くま川鉄道乗車記
駅に併設された案内所に尋ねると、駅前のお土産屋さんの横で入浴できるという。いやいやありがたい。しばし人吉温泉を堪能。駅横には駅弁屋さんもあり、そろそろお腹も空いてくるだろうと鮎すしを買っておきます。
さて、JRと第三セクター鉄道との関係、元は同じ国鉄だったのですが経営が分離され、駅舎等の建造物やホーム、果ては乗客の通る通路までもきちんと分離され、お互い協力し合う形で、少しは共有すればよいのになと思う事がよくあるのですが、ここは最たる例かもしれません。

こちらはJR九州の人吉駅。中にはくま川鉄道の出発時刻等の案内はもちろん、くま川鉄道の文字さえなかったような気がします。

JRの駅舎とビルの影にひっそりと存在するくま川鉄道の事務所?くま鉄ゲストハウス。

のりばの案内に沿って進むと、左がJR、右がくま鉄、それぞれの跨線橋が2本並んでるのです。

ちょっと無駄だよな。しかしこの鉄道が出来たのは20数年前、当時の役人さんなりの考えで跨線橋を2本作っておかなくてはならない理由があったのでしょう。ちなみに左のJRのはバリアフリー化の影響でか構内踏切に切り替えられ、今は使用されていません。

跨線橋から見下ろす湯前・吉松方面。ちょうどこれから乗車する列車が入線してきました。



乗車するのは17:27発の湯前行きで3両編成。日も暮れかけて月も出てきたところで出発。
駅場内を過ぎると肥薩線の線路と交わります。跨線橋はしっかり作り分けていたものの、線路はJRと共用の部分があるみたいです。3両編成でも夕方なので通学帰りの高校生で30%ぐらいの乗車率、しかし乗っているのは男子高生だけなのがちょっと不思議。
肥薩線とポイントが分岐してすぐの、以前は東人吉駅だった相良藩願成寺駅、ここでまた高校生達がたくさん乗り込んで来ます。今度は女子高生が多い、ここで男女比率が半々になって、納得というか少し安心します。

球磨川を渡ります。写真では空が明るいですが実際はもうほとんど真っ暗。乗り潰しは景色の見える明るい時間にとスケジュールを組んだつもりで、冬至までまだ1カ月あるし、九州だから日の暮れるのも遅いと思っていたのですが甘かった。
昔は免田駅だったあさぎり駅で交換。やって来た列車は水戸岡先生デザインの車両だ。この鉄道にもあったんだ(知らなかったです…)、ミュージアムトレイン・KUMA1/KUMA2というんだそうだ。制服の女子高生たちが木質系の素材がふんだんに使われた室内、いや車内、特にボックスシートのテーブルでノートを広げて宿題?なんかやっているのを見ると公民館とか図書館でも覗きこんでいるようです。
ところですれ違った反対方向の人吉へ向かう列車も、帰宅する高校生達で3両編成という長編成にもかかわらず満員だったぞ。空いていると思った戻りの車内で人吉駅で買った駅弁を食べようと思っていたのですが、そんな雰囲気ではないかもしれない。幸い私の座っているボックスシートは(周りの高校生たちは遠慮してか)私一人だけ。今急いで食べちゃおう。
背開きにして酢で締めた鮎の押寿司。情緒があっていいのですが、味わっている余裕は全く無く、鮎の香りさえ確認する事無く食べ終えてしまいました。この頃には既に日は完全に落ち、窓の外も暗闇しか見えません。残念ですが車窓をしっかり見ておきたいという諦めもついたところで、短い車体の数両連結特有の(うまく表現できませんが→)タタッタタッ、タタのリズムが心地良く感じます。

終点の湯前駅に到着。


ちょっと駅前を散策するも夜なんで何も面白いものは見つけられません。昔は駅名から温泉地を想像し、旅館が立ち並び、道路端の排水溝からは湯気が…そしてほんのり硫黄の香り…なんて雰囲気を想像していたのですがちょっと違います。

駅は単線1本なのですが、ホームは両側にあり、駅舎と反対側ホームは広場になっており床には木材がふんだんに使用されています。昔は木材の積込み基地があって、そのモニュメントみたいなものなのでしょうか。

行き止まり側には暗闇にアーチ見たいのが見えます、何だろう?(新しいデジカメのお陰で割とはっきり写ってますが、肉眼では暗くてほとんど見えなかったのです。)

自販機で切符を買って戻ります。


この時点では車内はガラガラ。この日の編成は湯前側から、KT202-KT104-KT201。真ん中の車両だけがボックスシートありでした。

ところでこれは何なんだろう。窓の内側に取り付けられた鉄板に2つのフック、帽子掛けって事は無いはず。ロングシート席にもボックスシート席にも窓一つ置きに付いていました。
多良木を過ぎたところで、右手車窓にブルートレインが飛び込んで来ます。車内の椅子席ではおばさん達が食事しているぞ。熊本県に列車ホテルが出来たというのはここだったのか。調べてみると宿泊費は3000円で温泉入浴付きだそうで、面白そうではないか。

あさぎり駅では再度水戸岡先生デザインの車両とすれ違い。やっぱり公民館とか図書館の雰囲気だ。
人吉行きの列車も、多良木、あさぎり駅で高校生がたくさん乗ってくるも、人吉に近づくにつれて少しずつ下車し、一つ手前の(行きの列車には女子高校生がたくさん乗車した)相良藩願成寺駅ではほとんどの乗客が下車し、湯前出発時と同じようにガラガラになってしまいました。ローカル盲腸線は起点が乗客最大、終点が乗客最小というイメージでいましたが、その考えは改めなくてはなりません。この路線では行きも帰りも中間付近が一番乗客が多かったのですから。
(乗車は2013年11月)
前の記事:肥薩線乗車記2(しんぺい4号・吉松~人吉)
次の記事:人吉~新八代~熊本~新大牟田乗車記(800系つばめ乗車記)