村上で見られる国鉄型車両

F7308353dsc.jpg
新潟県の村上駅。今日はここで宿泊するのですが、ここには国鉄電車と国鉄気動車がたくさん来ます。急いでホテルには向かわず、ちょっと構内で撮影してゆきます。
まずは2番線に停車中の115系の6連。次来る時には見ることが出来ないかもしれないなぁと思いつつ撮影です。写真を見直して気付きますが、手前3両は緑色の帯、奥側ろ3両は青色の帯になります。

F7308354dsc.jpg
19時半に来ます酒田発新津行き普通列車は、3時間半もかけて羽越本線南部を走り抜く長距離ランナー。キハ40系を期待していましたがキハ110系でした。こんな写真しか撮りませんでしたが、この車両も登場して20年オーバー、キハ40系と一緒に消えてしまうかもしれませんので、ちゃんと撮っておけばよかったかもしれません。

それでは駅から数分のビジネスホテルへ。ここの1階の食堂は居酒屋メニューが豊富で、いろいろ飲み食いし、旅行ならではの経済活動もしておきたいところですが、きらきらうえつで飲んだ菊水でお腹が一杯で、締めのラーメンを食べるのが精一杯でした。シャワーを浴びて、コンデジだけ胸ポケットに入れて、もう一回駅へ向かいます。

F7308359dsc.jpg F7308360dsc.jpg
初めて見ますE129系とかいう新型車の4両編成。車体帯の2色は、70系時代の新潟色を継承しているのでしょうか。1M方式なのに中間モハと中間サハがあり、デビュー時の105系みたいだと思ってましたが、帰って調べたらこの形式は0.5M方式なんだそうで、クモハとモハしか存在しません。JR東日本もこの方式を始めたんだと、更に探ってみますと実は烏山線のバッテリー電車もそうだったのでした。

F7308361dsc.jpg
夕食後のお目当てその1、新津発の鼠ヶ関行き普通列車は、写真が撮りにくい3番線に入ってしまいました。先頭はタラコキハ47。

F7308362dsc.jpg
そして2両目に連結されていましたのが、キハ48の急行色。これを見てみたかったのです。あり得ないカラーに、最初写真を見たときは開いた口がふさがらなかったのですが、実物はなかなか良くて、急行らしい雰囲気がちゃんと出ているではありませんか。側面はドアが開いた状態ですのでキハ65みたい。トイレ窓が正方形なのと座席がブルーのまま残っているのも急行型らしいです。

F7308363dsc.jpg
中間に入ってしまいましたので、お顔は見られず。

F7308368dsc.jpg
後ろはイメージアップ新潟色のキハ47。写真を忙しく撮り終えたところで出発します。

F7308374dsc.jpg
約30分待って来ますお目当てその2は酒田発村上行の普通列車。今度はどちらもイメージアップ新潟色のキハ40とキハ47の2連。

F7308376dsc.jpg
酒田側のキハ47。この列車は接続しますE129系の新潟行きと同一番線に縦になって停車します。さぁホテルに戻って寝ます。駅前ではこんな時間にもポツポツと人がいて、一人で、あるいは数人でかたまって、とにかく皆さんスマホいじってます。ポケモン捕まえているのでしょうか。

****

翌朝は6時に起床して、昨夜コンビニで買ったサンドイッチを急いで食べて出発。乗り潰しなんか初めてからは、ずっとこんな慌ただしい旅行スタイルになってしまいました。社会人なりたての20年ほど前は、乗り潰しは意識せず、撮り鉄も一旦卒業でカメラを持たないで鉄道旅行していた時期でして、ホテルでちゃんと朝食を採り、部屋に滞在できるギリギリまでのんびりと過ごし、実に優雅な旅行をしていたのですが、そういうのは当分の間は無理そうです。

F7318380dsc.jpg
誰もいない村上駅、朝はポケモンは寝ているようです。私のやってる乗り潰しに消え行く車両の撮影も、基本自己満足のコレクションの一つですので、ポケモン集めと何ら変わりありません。

F7318383dsc.jpg
坂町までですが私の乗車します村上7:26発の内野行き115系の6連。2色の編成から、おそらく昨日夜見た編成です。
どちらも新潟特有のカラーですが、なんというカラーなのかWikiで調べてみますと、こちら村上側緑帯が2次新潟色。

F7318396dsc.jpg
こちら新潟側青帯が3次新潟色。どうしてそろそろ引退という時期に2次と3次が混在するのかというと、3次はリニューアル工事を施工したものとのこと。確かに2次は菱形パンタグラフですが、3次はシングルアームパンタグラフだ。

F7318387dsc.jpg
2色の連結面、どちらも手間のかかりそうな塗り分けです。

F7318397dsc.jpg
構内にはこんなのもいました。DD14を置き換えた排雪モーターカー、箱形車両ながら、鉄道車両扱いでなく機械扱いなのがファンに注目されない理由でしょうか。今回の南東北旅行では何度か目にしました。

F7318398dsc.jpg
乗車ホームに来ますと、ドア半開き。

F7318399dsc.jpg
そうそう、ローカル運用の115系といったらこの仕様ですよ。このドアが重いんです、とても。取っ手や"ご注意"プレートは私が小学生時代から変わってないはずです。

F7318401dsc.jpg
内側からの眺め、だらしない感じですが、これも消え行く光景の一つでもあるのです。

F7318402dsc.jpg
車内は座席が改良されていまして、国鉄時代の名残はあまり残っていません。

F7318404dsc.jpg
3駅ですが115系のモーター音を堪能し、

F7318406dsc.jpg F7318408dsc.jpg
12分の乗車で坂町に到着です。115系にはあと何回乗れるのでしょうか。直流区間ではどこでも走っていた国鉄近郊型電車でしたが、JR東日本では全車引退となる日が来るのも近そうです。

(撮影は2016年7月)

前の記事:きらきらうえつ乗車記
次の記事:米坂線乗車記
スポンサーサイト

米坂線乗車記

F7318410dsd.jpg F7318412dsd.jpg
南東北旅行2日目最初の乗り潰しは米坂線です。坂町7:42発の上り始発列車は、青春18きっぷ旅行者で混んでいて窓際に座れないのではないかと心配していたのですが、ガラガラに空いていまして、キハ110系2両編成に私含めて5人しか乗ってません。

F7318417dsc.jpg
進行方向右側左側移動し放題。川が見える左側に座ります。出発してしばらくしますと荒川が見えます。川幅も広く水も豊か。
乗客の内容は、大判時刻表持参の小学校6年生ぐらいの鉄道旅行2人組(ムーンライトえちご無き今、どこに泊まったんだろう)、キャリーケース持参でテーブルに突っ伏して爆睡している旅行者か帰省客か判らない若い男性(この人もどういう経緯でこの列車の乗客になったんだろう)、地元のおばさん、そして私の5人。そんな状態でこんな景色を走りますので、廃止の決定した三江線とイメージが重なってしまいます。

F7318420dsc.jpg
2駅目は越後下関、ここでキハE120の単行列車と交換、確か一人とか二人しか乗ってなかったような記憶です。私の乗っている列車からは地元のおばさんが一人下車。こんな駅ですが駅員さんがちゃんといまして出発を見送ります。ここまで人がいないのは夏休み期間中の日曜日だからでしょうか、平日は高校生で一杯だと思いたい。

