山陰本線(益田~長門市)乗車記

益田のビジネスホテルを朝7時過ぎに出ます。朝のトップニュースでは、強い寒気の影響で、山口県と九州各地で水道管凍結により多くの世帯で断水との事でしたが、ここ益田では全く実感がありません。そんなに寒く感じないし、雪も降ってなければ道路際に集められた雪だって東京都郊外より少ないのです。今回は雪があるだろうと軽登山靴を履いて来たのですが、その必要も全くありませんでした。大きなホテルの裏手では猛禽類(トンビ?)が電線に止まっていて、これがけっこうでかくてちょっと怖い。この辺は山陰の地方都市ならではの光景です。

駅に着きますと高校生が元気よくジャンジャン出てきます。構内に入ってみますと、ちょうど3方向からの列車が到着してそれぞれまた散って行く時間帯、なかなか賑やかであります。

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タラコ色キハ47の2連は山口線津和野からの始発列車、今度は新山口行き。

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キハ126の2連は江津から来て、今度は快速となって米子に向けて出発。北近畿タンゴ鉄道もそうでしたが、こういうラッピングは子供が怖がって鉄道嫌いになりそう、私はあまり好ましく思わない。側線ではキハ120がお休み中、これはラッシュが終わってからの出番みたいです。

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キハ40の単行は東萩からの始発列車、この色もまだ健在だったんだ。これが私の乗車します益田7:50発の長門市行きになります。もっと早く出発するのに乗りたかったのですが、1月ですのでそれだと夜が明けてなく車窓が見えない。そしてこの時間だと私の泊まったホテルの朝食開始時間の前に出発しなくてはならず、どうも中途半端。今日の朝食もコンビニサンドイッチでした。乗客は私のほかに3名だけですが、ここに来る時は高校生をたくさん乗せていました。

さぁ出発、山陰本線は大好きでして旧型客車目的で中学生の頃から訪れているのですが益田が私の最西端、ここからは初めて乗る区間でして、今日ついに仙崎支線も一緒に山陰本線を完乗いたします。なんだか気合いが入ります。

益田の町を過ぎますと海岸線を走ります。天気は回復し、波は昨日よりずっと穏やかでなんか安心。駅間距離がすごく長い、絵本に出てくるような綺麗な三角形の島が見えて来て飯浦。ここからは坂を登ります、トンネルを抜けると速度制限15km区間。県境を越えて、これで山梨、熊本、東京に続き、島根県の鉄道をすべて乗車しました。この県は好きですしサンライズ出雲にもまた乗りたいのでまたそのうちに来るでしょう。

江崎は貨物の取扱施設跡も残る昔は立派だったろう駅、どんな貨物を扱っていたんだろう。須佐ではキハ47の2連と交換、車内にはおばあさんが一人しか見えませんでした。

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写真は須佐・宇田郷間にある撮影地として有名なコンクリート橋の惣郷橋梁を渡っているところ。乗ってしまえば波打ち際が真下に見えるぐらいしか特に何も感じられません。ここはキハ40よりキハ120に乗車した方が感動も大きいでしょう。

そういえば2015年度は伯備線・山陰本線西部に原色DD51が牽引する「特別なトワイライトエクスプレス」というのが走りました。とんでもなく素晴らしい被写体に撮り鉄は大フィーバー、ここも相当な賑わいだったらしい。

奈古は駅員さんのいる駅、このあたりから太陽が顔を出し、まだ波は高いですが海がきれいに見えてきます。島は細胞分裂でもするかのように増えてきます。

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長門大井は大きな町でキハ40と交換で4分停車。ここを過ぎるくらいから雪が増えてきます。先ほど並行する道路の電光掲示板に「凍結注意」と出ていて、昨日の表示がそのままではないのか、管理がぜんぜんなってないのではないかと思っていたのですが本当でして、未だ除雪が間に合っていない道路は本当に凍結していそう。なぜこのエリアだけこうなんでしょう。背後に高い山があるのでしょうか。越ケ浜付近からはヤシの木?が植えてあって柑橘類が実っている南国的風景になって行くのに、雪の量も増えるという不思議な展開。そんな感じで町に入り、パチンコ屋さんなんかも現れるようになって東萩に到着。なかなか観光地らしい駅です。

