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吉備線乗車記

次に乗車するのは吉備線です。乗換案内などでは、吉備線の名称は、今はあまり使用されておらず、愛称である桃太郎線が使用されている感じです。「吉備線」だって、この地方を表す、渋くていい名前なんだけどなぁ。

乗車するのは予定より1本後の15:24発岡山行き。2両編成でして、

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岡山側はロングシートのキハ47 2002。

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総社側はセミクロスシートのままのキハ47 29。

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ちなみに0番線からの発車です。

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時間があるのでホームをぶらぶらしてますと、213系が来ました。
他に何か来ないかなぁ。特急やくもは何時に来るだろう。なんとホームの出発案内に、通過列車の時刻が出ていまして、15:20に上り、15:23に下りが通過することを確認。吉備線は15:24発ですので上りだけ撮っていこう。そして下りホームで待っていると・・・

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上りが遅れて同時に来ちゃいました。右が上りやくも18号、左が下りやくも17号。どちらも4両基本編成に、3両付属編成をつなげた、頭が三つある編成で、きっちり撮りたかったなぁ。

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そしてまた乗り遅れてしまいました。ちなみに総社駅15:24は、吉備線岡山行きと伯備線岡山行きが同時に発車します。

結局乗車する吉備線岡山行は15:53発。ちなみに伯備線ダイヤを更に調べ上げて見ると、16:30過ぎに、この辺でEF64貨物がすれ違います。

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さっきと同じような写真の繰り返しですが、今度の編成は、前がロングシートのキハ40 3001。

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後ろがセミクロスシートのキハ47 1022。

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中間にあるキハ40の乗務員室、ここだけは内部のパネルを替えておらず、唯一国鉄の雰囲気が残るところです。徐々に乗客が増えて来ましたので、進行方向右側のボックスシートに座って待ちます。

それでは出発、乗車率は全てのボックスが一人か二人座る程度。しかし1m動いて停車。ドアが開き、おばさんが一人乗車します。今度こそ重たい車体をもっそり動かして出発。すぐに伯備線と別れます。

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次の東総社は、総社市の中心なのでしょうか。半分の乗客が降りて、その倍ぐらい乗ります。交換するのはキハ40と47の2連、こちらもロングシートとクロスシート車の組み合わせです。

住宅と田んぼが半々のところをゆったり走ります、沿線はセイタカアワダチソウが満開、柿もたわわに実ってます。

岡山県立大学のある服部でお洒落な大学生が大勢乗車し、車内がちょっと華やかになります。緑豊かな大学のキャンパス右に見て、雑木林を越え、高速道路潜り、足守に着きますと、そこからは分譲住宅地で、もう岡山市街地なるんでしょう。どこも大きい家で羨ましいなぁ。

備中高松に到着。ここで高校生がどっさり乗車し、私のボックスも4席埋まります。隣のホームも高校生でびっしりです。ここの駅舎の前には、「備中高松」の駅名票の横に、「最上稲荷」の駅名標もどきがあって紛らわしいです。それと岡山を起点とする路線に「高松」があるのも紛らわしいなぁ。ここで3分停車して下りと交換。キハ47の2連で、ロングシート車とクロスシート車の組合せですが、今まで見たのと順序が逆で、岡山側がクロスシート車です。

吉備高松のつぎは吉備津という駅。香川県から三重県に飛んだぞ。吉備の津なのではなく、吉備津神社というのがあるらしい。石碑が置かれ、明治天皇駐車場跡と書かれています。

台風の影響か、稲がぐちゃぐちゃに倒されている田んぼを見て、備前一宮に到着。使用しない対向ホームが庭園のように整備されています。出れば吉備津彦神社というきれいな神社が見えます。吉備津神社に吉備津彦神社か、わけわからんなぁ・・・なんて書くと、日本史を全く勉強しなかったことがバレてしまいますが、後で調べてみれば、どちらも吉備津彦命を祀った神社で、吉備国を三つに分けて、備前国にあるのが備前一宮駅近くの吉備津彦神社、備中国にあるのが吉備津駅近くの吉備津神社とのこと。そして備後国にもちゃんと福山市の福塩線沿線に吉備津神社が存在します。また、備中国の吉備津神社は、桃太郎の伝説にも関係するらしい。