越後下関を出ますと左手に温泉旅館が何軒かあります。この辺はお一人様OKの宿も多く、ここに泊まろうかと検討もしていたのですが、温泉宿なんかに泊まってしまったら朝食を採って、朝湯にも入っちゃおうと出発が遅くなり、その後のスケジュールの内容が貧相になってしまうので中止しました。温泉宿は思った以上に駅から離れていたので中止にしといてよかったです。

3つめの越後片貝からは右手に再び荒川を見ます。途中ダムがあり盛大な水しぶきを上げています。

F7318427dsc.jpg
越後金丸手前ダム湖の三江線的な穏やかな光景。この辺は川と道路と鉄道があるだけで、集落はおろか人家も全く無いみんな通過するだけの土地になります。そんな中現れます越後金丸は、周りには何もありませんが、昔は急行も停車したかのような立派な駅舎がある交換可能駅。今はもちろん無人駅で、乗降客も無いのですが、昔はこれだけの駅舎が必要な何か施設でもあったんでしょうか。ひょっとしたらダム湖の下にでも。

F7318430dsc.jpg
ここからは急に谷は深く、荒川は細くなりまして、景色は一辺。

F7318432dsc.jpg
荒川は、何度か線路と交差したあと、こんな初々しい浅瀬の川になって、線路の無い北の方のエリアに消えていってしまいます。

F7318433dsd.jpg
このまま何もない場所を走るのかと思いきや、カラカラと優しい走りになって車窓には町が広がります。小国駅です。過剰な設備とも感じます保線車両に、2面3線の広い構内に誰もいないのが泣けてきます。跨線橋を(本当に)のんびりと男子高校生が渡って来まして、乗る気があるのか?ぶらぶらしているだけなのか?と思って見ていますと、この列車はここで数分の停車時間があるようでして無事乗車。出発します。

次の棒線駅の羽前松岡のホームの花壇は、手入れされきれいな花が咲いていて、その横で笠を被ったおじいさんが草刈り機で雑草を刈っています。写真家が欲しそうないい光景です。

ここからは登り坂がきつくなるようでスピード落ち、川を何度も渡ります。荒川は雨の影響か濁ってましたが、この辺まで来ますと澄んできます。そして横の道路を走る車の数が多くなってきました。山形方面も新潟方面も途切れることなく車が流れています。時刻は8時半、地元の人も旅行者も、朝ごはん食べて、これからお出かけといったところでしょうか。

伊佐領も棒線駅、勾配は更にきつくなるよう、カーブをキーキー車輪を軋ませながら登って行きます。羽前沼沢も棒線駅ですが保線用車両の車庫があります。冬季に除雪車をしまっておくのでしょうか。今は山々の緑濃く日差しも強く、いかにも盛夏の光景ですが、この辺も豪雪地帯、冬に来たら全く違う印象になるのでしょう。いくつかのトンネルに入り、峠を越えたようです。

F7318439dsc.jpg
夏真っ盛りの盆地の光景、暑さがガラス越しに伝わってきます。小国以来の棒線でない羽前椿駅、ここを始発終着とする米沢方面への列車があるので、乗客が増えるのかと思ってましたが、誰も乗ってこず。次の萩生でやっと部活へ向かうっぽい高校生が乗って来ました。

F7318441dsc.jpg
そろそろ米坂線の見所ですので席を立ちます。この辺はほとんどが田園地帯の直線区間。

F7318445dsc.jpg F7318447dsc.jpg
左にカーブして見えてきました、旧白川信号場。旧と書いたのは今は信号場ではなく今泉駅構内なんだとか。ここで山形鉄道フラワー長井線と合流し、共用区間?となって長い鉄橋を渡ります。

F7318451dsc.jpg
信号場から約2km走って今泉駅が見えてきました。共用区間はここまで。

F7318455dsc.jpg F7318462dsc.jpg
今泉駅では15分停車します。隣のキハE120は回送、どういう目的で運転されているのか時刻表からは読み取れないのですが、すぐに坂町方面に出発して行きました。時間たっぷりですので、フラワー長井線ホーム行ってキハ110系を順光で撮影します。

F7318465dsc.jpg
それにしてもフラワー長井線側ホームの屋根がいいのだ。2枚の部材で柱を挟む形の梁が、真っ直ぐに通って見ていて気持ちがいい。

F7318467dsc.jpg F7318471dsc.jpg
長井線下り列車が来ました。米坂線上り列車との接続に、それほど需要があるとは思えないのですが、これで出発準備OKです。

F7318473dsc.jpg
長井線の長いホームも半分自然に還りつつあっていいなぁ。

列車に戻れば、大判時刻表を持った小学校6年生ぐらいの二人組はいなくなっており、長井線からの乗り換え客かは不明ですが乗客は増えています。といっても半分のボックス席はまだ空。

そういえば大判時刻表を持った旅行者はリゾートみのりでも何人も見かけました。鉄道旅行入門書にでも書かれているのでしょうか。私も昔は持ってましたが、一応デジタル化?しまして、購入した大判時刻表の必要ページをタブレットで撮影して持ち歩いています。通常これで充分なのですが、どの駅でどんな列車とすれ違うのか等、2ページに渡って調べる際にはとても大変なのが難点です。米坂線の私の乗る列車は、2時間14分の乗車で、越後下関で1回しかすれ違わないのでその点は楽。

羽前小松では一杯乗ってきます。この辺はちょっとした町。米坂線の中間駅で一番乗降客が多いのは、今泉ではなくここみたい。

そろそろ米沢、そういえば私の友人の両親が米沢に惚れ込み、定年退職して貯金をはたいて米沢郊外に家を買って夫婦で移住し楽しく暮らしているとのことなのですが、みんな大きな家ばかりで、老夫婦に適した小さな家というのは全く見当たりません。どんな家に住んでいるんだろう。

列車は米沢の町の周りをぐるりと半周するように進みます。町の西の端の西米沢と、南の端の南米沢で半分の乗客は降りてしまいます。この辺では地域に密着した鉄道を感じられます。

F7318502dsc.jpg
9時56分、町の東端?米沢駅の行止りホームの4番線に到着します。

F7318478dsc.jpg
米坂線米沢駅ホームは面白い構造でして、4番線の坂町側に切り欠きホームの5番線があります。

F7318489dsc.jpg
振り返れば2両編成キハが4本もいます。坂町から乗ってきて、2編成3両しかすれ違わなかったので、この状態は特異にも見えますが、ローカル線では普通なのかもしれません。とにかくキハ溜りがここにあります。

F7318492dsc.jpg
その中で紅一点キハE120が1両。

F7318484dsc.jpg
米坂線ホーム先から駅舎側を望みます。右の奥羽本線は標準軌になってしまったので、当然線路は繋がっておらず。

改札を出て駅ビル内で冷やしおろしそばの早い昼食。今日のスケジュールは、夕方までゆっくり食事する時間がありません。奥羽本線ホームに行って、E3系つばさ、701系、719系の撮影して時間を潰し、再び米坂線ホームへ。10:29発の坂町行きで今泉まで戻ります。この列車も南米沢、西米沢の2駅で、米沢で乗車していたぐらいの乗客が乗ってきて、羽前小松でほとんど降りるのでした。