大きな川を渡って萩駅、素晴らしい洋風駅舎で昔はここが萩の玄関口だったんでしょう。旧岩国駅である西岩国駅みたいな感じです。萩の三角州をぐるりと回るように走りますので、萩を観光したみたいな気持ちになります。

玉江のホームは雪でベチャベチャ。三見ではキハ120と交換、ここでは雪がほとんどなくなっていた。この地形には一体どういう秘密があるんでしょう。標高が高くなり、段々畑が下に広がり、その先に湾、きれいな風景だ・・・、

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ここが飯井駅なんだ。昔、鉄道雑誌でここの写真を見て一度来てみたいと思っていた場所になります。この写真では分かりにくいですが、山側から線路を見下ろすと、青い海、可愛らしい小島、小さな湾には漁船、砂浜もあって、丘には古い民家と棚田、そしてきれいにカーブした線路と片面ホームの無人駅。鉄道模型のジオラマを1分の1で再現したかのような箱庭的光景がここにあるのです。

また速度制限区間、辺りは樹木の伐採が行われ、切り株にはカラフルに赤青黄色の布が鉢巻き状に巻かれています。幹に布が巻かれているのは、これから切られるみたい。

長門三隅は貨物の積込施設が残る駅、ここもどんな貨物を扱っていたんだろう。この辺りから、うろ覚えなのですが民家の造り少し変わってきまして、壁の板張り縦から横になります。大工さんの縄張りというか担当地域が変わったのでしょう。

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湾には貨物船が停泊してます。一体何を積むんだろう。答えはこれか?ベルトコンベアで運ばれる物。グーグルマップでベルトコンベアを追ってみると、始まりは美祢市の石灰石鉱山で終わりは仙崎近くの住友大阪セメントの工場。美祢のセメント事業と言えば、ストライキばかり起こし運賃をどんどん値上げする国鉄に見切りを付け、自社専用高速道路を造ってしまったという宇部興産がまずは思い浮かぶのですが、山陰側では別の会社が全長16.5kmものベルトコンベアを造っていたんだ。ベルトコンベアに興味を持ってさらに調べて見ると、日本最長は23.4kmで埼玉県の武甲山から日高市の工場までの太平洋セメントの所有するものらしい。これだけの大量輸送となれば、効率的と言われる鉄道輸送も敵わないのでしょう。9時45分、終点長門市に到着します。

(乗車は2016年1月)

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美祢線(長門市~美祢)乗車記

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次は美祢線に初乗車します。長門市9:57発の厚狭行きはキハ120の2連で、どちらも可愛らしいラッピング車。

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一番前の座席に荷物を抱えて座ります(ここには網棚が無いのです)。暖房が効きすぎて少し暑い。おばさんが運賃箱横にくくりつけられたチケットのようなものを取っています。見ると美祢線利用証明書と書いてあります。観光施設や温泉が割引になるんだろうと思っていたらその通り、美祢市・長門市・山陽小野田市で結成されたJR美祢線利用促進協議会(~堅苦しい名前だ)というところが発行しているもの。ここのHPを見ると、観光客向けだけでなく沿線住民へも定期券代や回数券代の税金を使った補助制度があるようです。

出発します。すぐに左カーブで山陰本線と分かれちょっと走って板持駅。ここから山間に入って行き、隅っこですので距離は短いですが、一応これでも陰陽連絡ルートだぜ!との主張が感じられます。それにしてもどのトンネルも古びていて歴史を感じます。美祢線の全通は1924年、山陰本線全通よりも古いのだ。

