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日田彦山線(添田~夜明間)代行バス乗車記

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鉄道でたどり着いた添田駅、駅舎はホームからかなり離れた位置にあり、これも石炭輸送時代の広い構内の名残りのようです。

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中にはSLの模型が置かれ、ギャラリーがあり(昭和の映画の写真?)、隣には地元の物品?も販売され、退屈はしないはず。

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ツバメの巣もある。隣にも巣の跡があるので毎年来るのかも。

ところで14:37発の代行バス日田行は、どこから出発するのでしょう。駅前に立っていそうな、バス停のポールがありません。いろいろと見まわしてみて、壁に貼られた乗り場案内を発見!

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代行バスは、鉄道ホームの反対側にある駐車場から出発するのでした。しかもずいぶんと隅の方に停車してます。この時点で出発時刻の2分前、これに気付かなければ、次の代行バスは3時間半後、途中で日も暮れてしまい、今回の旅行を台無しにしてしまうところでした。今日は添田駅でも反対方向の列車に乗りそうになったりしました。3度目は本当にやらかしてしまうかも、慎重に行動するようにします。

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バスの種類には詳しくないですが、コミュニティーバスのサイズ。鉄道の代行バスが、こんなに小さくて大丈夫なのか。乗客は私のほかに2名で、ぜんぜん大丈夫でした。一番後ろの一段高くなった座席に座ります。それでは出発。

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左手の彦山川に架かる柵のない沈下橋、雨が降ったら凄いんだろうな。家族で川遊びする光景も見られます。

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添田を出て数分の歓遊舎ひこさん駅。添田駅には人影がありませんでしたが、こちらは駐車場に車、建物中もそこそこ賑わっていそうで、やっぱり地方は車社会なのですね。ちなみここは、代行バスが走るようになって出来た停留所(駅)かと思っていたのですが、2008年に開業している駅。

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右手に見える日田彦山線跡、この辺は線路剥がされています。

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日田彦山線を代表する駅だったはずの彦山に着きます。写真はログハウス風の彦山駅休憩所、これが駅舎かと思ってましたが違ってまして、この建物の左側に立派なのがあったものの、昨年取壊してしまったとのこと。

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彦山駅前の商店。彦山で、2名の乗客のうち一人の地元の高齢の男性が下車、代わりに旅行者と思われる、これまた高齢男性が乗車、乗客3名で進みます。

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左手に日田彦山線のアーチ橋が見えます。彦山からはBRT専用道となるので、来年夏以降はこの橋を渡れることになります。

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さて、ここからは線路から離れ。ぜんぜん違う方向にバスは進んでゆきます。細い峠道をぐんぐん登って行くのです。

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これがこの日の私の位置情報ログです。青線が私の辿った道(バスルート)、赤字が駅の場所で、彦山から筑前岩屋までの間に4.3kmもの釈迦岳トンネルがあるのですが、近くにバスが通れる道がないそうで、小石原庁舎前、宝珠山庁舎前を経由します。その後大行司駅の近くに出ますが、日田彦山線時代の駅の順番を守り、一回筑前岩屋まで北上してから、大行司、宝珠山に停車します。

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参考までに、このバスの停車駅と到着時刻。

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スマホのログによると標高500m程の峠を越えた先が小石原、鉄道がなく時刻表の地図にない場所なので来て初めて知るのですが、陶芸の街のようで、道路沿いには小石原焼の販売店、写真のような窒元がいくつもあります。

坂を下って宝珠山庁舎前、ここで添田から乗車していた中年女性が下車、車内は私と高齢男性の旅行者2名になります。大回りしていた区間で乗降がないのは勿体無い。小石原なんて、車が無いと簡単には来れないところだったはず。今なら代行バスで簡単に来れますよ、青春18キッパーも大歓迎と、沿線自治体もPRすればいいのに、代行バスが走るのはあと1年です。

宝珠山庁舎前を出ると、日田彦山線の線路際に戻り、すぐに大行司なのですが、一つ飛ばしてしまった駅、筑前岩屋に向かうため、線路沿いを北上し添田方面に進みます。

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左手に日田彦山線のコンクリートのアーチ橋が見えてきました。上には工事車両がいます。

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走って気持ちが良さそうな築堤。

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綺麗なアーチ橋が連続するんだ。いいなぁ、BRTが開業したら早く乗ってみたいなぁ。しかしBRTに乗ってしまうと(鉄道時代でも同じですが)、この綺麗なアーチ橋を見ることが出来ない。代行バス時代に乗りに来て良かったかも。

それと九州でこのタイプの橋は、竹筋コンクリート製ではないかと噂される松浦鉄道の福井川橋梁、廃止された宮原線の橋梁群と似ているのですが、こちらは資材不足が解消したはずの戦後1956年の開通ですので心配ないでしょう。