大安寺でまた交換で3分停車。新幹線のすべての列車が停車する大都市岡山の都市鉄道としては、あまりにもトロい。そして交換する2両のキハは満員です。

最後は住宅の中にポツンとある備前三門駅。妙に生活感が感じられる駅です。学校の裏手を走り、いつのまにか単線高架になって、裏口からそっと大ジャンクションに交わります。

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16:35、岡山に到着。20.4kmを42分かけていますので表定速度は29km/h、遅いなぁ。2ドアですので、下車するのも時間がかかります。

吉備線にはLRT化の計画がありまして、今まではどうLRT化するのかい?と、疑問に思っていたのですが、乗車した後の感想として、こんなに混雑する都市鉄道なのに、どうして今も2ドア国鉄形のキハ40系が、30分に1本しか走っていないのか、疑問に思うようになりました。

LRT化でどう変わってゆくのか楽しみであります。きっと桃太郎の軽快なリズムにピッタリのイメージのLRTが走り、成功を収めることでしょう。

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それにしても岡山は国鉄車両がいっぱいです。津山線キハ47の4連に、黄色い115系。

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全国でここだけになった381系(この窓が合ってないクロ381には、あまり乗りたくないなぁ)、DE10もひょっこり登場。

岡山では新幹線に乗る前に、改札内の吉備うどんで、肉きんぴらそばなるものを食べて行きます。ここはつゆが美味しいんです。

(乗車は2019年10月)

前の記事:井原鉄道乗車記
関連タグ:JR西日本
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北陸新幹線乗車記

 金沢に行く事になりまして(しかも1ヶ月の間に何度も)、北陸新幹線長野以遠に初めて乗車できることになりました。

 記念すべき初乗車の日は、台風24号が夜中に日本を縦断した翌日だったので首都圏のダイヤは乱れまくり。余裕をもって家を出たのですが、青梅線は来ないは、中央線快速線は倒木により東京新宿間運転見合わせ中で武蔵小金井あたりから各駅で数分停車する状況。荻窪から丸ノ内線に乗り換え、ラッシュ時で1時間ちょいかかる区間を2時間以上かけて東京駅にギリギリ到着しました。そんなわけで乗車する8:36発のかがやき505号の写真は撮れず、ホームでも何も購入せずに出発です。座席は10号車の進行方向右側A席。

 大宮で満席になります。隣のB席はスーツケースを抱えた外国人旅行客、トイレに行きにくくなってしまった。普通車ながら快適なE7系の座席で寛いでいたら、うっかり高崎駅と分岐側も160km/h通過できるという日本では希少なポイント通過シーンを見逃してしまいます。かがやきは高崎通過、昔の特急白山とは違うのです。

 長野新幹線と呼ばれていた区間を走り、大宮から57分で長野に到着。ノンストップですので速い。さぁここからが初めて乗車する区間です。出発すればすぐに左側だった在来線が右側に移り、車両工場と留置線が見えます。工場に並ぶ車両で目についたのは、解体されてしまうんだろう185系、485系のゆう、八高線の205系。留置線に並ぶ車両では、最後の189系のあさま色、茶色いEF64を先頭にしたカシオペア!(定期運行時に乗っておけば良かった)を見ることが出来ました。とても得した気分です。