長門湯本駅ではカメラを首からかけた観光客が大勢乗車し、2両編成に見合った乗車率になります。出発しますと左手にきれいな川と温泉街。ある温泉旅館では従業員数名が玄関前に立ち列車に手を振っています。そしてここに宿泊したらしい乗客のほぼ全員がそれに応えます。なんだか見ているこっちまで嬉しくなるような光景です。

標高が高くなっているようで、だんだん雪が深くなります。渋木駅では跨線橋階段部分が除雪されていなく危険な状態。しかし降りる乗客はいないので、心配は無用・・・というのもなんか悲しい。

さぁ峠越え区間、エンジン音を高らかに響かせ坂を登って行きます。ブルーシートで保護された斜面の横だけは最徐行で通過。そして分水嶺をトンネル内で越えると下り坂を軽やかに駆け下ります。こういう一つの仕事を終えた場面というのは清々しくて大好きだ。太陽がサンサンとし、山陽側に来た事を肌でも実感します。於福駅ではおばさん観光客3人が下車、こんなローカルな無人駅に何があるんだろう。よく情報収集しているなぁと感心です。もう一度ここを通る時に知るのですが、原泉かけ流しの温泉のある道の駅、ジオパークなる観光施設があるんだそう。次は重安駅。ここからは立って前方をかぶりつきします。美祢線を貨物列車が走った遺構をしっかり見届けたいのです。

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美祢の手前で左手に広がる貨物ヤード、線路は撤去されずそのまんま残ってるんだ。凄いぞ。

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ヤードが収束して一回単線になったところで踏切を渡りすぐに美祢駅に到着です。10時32分、ここで下車します。

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ホームは長く、駅本屋は大きく、雰囲気は昔の中央本線の特急が止まる中間駅みたい。2,3番線は何時から使われなくなったんだろう。さぁ外に出て美祢駅から宇部興業伊佐セメント工場まで通じていた貨物専用線跡を見に行って見ます。この駅に滞在できます時間はちょうど30分、ちょっと急ぎます。

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駅の長門市側踏切からヤードを見ます。厚狭方面からの貨物列車はポイント右側を進み一旦ヤードへ。ここでスイッチバックして専用線に入り、工場へ向かっていました。

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踏切から歩いてすぐの専用線の鉄橋。春は桜の名所なんだろう。

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それにしてもだ。貨物列車が走らなくなって2年以上、JR貨物の第二種鉄道事業まで廃止され貨物時刻表の路線図からも消されて2年近く経つというのに、ここもそのまんまではないか。こういう場合よく鉄橋の上を人が歩かないように(そして川に落ちないように)有刺鉄線なんかで塞がれるものですが、そういうのは一切無し。なんだか今にも貨物列車が走ってきそうです。

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そして踏切、これだって遮断機の先に竹竿をくくりつけて、通電テストでもすればすぐに復活できるような状態。

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古そうな遮断機はプレートを見ると昭和50年製。右下写真はこの先2km続く工場への専用線。何より一番印象的だったのが、貨物列車が来なくなって2年以上経つというのに、踏切を渡る車の約半数が、今もしっかり踏切手前で一時停止する事。これは生きてる踏切なのだ。どうしてこうもそのまんまなんだろう。災害の復旧に手一杯だっだのかもしれませんが、貨物輸送の復活を見込んで残しているんじゃないかとも思えてきます。

赤字ローカル線問題で私の思う事、私も一応鉄道ファンですのでローカル線が廃止されるのは残念で寂しいです。しかし現実問題、多額の税金が補助金として使われているとしたら話は別で、少子高齢化でどんどん税収が減り、自治体を維持する事すら困難が予想される地方において、ローカル線なんていう重要でないインフラはとっとと切り捨てるべきではないかとも思っています。そんな中この美祢線は、2010年の豪雨で橋梁や路盤が流出し1年以上不通となってしまい、無事復旧したわけですが、石灰石輸送も終わり、キハ120しか走らない、ほぼ使命を終えたと言える路線に、よく山口県は復旧に多額の税金を投入したなと思っていました。しかしこの光景を見て、美祢線はちょっと違うぞと、これは残しておくべき路線なんだと思うようになってきました。考えてみれば企業保有の専用高速道路だって維持も大変だろうし、ドライバーだって将来は高齢化による不足が予想されます。5年後、10年後、もしかしたら地方鉄道、鉄道貨物輸送の復権というのもあり得るかもしれません。