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筑前岩屋に着きました。名水百選に選ばれた「岩屋湧水」が湧いてくるところで、駅前にある水汲み場には、3台ほどの車がポリタンクをたくさん持って汲みに来ていました。来年開通のBRTは、全列車10分程度停車したら良いかと思います。

来た道を戻ります。小石原からの道と合流すると、すぐに大行司です。線路時代の駅は離れたところにあるようで見えません。ちなみにこのバスの宝珠山庁舎前から筑前岩屋を経由して大行司までの所要時間は16分。筑前岩屋を経由しないバスもあって、それだと1分で着きます。

線路が道路をオーバークロスして、右側に線路が見えるようになります。

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凄い!大肥川に架かる橋を、巨大なクレーン2台で架け直しています。ここを2022年8月時点でのグーグルアースのストリートビューで見ると、橋がない。

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対岸に宝珠山駅が見えます。BRT区間はここで終わります。そしてこの辺りは豪雨の被害が大きかったところなのでしょうか。川岸の護岸のほとんどを作り直したようで、コンクリートが白くて眩しい。

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ここからはBRT開通後も一般道走行となる部分で、多数のバス停が新設されています。写真は大鶴駅の駅舎。

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そろそろ夜明駅、久大本線の鉄橋下で信号待ち。この橋脚は平成29年九州北部豪雨を耐えたんだな。よく頑張った。

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15:58、夜明に到着、降りたのは私一人、もう一人の旅行者は日田まで乗り通すようです。

今回使用した切符は、博多駅自動券売機で買った、紙の760円区間切符。運転手さんに見せて「新飯塚、田川後藤寺、夜明経由の大回りで、久留米高校前まで行きます」と、説明して降りました。3人しか乗らないバスに、これだけ長時間乗って、まともにお金を払わないなんて、ちょっと恥ずかしかった。田川後藤寺か添田で切符を分割しようとも思ったのですが、田川後藤寺は買う時間がなく、添田は無人駅で新たに切符買うのが面倒になりそうで止めました。代行バスの運転手さんも、「はいどうぞ」と気にしていない様子だったので、私のような乗客が沢山いるのかもしれません。

さて、日田彦山線を終点まで乗車したわけですが、代行バスで乗りつぶしをしたことにしていいのかどうか…、もう鉄道で復活することはないので、これで乗りつぶしをしたことにしてしまいます。BRTが開業しましたら、BRT区間の彦山~宝珠山間を、未乗車区間として計上し直し、また乗りに来ようと思います。

(乗車は2022年8月)

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只見線乗車記2(只見~会津川口・代行バス)

只見9:25→(只見線代行バス2422D)→10:15会津川口


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ぼた雪の降る只見駅前、道路はベチャベチャです。今度は9:25発会津川口行の只見線代行バスに乗車します。接続時間が10分しかなく、駅周辺を散策出来ないのが悲しいところ。

運転手さんは女性の方で、出発前に会津川口手前で降りる人を確認します。今日の乗客数は9名で、2箇所の途中停留所で下車する人がいます。私は左側の前から2番目の一人席に座ります。ここだと通路側から前方の写真も撮れそうです。それでは出発。

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しばらくするとカーブして美しい叶津川橋梁(かのうづがわきょうりょう)で、2011年から列車の走っていない只見線とさっそく交差します。ここを過ぎてすぐに叶津というバス停に停車。地元のおじさんが一人下車します。ここは鉄道駅が無かったところで、公式時刻表にも載っていない停留所。なんだか代行バスになって利便性が高まっています。

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もう一回叶津川橋梁をくぐり、只見川沿いに出れば、スノーシェッド内をスイスイ走ります。とても快適です。

公式時刻表に出ている一つ目の停留所、会津蒲生に停車します。国道252号線上にあり、鉄道の駅とは、地図で見れば200mぐらい離れています。バス停の前の、普通の民家のような建物が、バス待合室みたいな使われ方をしているようで、トイレがあり、クマ出没注意なんて看板もあります。

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会津蒲生を出てしばらくすると、バスは橋を渡り只見川南岸へ。対岸に只見線・第八只見川橋梁が見えます。この鉄橋は豪雨での被害は無かったようですが、

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会津川口側の路盤が崩れてしまったようで、今もブルーシートが掛けられています。

線路のある只見川北岸に渡り、会津塩沢のバス停に到着し、時間調整で1分停車します。ここは塩沢簡易郵便局の前で、鉄道の駅はというと、だいたい300mぐらい離れてます。ここでも地元の人にとっては、鉄道より代行バスのほうが便利なのではないか・・・と、思ってしまいますが、鉄道駅を見たわけでもなく、乗る人も降りる人もいない状態で、勝手な判断は出来ません。