 さて、長野から飯山までは、飯山線沿いを走るのではなく、川幅一杯に増水して凄いことになっている千曲川を渡り、一旦長野電鉄側のエリアをしばらく走ります。その後高社山を突き抜ける長いトンネルに入り、出たら右側に注目。再度千曲川を渡るのですが、すぐ横の道路の橋は、私事ですが親戚が近くにいたので何度も車で渡ったことがあるのです。この辺の堤防のすぐ脇には、長野電鉄木島線の線路もあったはずです。千曲川を渡り終えると、防音壁が高くなって飯山市街はほとんど見られず、飯山線の線路も見ることなく、飯山駅を通過。そのまま長いトンネルに入ってしまいます。

 これで長野と新潟の県境を一気に抜けてしまうのか、凄いなぁ。このトンネルの名前は飯山トンネルで全長は22,251メートル。日本で4番目に長いトンネルとのこと。

 トンネルを抜けると平野が広がります、もう完全に日本海側のようで、ほくほく線で見るのと同じような光景です。そして平野の中にある上越妙高駅を通過。駅名に違和感を感じるのは、子供の頃から時刻表ばかり見ていて、上越=上越国境の山岳地帯、妙高=こちらも長野新潟県境である妙高高原駅の山深い場所のイメージが強くあるからか。しかしこれは上越市と妙高市の間にあるので正しい駅名。ちなみに妙高市とは、新井市が妙高高原と妙高村を編入して2005年に誕生した市なんだそうで、新井市がなくなってしまったとは知らなかった。西東京に例えると、青梅市が奥多摩町を編入して奥多摩市になるみたい。

 また長いトンネル、出たらいよいよ日本海が見えてきました。台風の影響か白波が立っています。北陸新幹線金沢開業おめでとう〜!と、言いたくなります。糸魚川を通過。防音壁が高くて所々でしか日本海の景色が見えないのが残念。

 今度は親不知を抜けるトンネル郡の連続。抜けたら海の向こうに陸地、富山湾と能登半島が見えます。そしてたしかこの辺で、左側に北アルプスの立山連峰が見えますとの車内放送があったのですが、左側座席の人はみなさんカーテンを下ろしてしまっているので私は見ることが出来ません。空気の澄んだ台風の通りすぎた翌日というのに惜しいことをしました。黒部宇奈月温泉を通過。交差する富山地方鉄道の線路も見ることができず通りすぎてしまいました。ビル郡が近くなり、防音壁が高くて横の在来線の線路がよく見えずストレスを感じながらでしたが富山に到着です。

 東京から2時間10分、大宮から1時間44分、速いなぁ。富山は30年前、登山のために夜行急行列車(14系の能登か12系の越前51号)を使って何度も来た所。当時は何時間かかったとか言う以前に、自由席の座席を確保するために、今のかがやきが東京を出て富山に着いてしまうぐらいの時間、上野駅のホームで並んでた記憶があります。遠かった富山に来たのにあまり実感がないのは、所要時間だけではなく、来る度に注目していた富山地方鉄道の車両を見ることができないからか。

 富山でもそんなに降りず混んだまま出発です。新高岡を通過、ここでも城端線の線路は見えず。そろそろ倶利伽羅峠を越えるトンネルに入るかというところで、右手に在来線と並走する区間があります。なんか怪しいぞ。あとで調べてみてなるほど、ここは、北陸新幹線がスーパー特急方式で開業した場合、在来線から新幹線鉄道規格新線(スーパー特急の走る路線)に接続する信号場が出来る予定だった場所でした。

 石川県に入り富山から僅か19分、終点金沢に到着です。降りる乗客で一杯になるホームで、ビジネス客と観光客の割合は半々ぐらいか。とにかく、巨額の建設費をかけた価値のある新幹線ではないでしょうか。

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金沢駅到着写真ですが、グランクラス側のホーム先端は行きにくい雰囲気で、こんなのしか撮れず。

