名鉄広見線末端部(新可児~御嵩)乗車記

おっ、犬山方面からと御嵩方面から同時に来たぞ。

右のが広見線末端部で運用される6000系2連。このパノラミックウィンドウの可愛らしい顔の6000系に、今回の旅行でやっと会えました。かつては名鉄を代表する顔だったと思いますが、本当に隅に追いやられてしまった感じです。

ホーム側を振り返ります。右の鉄仮面で強そうな顔の6500系も、登場して38年で、古い電車が集結です。急ぎ足で御嵩方面のホームに移動します。
ちなみにこの駅には、1990年代前半の新旧パノラマカー乗りまくり旅行で来て、御嵩行の吊り掛け電車(800形だった記憶)を見ているのですが、その時はパノラマカー優先でしたので、折り返してしまってます。

中間改札を通って御嵩方面ホームへ、乗るのは9:14発の御嵩行。

このホームは2両でいっぱい。それでは車内へ。存続問題が取り沙汰される路線だけあって乗客数は一桁、これなら昔走ってた、2軸のレールバスのキハ10形で充分です。

座席に中腰になって、かぶりつきさせてもらいます。それでは出発。

明智駅手前で現れる広い空間、ここは何かあった跡っぽいです。もしかして東美鉄道時代の旧線跡でしょうか。

明智駅に着きます。八百津線(2001年廃止)が分岐していた駅です。
2面3線で、清く正しい日本のローカル線の小駅です。新可児〜御嵩間は1本の電車が機織り運用をこなすだけなので、この駅で交換することがないのですが、乗車した時は、下りは2番線、上りは3番線と、使い分けていました。しかし2023年3月に一線化され、左の1番線は車椅子用のスロープが設置されたとのこと。

明智を出発、左右に貨物ホームがあります。何を積んでいたんだろう。架線ビームがとても長く、かつての分岐駅としての賑やかさが想像できます。

八百津線の跡である、下に線路がない架線設備は何かのモニュメントみたいだな。

八百津線の跡がカーブを描いて別れて行きます。八百津という怖そうな地名から、凄い山奥に入って行く支線のイメージでしたが、地図を見れば、木曽川本流に寄り添って走るのは八百津線の方だったのか。
列車はワンマン運転だと思ってましたが、2名の車掌さん(先輩教育係と新人さん)が乗務しており、肉声での停車駅案内と、途中駅からの乗客(いませんでしたが)への切符の販売が行われていました。

終点一つ手前の御嵩口駅。1952年まではここが終着駅で、1963年までは貨物列車が発着していたらしい。架線ビームが長いのが、その名残のようです。

あと1駅です。木製ポールが連続で続き、

すぐに終点の御嵩駅が見えてきました。

9:25に到着。モザイクかけちゃいましたが7,8人の乗客が待っています。


運転手さん、車掌さんが入れ替わって、4分の停車で出発します。

せっかく来たので30分後の次のに乗ることにして、外に出ます。御嵩と言えば中山道の歴史ある宿場町だそうですが、宿場町とは反対の線路側を歩いてみることにしまして、

駅から一番近い踏切で、いつまで走るかわからない6000系を撮影します。

駅に収まるのを見て、4分で出発してしまいますので走って駅に戻ります。
***

帰りは、御嵩9:59→新可児10:10に乗車、降りる際に車内の写真を撮っておきます。大きな窓に布のカーテンがゴージャスで、さすがはブルーリボン賞を受賞した車両です。でもカーテンは、JR東日本の大量生産車のように、無いのが一番いい。



新可児駅の改札外から撮影。10時を過ぎたらワンマン運転になるようです(前面窓左側にワンマン表示)。これで名鉄を代表した名車6000系を見るのも最後になるのかな。
名鉄新可児駅の駅舎には、たこ焼き屋さんが入ってまして、立って食べられる、みたらし団子と五平餅を買って朝食にします。昨日ベトコンラーメンの食べ過ぎで、朝から何も食べる気がしなかったのですが、やっと食欲が出てきました。五平餅が美味しかったです。

JR可児駅で多治見行列車を待っていると、御嵩から6000系が帰って来ました。今度は犬山方面からと、ぴったりの同時到着でした。
(乗車は2022年8月)
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