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しばらく只見線を左に見て走ります。塩沢川に掛かる鉄橋の上では作業員の方が除雪をしています。もう工事車両が走っているのか、それとも維持のため常に除雪が必要なのか、いずれにせよ鉄道ファンにとってはちょっと嬉しくなる光景ですが、自治体のお金を使って復旧すると決めた判断、これで良かったのかと考えてしまうところもあります。

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左の只見線は全長1.7kmの滝トンネルに入り、道路は只見川沿いの塩沢スノーシェッドに入ります。空いている道をスイスイ、その後の道路トンネルだって立派です。

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只見線の下を潜って線路の左を走るようになり大塩に到着。大塩体育館の前がバス停で、ここは鉄道駅のすぐそばにあるのですが、駅舎やホームの姿は見えません。

ここでは時間調整で2分停車します。車内の中高年乗客は、みんな一人旅なので誰一人喋らず、だんだん沈黙が苦痛になってきました。タクシーの感覚で運転手さんに話しかけてみようかな。只見や叶津で、地元の方と談笑されていた様子から、きっと話し好きで、いろいろな情報を教えてくれそう。でも止めておきます。

大塩を出ると、右手に完全に桁が落ちてしまった第七只見川橋梁があるのですが、左側座席からはまったく見えませんでした。続いて道路際に「大塩温泉」と書かれた看板を発見。ここに温泉があるのか。せっかく代行バスなんだから停留所を作ったらいいのになぁ。このまま会津川口まで行っても、次の列車まで2時間以上待ち。途中下車出来たら、次のバスまで約2時間、ゆっくり温泉で過ごせて、会津川口からは同じ列車に乗れるのです。

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会津横田の停留所は、横田タクシーの本社?前。右手に鉄道駅への矢印看板が見えますが、ここも200mぐらい歩かないと着きません。

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会津越川の停留所は、民家が数件。柿が鮮やかに実ってます。

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そして次に停まったのが湯倉入口という、公式時刻表に出ていないバス停。小さな待合室には「湯倉温泉バス待合所」と書かれています。ここで一人のおじさんが、今度の会津川口行きバス時刻を確認した上で下車。こんな停留所あったのか。「湯倉温泉」で検索してみれば、只見川を渡ったところに共同浴場があって、知る人ぞ知る名湯なんて書かれています。私も降りて入りたかったなぁ。もっと予習して来るべきでした。ちなみに代行バスの、JR東日本や各種乗換案内サイトに書かれていないバス停まで載った時刻表は、只見町観光まちづくり協会などのホームページにあります。

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この付近は新しい橋を建設中、もしかしてルートを変更した鉄道の橋?かと思ったのですが、道路の橋です。

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本名ダムの上を渡ります。右手に、これも桁が落ちてしまった第六只見川橋梁があるのですが、左側座席からは見えません。

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こちらは左手のダム上流側の光景。

最後の時刻表に出ている停留所の本名は、初めて国道252号線から外れて細い道に入ったところにある、簡易郵便局の前でした。

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バスは南岸へ渡り、左手に第五只見川橋梁が見えます。会津川口側のガーダー橋が落ちてしまい、現在クレーンで復旧作業中。その後は只見川と線路が左手ギリギリまで迫り、崖っぷちに線路が敷かれているのが見えます。土木工事のことはよく解りませんが、ここが被害にあっていたら復旧は絶望だったかも。最後に川口高校前という公式時刻表に出ていない停留所があります。

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10:15、会津川口に到着。なんと代行バスの車窓からは、一度も鉄道の途中駅が見えませんでした。そして代行バスの方が、鉄道よりも運転本数が多く、停留所の位置も利便性が良く、秘湯へのアクセスにもなって、交通機関として優れていそうだということ。なんだか複雑な気分です。

* * *

外に出れば、天気は雪から雨になっています。ここも只見と同じように足元は雪でベチャベチャ。折り返し只見行代行バスは7,8人乗せて出発。次に乗る列車の出発は、2時間以上後です。お昼もまだ早いので、とりあえず会津若松方面に歩いてみます。

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道路から次の会津若松行列車が見えます。前2両が寒冷地仕様500番代のロングシート改造車で、後ろ1両が暖地仕様2000番代セミクロスシート車の3両編成。ここから見ると台車の違いがよく分かります。早めに乗車しないとボックスシートに座れないかもしれません。

歩道がなくなった先は、川沿いの素晴らしい景色が待っていそうですが、下は雪でベチャベチャですし、車の氷水しぶきも浴びそうですので引き返します。もう人が安心して歩ける道ではありません。

