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秩父鉄道乗車記2(急行秩父路・寄居~熊谷)

御花畑から乗車した秩父鉄道の急行秩父路6号の乗車記(こちら)の続きです。

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9:08、寄居を出発します。ここからが私の秩父鉄道の未乗車区間になります。

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しばらく八高線と並走します。八高線側は何度も乗車しましたがこちらは初めて、この折れそうな細い架線柱がいつも気になっていました。

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右にカーブして八高線と別れます。八高線は勾配を登って行きます。平坦そうな路線ながら荒川水系から利根川水系へと分水嶺を越えるんだな。ちなみにこの1週間後、関東を直撃した台風19号の影響で、八高線のこの区間(寄居〜北藤岡)は1ヶ月半もの間で不通となってしまいます。

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なんだか新しい島式ホームの駅をしれっと通過。1989年に開業した桜沢駅で、貨物列車用の待避線(通過線)がありませんので、秩父鉄道の駅としてはちょっと異彩。そしてこの辺の架線柱はコンクリート製が続きます。

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直線をスタコラ走って、秩父鉄道でよく目にする古レールを組合せた架線柱に変わって、小前田駅をしれっと通過。今度は2面3線の秩父鉄道らしい駅。

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かぶりつきをしていますと、ついつい架線設備に注目してしまうのですが、ここのはとても面白い。右はおそらく昔からの古レールを組み合わせた柱の片持ち式で、左側に木製の柱を立ててワイヤーで引張っています。詳しくは解りませんが、こんなのは珍しいはず。

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田んぼの中になんだか場違いな駅が現れたぞ、しれっと通過。ふかや花園という2018年10月に開業した駅で、Wikipediaによると、ここにアウトレットモールの建設をしたいのですが、優良農地だそうで商業施設の建設が出来ない、それを解除するために作った駅なんだそう。

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今度はちゃんと秩父鉄道らしい貨物列車も退避できる駅、永田です。交換のためしばらく停車します。向こうから来るのは小豆色塗装の急行秩父路3号です。

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横を通過し、いい写真が撮れるぞと思っていましたが、そっちに行っちゃうか、残念。

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さぁ、秩父鉄道の寄居熊谷間の一番の主要駅、武川が見えてきました。熊谷貨物ターミナルへ通ずる三ヶ尻線との分岐駅で、電気機関車の基地まである、貨物輸送の中心駅です。ここは停車、ちょっと後ろのクロスシートに移動して写真を撮ります。

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何機も電気機関車は停まっていたものの、撮れたのは2枚、青い506と、

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緑の505。秩父鉄道の電気機関車は、ずいぶんカラフルになりました。元国鉄101系である1000系の末期のカラーには、一応秩序みたいのがあったと私は思うのですが、このデキたちに関しては本当に自由です。

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でもヲキフ君は黒一色。

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武川出発時も結局はガラガラな急行秩父路6号の座席です。この時間帯の急行列車の先行きが心配になってきました。ところでこの座席は、さっき乗ったニューレッドアロー号で使用されていた古いリクライニングシートだそうで、この車両自体はニューレッドアロー号に足回りを提供した旧101系の後期型にあたる新101系です。どう表現したらよいのやら、時間が複雑に絡み合ってしまっています。

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左に別れるのは熊谷貨物ターミナルへ通ずる貨物線の三ヶ尻線で、上越新幹線の車窓からも見える路線です。その後またもや貨物列車の待避線が無い1985年に開業したという明戸駅を通過。

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次は待避線が2本もある大麻生という偉そうな名前の駅。元東急8090系とすれ違います。

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大麻生からは複線の用地が確保されています。右側は見事な桜並木で、何があるのかと地図を見れば、荒川の河川敷にあるゴルフ場でした。

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広瀬川原車両基地が左手に広がります。C58が写っているのは帰ってから気がつきます。

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2003年に開業した、ひろせ野鳥の森をしれっと通過します。

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この付近も右手に複線用地が残ります。

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上越新幹線の下を潜ります。

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石原駅を通過します。構内が広いですがどんな歴史があるのでしょう。

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左に現れる線路は、1983年に廃止された東武熊谷線の跡のはずです。