* * *

 北陸新幹線にはその後数回乗車する機会があり、両側の車窓を楽しむ事が出来ました。私の気付いた見どころ、楽しみどころを他に何点か上げますと、

 下り列車は糸魚川を出て左側に、在来線からは見ることが出来ないセメント工場の専用線が見える。
 海側座席も北アルプスが見えるポイントがあって、上りの富山到着前で、前方にきれいに見える。
 新規開業区間ではないですが、朝の下り列車で長野到着寸前、左手に職員輸送で活躍するクモユニ143が停車しているのが見える。写真を撮るにも絶好の位置と光線状態。
 大宮長野間ノンストップのかがやきも、かつての難所、碓氷峠に敬意を払うかのように軽井沢は減速して通過する。急なカーブが存在するらしい。
 碓氷峠トンネル走行中、腕時計に付いた高度計を見ると、高度がどんどん変化し、パーミル会もびっくりな登坂能力を発揮する。とりあえずそんなところでしょうか。

(乗車は2018年10月)

次の記事:北陸鉄道浅野川線乗車記
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宇野線乗車記

岡山に来ました。午後に時間が作れましたので、ちょっと列車に乗ってみます。岡山地区での未乗車の路線は、JR吉備線があるのですが、ここは同じく未乗車の呉線、井原鉄道と一緒にと考えているのでパス。今回乗車するのはJR宇野線で、ここは乗車済みなのですが、前回乗車したのは宇高連絡船が存在していた時(30年以上前になるんだ・・・)ですので、今は全く別の路線と言ってもいいでしょう。一つ悔やまれるのは、クモハ84が走っている時に来たかった。

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宇野線列車の発着する茶屋町駅は、2面3線の配置で、岡山方面、宇野方面共ホーム対面で乗り換えが出来ます。これは毎回四国に来る時に見て知っています。

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しかし宇野・四国側の線路がこういう配線だったとは知らなかった(写真は宇野から戻ってきてから撮影)。てっきり宇野線の中線は、茶屋町駅を出たところでスルスル高架を降りて、本四備讃線とは平面交差無しで分岐するものと思ってました。

さて、ここで気になるのは外国人旅行者がとても多いこと。宇野線にですよ。乗る電車、降りる駅を間違えたのか。いや、プロレスラーのような欧米人の方が、乗務員に「ウーノッ?」(ウを強く、語尾上げる)と聞いていましたので、目的地が宇野であることは間違いなさそう。総乗客数は20名ぐらいで、うち10名が外国人旅行客。宇野に何かありましたっけ?

それでは13:11に出発、まずは下り本線をしばらく走り、宇野側であります左側に分岐すると思っていたら、上り本線に転線し、右側に分岐し、高架を降りて本四備讃線をくぐります。降りたところで本四備讃線の植松駅も見えます。

あとは単線のローカル線なのですが、中間駅の6駅うち5駅が、昼間は1時間に1本の路線になってしまったにも関わらず、棒線化されず交換できるようになっています。しかも待避線は長いまま。これは瀬戸大橋が不通になった場合に振替輸送が出来るように残されているのでしょうか。八浜を出てからは、ここを長大なブルートレインやコンテナ列車が走ったのかと思うような、ちょっとした山間部を走ります。

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13:34、昔は広い構内だった感じのスペースが広がり、100メートル陸側に移設されたという現在の宇野駅に到着です。

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ホームは1面2線、留置線には夕方から走るんだろう3両編成の115系が昼寝中。私にとってはこの駅が、宇高連絡船存在時に、どんな様子だったのか全く覚えていないのが悲しいところ。往路はとにかく四国!四国!と先を急いでました。復路は深夜便で本州に到着しています。この駅は、駅としての重要度は数十ランクも落ちてしまいましたが、旅行者にとっての印象は、慌ただしい乗換駅から味わいのある終着駅に格上げされたといったところでしょうか。