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今度は只見方面へ歩き、野尻川の鉄橋を見て、名物カツカレーミックスラーメンの店が11時前でしたが開いているので入っちゃいます。囲炉裏に火が灯っていて暖かい。続いて若い2組の外国人カップルが入ってきます。中国人?いや、言葉を聞けばタイ人だ、只見線が外国人に大人気というのは本当だったんだな。

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お腹を満たして駅に戻ります。まだ11時を過ぎたばかり。駅はJAと郵便局が両側にあり、この地域の中心になります。駅の売店で缶コーヒーとお土産のワンカップ地酒とくるみを買って660円。ちょっとこの地域の経済に貢献できたかも。くるみは小粒ながら300円でこんなに量買えるの?と喜んでいたものの、あまりに硬くて家のくるみ割り器では全く歯が立ちません。調べてみれば鬼クルミという日本古来の品種らしく、1日水に浸してから乾煎りし、出来た隙間にマイナスドライバーを入れてこじって割って、やっと食べることが出来ました。売店のお姉さんには割り方の説明をしてもらいたかったなぁ。もう少しで家で代々大切にしてきた、くるみ割り器を壊すところでした。

駅には外国人訪問者への「どこから来たの?」のボードがあって、圧倒的に多いのが台湾。そうだよなぁ、台湾の人たちはローカル線に造詣が深いというか、侘び寂びの世界観も共有できそうですので、只見線の人気も頷けます。

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駅ではこんな貼紙も発見。温泉への無料乗合タクシーのサービスがあります。これも良さそうだなぁ。

(乗車は2019年12月)

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関連タグ:JR東日本バスの旅

名古屋ガイドウェイバス・ゆとりーとライン乗車記

名古屋に用があって来ました。空いた時間で乗りつぶしが出来ます。1本目はゆとりーとラインです。

自分のおさらいのために詳しく書くと、第三セクターの名古屋ガイドウェイバス株式会社が運営する、「ゆとりーとライン」が愛称の路線で、路線の正式名称は「ガイドウェイバス志段味線」といいます。

この路線は、普通に道路も走れるバスが、ガイドウェイを備えた専用軌道上を、タイヤ横の案内輪を出す事によって運転手さんがハンドル操作無しで走れてしまうもの。走るのはバスなのに法令上は鉄道という、日本の鉄道路線の中では際立って異色なものとなります。日本ではここだけですが、世界ではどうなんでしょう。

ただ、軌道の上をバス(車)が勝手にカーブして走るシステムというかアイデアは、オモチャのトミカの世界では何十年も前から実現していたので、これで遊んだことのある大きくなった男の子としては、もっと普及していても良さそうな気がしないでもありません。

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中央線大曽根駅ホームから見える、ゆとりーとラインの大曽根駅。中央線で通る度に気になっていた駅です。余談ですが大曽根までは名古屋から12分、私が毎日乗ってるのと同じ10両編成の中央線ですが、こっちのは豪華な転換クロスシート車が連結されているのが凄い。

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駅は多摩都市モノレールの駅なんかよりも、ずっと大きくて威圧感があります。乗車したいバスの発車時刻が迫って来ていたので急いでホームへ。

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バスが駅⁈に入線するシーンは撮り損ねてしまったのですが、Suicaをピッとやって乗車した、10:00丁度発の高蔵寺行きバスの車内です。中は普通のバスと全く同じです。かぶりつき席(バス好きの人達の間ではヲタ席?)は座れず、後ろのシートに座ります。

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それでは出発、右にカーブする軌道の立派なこと立派なこと。バスは鉄道車両より軽量だという認識なのですが、こんなに立派な鉄筋コンクリートの構造体を採用するのは、軌道が高所にあるからか。素人の考えでは、道路渋滞を避けるのが目的ならば、建設費を抑えるために細い柱の低い位置の軌道で、アップダウンが沢山あってもいい気がしますが、これが正解なのでしょう。乗り心地がどうだったかは忘れてしまいましたが、とにかく乗っていて爽快です。

次はナゴヤドーム前矢田、バスが1台ちょこんと止まるだけなのが、勿体ないぐらい立派なバス停、いや駅です。この時はバスでドームの観客輸送なんて出来るのかと思っていたのですが、心配は無用です。地面の下には地下鉄名城線の駅もちゃんとあります。

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二つ目の砂田橋を過ぎると左にカーブして川を渡ります。上の写真は右側の景色ですが、左側は名鉄瀬戸線の名撮影地ではないですか。急カーブもあって確か減速する所です。瀬戸線に乗車した時には、すぐ横にゆとりーとラインがあったなんて気がつきませんでした。

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川を渡れば名鉄瀬戸線をオーバークロス。守山自衛隊前駅が見えます。走っているのはマンションの7階ぐらいか、そんな高くなくてもいいのに。そして自衛隊の中も丸見え。いいのか?