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美祢駅に戻って来ました。美祢線乗り潰しですが、ここで厚狭へは行かず一旦長門市に戻ります。今日はそこから山陰本線で幡生、山陽本線で厚狭と回り、そこから美祢線の南半分の厚狭美祢間を乗り潰します。これが山陰本線益田以西と美祢線を日中に乗り潰せる唯一のスケジュールで、我ながら完璧だと思っていたのですが、もっと凄い事に(これは偶然ですが)、この日美祢線は2ヶ月に一度の保守工事の日で、日中の3本の列車は代行バスによる運転。これから乗る美祢から長門市への列車が工事前の最終列車、5時間半後に厚狭から美祢まで乗るのが工事後の始発列車なのです。私の鉄道旅行史上屈指の美しいスケジュールが完成し、実施する事となりました。

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11時2分、こちらのラッピングのキハ120で一旦美祢を後にします。ホームには雪だるま。

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美祢を出て貨物ヤードをもう一度しっかり見ます。いつかまたここに貨物列車が集まってきますように。

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来る時に気になっていたレンガ造りの美しいアーチ橋、これ一体何なんだろう。人や車が渡る橋では無いはず、かつての石灰石の運搬施設だろうか。帰って調べてみたら用水路として作られたものなんだそうだ。

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再度重安駅。ここからも2009年まで石灰石運搬列車は出発していたのですが、線路右側にあった積み込み施設は撤去され、その跡は自然に帰りつつあります。ここの復活はもうないでしょう。

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空いていましたので、ずっと一番前で立って前方を見ていたのですが、気になったのは741Dに限定した制限速度標識。741Dはこの線路を朝一番最初に走る列車で、JR西日本のローカル線らしい。

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そして貨物列車のための標識もありました。重安から長門市側の貨物列車は廃止されて約30年ですが、バラストを散布する列車用でしょうか。

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11時37分、屋根付歩道橋のあります長門市に到着します。駅構内はキハ40系がずらり、国鉄形ディーゼルカーの最期のパラダイスです。

次の列車まで50分、外に出て昼食です。地元の勤め人で一杯の中華料理店で食べた美味しいチャンポンには、コリコリのイカが乗っていまして、たぶん地元で捕れた新鮮なものなのでしょう。

(乗車は2016年1月)

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山陰本線仙崎支線乗車記

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次に乗ります下関から来ました長門市12:28発の仙崎行きが3番線に到着します。私は何を勘違いしたか1番線で待っておりまして、停車時間(5分)が短ければ1日6本、昼の時間帯は僅か1本の仙崎行きを乗り過ごすところでした。

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跨線橋では下車した大勢の高校生とすれ違い、車内はもぬけの殻。誰もいないと思ってたのですが、おじさんが一人乗車していました。この列車、今日はキハ40の単行ですが、土曜休日はみすゞ潮彩号で運転されます。LEDで味気ないですが仙崎の行き先表示も記録しておきます。

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それでは出発、僅か2.2kmで1区間4分の支線、かぶりつきをしたいところですが、このキハ40では前がほとんど見えず、進行方向右側に座ります。右写真は本線との分岐シーン。

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偉大なるローカル線であります山陰本線のちょっと特殊な支線区間、感動的な乗り潰しを期待しておりましたが、キハ40はのたりくらりと住宅地を走り、あっという間に仙崎に到着です。乗ってきたキハ40で折り返すのですが、この駅では14分滞在できます。

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これ以上延びることはない線路。かつては機関車が機回しした形跡が残っています。