着いた電車は7分で茶屋町に折り返します。当初はそれで帰るつもりでしたが、お腹も空きましたのでお昼も食べて、1時間後の電車で帰ろうと思います。何より外国人旅行客がどこへ行くのかを知りたい。トイレに寄った後、探偵にでもなった気分で彼らの列の後について行きますと、直島行きのフェリー乗り場に辿り着きました。直島?知らんなぁそんな島。待合室でフェリーを待つ客の8割は外国人。直島とはどんな島?グーグル先生に聞いてみると、なるほど、そんな島があったのか。私の知らなかった日本であります。

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こちらが直島へ向かう船、待合室の規模からすると大きすぎるぐらい立派な船。宇野からは20分で到着します。料金は520円。

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こちらは宇野駅からまっすぐ伸びた先にある桟橋ですので、宇高連絡船が発着していたところかと思います。

さて遅めの昼食、うどん屋さんでもあればいいのですが、宇野駅周辺に飲食店はあまりなく、この時間開いているのは地ビールが飲めるお洒落なカフェとラーメン屋さんぐらい。結局はコンビニでサンドイッチとコーヒーを買って、宇野駅のベンチで食べることにしました。

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帰る電車、14:41発の茶屋町行きが入線しますのでホームに入ります。列車が到着すると、やっぱり外国人旅行客が多い。直島から本州へ戻る人、これから直島へ向かう人、欧米人は大きなバックパック、アジア系はスーツケース、赤ちゃんを抱っこしたファミリーまでいます。みなさんのんびりですので、ここは日本ではないみたい。変わったんだなぁ、宇野。

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茶屋町からは1本後の快速マリンライナーでかぶりつき。岡山到着前の、この鉄道模型のショーケースのように並ぶ電車が見たかった。今日は全部黄色い電車です。

(乗車は2018年6月)

次の記事:岡山電気軌道乗車記
関連タグ:JR西日本

津山線乗車記

因美線を乗り終え津山駅改札を出ますと、駅前広場は工事中で白いシートで囲われ、駅の周りがどうなっているのかほとんど把握できません。36分の接続時間で、どこかで食事出来ないかと考えてましたが、諦めてコンビニでおにぎりとお茶を買って車内で食べることにします。

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ホームに戻り、3番線に岡山方面からの列車が到着との事で待ち構えていますと、今の津山線で旬な車両「ノスタルジー」が来ました。普段こうして定期列車の運用に就いてるようです。どっと乗客が下車した後、外から覗いてみましたが、窓は更新され、内部のパネルも新品のようでノスタルジーはほとんど感じられません。

それと一番気になるのは前面窓上の塗分け位置が正確でないこと。キハ40系顔の国鉄一般色は、確かキユニ28の登場時のみ存在した「幻の・・・」と表現したくなる貴重なもので、JR東日本では烏山線キハ40、JR東海では美濃太田車両区→伊勢車両区のキハ40,48で忠実に再現され、穏やかな顔立ちに「いいなぁ~」と萌えていたのですが、この車両のは一番のチャームポイントである床屋に行って耳の回りを綺麗に切り揃えて来ましたといった感じの運転室小窓上のR状の塗分けラインが無いのです。

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愚痴っても仕方ないですので、これも個性と受入れましょう。すぐにホームを後にし車庫に入ってしまいましたが、撮影できただけでもラッキーです。

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さて、この時間は津山駅のゴールデンタイムか。各番線に4本の列車が並びます。左から・・・
入庫するキハ47ノスタルジー
4番線:私の乗車します14:35発 岡山行のタラコ色キハ47*2
3番線:14:42発 中国勝山行の津山色キハ40
2番線:14:30発 佐用行キハ120
1番線:14:38発 智頭行キハ120
この駅は、4つある発着番線が4方向の出発方面ごと明確に分けられているのが特徴なのですが、昔は急行列車の分割併結作業が盛んに行われていましたので、こんなこと出来なかったはず。