軽いアップダウンを繰り返しながら、小まめに駅に停車し進みます。だんだん緑が多くなってくる感じです。圧巻なのは川村と白沢渓谷の間で、必要あるのかと思えるぐらいの高さで高速道路(第二環状線)を跨ぐところ。高架の路盤が高いのは、5月に乗車した東海交通事業城北線もそうでしたが、これが名古屋の文化なのか。

ふと思ったのは、こんなに上空高くに路線を建設できるのなら、各駅にトミカの立体駐車場にあったような大型エレベーターを設けてバスを高い位置に上げ、駅間は全区間下り片勾配とし、位置エネルギーだけで走行するトミカのオモチャのような排ガスゼロのシステムを作り上げる事も可能かも。そのうち実現したら面白そうです。

大曽根から13分の乗車で小幡緑地駅に到着。これで鉄道路線としての、ガイドウェイバス志段味線の乗りつぶしは完了なのですが、もう次の駅、いや、ここからはバス路線なので次の停留所まで乗車しておきます。

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スルスルと高架を降りてガイドレールがなくなったところでモードチェンジのため停止。見たかったのはこれです。なんだか音が聞こえたので、タイヤの横に飛び出ていた案内輪を床下に収納したようです。ここからは普通のバスで、運転車さんはハンドル操作が必要です。

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道路に出ます。法令上はここまでが専用軌道なのでしょうか、それともさっきのモードチェンジをしたところまで?

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道路に出て100m程走って竜泉寺口停留所に到着。ここで降ります。

信号を渡った反対側のバス停から、数分後に来る大曽根行きバスに乗り、専用軌道に入る時のモードチェンジも体験しておこうと思っていたのですが、ゆとりーとラインの立派すぎる中間駅から乗るのも体験したみたい。小幡緑地駅まで歩いてみることとします。

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大曽根方面の道路にはバス専用レーンがあり、渋滞が激しそうなのが想像出来ます。このバスレーンの発展したというか、昇華してしまったのが、ゆとりーとラインなんだな。

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ゆとりーとラインのモードチェンジの敷地内には、白い車体のバスが駐車しています。これは試作車とかで保存されているものなのでしょうか。

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これが小幡緑地駅。エレベーターがありますが、エスカレーターは無し。階段を上るのはきつい高さ。

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反対ホームに入って来た中志段味行きバス。やっとバスのまともな写真が撮れました。ホームに放送が入り、乗る予定の大曽根行きバスは渋滞により5分ぐらい遅れるとのこと。

遅れて来たバスは、意外にも混んでいまして、一番後ろの座席の真ん中に詰めてもらって座ります。景色はあんまり楽しめません。そしてどの停留所でもどんどん乗って来ます。お年寄が多く、みなさん病院へ向かわれるのでしょうか。

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最後は続行便を出した方がいいぐらい混雑、そして遅れも大きくなって大曽根に到着します。

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通常はバスの中で、運転手さんによる運賃精算業務が行われるようですが、今日のこの便は混雑が激しいので、駅の改札で行うとのこと。こういう柔軟な対応はさすがです。

* * *

さて日本ではここだけのガイドウェイバスですが、世界ではどうなんだろうとWikipediaを覗いてみますと、数は多くないのですが、それぞれオモチャの世界のように個性的です。例を上げると、

トラムの線路の外側にガイドウェイバスの軌道を併設置し、トラムの地下区間にまで乗り入れ可能なもの。
ディーゼルエンジンと電気の両方で走ることが可能で、トラムとガイドウェイバスとの併用区間と、バスとして走るトラムの併用軌道区間では、トロリーポールを上げてちゃっかりトラムの電気を借りて走るもの。
駅構内にはガイドウェイを設置せず、一般のバスも乗り入れ可能とし、乗り換えをしやすくしているところ。

また、日本のガイドウェイバスについては、建設費が異常に高すぎることの他に、なんと!1駅間で走行出来るバスは1台のみと決められているそうで、バスの機動性を全く生かせていないなんてことも書かれています。せっかくの新しいシステムなのに、法が追いついていないというか、開業して17年経つというのに何とかならないものでしょうか。ラッシュ時にはバスが数珠繋ぎになって走るのかと思っていたのですが、違うようです。これならガイドウェイなんて取り払ってバス専用道路としておいた方が良いのではないか。