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左にJR高崎線が見え、東武熊谷線と共用していた上熊谷駅を通過します。

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上越新幹線の下を潜ります。秩父鉄道の熊谷駅は、JR高崎線からだと、新幹線の高架の反対側に駅があるのでよく見えません。このトンネル(みたいなの)は、未知の世界に突入するみたいな感じがて楽しいなぁ。ちなみに帰ってから知るのですが、上越新幹線が開通する前は、国鉄〜秩父鉄道の貨物の受け渡しは熊谷駅で行なっていて、それが出来なくなって三ヶ尻線が開通した経緯があります。

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秩父鉄道の熊谷駅が見えてきました。上越新幹線の南側に始めて来ます。

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9:30に熊谷に到着。御花畑から55分、けっこう乗ったんだなぁ。これで秩父鉄道の未乗車区間の約半分の18.9kmを完乗。ここもラグビーワールドカップのホストシティーだったんだな。

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かぶりつきに夢中で、車内は落ち着いて見れませんでしたが、ここが一番いい座席みたいです。秩父鉄道の急行も、実は歴史が長くて、Wikipediaによると湘南窓300系の急行秩父路が走り始めたのは1969年。ということは今年で50年なんだ。

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座席は秩父鉄道の急行史上で最も豪華ですが、この辺から見るとモロに西武101系で、急行列車らしくありません。でも2丁の菱形パンタグラフは格好良いです。

(乗車は2019年10月)

前の記事:秩父鉄道乗車記1(急行秩父路・御花畑~寄居)
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秩父鉄道乗車記1(急行秩父路・御花畑~熊谷)

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平日朝8時台の御花畑駅です。なんかゆっくり時間が流れています。先月の養老線もそうでしたが、自動改札機がなく、ラッチに駅員さんが立つ駅というのは、こんなにも雰囲気が違っていたものなのか。立ち食い蕎麦屋さんが、駅前で2件も営業しているのも凄いこと。

とにかく西武秩父駅と秩父鉄道御花畑駅は、運賃の計算上は同一駅という扱いですが、歩いて移動すると、20年ぐらいタイムスリップした、あるいは経済格差のある二つの国の国境を越えたような感じがするのは私だけではないはず。いいなぁ、秩父鉄道(褒め言葉です)。ちなみに前に来たのは10年前の冬で、デジタル一眼レフを初めて買って最初の日帰り旅行でした。

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下り電車はこれが来たぞ、インドネシアに渡った多くの仲間は、車生を全うしたようですが、ここのはまだ現役。渋く輝く細いコルゲートのボディは、元は大都市の地下鉄車両だったのを忘れるぐらい、ローカル私鉄に馴染んだ印象です。

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切符はこれ、券売機で買った羽生までの990円の乗車券と、窓口で買った210円の硬券の急行券。鋏みを入れてホームに入ります。

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お目当ての乗る電車、影森始発で御花畑8:35発の急行秩父路6号が入線します。

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ガラガラですので座席は選び放題、でもどこも窓と座席の位置があっていません。そして乗りつぶしの時は、進行方向右側に座るのが私の決まりですが、今回に限っては左側の方が見どころが多い。迷うなぁ。

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ここに座っちゃおうか。空いてることだし。

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高運転台ですので前はよく見えません。しかし座席にバックを置いて、座面を少し高くするとなんとか見え、写真もこんな風に撮れます。ちょっと恥ずかしいですが、隣に人が来るぐらいに、混んできたらちゃんと座りましょう。秩父に到着します。

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秩父駅の昔デルタ線があった側。黒いワキが今も1両停まっています。倉庫でしょうか。

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秩父を出てしばらくすると、左手に貨物駅の武州原谷駅が広がります。たいていこの辺りにいる、変な入換用DL(褒め言葉です)の姿は朝早いからか見えません。

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電気機関車の姿もありませんが、ヲキフ君はいた。ここ秩父鉄道は今も石灰石貨物輸送が健在で、かつての青梅線みたいですが、いつまでも続くとは限りません。一回じっくり撮影に来たいなぁ。