F7318520dsc.jpg F7318522dsc.jpg
再度今泉駅です。ここでは米坂線上り2本目となります、新潟発の快速べにばな号と交換します。名前の付いた快速とはいえ、車両はキハ110系2連、米坂線内は各駅停車なのですが、座席は半分以上が埋まり、旅行者で大盛況でした。

(乗車は2016年7月)

前の記事:村上で見られる国鉄型車両
次の記事:山形鉄道フラワー長井線乗車記

山形鉄道フラワー長井線乗車記

F7318521dsc.jpg
今泉で米坂線を下車し、次の乗り潰し路線の山形鉄道フラワー長井線に乗り換えます。ホームには上り列車が到着していまして交換待ち。途中駅から乗り潰しを始めるのは、ちょっとすっきりしないところもあるのですが、このスケジュールが一番効率よく回れるのです。
それにしてもこの木造のホーム上屋、2枚に割った梁材が真っ直ぐに通って美しいのだ。そして柱に張られた駅名票は、紺の地色に筆で書いた白ペンキの文字。「フラワー」なんてカタカナの路線名ですが、しっかりどっぷり国鉄時代の面影が残っているのであります。

F7318527dsc.jpg
年代物の面白い形の灰皿は、蒸気機関車の煙突だったりして。

F7318531dsc.jpg F7318532dsc.jpg
私の乗車します11:09発の荒砥行きは花柄ラッピング車で来ました。乗車率は7割ぐらいに混んでいまして、これ幸いに一番前でかぶりつきです。

F7318533dsc.jpg
出発、まずは米坂線とひとつにまとまります。JR線路はしっかり除草、第三セクター側は天然グリーンベルトというのはよくある光景。

F7318536dsc.jpg
共用の長い鉄橋を渡り、

F7318539dsc.jpg
旧白川信号場で米坂線と分岐します。しばらく走って時庭駅。南北に線路が走り、東側に片面ホーム、西側にホーム長さ分の防雪林が植わる雪国らしい小さな駅です。

F7318547dsc.jpg F7318548dsc.jpg
3つ目がこの路線の中枢駅の長井。ホームの大木といい木造の上屋といい、昔のまんま残っています。蒸気機関車でも止めて写真を撮って白黒にしたら、昭和30年代の写真と言っても疑う人はいなそうです。

F7318552dsc.jpg
ここから線路の天然グリーンベルトは濃くなってきまして、線路が草むしたというより、土手に線路がたまたまあったという感じに。

F7318553dsc.jpg
こういうカーブは、昔交換可能だった駅が棒線化されて出来るもの。現在のローカル線ではいたるところで見られます。

F7318554dsc.jpg
これも線路が草むしたというより、畦道に線路が敷いてあったぞという光景。いいなぁ、ほのぼのしてて。ちなみに1か月後は、これよりもっとすごい光景を目にすることになります。日本国内で。

F7318556dsc.jpg
最後の1区間は長い鉄橋があります。最上川を渡るんだ。電化が出来そうにないぐらい高さ方向の有効がないトラス橋(もしかしたら幅が広い?)がちょっと気になってたのですが、帰ってフラワー長井線の資料を見たら、1887年に東海道本線の木曽川に架設されたものを、1923年に移設したものなんだそうで、左沢線にも同じのがあるとの事。

F7318559dsc.jpg
11:39、ちょうど30分の乗車で終点の荒砥に到着します。車両はここをねぐらにしているようです。

F7318565dsc.jpg
この駅では7分しか滞在時間がありませんでして、とりあえず駅の外に出てみます。駅舎は、「フラワー」という路線名の終着駅に相応しい新しくて小綺麗なもの。休日の訪問だったので窓口は開いておらず、入場券等の記念品を買うことは出来ません。駅前の風景は全く覚えておらず、たぶん見てもいない。(申し訳ない・・・)

今回の旅行はJR東日本の週末パスの利用でして、山形鉄道には切符を買わないで乗れてしまうのですが、同じような扱いでこれから乗車します福島交通や阿武隈急行含め、お金の流れはどうなっているんだろう。

F7318569dsc.jpg
列車に戻ります。写真には誰も写っていませんが駅ホームには、私のようにただ山形鉄道に乗りに来てすぐに帰る人が7,8名いまして、ちょっとした混雑。記念写真を撮る老夫婦が車両の前をずっと独占状態で、私含めみなさん少しイライラ状態。11:46、赤湯に向けて出発します。

F7318576dsc.jpg
写真は行きに気になっていた長井駅の駅舎。出入口と窓が小さいので、農作業小屋か貯蔵庫でも改装したみたいな雰囲気です。帰って画像検索してみますと正面側は大きな窓で全く雰囲気が違います。写真を撮りそこねましたが、羽前成田も保存すべきレベルの古い駅舎でした。南長井では棒線駅ながら高校生がどっと乗車します。

米坂線と合流し、本日3回目の今泉駅は、交換も米坂線との接続もなくすぐに出発します。西大塚駅も古い駅舎なのですが、雰囲気が羽前成田とそっくりな造りで、寝過ごして逆戻りしてしまったのかと一瞬思ってしまいます。

梨郷駅は、梨の郷と書いてリンゴウと読みローマ字表記は"RINGO"。"O"の上にバーが付くのですが、どっちなんだよ?と思わず突っ込みを入れてみたくなる駅名です。第三セクター化されてからの、シャレのわかる経営陣によるフルーツ王国山形をアピールするための改名かとも思いましたが、大正時代から存在します歴史ある駅になります。駅周辺も果樹園で青い丸い実が成っているのですが、どっちなんだか判りません。

F7318586dsc.jpg
南陽市役所を出ますと標準軌の奥羽本線と並走、席を立ちちょっとかぶりつき。すぐに終着の赤湯駅が見えてきました。

F7318590dsc.jpg
12:38、赤湯に到着。この写真を撮った駅裏口側の清涼飲料水自販機には、東京では全く見なくなりましたジャワティがありまして、懐かしいなぁと購入。これが山形鉄道沿線での唯一の経済活動でした。

その後は接続よくトントンと進みます。9分の接続で米沢行きの普通列車に乗り換え、米沢では4分の接続で隣のホームの福島行き普通列車に乗り換え。米沢までは混んでいまして一番前でかぶりつきをしてました。719系5000番台は、110キロで飛ばしますので広軌の私鉄電車に乗ってるみたい。米沢からはこの区間で昼間走る唯一の普通列車、夏休み中ですのでこれも予想通り混んでましたが座席は確保出来ました。昔スイッチバックだった4駅は、どこも見るたびに秘境度が増しているように感じられます。

(乗車は2016年7月)

前の記事:米坂線乗車記
次の記事:福島交通飯坂線乗車記

福島交通飯坂線乗車記

F7318615dsc.jpg F7318618dsc.jpg
次は福島交通飯坂線です。この路線は、私の乗り潰し地図で既に赤く塗られているのですが、乗車したのは20年以上前ですし、そろそろこの元東急7000系車両も引退との事なので、スケジュールに組み込んでみました。あ、それともう一つ、JR東日本の週末パスがあれば、山形鉄道に続き福島交通もただで乗れてしまうというのも大きな理由です。やって来ましたのはピンクの帯の7000系2両編成。