話が飛びます。世界一だと自負していた日本の新幹線の技術が、今や中国に抜かされてしまったようですが、新交通システムの分野では、相当先を越されてしまっている感じです。

驚いたのはスマートレールという現在試験中のシステムで、道路に白線を書くだけで軌道が完成し、架線無しで走る数両連結のゴムタイヤ電車。そのうちGPSの技術で白線が、AIの技術で運転手も要らなくなるでしょう。

日本でもこれがLRTとして各都市で導入出来たら、鉄道路線が一気に増えるなんてことが起きるかもしれません。でもやっぱり、これも道路やら鉄道の法に縛られて、日本での導入は簡単にはいかないのではないかと思うところです。

(乗車は2018年12月)

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関連タグ:新交通システムバスの旅

フェリーにバスごと乗船、鹿児島中央駅-鹿屋間直行バス乗車(船)記

南九州鉄道旅行の3日目で最終日、この日は日南線だけ乗って、その後飛行機に乗って帰るだけという、珍しく緩いスケジュール。いつもよりも遅い起床で、ホテルで鶏飯の朝食(美味しかったなぁ)を食べ、まずはバスで志布志を目指します。

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天文館通のバス停で待つ間に撮れた鹿児島市電。古いのは来ず。

最初に乗車するバスは、「鹿児島中央駅-鹿屋間直行バス」というやつで、バスが乗客を乗せたまま、鴨池・垂水フェリーに乗船し、鹿児島湾を渡ってしまうという面白い路線。このバスの存在は、乗り潰し趣味の大先輩であるrailwayさまから教えてもらい、日南線に乗るときは、これを利用して志布志まで行くとずっと前から決めていました。バスは定刻8:45発のところ、3分程遅れて天文館通を出発。

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運良く一番前の座席に座れました。左写真は、お祭りの時のみ電車が走るという高見馬場のデルタ線の一辺。そして右写真は鹿児島中央駅、今回の旅行で鹿児島県の鉄道路線は乗り潰してしまうので、当分の間、ここに来ることはなさそうです。

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鹿児島中央駅で10名ほど乗せ、駅を背に進み、右に折れると鹿児島市電1系統の走る道路をしばらく進みます。ここは昨日市電で乗車したものの、混んでてほとんど車窓が見れなかった区間です。こんなところを走っていたんだな。橋も渡る。

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古い電車も来た。車番は603。

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鴨池港にはすぐに着きまして、まずは広い駐車場でしばらく待機。

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そしていよいよバスの中へ。こういうの楽しい。港と船内には働く人がたくさんいて、合理化一辺倒の鉄道とは違うみたい。いいなぁ。

所定の位置に停車したら、すぐにバスから降りれます。普段はバスの中に留まることが出来ないようですが、今日は暑いので、クーラーを付けときますのでそのまま残ってもよいですよとのこと。もちろん私は降りて船内を散策。降りる際はカードが渡され、乗車する時に必要なので無くさないでとのこと。

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上階への階段から見るバス。船内はキハ58+キハ28がちょうど収まりそうなサイズです。国鉄時代、ここに鉄道車両を航送するシステムがあったら面白かったろうなぁ。大隅半島の鉄道地図も今とは違ったかたちで残っていたでしょう。

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上がったところに喫煙所があり、早速一服した後に中に入ります。有名らしい船内のうどん屋さんは、出航前というのにもう長い列ができている。後で出直そう。

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出航します。さよなら鹿児島、また来る日まで。

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青天の日曜日、暑い日でしたが、防波堤には魚釣りをする人。そして桜島は今日も見えません。

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一通り船の中を歩き回って、船内のうどん屋さんへ。まだお客さんは途切れておらず、ちょっと並んでさつま揚げうどんを購入。ホテルの朝食の鶏飯を食べてばかりですが、ペロっと胃の中に納まりました。ここのさつま揚げが独特で、なんだかスカスカなのですが、これが出汁の効いたうどん汁を吸って、旨さ倍増。みなさん並ぶだけあるなぁ。

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満腹になってほとんどデッキで過ごし、すっかり鹿児島は見えなくなって、垂水の港が見えてきました。所要時間は40分ぐらいか。船内を歩き回れて、軽食が食べられて、(大きな声では言いにくいですが)喫煙も出来る、こんな昔の鉄道連絡船みたいな船に乗れて大満足。船内放送に従い、バスに戻ります。

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バスが船から出るところ。

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垂水港のターミナル。ここで降りて、ここから志布志までのバスに乗る事も考えていたのですが、そのまま乗車して鹿屋まで進みます。ちなみにこの直行バスは、鹿屋市が運行するコミュニティーバスなんだそう。しばらくは海岸線沿いに走ります。たぶん山側に大隅線の廃線跡があるんでしょう。