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和銅黒谷で変な顔の元東急8500系と交換。これもインドネシアに渡ったのはJR205系に押されて引退したのでしたっけ。しかし本家東急田園都市線~東京メトロ半蔵門線~東武伊勢崎線で、今も活躍しているのがすごいところ。

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荒川橋梁を渡ります。

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荒川を見下ろします。この日はこんな感じ。

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線路際にはいっぱい彼岸花が咲いています。

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ひときわ渋い長瀞駅に到着します。ここで上り貨物列車を追い越す予定でしたが、今日は運休のようです。乗客はほとんど増えません。

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交換するのは東急8090系の中間車を改造した7800系で、ここでしか見られない顔になります。

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樋口駅はホームのない通過線を通過します。こういうことをしてくれると、急行に乗った価値あるなぁ~と思ってしまいます。楽しいです。

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樋口と波久礼の間の荒川が蛇行する付近は、道路を走る車と、抜きつ抜かれつ走ります。車側はカーブや大型車の通行であまりスピードが出せない様子、こちらは貧弱な線路の上を、目いっぱい頑張って走る感じで揺れも大きい。子供が乗ってたら大喜びしそうです。

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この付近の荒川はダムになっています。

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波久礼で交換するのは、また7800系です。

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いつのまにか八高線の上を跨いでいて、寄居に到着します。ここでも下り貨物列車と交換するはずでしたが、こっちも今日は運休のようです。八高線キハの姿もないし、東武東上線8000系の姿もなし、寂しい時間帯に来てしまいました。

長くなってしまったので、ここで一回記事を終わります。

(乗車は2019年10月)

前の記事:特急ちちぶ・ニューレッドアローお名残乗車記
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特急ちちぶ・ニューレッドアローお名残乗車記

東武伊勢崎線沿線で用がありまして、早出して強引に秩父鉄道の寄居から羽生までの33.8kmを乗りつぶそうと思います。今回は急行秩父路にも乗ってみたい、そして急行秩父路に乗るんだったら寄居からでなく御花畑から乗ってみようか。

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と、いうことで不思議な池袋に朝6時半、西の東武ではなく東の西武池袋駅へ。天気は雨です。写真はまだ人の少ない7番ホームをスルスル通過するむさし4号。

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昔は特急券を持っていないと入れなかった特急ホームに到着しますと、通勤客がどっと吐き出されます。

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この折り返しの6:50発ちちぶ3号に乗車し、特急ちちぶとして走る西武10000系ニューレッドアローのお名残乗車をしてきます。この列車は私の乗った2週間後に、新型Laviewに置き換わっています。

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ちなみに特急ホームの一番池袋側はこんな風だったのか。バックヤードから出発する列車みたい。

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新型車は際立った窓の大きさを売りにしていますが、この車両だって充分窓が大きい。それと方向幕の丸ゴシックフォントもあまり見なくなりました。

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車内はガラガラです(シメシメ・・・)。特急ちちぶに乗る時に、とても重要なことでして、わざわざチケットレスサービスに登録して、一番空いているモハ車両の、一番空いている区画を狙って指定席を取ったのです。

6:50に定刻で出発。出発直後に、新型Laviewとすれ違ったはずですが、コンビニで買った朝食を食べてて見逃してしまいました。

このニューレッドアローこと西武10000系は、1993年登場ですので28年目も活躍してきたことになります。この電車には2000年台の前半に、所沢から新宿又は池袋までよく乗る機会がありました。乗るのは喫煙車の4号車で、空いている時はいいのですが、混んでいる時はほぼ全員が喫煙しますので煙い煙い。車内もヤニがベッタリだったような気がします。途中からは混みそうな時間帯は禁煙車に乗ることにしました。

そして足回りや機器類は1969年登場の101系ですので、走り始めて50年、長い活躍お疲れ様でした。101系といえば、山岳路線用の高出力車両。あくまで私の主観ですが、モーターの音は同世代の国鉄103系や東急8500系に比べて、静かで上品な音を奏でる感じです。西武の車両は全体的にそう感じるのですが、暖色系の優しい塗装が、そうイメージさせているのでしょうか。

