスマンが降り、狭苦しさから少し解放されます。小海線でも来ないかとカメラを用意するも来ません。ここからは高さ2mぐらいの金網が線路沿いに設置されています。野性動物が線路内に入らないようにするためのものと思われますが、撮り鉄さんも一切線路に近づけないようになってしまっています。

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いつも気になる単線時代の鉄橋(旧立場川橋梁)。1980まで使用していたそうなので小学生時代に1往復渡ったことになります。

茅野、上諏訪で半数ぐらい下車、温泉時代は何度か利用した上諏訪駅の足湯も、この時間から賑わっています。ここから単線区間、スピードは若干遅くなりますが、振り子はちゃんと効かせているみたいです。

続いて下諏訪に臨時停車。ここは後続のあずさ7号も通過するのですが、EH200の牽く石油輸送貨物と交換するので停車扱いになったのでしょうか。岡谷では飯田線天竜峡行きがこの列車の到着を待っていてくれてるらしい。しかし松本からの長野行き特急しなのは接続できずお詫びの放送となります。

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塩嶺トンネルを抜け、塩尻を出ると車内はこんな感じ、最後も飛ばしまくりです。

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終点松本に到着したのは11:11。定刻より33分の遅れです。しかし後続のあずさ7号のスジと比較してみると、八王子を8分前に出発して、山梨市と石和温泉は通過するも下諏訪に停車して、松本に17分前に到着したことになります。これこそ振り子車E351系だから可能な運転なのではないでしょうか。汎用特急車とはひと味違うのであります。

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世代交代の時期ならの新旧スーパーあずさ車両の並び。

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新旧顔合わせはこんなところにも見られました。ボロボロに色褪せてしまった乗車位置看板に年月の流れを感じます。

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こっちは松本運転区で休む2編成。

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私の乗車した車両は、15分遅れでスーパーあずさ14号となって新宿に向けて出発 (定刻だと11:08発)。このスーパーあずさ14号とその新宿からの折返しスーパーあずさ19号は、途中八王子、甲府、茅野、上諏方しか停車しない、最もスーパーなスーパーあずさ運用で、私の利用する立川駅を通過する最後の特急でもあります(昔は特急あずさはもちろん急行アルプスも立川は通過していたのでした)。現在、スーパーあずさ全8往復のうち、半数の4往復がE353系化されていますが、この最もスーパーな運用は最後までE351系が譲らないというのも、ドラマチックでいいなぁ。頑張れE351系、君の中央本線高速化の輝かしい活躍ぶりは決して忘れないぞ。さよならE351系。

(乗車は2018年2月)

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Author:QJ7000
おじさん鉄道ファンの日本の鉄道の乗車記録です。2012年、ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになり、乗りつぶしをスタート。その時の未乗区間は7,818.4kmでしたが、12年目にしてあと1,078.2kmになりました。すべて乗りつぶすには、今の生活パターンだと、まだ7,8年ぐらいはかかりそうですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事をご覧になりたい方は下のカテゴリーの「年別目次」からどうぞ。

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