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ウトウトしていますと鹿屋の市内でして、内陸部にあるというのに、鉄道がないのが不思議なくらい大きい町です(垂水の方が栄えていると思ってましたが逆です)。そして天文館通を出て約2時間、鹿屋(リナシティかのや前)に到着です。大きなショッピングセンターの一角にある停留場です。

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次のバスまで40分時間があるので、バス停から南へ、大隅線鹿屋駅跡地でキハ20が保存されているという市役所の方へ歩いてみます。トンボがたくさん飛んでいる川を渡ると、左手に昔は鹿屋の商業の中心地だったっぽいアーケードがあるのですが、今は中が車道になっています。

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市役所へ向かう道もほとんどシャッター通り。暑くて汗だくだく。今日も日南線でお洒落な観光列車に乗るので、あんまり汗をかきたくない。それに鹿屋駅跡地は思ったよりも遠く、着いたところで次のバスに間に合うかどうかも心配になってきました。鹿屋駅跡に行くのは中止、戻ります。それにしても市街地からこんな離れたところに駅があったのでは、鴨池・垂水航路に鉄道車両を航送するシステムがあったとしても、やっぱりバスに置き換えられる運命だったろうなぁ。

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クーラーの利いたきれいな待合室でしばらく涼み、11:30発の志布志行きバスに乗車します。10名ほどの乗客がいたのですが、市街地を出る頃には私含めて3名に。またウトウトして、左側に遮るものが無くなり海沿いに出ますと、そろそろ志布志。川を渡る橋では海側に、大隅線のものだったと思われます鉄橋が見えました。

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12:29、志布志駅前に到着します。駅ではキハ40がポツンと停車、これが次に乗車する13:12発の油津行き普通列車。まだ改札は開いていないので駅周辺を散策します。かつての志布志駅は、日南線、志布志線、大隅線の接続駅で広い構内を有する駅でしたが、日南線だけの終着駅となってからは東側に駅舎とホームを移設し、現在のかたちになっています。

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かつての構内の中央、駅舎の跡地に建つというショッピングセンター。加世田や枕崎もそうでしたが、駅の跡地に大きな商業施設が建つのは、人が集まる場所が継承されたということで、いいことかもしれません。

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かつての構内の西側は公園。

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ここにはC58、ヨ8000、キハ52が保存されています。この門鉄デフのC58 112は、現役時代、撮り鉄に大人気だったに違いない。一方キハ52は、志布志線、大隅線廃止と同時に引退したとすれば、短命だった残念な車両になります。

(乗車は2018年8月)

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関連タグ:バスの旅船の旅

鹿児島~加世田~枕崎をバスで移動

さぁ、次は日本で一番南だった鉄道路線、指宿枕崎線の乗り潰しです。盲腸線は終着駅を目指して延々と進むのも趣がありますが、この路線の乗り潰しは、加世田に寄って枕崎からスタートすると前々から決めていまして、まずはバスで加世田へ向かいます。乗車するのは鹿児島中央駅前を10:05発に出発し、加世田と枕崎にしか停車しないというスーパー特急バス。

乗客は15名ぐらい、車内は涼しくて快適で、道中ほとんど眠りこけていたのですが、途中どんなルートを走っているんだろうと、グーグルマップを立ち上げてみますと、薩摩半島を横断する県道をスイスイ走っていました。こんな道があれば、鹿児島交通枕崎線なんて不要だよな。指宿枕崎線の枕崎より先も、同じかもしれません。なにせ鹿児島から枕崎まで1時間半で着いてしまいます。(指宿枕崎線だと2時間半)

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11:00に加世田のバスターミナルに到着。外は暑い。乗車したのはこんなバス。

さて、ここ加世田のバスターミナルは、鹿児島交通枕崎線の加世田駅があった場所。鉄道存続時の加世田駅については、宮脇俊三さんのローカル私鉄を巡る著書に詳しく書かれていまして、ほとんどスクラップ状態の小型タンク式蒸気機関車が何台も放置されているという時間が止まったかのような情景を、一度見てみたいと思っていました。しかし現在は鉄道が廃止されて34年もの年月が経ちますので、駅の跡はきれいさっぱり整備され、どこに線路があって、どっちが伊集院で、どっちが枕崎かすらも解らなくなってしまっています。

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昔鉄道があったことを示すのは、ロータリー中央に置かれた蒸気機関車と、

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小型ディーゼル機関車。

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他に見つけたのは鉄橋の切れ端。それとこの古い木造ベンチも鉄道駅時代からあるものかもしれません。