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こう見ると駅舎は以外と大きい。

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駅舎内からホームを望みます。昔ながらの小さな駅、いい雰囲気だ。後で知るのですが実はこれ2007年に建て替えられた駅舎でして、ウマイところ計算されて建てられている。駅事務室だった跡の部屋(←訪れた時はそう思ってた)は観光案内所になっていて中には若くて綺麗な女性。切符の販売はしていないのと、仙崎観光もしないのですぐに出てしまうのですが、硬券の入場券でも販売すれば売り上げは相当上げられるんじゃないかと思います。

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駅舎を外から。ロータリーにはタクシーが1台待機。

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そろそろ時間ですので仙崎12:46発下関行きとなるこの列車に乗車します。今日はこの路線に乗るためだけにこの駅に来たのは私一人でしたが、青春18きっぷシーズンやみすゞ潮彩号で運転される日は、ニワトリを箱から出したような状態の賑わいなのかもしれません。

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仙崎の整理券、仙崎長門市間は区間外乗車で、このまま幡生まで乗り通すので、運賃は停車中に支払っておきます。

今度は行きと反対側、海側ボックスシートに座って出発します。乗客は女子高生が二人、おばさんが一人。長門市までの間、海が見えたんだったか見えなかったんだっか、ちょっと忘れてしまいました。

(乗車は2016年1月)

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山陰本線(長門市~幡生)乗車記

仙崎から乗車しました単行キハ40が長門市に到着します。高校生が沢山乗り込んできて、回送列車が営業列車になった感じ。さぁここから幡生まで、山陰本線最終章ともいうべき西端の、私にとっても最後の乗り潰し区間になります。

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出発してしばらく走ると海で深川湾、その先には青海島、海岸沿いには海水浴場も見えます。昨日の荒れ狂った海から一転、今は実に穏やか。そういえば萩周辺や美祢線沿線と違い雪は全くない、黄波戸からは内陸に入って行きます。

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長門古市で大勢下車、なんだかここは飯田線の伊那谷にある駅みたい。人丸でも多くの乗客が下車し、ここで車内は私を含めてたった4人になってしまいます。

再び海沿いに出て長門栗野駅、ここは鉄骨で造られた貨物の積込施設跡の間から樹木が生えているというなかなか味わい深い光景が見られます。ここからは下関市で家の建て方がちょっと変わったようで、屋根の上に小さな鯱が目につくようになります(この辺はうろ覚え)。晴れ間から暖かい日差し、ちょっと眠くなってくる。

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読み方が難しい駅の西横綱の特牛は、なんでこんな所に造ったんだろうというぐらい山間の駅。しかしこんな駅にも貨物を取り扱っていた跡が残っている。ここは約10年前、ある邦画のロケが行われた駅で、その映画を見て、この近くにあります角島という、なんとも日本離れした実に風光明媚な島の存在を知りました。日本の地理については、沖縄以外は一通り周りましたので、大体知ったつもりでいたのですが、所詮は鉄道旅行、まだまだ私の知らない日本があったんだと気付き、ちょっとショックでした。ちなみに角島は山陰本線からは全く見えず、その存在を確認できるのは滝部駅の観光案内の看板ぐらい。

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長門二見駅の貨物の積込施設。どんな荷を扱っていたんだろう。Wikiでは1961年に貨物の取扱が廃止された事しかわからない。

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ここを出ると三度海岸線へ、なかなかの絶景です。太陽が顔を出し日差しが強くなりロールカーテンを半分閉めます。私のボックス席に他にも人がいたら全部閉めなくてはいけないぐらいの強さです。宇賀本郷駅は1面1線の交換できない駅ですが2分の停車。景色が良い所を徐行して走るみすゞ号のスジに合わせるための調整のようです。

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湯玉小串間は有名な撮影地ではなかったっけ。

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時刻表から読み取るに長門市幡生間で一番重要な駅っぽい小串に到着、ここでは14分停車します。跨線橋を上がってみますと、すぐ近くに海が見えます。せっかくなのでちょっと行ってみます。