練馬からの複々線から、その上品な音ながら特急らしい速度で走り、所沢に7:13に到着。平日の雨の日ですので、ガラガラのまま終点まで進むと思っていたのですが、ここから乗る人がとても多い。約3分の2の窓際の席が埋まり、私の前後にも人が来ます。わざわざ空いている車両を選んで、スイッチバックする飯能で、座席を回転させようと思っていたのですが、これは無理そうです。ちなみに前の乗客は二人とも大きなゴルフバッグを抱えて座っていて、身動き取れない状態。

途中京急カラーの鮮やかな9000系とすれ違い、7:35に飯能に到着、ここも降りる客よりも乗ってくる客の方が多く、ほぼ全ての窓際座席が埋まった感じです。

飯能停車中に、座席を回転させる音は一切せず。静かに全員後ろ向きで出発します。これぞ特急ちちぶ名物のバック走行?

この路線では、進行方向に合わせて座席を回転させることをしないのが昔からの習慣ですので、窓が大きく眺望が売りの新型特急Laviewに乗車した観光客も、おそらくガッカリしたことでしょう。著名な建築家がデザインしたそうですが、こういう建築家というのは、住宅にしても実際に人が住んで快適かより、見た目や写真映えを一番に考えている人が多いです(私の知ってる中では)。

次は人が座ったまま回転できる座席を開発するのはどうでしょう。フリーゲージトレイン実用化に匹敵する難しさかもしれません。

しかし後ろ向き走行も、しばらくすれば慣れてくるもの。坂を登るのを視覚的に実感しやすいのも後ろ向きです。昔の夏の窓全開のボックスシートでは、進行方向反対の座席から埋まっていったのも思い出しました。

武蔵丘車両基地では、こんな山奥に東急の電車がいるのを今更ながら驚き、高麗で8連の4000系普通と交換。武蔵横手付近からは線路側に彼岸花たくさん咲いています。昔は関東にこんなに咲いていましたっけ。こんな山間部でも都会を走る時と同じ上品な音でスルスル勾配を登って行きます。西武池袋線と西武秩父線の境である吾野付近から晴れてきました。山麓がきれいです。

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正丸ではレッドアロークラッシックと交換します。急いでカメラを出して撮影しますが、ピントは窓ガラスの水滴に合ってしまいました。これは池袋に9:09に着く、ちちぶ14号なのですが、窓際の席は全て埋まった状態で、全員が後ろを向いて座っています。やっぱり特急ちちぶのこの区間は、後ろ向きで座るのが正しいのです。

正丸トンネルに入り、複々線区間の時のように飛ばします。耳をすませば、上品かつ力強いモーター音、車輪?歯車?がカラカラ回る音、何かが共振する音、時々バネなのかギコギコする音、正確に何の音かわかりませんが、いろんな音がします。これが50年続く101系の音です。トンネル内では4000系普通電車とまたすれ違います。そういえばこれも走り装置は101系だったんだ、まだまだ活躍が期待できそうです。

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横瀬車両基地が見えてきました。シートをかけた歴代保存車両の横で、廃車車両が解体されるらしいカオスな場所です。解体されるのはラッピングされたニューレッドアローでしょうか。

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S字のカーブ(ここはかぶりつきして見ると楽しいはず)を下って、8:13、終点西武秩父に到着します。

(乗車は2019年10月)

次の記事:秩父鉄道乗車記1(急行秩父路・御花畑~寄居)
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養老鉄道養老線乗車記2(大垣~揖斐)

養老鉄道乗りつぶし、次は大垣8:46発の揖斐行に乗車します。今度は近鉄車が来て欲しいなぁ、

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来ました。ラビットカー塗装車ですので大当たりです。停車してドアが開けば、ホームはたくさんの通勤通学客であふれかえります。

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この車両D06編成は、近鉄南大阪線の名車ラビットカーの生き残りで、貴重なものとのこと。

ちなみに私は、養老鉄道の元近鉄車は、すべて1067mmの南大阪線の同形式車両だと思っていたのですが、こちらの養老鉄道愛たっぷりのファンが作成したサイトをみれば、実は違って出自はバラバラらしい。さすがは養老線、車両だって奥が深い。残念ながら私は、複雑な近鉄普通車の基礎知識を持ち合わせていないため、さっぱり理解できません。