この鉄道については、本や雑誌の記事でしか知らないのですが、やはりこの鉄道を象徴する車両、国鉄キハ07と同型で、赤に紺色帯という暑苦しい塗装のキハ100形を残してほしかった。帰ってから知るのですが、実はバスの車庫の中にちゃんと保存されているとのこと。

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屋外に掲示されている晩年の加世田駅の光景。この時に来てみたかったなぁ。しかし、加世田については、寂れた小さい町のイメージを勝手に抱いてしまっていましたが、バスの車窓から見た限り、実際は南さつま市の中心だけあって大きく、そんなに寂れてはいません。

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バスターミナルの裏手には、古い石造りの倉庫を利用した南薩鉄道記念館というのがあるので、もちろん入ってみます。入場料は200円で、バスターミナルで入場券を購入すると、私が本日一番最初の入場者のようで、今鍵を開けますので、しばらくお待ちをとのこと。中は閉め切っていたのですごく暑い。ササっと見て出よう。展示物は鉄道が好きな人には貴重なものですが、200円払う一般の人にはガラクタにしか見えないかも。キハ100のと思われる座席に座ってみます。シートピッチ、窓割りと合ってない座席配置も正確に再現されているのでしょうか。シートピッチについてはもう少し実際は狭いんじゃないかなとも思ったりして。

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輸入機関車と昭和26年の台風による被害。この鉄道も最後は豪雨のよる災害で一部区間が不通となったまま廃止されてしまったのですが、昔から大変だった事が伺えます。展示されている写真はどれもとても興味深いもので(特に当時の人々の服装なども)、もう少しゆっくり見てみたい気もしましたが、昼食もここで摂らなくてはならないのでそろそろ出ます。

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それと、この鉄道とは関係ないですが、この昔の貴重な地図もゆっくり見てみたかった。

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外に出たところで、バスターミナル、南薩鉄道記念館の周りには古い機械が多数置いてありまして、貴重な物だとは思うのですが、説明が全く無いので、何をする機械なのかさっぱり解らない。

さて昼食ですが、バスターミナルの周りに飲食店は見当たらず、暑いので歩いて探しまわる気力も無く、バスターミナルの裏手に裏口のあるショッピングセンターに入ってみます。涼しいです。中は家電、園芸用品、仏壇まで1フロアで売ってる広いショッピングセンターで、やっと食品売り場に辿り着くと、惣菜売り場にずらりと並ぶ弁当の数に、加世田の街の大きさを伺い知る事が出来ます。さぁ、どれを選ぼうかと思ったところですが、店内にイートインコーナーは無く、外にあるゴミ箱は、家庭のゴミを捨てるなと完全に塞がれていまして、弁当の容器を捨てる事が出来そうにない。という事で、この日の昼食は、ショッピングセンター入口にあった、たこ焼き屋さんで暑い中汗をかきながらたこ焼きを食べる事となりました。

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次に乗るバスは、加世田バスターミナルを始発とします12:00発の枕崎行き。乗客は私の他に高校生ぐらいのスポーツ少年が一人だけ。バスは出発するとしばらく市街地を走った後、山を登って行きます。こんな坂はキハ100形は登れないはず、鉄道はどの辺に敷かれていたのでしょう。予習して来るべきでした。

峠には太陽光発電パネルに囲まれた道の駅270というのがあって、そこから下り坂。すると左手に線路跡を発見、朽ち果てたホーム屋根みたいのも見えます。カメラを用意です。

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一番まともに撮れた線路の路盤に踏切の跡?
こんなところをキハ100形はノコノコ走っていたのか。その後、線路の跡は見失い二度と見れず。そして川幅が広くなり市街地に入って、スポーツ少年が下車して私一人になってしばらく、12:40、終点枕崎に到着です。線路はどこだ?

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あった!子供の頃からいつかは行くぞと思っていた日本の鉄道の南端の終着駅・枕崎。50歳を過ぎてやっと到着出来ました。

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左写真は鹿児島交通が存在していた時の枕崎駅があった場所で、現在はドラックストアになっています。そんな経緯から、指宿枕崎線はちょっと路線が短くなってしまっています。このような事例は数多くあるんだなぁと改めて実感。それと、駅の周りには観光客向けの飲食店がいくつもあって、加世田よりここで昼食をとるプランにすれば良かったかもしれません。

(乗車は2018年8月)

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Author:QJ7000
おじさん鉄道ファンの日本の鉄道の乗車記録です。2012年、ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになり、乗りつぶしをスタート。その時の未乗区間は7,818.4kmでしたが、12年目にしてあと1,002.5kmになりました。すべて乗りつぶすには、今の生活パターンだと、まだ7,8年ぐらいはかかりそうですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事をご覧になりたい方は下のカテゴリーの「年別目次」からどうぞ。

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