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昨年の糸魚川駅では海まで辿り着けませんでしたが、今回は大丈夫。一応波打ち際まで降りて海水に触れてきました。

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戻ってみますと可愛らしい駅舎です。今では普通列車しか走らない路線ですが、かつては特急・急行・夜行列車も存在した路線、それぞれの列車が来た時、この駅舎はどんな賑わいだったんだろう。しかし残念ながら帰って昔の時刻表を適当に引っぱり出してみると、特急いそかぜは通過(1991時点、長門市下関間では滝部と川棚温泉に停車)、食堂車付きの孤高の長距離ランナー特急まつかぜ1,4号も通過してたのでした(1984年時点、川棚温泉には停車)。1979年まで遡ると寝台車連結の夜行列車さんべ5,6号が登場し、これは川棚温泉は通過しますが滝部と小串に停車しています。特急は止まらないけど急行は止まる、確かにそういう感じの駅舎です。その辺を予習して、滝部と川棚温泉駅をもっとしっかり見ておくべきでした。

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しばし本日長いこと乗ったキハ40 2091の一人撮影会。

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交換する2連のうち1両は広島色のキハ47。

車内に戻りますと乗客が増えていて座席は7割ぐらい埋まってます。さぁ出発、また内陸部に入って行きます、地味な風景が続きましたが黒井村手前では、まだ1月末ですが、田んぼに黄色い花一面に咲いており、春を感じます。吉見駅からはレンガで造られた古い煙突が見えたのですが何だろう。

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吉見を出ますと長門市から4回目で最後の海が見える区間、写真の小島は加茂島というらしい。写真は撮り損ねてしまいましたが、ここにはもっと感動的な光景が展開されてまして、沖に行き交う関門海峡を通るんだろうコンテナ船、そしてうっすらと対岸九州の八幡製鉄所の煙突群が見えました。ゴールが見えて来たといったところです。海岸線から離れるともうすっかり市街地、大手ショッピングセンター、大手中古車販売店に携帯ショップ、そしてパチンコ屋、下関市の商業中心地はここかと思うぐらいに栄えています。そんな中で現れる2008年に新設された梶栗郷台地駅、これも山陰本線では異質な存在でしょう。

綾羅木駅を出発して最後の1区間は、席を立って運転席後ろに移動します。なかなか感傷的であります山陰本線の最期を、しっかり見届けたいと思います。

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山陽本線上り線をアンダークロスして、山陽本線上下線間の掘割を走ります。ここは、下りの九州ブルトレに乗車した時はいつも必ず見下ろしていた光景で、あまり輝かない細目の線路にまっ茶色の道床、山陰本線という長大ローカル線の草臥れきった最期の姿に、いつも哀愁を感じずにはいられなかったところです。山陽本線と同じ高さになり、仙崎から乗車すること2時間20分、いくつかのポイントを渡って幡生駅2面4線中央側の山陰本線ホームに停車します。私はここで下車。

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数分の停車の後、下関に向けて出発、ホームから見送ります。

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これが偉大なるローカル本線、山陰本線の最期の最期。
今、単行キハ40が渡り終わったシーサースクロッシングポイントで山陽本線にスッと吸収されるのです。ピリオドのような車止めは無し、まるで線香花火が消えるかのように静かに、ほとんど誰にも気付かれずに終わるのです。

(乗車は2016年1月)

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美祢線(厚狭~美祢)乗車記

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幡生から3ドア115系に揺られて厚狭駅。ここは約30年前の青春18きっぷ旅行で降りています。構内の撮影するにいい位置に石灰石用ホキを従えたDD51がカラカラとアイドリングしており、時間に余裕があったので降りてみたのです。なんだかその頃からあんまり変化してないような感じで、美祢線北側半分に乗車した時のように、ここも貨物輸送をいつでも復活できるような状況にも見えます。

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ヤードだって石灰石用ではないですが黒いホキ800がいてちゃんと生きている。