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ラッシュと反対方向に向かいますので、車内はガラガラ。かぶりつき席は優先席になりますので、一つ後ろに座ります。近鉄車ならではのフカフカシートが心地よいです。そして信用乗車の養老鉄道ですので、こんなところに運賃箱があります。運転室からは切符がよく見えなさそうですが、ここは東急車に更新して、少し改善されることになります。

それでは出発です。クハですのでモーター音はせず優しい走りですが、ちょっと揺れる。桑名方面と別れるとすぐに室に到着。90度カーブして北を向いて東海道本線の下を潜るのですが、線路と枕木が下から見える構造の桁橋ですので、昔は汚物を浴びることがあったかもしれません。そして北大垣。養老線は駅間距離がどこも長かったですが、こっちは短いです。

しかし北大垣からは長い、スピードをグングン出して進みます。そして縦揺れがすごく大きい。揺れるというより跳ねる感じです。私と反対側の車両の隅に座ってる女性は、ヒョコヒョコ跳ねながらスマホを見続け、酔わないのか心配になります。さすがはラビットカーだな、看板に偽り無しと言ったら怒られるか。なんだか楽しくて顔がにやけてしまいます。

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次の東赤坂では交換しますので、ちょっとかぶりつき席に行ってみます。来たのは設立者が同じということで誕生した京急色D04編成だ。鉄道車両の色は、本当に自由になりました。ちなみにこの電車は、このサイトによると、大垣に着いたら、夕方まで西大垣でお昼寝となります。(情報ありがとうございます)

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左に鉱山が見えてきました。美濃赤坂の先にある金生山で、石灰石を運ぶ赤いホキが今も活躍しているところです。私にとって未乗車の僅か1.9kmの東海道本線美濃赤坂支線は、この日にちょこっと乗ってくることも可能なのですが、時間をたっぷりとって貨物も見たいため、別の機会にしたいと思います。

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うまく写真で表現できませんでしたが、長いつり革がせわしなく揺れます。この天井についたファンは、新しく付け足したのかなぁ。広神戸では自転車を持ち込む人がいます。私は初めて見ました。無料で持ち込めるというのもビックリで、とても便利そうです。

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池野で交換するのは、「養老線全通100周年」の系統板をつけた3連の元近鉄車、D21編成になります。

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もう優先席に座らせてもらって、かぶりつきをしてもいいでしょう。終点の揖斐駅が見えてきました。線路は1本だけですが、架線柱だけは今も横に広がり、かつては貨物を取扱っていた跡が残ります。

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可愛らしい終着駅ではないですか。でもこんな場所の終着駅でどんな貨物を扱っていたのでしょう。

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9:10に到着。ホームで写真を撮ります。後から気付いたのですが、運転室ドア後ろにウサギがいます。

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ローカル線の木造駅舎の見本のような揖斐駅。駅員さんが検札するものポイントが高いです。

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ラビットカーは揖斐で8分停車して折り返します。天気もいいしどこか順光で手軽に撮影できないかと思ったのですが、8分後のラビットカーで戻ります。

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大垣側のかぶりつき席は、優先席ではないので座っちゃいます。7700系でも気になっていた窓の吸盤は、「サイクルトレイン」のサボをつけるためのものだったのか。

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交換駅の池野で降ります。これが今回の旅行で一番きれいに撮れたラビットカーの写真です。足回りが見えないですが・・・。

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対向ホームのこの池野駅で1本写真を撮って帰ろうと思います。無人駅ですが、駅舎は「まちづくり工房霞渓舎」という地元の人のためのフリースペースになっています。後で知るのですが、養老鉄道の電車のクリアファイルやマスキングテープといったグッズも販売しています。寄ってけばよかったです。それと、これも後で知るのですが、養老鉄道が誕生した時の終着駅でもあります。

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20分待って来るのはさっきこの駅ですれ違った3連のD21編成。揖斐線は南北に線路が敷かれていると思っていたのですが、この付近だけ東南東から西北西に敷かれていて、完全に逆光になってしまいます。

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後追い写真。

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また20分後、揖斐で折返して来たD21編成で大垣に戻ります。