F7318620dsc.jpg
東急9000系と共通化との事でこうなった?らしいですが、素人にはやっつけ仕事としか思えないこの窓配置も、1991年6月から走っているので25年にもなります。ちなみにこの車両7206は1964年に中間電動車7123として製造されたので52歳。

14:15、それでは出発、すぐにJR側からの渡り線がありまして、ここからまた東急から中古車が入ってきます。次の曽根田は島式ホームの片側線路を撤去して棒線化された駅。ローカル線ではよくある光景ですが、市街地の中の駅なので妙に生々しい。

F7318623dsc.jpg
まだしばらくは東北本線と並んで走ります。気持ちのいい直線ですがスピードは出せずすぐに駅。

F7318624dsc.jpg
次の美術館図書館前という1面2線の駅ですが、分岐する線路のカーブがきつく、鉄道模型の線路みたいです。

F7318626dsc.jpg
この駅を出ますと一旦方角を飯坂温泉側と反対方向に坂をウンウンと上がり(写真)、左カーブで東北本線をオーバークロス。この辺が線路好きには福島交通一番の見どころでしょうか。

F7318633dsc.jpg
6つ目の駅笹谷、交換のようで向こうから電車がやって来ます。狭いホームの中にあります小さな小さな駅舎、こういうのも今では珍しいのではないでしょうか。写真に写ってませんが、踏切を左に渡るとすぐ道路で横断歩道、線路と道路に挟まれたスペースは子供にはちょっと危険。

F7318635dsc.jpg
交換しますのは同じくピンク帯の7000系2連。

F7318636dsc.jpg
桜水到着前に右手に車庫が広がり、非冷房の3両編成の7000系が見えます。今の季節、本当はこれに乗車して、開け放った窓からの風を久々に感じてみたかったのですが、平日の朝しか走りませんので私には無理。

F7318638dsc.jpg
こうした小さな踏切が連続しますのは、軌道時代の名残なのかなぁ。

F7318641dsc.jpg
この橋は、撮影で有名なところだ。

F7318643dsc.jpg
23分の乗車で終点の飯坂温泉に到着します。2面1線のくし形?ホームにゆっくり進入して停車、ドアが開いて一番に改札を出ます。さぁ温泉に行ってみよう。昨日は沿線に温泉だらけの陸羽東線に乗っても足湯だけ、あつみ温泉で降りても温泉には浸からず、村上に宿泊しても瀬波温泉には行かず。せっかくの東北旅行、どこかに浸かっておきたいのです。

F7318645dsc.jpg
駅はこんなにきれいになったんだ。もっとも昔はどうだったのか全く思い出せません。

F7318646dsc.jpg
橋から温泉街を眺めます。こちらは何となく見覚えのある光景です。

F7318649dsc.jpg
たどり着いたのは駅から一番近い共同浴場。
ずいぶん新しくなりました。2011年に改修したとの事。昔は本当に古びた木造の建物で、浴室と脱衣場が一体で、温泉に浸かりながら、自分の荷物や衣類が目視できてなんか安心感のあるものだった記憶ですが、今は当然脱衣場と浴室が別室の普通の入浴施設になっています。お金を払って中に入ると、昼の3時前というのにけっこう混んでいます。体をさっと洗い流すも、とにかくこの暑さだったので、正直お湯に浸かりたい気分ではありません。熱い湯とぬるい湯があり、ぬるい方に入って5秒、もうきつい。飯坂温泉の電車の発着時間は、この時間帯は25分間隔で到着して2分で折り返し出発します。なので滞在時間は27分、52分、77分のパターンがあり、一般的だろう52分のコースを考えていたのですが、今から急いで着替えて駅に向かえば27分コースに間に合うかもしれないぞ。出る決断をします。温泉から飛び出し急いでタオルで体を拭いて服を着て、濡れたタオルは頭に巻いて走って駅へ向かいます。

F7318652dsc.jpg
ホームに降りればちょうど次の電車が入線。25分で温泉に行ってきたことになります。

F7318657dsc.jpg
無事に予定より1本早い電車に乗れました。冷房の効いた車内が最高に気持ちいい。往きの道中では、非冷房の電車に乗りたかったなんて書いたばかりですが訂正します。どうせ元は地下鉄直通車両、下段窓はほんの少ししか開かず、爽やかな風なんてたいして入ってこないのだ。そういえば昔、非冷房時代の東横線でさんざん乗ったのです。

F7318660dsc.jpg
戻ります。これは気に入ったスナップ写真。

F7318666dsc.jpg
車庫のある桜水駅で途中下車します。
福島側を望みます。左が平日朝のみ走ります非冷房3両編成、中央が前面窓に「休車」の貼り紙のある非冷房2両編成、右は乗車してましたピンク帯冷房車2両編成。

F7318669dsc.jpg
飯坂温泉側車庫にも2編成、青帯が非冷房3両編成、ピンク帯が冷房2両編成です。

F7318670dsc.jpg
のんびりしていられません。一つ福島側の笹谷駅で交換した上り列車を撮影するのに、小走りで改札を出て踏切を渡り道路の反対側へ、何とか間に合いました。

F7318671dsc.jpg
お見送り写真。山々がきれいで望遠レンズがあれば良かったかな。

F7318672dsc.jpg
留置車両に近づいてみます。車が途切れるタイミングを見計らって道路を挟んで撮影します。

F7318678dsc.jpg F7318683dsc.jpg
デハ7210側面とデハ7109台車。この輝きは古さを感じさせません。まだまだボディーは現役で行けそう。

F7318685dsc.jpg
桜水名物の旧型車サハの倉庫。これも今度はペンキの塗り替えが不要な7000系の車体に変わるのでしょうか。駅に戻ります。

駅前の閉まった商店の前の自動販売機で清涼飲料を買います。飯坂温泉を出てから初めて水分を口にするのですが、イッキ飲み出来ないぐらいキンキンに冷えています。今の私にはありがたいことなんですが、これが夏の福島の自販機の標準なのでしょうか。

F7318689dsc.jpg F7318692dsc.jpg
25分後の次の電車に乗車し、笹谷駅で交換し、

F7318695dsc.jpg
福島到着。隣の電車に乗り換えます。

(乗車は2016年7月)

前の記事:山形鉄道フラワー長井線乗車記
次の記事:阿武隈急行阿武隈線乗車記

阿武隈急行阿武隈線乗車記

F7318697dsc.jpg
今回の旅行最後の乗り潰しで、福島交通飯坂線から阿武隈急行の阿武隈急行線に乗り換えます。それにしても歴史も車体の大きさも電源までも全く違う2社がホームを共用するというのはとても面白い。
4分の接続で15:57発富野行きに乗車します。飯坂温泉では温泉に行きながら僅か27分の滞在で戻ってきたため、予定より1本早い列車の乗車となります。先頭デッキのかぶりつき出来るところは人一杯、座席は6割がた埋まり、どこに入れさせてもらおうか迷う状態でしたが、最後尾のデッキが空いています。ここで後方の景色を楽しむことにします。