興味をもって昔の時刻表(手に取ったのは1984年4月号)を引っ張り出してみますと、津山を発着する急行列車は、みささ(大阪~鳥取・倉吉・米子)2往復、みまさか(大阪~中国勝山・新美)3往復、砂丘(岡山~鳥取・倉吉)3往復で計16列車。そして、みささ2往復はみまさかと大阪津山間併結、砂丘の1往復はみささと津山倉吉間併結ですので、1日6回の分割併結作業が行われていました。

この頃のゴールデンタイムは15時半からでして、その状況は、
15:31 鳥取発、みささ4号到着
15:39 大阪発、みささ3号・みまさか3号到着~分割作業
15:41 中国勝山発、みまさか6号到着~みささ4号との併結作業
15:48 岡山発、砂丘4号到着~みささ3号との併結作業
15:49 みささ4号・みまさか6号 大阪行き出発
15:50 みまさか3号 新美行き出発
16:06 みささ3号・砂丘4号 米子倉吉行き出発

急行みささ・みまさか各2本が3方向から次々に来て、急行砂丘も1本絡んできます。みささ3号はみまさか3号を切離し砂丘4号を連結しますが、みまさか3号の出発前に砂丘4号が到着しますので、みささ3号・砂丘4号のどちらかは一旦ホームを離れ、出発番線を変える作業も発生します。おまけに急行みささは方向も変わる。これはもう駅員さんは案内が大変、乗客はどれに乗ったらよいのやらと、間違える人も実際にいてこれまた大変だったろうと想像します。
(みささ・みまさかは実際に乗車したことがありませんが、とても興味を引かれる列車でして、こんな記事も書いてます。)

***

昔の列車の件で長々書いてしまいましたが、2016年の津山線に話を戻します。進行方向右側のボックス席を確保し、コンビニのおにぎりを食べ、列車は津山を14:35定刻で出発します。しばらく姫新線と並走し別れたところで津山口駅、この路線は岡山まで1時間弱で走り抜ける快速ことぶきが2時間に1本走っているのですが、私が乗るのは岡山まで1時間半の各駅停車になります。その後しばらくは国道に沿って走るのですが、佐良山を過ぎて線路沿いの草木がバシバシ車体に当たります。スピードを落とさないので音も大きい。

3つ目の駅は駅舎が亀。なんだこれは!バブル時代に造ったみたいな凄いもので、ここの駅名は亀甲そのまんまであります。Wikipediaを見ると駅の近くに亀の甲羅のような岩があるんだそうで、この駅舎が建てられたのはバブルの終わった1995年。また、ホームには"たまごかけごはん"ののぼりが立ち、たまごかけごはんねぇ↘と、その時は冷ややかな感想でしたが、気になって後で検索してみれば、亀甲には町おこしで自治体がオープンした食堂があって、300円で美味しいたまごかけごはんが食べ放題とかで大繁盛してるらしい。駅から遠く鉄道旅行者には行きにくいのが残念ですが、亀甲の町は侮れないぞ。

亀甲の次の次も誕生寺というおめでたい名前の駅。津山線快速ことぶきの名前の由来は、この路線に縁起の良い名前の駅が多いからなんだそう。そんなわけで駅名標がついつい気になる路線なのですが、もう一つ面白い点がありまして、JR西日本の駅名標の両隣の駅名は、ひらがなとローマ字だけ書かれているのですが、津山線はどんな漢字で書くんだろうと考えさせる駅名が多く、なぞなぞをやっているみたいなのであります。

誕生寺の次は"ゆげ"、湯気と書くんだろうか?この辺に温泉はあったっけ?、1駅間のシンキングタイム。そして正解は弓削。これは難しいなぁ。何故かカッパの置物がある駅で、対向列車と交換。次は"こうめ"、小梅に違いない、ローカル線の津山線に似合う駅名ですが、ローマ字表記は"Kome"(oの上にバー)なのが気になります。答えは神目、これも難しい。次は"ふくわたり"、ここはひねりなしで福渡で正解。