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一番空いていそうな最後尾に乗車します。車内はこんな感じ。さっきのラビットカーと違いはよく解りません。でもあんまり揺れない。

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近鉄車のカーテンは、完全に開けるか完全に閉めるかのどっちかで、途中で留めることが出来ないんだよな。これは良くないと思うところ。

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東赤坂で交換、ラビットカーが来ると思っていたのですが、桑名から大垣まで乗った、緑歌舞伎の7700系TQ12編成が来ました。

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大垣に到着。また7700系(TQ03編成)がいまして並びます。元東急車の製造年は昭和39~43年、元近鉄車の製造年も昭和38~45年と、大して変わらないのですが、両方乗り比べる形となり、新車同様に蘇るバットカーの凄さを実感しました。

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外に出ます。ラッチに立つ駅員さんの姿が、格好いいです。

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最後に桑名方面から来たD24編成の写真を撮って、名古屋に戻ります。

(乗車は2019年9月)

しばらく更新お休みします。

前の記事:養老鉄道養老線乗車記1(桑名~大垣)
関連タグ:養老鉄道

養老鉄道養老線乗車記1(桑名~大垣)

次は養老鉄道養老線の乗りつぶしです。この路線は、三重県桑名から岐阜県揖斐まで57.5km、なんと開業して100年という歴史ある路線で、開業から戦時中までは保有する会社がコロコロ変わり、その後は近鉄の路線となる時代が長く続きますが、赤字により2007年に経営分離、養老鉄道となり沿線自治体から支援を受けつつ現在に至ります。

ここも旧近鉄車から旧東急車(まさかの7700系!)に車両を更新中でして、できれば近鉄車に乗っておきたいところでしたが・・・

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近鉄の特急券販売窓口で養老鉄道一日乗車券を購入し、構内に入りますと、桑名7:13発の大垣行は東急7700系でした。乗るのはこの列車だけではないので、近鉄車にもそのうち会えるでしょう。

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大垣側の車番は7712、2012年10月に東急の池上線と多摩川線を乗りつぶしの時に写真を撮ってたりしてないかなぁと探してみれば、

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出てきました。

とにかくこの車両は凄い。1960年代に7000系としてデビューし、東横線の地下鉄日比谷線直通として主に活躍、1987年の後継車1000系のデビューで東横線を追われた後は、日本各地のローカル私鉄に転属したグループと、東急に留まりVVVF化され目蒲線や池上線で活躍したグループに分かれます。デビューから50年を超え、一部のローカル私鉄転属組では引退したのもいますが、東急居残り組が、ここでまた地方鉄道に譲渡されるとは、思いもよりませんでした。しかし50年前の車両とはいえ、車内は更新されて古さは全く感じられませんし、走り出せばVVVF車、養老鉄道はこの車両をあと30年使うとのことで、ここまで来ると、恐るべしバットカー、長く活躍し過ぎであります。

乗車した電車は、通勤通学ラッシュと逆に進みますので車内はガラガラ、先頭車で一番前の進行方向右側座席を確保しつつ、桑名出発時はちょっとかぶりつきをしちゃいます。

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それでは、近鉄(左側)とJR(右側)の間から出発します。この脱線ポイント?は、国鉄時代に貨物が行き来していた名残でしょうか。

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近鉄の下をくぐると、左手に台車交換所が見えます。台車交換所なんてユーラシア大陸の国境みたいで凄いではないですか。ちなみに近鉄は、京都から吉野まで直通特急を走らせる目的で、フリーゲージトレインを開発するとのこと。楽しみであります。

見所が終わって席に戻ります。ローカル線にしては飛ばし、大きく縦揺れします。次の播磨に停車、ワンマン運転で、運転席後ろに運賃箱がありますが、全部ドアが開きます。

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二つ目の下深谷で交換します、なんとまた7700系です。こっちは2連で、高校生がいっぱい乗車しています。

この辺からは揖斐川の左側のすみっこを走るのか、左側の景色は雑木林、右側は田んぼと住宅。前方に山も見え、ローカル線らしくなってきました。線路際の緑も豊かになって、夏の信州みたい。下野代では車掌さんがホームに降り切符を回収しています。次の多度は雰囲気のいい駅で、何よりラッチに駅員さんが立つ光景が絵になります。交換はしませんがここでは1分の停車。