F7318699dsc.jpg F7318701dsc.jpg
それでは出発、ポイントをクネクネと東北本線の上り線(写真)下り線と転線し、そこからぐんぐん加速します。クモハのモーターがいい音で響きます。たまらんなぁ。

F7318705dsc.jpg
速度計を見ると100km/hに届かず、そんなにスピードは出していません。701系には負けてしまうのか。写真を撮ろうと思ったらどんどん減速。

F7318709dsc.jpg F7318712dsc.jpg
矢野目信号場です。ここで東北本線下り線と分岐し、高架になった東北本線上り線の下をくぐり、単線になってしばらく走り1面1線の卸町駅に到着。この電車、減速する時は旧型国電のようにシャーというブレーキ音がします。帰って復習しますと電気ブレーキや回生ブレーキは装備していないのだそうです。

F7318716dsc.jpg
ここからは駅間距離が短く、駅はとても簡素。3つ目の瀬上で交換。

F7318717dsc.jpg
阿武隈川を渡ります。その後も相変わらずちょっと走っては止まるの繰返し。車両は2扉セミクロスシートであること(しかも格好よくて速そう)、そして元々は東北本線の勾配緩和バイパス線として計画されていた路線であることから、東北本線と変わらない走りを想像していたのですが全然違う。保原で約半数の乗客が下車し、進行方向右側のボックス席が空きましたので座ります。広いシートに2段窓が急行電車を思い出します。窓ガラスが汚れているのが少し残念。

そろそろ梁川に着きます。この列車は梁川の2駅先の富野行きなのですが、富野より先仙台方面へ向かう客は、ここで下車して後続の梁川始発電車に乗り換えるよう車内放送で案内されます。減速して右手に車両基地が広がりますと、引退したばかりの417系が止まっていました。

F7318722dsc.jpg
梁川到着。また乗り換えの案内がありましてどんどん下車します。ここで降りて始発から座席を確保した方が良いかもしれないと、私も降りようか迷いましたが残ることにします。残ったのは私ともう一人の男性だけ。

出発、すぐに車掌さんがやって来て次からは無人駅なのでと切符を回収(確認)に来ます。山形鉄道、福島交通に続きここもフリーキップ(週末パス)の範囲内になりますので支払はなし。ガラガラですので室内の写真を撮影。

F7318726dsc.jpg F7318725dsc.jpg
まずはこのボックスシート。昔は煙草吸えたようで灰皿撤去の跡があります。そして帽子かけもある。

F7318724dsc.jpg F7318729dsc.jpg
貫通路が広くなっているのはワンマン運転時の乗務員の後方車両の確認のためでしょうが、冬はこの辺に座ると寒そう。そして登場して28年にもなりますので、次はドアにステップのない後継車両がそろそろ発表されるかもしれません。

F7318731dsc.jpg
16:31富野に到着します。福島側への折返し列車が多数設定されていますこの駅は2面2線のこんな駅。

F7318733dsc.jpg F7318736dsc.jpg
この駅まで来て良かった。写真撮りまくれるではないですか。
左が槻木側クハのAT8106、右が福島側クモハのAM8105。

F7318740dsc.jpg
地方鉄道の車両の中ではずば抜けて個性的で格好いい阿武隈急行8100系は、このあたりの角度から撮るのがいい感じ。この電車は5分の停車で福島に折り返します。

F7318747dsc.jpg F7318750dsc.jpg
切り通しの中にある新しい(といっても28年目)駅は、ホーム屋根もホームへのアプローチもシンメトリー。いつもと違うホームに到着したら出口を間違えてしまう人がいるかもしれません。

F7318748dsc.jpg
2つのホームを結ぶのは槻木側のこの構内踏切。線路で分断された地域を結ぶ一つの道でもあります。

F7318753dsc.jpg F7318754dsc.jpg
後続の梁川始発で富野16:48発の電車が来ました。なんか大きなヘッドマークを付けています。梁川乗り換えの乗客が沢山乗ってるかと思いましたが、拍子抜けするほどガラガラで、しかも4両編成で来たぞ。ヘッドマークは「ホリデー宮城おとぎ街道号」。この列車は1日に2往復しかない仙台直通なのですが、土曜休日はこの列車名で運転されるようです。平日は仙台からの帰宅ラッシュ客を乗せ、土曜休日は行楽客を仙台に連れて帰るホリデー快速みたいな感じでしょうか。それにしても全線阿武隈川沿いを走るのですが福島宮城県境間はこれほどまで乗客は少ないんだ。

F7318758dsc.jpg
かぶりつきよりクモハの音ということで2両目のボックスシートに座ったのですが、景色は急に山が迫ってきて緑豊かな谷を走ってます。写真は兜という駅を出たところ。左側の車窓に釘付けです。その後ちょっと長めのトンネルがあって抜けたところがあぶくま駅。峠の茶屋的な駅で、周りには全く何もない。駅名標を見ると次の駅は丸森だ。

F7318758dsc.jpg F7318760dsc.jpg
あぶくま駅発車。ここからが凄いのだ。小さなトンネルが連続、間に見えるのはこんな光景。トンネルに、谷間に、気持ちよく響くモーター音。なんだか30年前によく乗った急行アルプスを思い出しちゃったぞ。次の丸森駅は1983年の夏休みの国鉄丸森線時代に来た事があるのですが、山間地ではなく平野部にあった記憶ですので、これは相当の距離を走るぞ。この路線にはこんな車窓のクライマックスがあったのか。

F7318764dsc.jpg
阿武隈川を渡ります。広い川岸。

F7318766dsc.jpg F7318768dsc.jpg
ひたすら走って山が開けてきて丸森に到着します。昔の記憶は無いのですが、想像以上に大きな駅舎。しかしこの造りは国鉄時代からあるような感じです。ここで交換するのは私にとっては痛いと感じますラッピング車、これには当たらないで良かったです。

丸森からはまた駅間距離が短くなり、ちょっと走っては止まるを繰り返します。小さい駅は、どこも造りが新しく第三セクター化されてから出来た感じですが、ホームには2人3人という数ながら電車を待つ人がいて乗客の数は確実に増えてゆきます。丸森線は廃止にならず、そして阿武隈急行線に転換できて良かったなぁ。福島側だって日曜日の午後ながら2両編成の半数以上の座席が埋まるほどの乗車率だったのです。

F7318772dsc.jpg F7318774dsc.jpg
槻木の手前で東北本線上り線を豪快にオーバークロス。しばらくして渡る長めの鉄橋も3線分ある。この辺は国鉄丸森線時代の乗車で印象に残っています部分です。東北本線のバイパス線の役目は果たせませんでしたが頑張ってほしいと思う。

F7318776dsc.jpg
槻木を出発、ここもバイパス線としての計画の名残か、しばらく走ってから東北本線上下線に吸収されます。本線に入ってからは高速走行が気持ちいい。でもけっこう揺れる。貫通路がずれて凄いことになっています。とにかく仙台までこの電車に乗れて私は幸せ。飯坂温泉滞在を25分で切り上げた甲斐がありました。