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本日は美祢線集中点検工事の日だからか、お昼は全く人気のない構内でお休み中のキハ120。出発まで57分も時間がありますので外に出てみます。ちょっとお腹も空いたなぁと思ってたところで駅にうどん屋さんを発見、しかし閉店時間でした。

駅周辺を歩いてみます。うどん屋さんとか、たこ焼き屋さんでもあれば入って小腹を満たしたいのですが、美容院とクリーニング屋さんが2件ずつあるのみ、厚狭の人は身だしなみにとても気を使うのでしょうか。結局戻って駅前の喫茶店に入りコーヒーだけ飲むことにします。

喫茶店2階の窓から見る厚狭駅はなかなか渋い。無機質な鉄筋コンクリート造の駅舎屋根上の駅名標は国鉄時代の古いフォントで、ディスカバージャパン時代の日本交通公社(JTBではない)時刻表の表紙写真に採用されてそうな雰囲気です。下を見ますと学校帰りの高校生がどんどん駅に集まってきています。私もそろそろ席を立ちます。

***

乗車します16:38発キハ120ロングシート車単行の美祢線仙崎行きは、高校生でほとんどの席が埋まった状態、最後部のドア横に立ち後方を見ることにします。

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さぁ出発です、おぉっ!昔の美祢線専用切欠きホームだ。

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美祢の次は駅ではなくて鴨ノ庄信号所、かつて石灰石輸送で賑わった名残なのですが、現在も両側の線路は輝きを失わず、信号所としてしっかり生きています。信号所は長く、スピードを出して通過するので一瞬複線区間を走っているみたいです。キハ120単行が停車するに充分な長さのホームも両側にあります。

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湯ノ峠は誰も降りない静かな駅、Wikipediaの情報だと2011,2012年の平均乗降数はなんと1人、厚狭から一つ目というのにこんなに過疎ってるのか。

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列車はどんどん渓谷の中に入って行きます、この短いホームみたいなのは松ヶ瀬信号所の跡なのか。

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美祢線集中工事の人たちでしょうか。とにかく狭い渓谷にギリギリのスペースを設けて線路を敷いたので保守は大変そうであります。

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地形はどんどん厳しくなり、この厚狭川を右岸左岸右岸左岸・・・と厚狭美祢間で実に12回も鉄橋で渡るのです(写真は2回目の鉄橋)。相変わらず予習不足で乗るのですが、美祢線の南側はこんなだったのか。本日午前中に乗車した北側と比較してみて私の感じたイメージは、北側が陽、南側が陰で山陽山陰が逆転であります。

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この橋だろう、2010年に集中豪雨で流されてしまい、架け替えられた鉄橋は。

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左は厚保駅、右は四郎ヶ原駅、どこもなんて寂しい駅なんだ。こう感じてしまうのは、乗車した時間帯が悪かったかもしれません。

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2駅で空いてきまして最後部から最前部に移動します。ここからは前方風景です。

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左に採掘所が見え、採掘所への引き込み線跡が現れると南大嶺駅に到着します。

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南大嶺は1997年に廃止された僅か1区間2.8kmの大嶺へ通じていた大嶺支線が分岐していた駅。2面3線だったのを、大嶺支線廃止後に1番線を潰してホームを広げ、2番線が駅舎側から直接乗降できるように改良されています。しかし上り列車の3番線は今も歩道橋を渡らなくてはならず、どうも中途半端。現在来る列車はキハ120の1連や2連のみ、下の図のように長いホームを生かし、ホーム途中にポイントを設け、1番線に縦列して停車出来るようにすれば、バリアフリー化出来るのにと思うのですがどうだろう。
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欠点は、長い編成に対応できない、美祢行きが出てからでないと長門市行きが出発できない、両列車のブレーキが壊れた時に正面衝突の可能性があるなどありますが、外国では似たようなのを見た事があります。

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南大嶺を出発します、廃線跡の路盤はしっかり残っています。1997年の廃線なので、私にとっては乗りに来ようと思えば乗りに来れた路線。しかしその頃は他に熱中していた事がありましたので、縁が無かったという事で諦めるしかない。