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写真は福渡到着寸前で急に表れる川。地図を見ると急行みまさかルートの中国勝山方面から流れてきた旭川になります。福渡を出ますと旭川を鉄橋で渡ります。鉄橋の下には小学生高学年ぐらいの少年が一人、カッパのように川の中に首だけだしてプカプカ浮かび列車を見上げています。日本の夏休みの光景であります。

"たけべ"(竹部ではなく建部)では野球少年がどっと乗車し騒がしくなり、次は"かながわ"、神奈川という地名は岡山県にもあるのか。すると列車はトンネルに入り峠を越えるみたい。下り坂になると山腹に近代的な工場が見えてきた。"かながわ"は金川で昔の黄緑色の国鉄コンテナが置いてある駅で、どっと乗車があり席はほとんどが埋り、車内は立ち客も多数の満員になります。

ここからは左側に旭川が流れ、私の座る右側の車窓は山の斜面しか見られなくなります。席を移動しておくんだった。列車は長めの駅間距離を轟音をたてて重い車体をひきずるようにかんばって走ります。すっかり郊外になって法界院に到着します。

最後の1区間は山陽本線と合流する左側の景色が見たくて一番後ろのドアと乗務員室の間へ、国鉄時代は3人掛けロングシートのあった場所は、ワンマン運転対応のためシートは外され窓に手摺パイプがあって外が見やすい。そしてエンジンの真上だからか凄い音、乗務員室との境壁パネルがビリビリ振動しています。この車両も相当ガタが来てしまっているみたいです。国鉄が解体されてもうすぐ30年になることを実感します。

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到着した岡山駅には、213系のフランス語名のイベント列車に、抹茶色117系団体列車と、写真を撮っておきたい車両が停車していたのですが、10分の接続時間で次に乗る高松行快速マリンライナーは凄い列。写真は諦めて私も列に並びます。何とか座れました立ち客も一杯だったマリンライナーですが、停車駅ごとに乗客は減り、瀬戸大橋を渡る時には座席の半分が埋まる程度の乗車率になってしまいます。そういえば岡山で見た先行する特急南風の自由席はガラガラだった。バスと飛行機に客が流れてしまったのか。ちょっと悲しい。

(乗車は2016年8月)

前の記事:因美線(智頭~津山)乗車記
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因美線(智頭~津山)乗車記

今回の旅行の最初の乗り潰し線区は因美線の智頭と東津山間、今年1月の中国地方乗り潰し旅行で、津山線とあわせて計画に組み込むも、大雪により県境越え区間が運休となってしまい、中止になってしまった路線です。

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ホーム津山側で待っていれば、のこのこと単行気動車が姿を現します。

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JR西日本のローカル線では毎度おなじみのキハ120。この時点では乗客は3名で、空いていれば全面展望も可能な進行方向右側のロングシート一番前の座席に座ります。

この列車に接続します鳥取発智頭止まりの普通列車は、智頭急行車両の2連で来ました。こんな運用があるんだ。とにかくこの接続で約3割の座席が埋まり、中国地方の廃止されてしまうのではないかと心配されるローカル線の中ではまずまずの乗車率になります。

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定刻で12:51に出発、この列車の前は8:15発、後は16:23発ですので、今日のスケジュールはこの列車に乗ることで前後が固まったようなものです。智頭急行と離れ、奥の細道に入って行きます。JR線路はしっかり除草、第三セクター線路は草ボーボーというパターンが普通なのですが、ここは逆になります。

智頭急行線路が見えなくなれば、暑そうな晩夏の盆地を進みます。田んぼの稲穂は首を垂れ、そろそろ収穫か。キハ120の走る路線ならではの速度制限区間もさっそく現れ、木々が車体にバンバン当たります。土師からはエンジンを豪快にふかし、キハ120ならではのチャッチャとダンスでもするかのような軽快な横揺れで飛ばして走ります。気持ちがいいぞ。