岩沼でどっと乗車。この車両は、おそらくここを走る電車の中で一番古いながら、座席数も多く一番豪華。乗る人はこいつが来てラッキーと思っているのでしょうか。それとも逆か。夕方の帰宅ラッシュの時間帯ですので、次から次へと対向しますステンレス製の電車とすれ違います。仙台も都会なんだなぁ。地下鉄だって2路線ある。東北を代表します都市ながら、通過と乗換ばかりで私は降りた記憶がない事に気付きます。

F7318779dsc.jpg F7318782dsc.jpg
18:04、終点仙台は切り欠きホームの3番線に到着します。4両編成は長くて格好いい。でもこの場所では全く上手に撮れない。

予定より1本早いやまびこで帰ります。自由席は余裕で窓際に座れました。駅弁を開けて帰路につきます。往きに乗車したのと同じE2系ですが、N700系みたいに窓際にはコンセントがあり、デッキドア上の電光案内板も行きのと違ってフルカラーで大きい画面。E2にもいろいろあるんだなぁ。
福島手前では3時間前に通った阿武隈急行と東北本線が豪快に分岐するのを見ます。そしてつばさを連結するために東北新幹線下り線を平面交差で横切って一番西側の線路へ、こういうのも狙って乗らないとなかなか体験できません。これで2016年7月の南東北乗り潰し鉄道旅行記は終わりです。

(乗車は2016年7月)

前の記事:福島交通飯坂線乗車記

四国旅行へ出発、JR西日本のこだま用車両

7月の南東北旅行の記事を書き終え、ようやく8月の四国旅行記をスタートできます。真夏の旅行記なのですが、書くのが遅くて季節はすっかり冬になってしまいました。

お盆も終わった8月後半の土曜日、このブログ初めてから最長の丸4日間という自由時間を確保し、新幹線で西へ向かいます。7:50発のぞみ号自由席を予定し、並ばないと席がないかと早めに東京駅に着けば、前を走るのぞみが出発間際でも余裕で窓際に座れる状態でして、30分早いのぞみに乗ってしまいます。
新大阪でこだまに乗り換えて相生を目指す予定だったのですが、余る時間をどう過ごそうか道中検討してみたところ、新大阪で後続のひかりに乗り換え西明石で下車しますと、ここで予定していたこだまを待つ間に、上り500系こだまの撮影ができることが判明。

ということで西明石。到着しますとホームにはカメラを持ったファンが7,8名もいます。下りホームからはちょうど順光。ここだけは一眼レフカメラに望遠レンズ付けて持ってこれば良かったなぁ。最近はコンデジしか使っていません。

F8208943dsc.jpg
定刻通りに来ました500系こだま730号。見ればなんか変な色してるぞ。

F8208946dsc.jpg
なるほど、アニメのエヴァンゲリオン仕様の500系だったのでした。それでファンが多かったのか。私は普通のが良かったな。まだ1枚も500系のまともな編成写真撮ったことないし。そういえばカンセンジャーはどうしちゃったんだろう。

F8208951ds2.jpg
この列車はここで11分も停車します。お決まりののぞみが追い越すシーンは、ぴったり横に並びましたがN700が白とび。

F8208971dsc.jpg F8208972dsc.jpg
新大阪に向けて出発。

F8208973dsc.jpg
その後乗車したこだま739号は、まだ一度も乗車したことがなかったひかりレールスターの700系で、8号車自由席に乗車しました。車内は3割程度の乗車率、2+2列シートの分厚いグリーン車と変わらない座席に収まる乗客は、皆さんダレ過ぎですよと言いたくなるぐらい寛いでらっしゃる。座ってみて納得、こりゃ快適。リクライニングを倒し、足を伸ばし、腰の位置を座面の真ん中まで持ってきて、私もだらしなく座って寛ぐことにします。

F8208975dsc.jpg
快適に走って23分、相生に到着します。乗り足りないなぁ。錦川清流線を予定するときは、この車両で新大阪から新岩国まで行くのはどうだろう。

F8208976dsc.jpg
相生で降りると反対の上りホームでは10名ほどの中高年(なんと3割が女性)が三脚を立てて新幹線の撮影をしています。これはドクターイエローのお出ましでしょうか。時間に余裕があれば通過時刻を教えてもらって私も参戦したい。それにしても鉄道写真を撮る人の層は広がったんだなぁ。でも速い新幹線の撮影に三脚は必要ないと思うのですが、これは場所取りと画面に入る入らないのトラブル防止のマナーなのか。それにカメラを向けてる方向から上り通過列車の撮影のようですが、上りホームより下りホームから撮った方が光線が良いのではとも思うのですが、ちょっと解らない。

さて、表題の「四国へ出発」と書いておいて、なんで相生で降りるかといいますと、因美線と津山線に寄り道するからでして、まずは黄色い3両編成の115系普通列車で2駅乗って上郡へ、次に2分の接続でスーパーいなば5号に乗換え智頭へと向かいます。いつも混んでいるイメージのキハ187系特急ですが、今回も混んでいて、残り数席の自由席通路側座席に落ち着きます。

F8208979dsc.jpg
遠回りになるも圧倒的なスピードアップで急行砂丘を置き換えたこの列車は、さすがに速い。42分で鳥取県側の智頭に到着します。

F8208985dsc.jpg F8208988dsc.jpg
智頭駅と智頭急行の普通列車用車両。ヘッドマークは鉄道むすめのキャラクター。

どうでもよい話しかもしれませんが、自分の旅行の備忘録ということで書かせていただきますと、私は喫煙者なのですが、のぞみに乗車した後、煙草が切れてて買っておくのを忘れたことに気付きました。無いものは仕方ないで我慢し、そのまま智頭まで来てしまったのですが、旅行中ぐらいストレスもないし煙草やめようかと決心。智頭駅前のスーパーマーケットでは煙草のケースを見ないようにして清涼飲料水だけ購入(これは凄いことなんです)。結果4日間の旅行中、1本も吸わないで過ごす事になります。

(乗車は2016年8月)

次の記事:因美線(智頭~津山)乗車記

因美線(智頭~津山)乗車記

今回の旅行の最初の乗り潰し線区は因美線の智頭と東津山間、今年1月の中国地方乗り潰し旅行で、津山線とあわせて計画に組み込むも、大雪により県境越え区間が運休となってしまい、中止になってしまった路線です。

F8208990dsc.jpg
ホーム津山側で待っていれば、のこのこと単行気動車が姿を現します。

F8208995dsc.jpg F8208997dsc.jpg
JR西日本のローカル線では毎度おなじみのキハ120。この時点では乗客は3名で、空いていれば全面展望も可能な進行方向右側のロングシート一番前の座席に座ります。

この列車に接続します鳥取発智頭止まりの普通列車は、智頭急行車両の2連で来ました。こんな運用があるんだ。とにかくこの接続で約3割の座席が埋まり、中国地方の廃止されてしまうのではないかと心配されるローカル線の中ではまずまずの乗車率になります。

F8209004dsc.jpg
定刻で12:51に出発、この列車の前は8:15発、後は16:23発ですので、今日のスケジュールはこの列車に乗ることで前後が固まったようなものです。智頭急行と離れ、奥の細道に入って行きます。JR線路はしっかり除草、第三セクター線路は草ボーボーというパターンが普通なのですが、ここは逆になります。