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美濃松山で交換、やっと旧近鉄車を見ることが出来ました。2枚の系統板を下げて格好いいなぁ。1枚はひょうたん型だ。すれ違ってびっくり、キティーちゃんのラッピング電車でした。

石津を出ると古い造りの短いトンネルがあって、気持ち徐行して通過します。ここが三重県と岐阜県の県境?地図を見れば天井川の下をくぐるトンネルでした。県境は、さっき美濃の付く駅があったとおり、とっくに過ぎていて、なんとなく乗客も入替って、現在この車両は高校生が7人ぐらい。美濃山崎を出るとまた短い石積みトンネルがあって、これも天井川。

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駒野では交換のため5分ほど停車、ちょっと降りてみます。

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対向電車はなんだろう。また7700系だ。

美濃津屋から養老までは、駅間距離が長く、森の中を右に左にカーブを切って進みます。スピードも出すのでよく揺れます。左手に削り取られた鉱山が見え、地方の盲腸線の最後の一区間を走っているような雰囲気です。

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養老に到着、ここでは5分停車します。

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1番ホーム屋根には、ひょうたんがぶら下がっています。養老と言って連想するのは、やっぱりお酒ですよね。

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駅舎の脇にはラッチがあります。昔は臨時改札が開かれるほど賑わいがあったのでしようか。

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養老で交換するのは3連の近鉄車。初めてまともな元近鉄車を目にします。

養老を出発、ちょっと走ると、今までは雑木林しか見えなかった(ような気がする)左側の視界が開けて住宅地が広がります。養老の次の美濃高田は、ホームに立つ人がいっぱい。ここから大垣方面への朝のラッシュが始まるようです。外が見えなくなりそうですので、ここから運転室後ろに立って、かぶりつきを楽しむことにします。

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美濃高田を出てしばらくすると、田んぼの中の路線が、いきなり高架路線になります。見えてきた駅は烏江駅。どうしてこんなことになったのでしょう。Wikipediaによれば、河川の改修工事の関係らしい。

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烏江を出れば、急カーブで方向を変えます。高架区間のこの架線柱は、赤く塗ったらプラレールの架線柱みたいです。

大外羽に到着寸前、一人の乗客が、私の立っている横の運賃箱にお金を置きます。ここにいたら邪魔だったか。中央の運転室ドアの後ろに移動します。

ところがお金は運賃箱に置きっぱなし、これで大丈夫なんでしょうか。と、大外羽に到着してドアが開くと、運賃箱に置かれた小銭がチャリンと落ちて回収されます。そうか、ドアが開く前だと運転手さんが確認出来ないか。

養老鉄道の無人駅での運賃収集システムは、ちょっとルーズな感じです。無人駅でも全てのドアが開くし、車内で運賃を回収するにせよ、運転室と運賃箱のある客室は完全に仕切られている。これが信用乗車というやつなんだな。ちなみに桑名から大垣までで、この運賃箱が活躍したのは、この一回きりでした。

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乗車はどんどん増え、大垣の一つ手間の西大垣で2連の元近鉄車と交換。左手に車両基地があるのですが、車内混雑でよく見えません。

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最後の1区間、左手に揖斐線が来て単線並列区間になり、大垣駅が見えてきました。

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8:31、終点大垣に到着します。まずは人の少ない後ろの7912側から撮って、

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空いたところで前の7712を撮影。

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揖斐方面の2番線、このホームと線路の形は、昔、機回しをしていた頃の名残りのはず。ところでここで機回してたなんて、一体何十年前の事なんでしょう。

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そしてJRとの間にある留置線、これもどういう用途で使用されていたんでしょう。

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桑名方面1番線、こっちの横のスペースも、機回しするための線があったのでしょうか。養老線は、いろいろと奥が深そうです。

(乗車は2019年9月)

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おじさん鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。2012年、ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになり、乗りつぶしをスタート。現在の未乗区間は約2,850kmで、今の生活パターンだとすべて乗りつぶすにはあと10年ぐらいかかりそうです。路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事をご覧になりたい方は下のカテゴリーの「年別目次」からどうぞ。

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