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17:05、宇部興産の高い煙突が迫ってきまして美祢に到着します。厚狭側から乗車しますと使用されなくなった島式ホームの2,3番線がよく見えますので、最後の最後まで寂しい光景を目にする形で、私の美祢線乗り潰しは終ります。

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乗車していた高校生のほとんどが下車しますが、同じぐらいの高校生がまた乗車。午前中に見た雪だるまはこんなになってしまいました。

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慌ただしいですが切符を買い直し17:14発の仙崎発厚狭行で戻ります。これも高校生で混んでいまして、これ幸いにずっと運転席横の窓でかぶり付き。暗いですのでカメラはしまい、長い期間運休になるも復活した路線の風景を目に焼き付けます。

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17:41に厚狭に到着、この列車は朝夕しか使用しない、この駅で最も枯れきった2,3番線ホームに到着します。

(乗車は2016年1月)

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厚狭から山口宇部空港へ(クモハ123に再会)

美祢線を乗り終え、後は帰るだけ。久々の2泊3日という私にとっては長い鉄道旅行もこれで終わりです。厚狭からは電車で草江に行って、山口宇部空港から特典航空券(簡単に言うとタダ券)を利用して最終の羽田便で帰ります。

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上写真は厚狭駅で乗車する1本前に来た下関発岩国行の普通列車。窓も雨樋も車内もほぼオリジナルの115系300番台です。幡生では窓も雨樋も更新された113系が解体されているのを見たばかりなのですが、まだこんなのも走っているんだ。

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こちらが乗車します下関から来た厚狭18:14発の宇部線直通宇部新川行き。105系で来るとは想定外でした、しかも3両目は車体断面が違うぞ、クモハ123だ!ホームを走って移動し、それに乗車します。長いロングシートの車内は3分の1の座席が埋まる程度の乗車率です。

この電車は2012年に小野田線を乗り潰しした以来なのですが、車内は更新工事が行われているみたいで、様子が少し変わっています。まずは足元が滑る(なんなんだこの床材は)。窓は茶色っぽいスモークフィルムが貼られたみたいで、反射して外が良く見えない。そして何よりトイレが付いている。

山陽本線区間は思い切りスピードを出すのですが、モーター音はとても静か。これはこの車両特有の気密性と遮音性が高そうな固定窓のおかげでしょうか。小野田では小野田線クモハ123との並びが見れるかと期待しましたがその姿は見られず。

もう一駅高速走行して宇部、ここでは降りる人いません。みんな宇部線直通客のようです。ここからはノッタリとした走り、信号所では対向列車と交換です。

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宇部新川に到着です。降りたらすぐにまた高校生たちが乗車、5分後に厚狭行きとなって折り返しだそうで忙しい。

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トイレが付いたところは窓が一つ埋められています。個性の強すぎるこの電車、まだまだ活躍しそうな感じです。ちなみにこれはクモハ123-3。

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3番ホームにいたクモハ123-4、こっちもトイレ付だ。前回来たときもそうですが田の字窓のとはなかなかタイミングが合いません。

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宇部新川から草江まで乗車します新山口行きの105系3連。運転室後ろの座席が残り、無人駅でもドアが全部開きます。ワンマン運転に対応していない105系というのも存在するんだ。

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草江に到着です。山口宇部空港に歩いて向かいます。2012年秋の乗り潰し旅行以来なのですが、こんなにすぐまた来るとは思ってはいませんでした。前回入りそびれたローカルお好み焼き屋さんは残念ながら無くなってしまったようです。これでサンライズ瀬戸号から始まった1月の中国地方2泊3日の鉄道旅行記は終わりです。またしばらく更新をお休みします。

(乗車は2016年1月)

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おじさま鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになりました。未乗区間は4,000km以上もあり、今の生活パターンではおそらく不可能な領域なのですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事順にご覧になりたい方は下の「月別アーカイブ」からどうぞ。
(2013年2月より海外編も始めました。)

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