那岐は高台にある実に味わい深い古い駅。2面2線で交換可能駅なのですが、これだけ運転本数が少なくて智頭から2駅という中途半端な場所で交換する時はあるのだろうか。帰って調べたら2016年8月時点でここで交換は行われていません。

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さぁここからが峠越えで県境も越える区間。この年の1月に大雪で不通になった区間の核心なのですが、速度制限区間はなんだか凄いことになっています。回りの木々が成長しきっていて緑のトンネルを走っているみたいなのです。キハ120の走る中国地方のローカル線の乗り潰しは、ここ因美線南側が最後なのですが、草木の一番元気な夏に乗ることができて良かったです。県境の長い本物のトンネルはスピードを出して一気に駆け抜けます。これで鳥取県の鉄道はすべて乗車済。

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岡山県に入って美作河井到着寸前も緑のトンネル。後5年ぐらいしたら完全にトンネル状になるのではないでしょうか。

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このかぶりつきのワクワクは私の写真の腕ではなかなか伝わらないか・・・と、Photoshopを使ってトリミングして明度と彩度をいじってみますと、下の写真に仕上がります。

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ウクライナかどこか旧ソ連国の、世界の美しい鉄道風景の一つとして、森の中の木々のトンネルが紹介されてましたが、それっぽく見えなくもないぞ。

岡山県側の最初の駅、鯉のぼりが泳ぐ(←うろ覚え)美作河井に到着します。今は棒線駅ですが、かつては長い島式ホームを有し、ターンテーブルまでありそうな広い構内が、悪く言えば枯れきった、よく言えば風情のある駅です。除雪車用のターンテーブルが実際にあったそうなのですが、私は見落としてしまいました。
木々のトンネルはもう現れませんでしたが、キハ120が刈り揃えた草の壁沿いを走り知和駅。棒線駅ながら可愛らしい木造駅舎がお出迎え。

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ちょっとした集落になりまして美作加茂駅。因美線津山側の主要駅でかつては急行砂丘も停車した交換可能駅です。ここもいい雰囲気です。
とにかくこの因美線の津山側は、智頭急行の開通でメインルートから外れ、高速化から取り残されてしまったわけですが、その時の時間が止まったままのような昭和の雰囲気が、どの駅も一杯に溢れているのであります。変わったのは優等列車とタブレットが姿を消したぐらいでしょうか。
私は後でその存在を知るのですが、津山から智頭まで一往復します因美線のイベント列車「みまさかスローライフ」号、往きは美作滝尾、美作加茂、美作河井で、帰りは那岐で30分程の停車をするそうで、これは面白そうで乗ってみたい。

周りは開けてきて三浦駅、駅周辺のゴツゴツした木は桜?、ここは桜で有名な駅じゃなかったっけ、帰って検索してみればその通り、数々の力作が出てきます。今、一緒に写る車両がキハ120だけなのは、とても残念。東津山で姫新線と一つに交わり、戸籍上は姫新線に吸収され、因美線は終ります。この東津山では3人が下車、先頭座席から後ろを振り返れば、乗客の数は座席の半分が埋まる程の混み具合でした。

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13:59、終点津山に到着です。

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津山に来るのは2012年秋の姫新線乗り潰し以来。前回来た時は扇形機関庫は公開日が限定されていましたが、今は毎日オープンの津山まなびの鉄道館となったりして、鉄道ファンならじっくり時間を取って訪問しなくてはならない地の一つであると思うのですが、今回も1時間に満たない滞在で後にすることになります。

(乗車は2016年8月)

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QJ7000

Author:QJ7000
おじさん鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。2012年、ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになり、乗りつぶしをスタート。現在の未乗区間は約2,850kmで、今の生活パターンだとすべて乗りつぶすにはあと10年ぐらいかかりそうです。路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事をご覧になりたい方は下のカテゴリーの「年別目次」からどうぞ。

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