智頭急行線路が見えなくなれば、暑そうな晩夏の盆地を進みます。田んぼの稲穂は首を垂れ、そろそろ収穫か。キハ120の走る路線ならではの速度制限区間もさっそく現れ、木々が車体にバンバン当たります。土師からはエンジンを豪快にふかし、キハ120ならではのチャッチャとダンスでもするかのような軽快な横揺れで飛ばして走ります。気持ちがいいぞ。

那岐は高台にある実に味わい深い古い駅。2面2線で交換可能駅なのですが、これだけ運転本数が少なくて智頭から2駅という中途半端な場所で交換する時はあるのだろうか。帰って調べたら2016年8月時点でここで交換は行われていません。

F8209007dsc.jpg
さぁここからが峠越えで県境も越える区間。この年の1月に大雪で不通になった区間の核心なのですが、速度制限区間はなんだか凄いことになっています。回りの木々が成長しきっていて緑のトンネルを走っているみたいなのです。キハ120の走る中国地方のローカル線の乗り潰しは、ここ因美線南側が最後なのですが、草木の一番元気な夏に乗ることができて良かったです。県境の長い本物のトンネルはスピードを出して一気に駆け抜けます。これで鳥取県の鉄道はすべて乗車済。

F8209012dsc.jpg
岡山県に入って美作河井到着寸前も緑のトンネル。後5年ぐらいしたら完全にトンネル状になるのではないでしょうか。

F8209014dsc.jpg
このかぶりつきのワクワクは私の写真の腕ではなかなか伝わらないか・・・と、Photoshopを使ってトリミングして明度と彩度をいじってみますと、下の写真に仕上がります。

F8209012dsd.jpg
ウクライナかどこか旧ソ連国の、世界の美しい鉄道風景の一つとして、森の中の木々のトンネルが紹介されてましたが、それっぽく見えなくもないぞ。

岡山県側の最初の駅、鯉のぼりが泳ぐ(←うろ覚え)美作河井に到着します。今は棒線駅ですが、かつては長い島式ホームを有し、ターンテーブルまでありそうな広い構内が、悪く言えば枯れきった、よく言えば風情のある駅です。除雪車用のターンテーブルが実際にあったそうなのですが、私は見落としてしまいました。
木々のトンネルはもう現れませんでしたが、キハ120が刈り揃えた草の壁沿いを走り知和駅。棒線駅ながら可愛らしい木造駅舎がお出迎え。

F8209015dsc.jpg
ちょっとした集落になりまして美作加茂駅。因美線津山側の主要駅でかつては急行砂丘も停車した交換可能駅です。ここもいい雰囲気です。
とにかくこの因美線の津山側は、智頭急行の開通でメインルートから外れ、高速化から取り残されてしまったわけですが、その時の時間が止まったままのような昭和の雰囲気が、どの駅も一杯に溢れているのであります。変わったのは優等列車とタブレットが姿を消したぐらいでしょうか。
私は後でその存在を知るのですが、津山から智頭まで一往復します因美線のイベント列車「みまさかスローライフ」号、往きは美作滝尾、美作加茂、美作河井で、帰りは那岐で30分程の停車をするそうで、これは面白そうで乗ってみたい。

周りは開けてきて三浦駅、駅周辺のゴツゴツした木は桜?、ここは桜で有名な駅じゃなかったっけ、帰って検索してみればその通り、数々の力作が出てきます。今、一緒に写る車両がキハ120だけなのは、とても残念。東津山で姫新線と一つに交わり、戸籍上は姫新線に吸収され、因美線は終ります。この東津山では3人が下車、先頭座席から後ろを振り返れば、乗客の数は座席の半分が埋まる程の混み具合でした。

F8209017dsc.jpg
13:59、終点津山に到着です。

F8209018dsc.jpg
津山に来るのは2012年秋の姫新線乗り潰し以来。前回来た時は扇形機関庫は公開日が限定されていましたが、今は毎日オープンの津山まなびの鉄道館となったりして、鉄道ファンならじっくり時間を取って訪問しなくてはならない地の一つであると思うのですが、今回も1時間に満たない滞在で後にすることになります。

(乗車は2016年8月)

前の記事:四国旅行へ出発、JR西日本のこだま用車両
次の記事:津山線乗車記

津山線乗車記

因美線を乗り終え津山駅改札を出ますと、駅前広場は工事中で白いシートで囲われ、駅の周りがどうなっているのかほとんど把握できません。36分の接続時間で、どこかで食事出来ないかと考えてましたが、諦めてコンビニでおにぎりとお茶を買って車内で食べることにします。

F8209023dsc.jpg F8209025dsc.jpg
ホームに戻り、3番線に岡山方面からの列車が到着との事で待ち構えていますと、今の津山線で旬な車両「ノスタルジー」が来ました。普段こうして定期列車の運用に就いてるようです。どっと乗客が下車した後、外から覗いてみましたが、窓は更新され、内部のパネルも新品のようでノスタルジーはほとんど感じられません。

それと一番気になるのは前面窓上の塗分け位置が正確でないこと。キハ40系顔の国鉄一般色は、確かキユニ28の登場時のみ存在した「幻の・・・」と表現したくなる貴重なもので、JR東日本では烏山線キハ40、JR東海では美濃太田車両区→伊勢車両区のキハ40,48で忠実に再現され、穏やかな顔立ちに「いいなぁ~」と萌えていたのですが、この車両のは一番のチャームポイントである床屋に行って耳の回りを綺麗に切り揃えて来ましたといった感じの運転室小窓上のR状の塗分けラインが無いのです。

F8209042dsc.jpg
愚痴っても仕方ないですので、これも個性と受入れましょう。すぐにホームを後にし車庫に入ってしまいましたが、撮影できただけでもラッキーです。

F8209047dsc.jpg F8209044dsc.jpg
さて、この時間は津山駅のゴールデンタイムか。各番線に4本の列車が並びます。左から・・・
入庫するキハ47ノスタルジー
4番線:私の乗車します14:35発 岡山行のタラコ色キハ47*2
3番線:14:42発 中国勝山行の津山色キハ40
2番線:14:30発 佐用行キハ120
1番線:14:38発 智頭行キハ120
この駅は、4つある発着番線が4方向の出発方面ごと明確に分けられているのが特徴なのですが、昔は急行列車の分割併結作業が盛んに行われていましたので、こんなこと出来なかったはず。

興味をもって昔の時刻表(手に取ったのは1984年4月号)を引っ張り出してみますと、津山を発着する急行列車は、みささ(大阪~鳥取・倉吉・米子)2往復、みまさか(大阪~中国勝山・新美)3往復、砂丘(岡山~鳥取・倉吉)3往復で計16列車。そして、みささ2往復はみまさかと大阪津山間併結、砂丘の1往復はみささと津山倉吉間併結ですので、1日6回の分割併結作業が行われていました。

この頃のゴールデンタイムは15時半からでして、その状況は、
15:31 鳥取発、みささ4号到着
15:39 大阪発、みささ3号・みまさか3号到着~分割作業
15:41 中国勝山発、みまさか6号到着~みささ4号との併結作業
15:48 岡山発、砂丘4号到着~みささ3号との併結作業
15:49 みささ4号・みまさか6号 大阪行き出発
15:50 みまさか3号 新美行き出発
16:06 みささ3号・砂丘4号 米子倉吉行き出発

急行みささ・みまさか各2本が3方向から次々に来て、急行砂丘も1本絡んできます。みささ3号はみまさか3号を切離し砂丘4号を連結しますが、みまさか3号の出発前に砂丘4号が到着しますので、みささ3号・砂丘4号のどちらかは一旦ホームを離れ、出発番線を変える作業も発生します。おまけに急行みささは方向も変わる。これはもう駅員さんは案内が大変、乗客はどれに乗ったらよいのやらと、間違える人も実際にいてこれまた大変だったろうと想像します。
(みささ・みまさかは実際に乗車したことがありませんが、とても興味を引かれる列車でして、こんな記事も書いてます。)

***

昔の列車の件で長々書いてしまいましたが、2016年の津山線に話を戻します。進行方向右側のボックス席を確保し、コンビニのおにぎりを食べ、列車は津山を14:35定刻で出発します。しばらく姫新線と並走し別れたところで津山口駅、この路線は岡山まで1時間弱で走り抜ける快速ことぶきが2時間に1本走っているのですが、私が乗るのは岡山まで1時間半の各駅停車になります。その後しばらくは国道に沿って走るのですが、佐良山を過ぎて線路沿いの草木がバシバシ車体に当たります。スピードを落とさないので音も大きい。

3つ目の駅は駅舎が亀。なんだこれは!バブル時代に造ったみたいな凄いもので、ここの駅名は亀甲そのまんまであります。Wikipediaを見ると駅の近くに亀の甲羅のような岩があるんだそうで、この駅舎が建てられたのはバブルの終わった1995年。また、ホームには"たまごかけごはん"ののぼりが立ち、たまごかけごはんねぇ↘と、その時は冷ややかな感想でしたが、気になって後で検索してみれば、亀甲には町おこしで自治体がオープンした食堂があって、300円で美味しいたまごかけごはんが食べ放題とかで大繁盛してるらしい。駅から遠く鉄道旅行者には行きにくいのが残念ですが、亀甲の町は侮れないぞ。

亀甲の次の次も誕生寺というおめでたい名前の駅。津山線快速ことぶきの名前の由来は、この路線に縁起の良い名前の駅が多いからなんだそう。そんなわけで駅名標がついつい気になる路線なのですが、もう一つ面白い点がありまして、JR西日本の駅名標の両隣の駅名は、ひらがなとローマ字だけ書かれているのですが、津山線はどんな漢字で書くんだろうと考えさせる駅名が多く、なぞなぞをやっているみたいなのであります。

誕生寺の次は"ゆげ"、湯気と書くんだろうか?この辺に温泉はあったっけ?、1駅間のシンキングタイム。そして正解は弓削。これは難しいなぁ。何故かカッパの置物がある駅で、対向列車と交換。次は"こうめ"、小梅に違いない、ローカル線の津山線に似合う駅名ですが、ローマ字表記は"Kome"(oの上にバー)なのが気になります。答えは神目、これも難しい。次は"ふくわたり"、ここはひねりなしで福渡で正解。

F8209049dsc.jpg
写真は福渡到着寸前で急に表れる川。地図を見ると急行みまさかルートの中国勝山方面から流れてきた旭川になります。福渡を出ますと旭川を鉄橋で渡ります。鉄橋の下には小学生高学年ぐらいの少年が一人、カッパのように川の中に首だけだしてプカプカ浮かび列車を見上げています。日本の夏休みの光景であります。

"たけべ"(竹部ではなく建部)では野球少年がどっと乗車し騒がしくなり、次は"かながわ"、神奈川という地名は岡山県にもあるのか。すると列車はトンネルに入り峠を越えるみたい。下り坂になると山腹に近代的な工場が見えてきた。"かながわ"は金川で昔の黄緑色の国鉄コンテナが置いてある駅で、どっと乗車があり席はほとんどが埋り、車内は立ち客も多数の満員になります。

ここからは左側に旭川が流れ、私の座る右側の車窓は山の斜面しか見られなくなります。席を移動しておくんだった。列車は長めの駅間距離を轟音をたてて重い車体をひきずるようにかんばって走ります。すっかり郊外になって法界院に到着します。

最後の1区間は山陽本線と合流する左側の景色が見たくて一番後ろのドアと乗務員室の間へ、国鉄時代は3人掛けロングシートのあった場所は、ワンマン運転対応のためシートは外され窓に手摺パイプがあって外が見やすい。そしてエンジンの真上だからか凄い音、乗務員室との境壁パネルがビリビリ振動しています。この車両も相当ガタが来てしまっているみたいです。国鉄が解体されてもうすぐ30年になることを実感します。

F8209050dsc.jpg

到着した岡山駅には、213系のフランス語名のイベント列車に、抹茶色117系団体列車と、写真を撮っておきたい車両が停車していたのですが、10分の接続時間で次に乗る高松行快速マリンライナーは凄い列。写真は諦めて私も列に並びます。何とか座れました立ち客も一杯だったマリンライナーですが、停車駅ごとに乗客は減り、瀬戸大橋を渡る時には座席の半分が埋まる程度の乗車率になってしまいます。そういえば岡山で見た先行する特急南風の自由席はガラガラだった。バスと飛行機に客が流れてしまったのか。ちょっと悲しい。

(乗車は2016年8月)

前の記事:因美線(智頭~津山)乗車記
次の記事:琴電長尾線乗車記
プロフィール

QJ7000

Author:QJ7000
おじさま鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになりました。未乗区間は4,000km以上もあり、今の生活パターンではおそらく不可能な領域なのですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事順にご覧になりたい方は下の「月別アーカイブ」からどうぞ。
(2013年2月より海外編も始めました。)

検索フォーム
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
(古い記事順に表示されます)
最新コメント
FC2カウンター
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

タグ

JR東日本 東武鉄道 会津鉄道 野岩鉄道 JR四国 国鉄時代 阿佐海岸鉄道 バスの旅 土佐くろしお鉄道 路面電車 伊予鉄道 温泉 吊り掛け電車 琴電 ケーブルカー 猫登場 JR西日本 新幹線 阿武隈急行 福島交通 山形鉄道 観光列車 モノレール 新京成 京成電鉄 流鉄 夜行列車 JR東海 喫煙車 船旅 近鉄 伊勢鉄道 新交通システム 貨物線・短絡線・渡り線 江ノ電 ブルートレイン 北越急行 伊豆箱根鉄道 岳南電車 専用鉄道訪問 芝山鉄道 地下鉄路線 上信電鉄 近江鉄道 阪神電鉄 阪急電鉄 神戸電鉄 北条鉄道 駅そば 山陽電鉄 水島臨海鉄道 西武鉄道 南海電鉄 北近畿タンゴ鉄道 のと鉄道 JR九州 くま川鉄道 名鉄 南阿蘇鉄道 熊本電鉄 西日本鉄道 JR北海道 京王電鉄 京浜急行 台湾の鉄道 東急電鉄 小田急電鉄 鹿島臨海鉄道 ひたちなか海浜鉄道 蒸気機関車 福井鉄道 えちぜん鉄道 遠州鉄道 

QRコード
QR