4月後半の米タン写真

地元を走る米タンを撮影するという楽しみが出来たという事で、午前中のみですが、ちょくちょく出かけております。

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駅前の横田1号踏切脇から撮影、この日は原色のDE10 1663。

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こちらは3号踏切から望遠でDE10 1749

この拝島駅から横田基地までのほんの数百メートルの専用線、いろいろな場所で記録に残しておきたいと思っていたのですが、この頃はちょっと時期が悪かった。オバマ大統領の来日前で周りは警察官だらけ、線路際でボケーッと立ってれば職質を受けそうな雰囲気ですし、警備の邪魔にもなりますので、来日の前日なんかはおとなしく拝島駅構内から撮影です。
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***

DE10の単機回送にもちょっと注目しています。確か30年以上前は八王子機関区から八高線で拝島まで回送されて来たと思うのですが、今は新鶴見?川崎貨物?からはるばるやって来るらしい。そんなわけで私にとっては青梅線を単機で走る姿はとても新鮮なんです。

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こちらは西立川駅。短絡線から1番ホームに入ってくるところ。

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こちらは木造屋根・長い木造ベンチの残る東中神駅を通過するシーン。この駅の情景は私が子供の頃から全く変わっていません。

***

せっかくなのでEF65も

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左は昭島駅でEF65 2075、右は西立川・東中神間でEF65 2096。

米タンしか走らない線路、米タンならではの情景というのにも拘ってみる。

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これは西立川駅の奥多摩側ホーム先端でEF65 2094、ポイントが開いているのに注目。

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この後渡り線を通り、左へ左へと側線へと進んでいくのです。

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別の日に西立川駅の側線を走るEF65 2065の図。今では立川方面へ向かうこの米タン、そのEF65、DE10の単機回送しか走らない線路になってしまっています。

(撮影はすべて2014年4月)

「日本の鉄道乗車記録」といいながら、全然乗ってないし、旅行でもない。そんなわけで「最近の写真」というカテゴリーを作りました。当分の間、新たな乗り潰しは出来そうにありません。次はまた昔に遡って懐かし写真、又は海外ネタでも始めようかと思います。ブログタイトルを変更したいのですが、いいタイトルが全く思いつきません。
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懐かし写真(2009年) EF64 0番台の牽くあけぼの

今年3月に定期運行を終了したブルートレインのあけぼの号、今ゴールデンウィーク中は臨時便として走ったそうで、私もまた乗ってみたいなぁ。いつまでも走り続けて欲しいものですが、車両の老朽化も進んでいますし、北海道新幹線の開業に先立ち北斗星他夜行列車の廃止もアナウンスされていますので、もっても1,2年でしょうか。

さて、このあけぼの号、私は昨年に一度だけしか乗車する事が出来ませんでしたが(その記事リンク)、写真はちょこちょこと、上野口をEF65PFが牽引していた頃から撮っています。その歴史の中でも最も私の心を熱くさせてもらったのが、実はそれほど昔ではない2009年の事でして、そう、僅か1年の期間だけEF64 0番台が牽引していた時なのです。

EF64 0番台は、ファンの方ならご存知の通り1963年~1975年に製造された勾配線区用の直流電気機関車で、同じ直流電機のEF65やEF66に比べるととても地味な役回り。この頃は既に引退時期で半数以上が廃車になっていた状態でしたが、誰が最後にヘッドマークを付けてブルートレインを牽引するという、こんな晴れ舞台に立つ事と想像したでしょうか。それも1機は茶色というおまけ付き。成人するまで青梅線・中央線沿線で育ち、この機関車と慣れ親しんだ私にとって、こんなに心ときめくニュースは、踊り子55号(…おじさんなら解りますよね)以来か、いや、それ以上なのです。

***

2009年4月の平日の夜、行ってきました上野駅の13番線に。集まっていたファンは15人ぐらい。

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うわっ!本当にEF64 0番台だよ。この日は茶色の37号機。

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昭和46年製なので38年目での栄転。人生(いや車生)どうなるか本当にわかりません。

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茶色い国鉄(製造)機関車と24系客車、こんな組み合わせは鉄道模型の中でしか存在しなかったもの。

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何の飾りが無くともクールでかっこいい(と私は思っている)ロクヨン。なんと茶色だよ。しかもヘッドマーク付きだよ。何だか夢みたいだ。

そして出発、山の機関車独特のブロワー音を高らかに発車していくシーンは、「お前も頑張れよ!」と言い残して去っていくようで、いつもジーンときてしまうのであります。

***

お見送りをした後は、何処かで一杯やったのか、夜の繁華街を徘徊したのか忘れてしまいましたが、家には帰らずインターネットカフェなんぞに宿泊し、翌朝も上りのあけぼのを撮影です。始発電車が走る頃に向かった先は、2000年から2005年まで住んでいて勝手知ったる王子と東十条の間。予定していた根岸踏切は先客がいたので、東十条の駅のそばに行って貨物列車、能登、北陸と順調に撮影が進みます。そして本番のあけぼの。来たのはお目当てのもう1機の0番台の38号機。やった!。

しかし撮った写真を確認すると、ゲゲッ!思いっきりピンボケしているではないか!。もう半べそかくような気持で走って東十条の駅へ、そして京浜東北線に乗って鴬谷へ、駅そばの陸橋の上に到着すると、ちょうど推進運転の24系客車が顔を出すところでした。

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はぁ~、間にあって良かった。

(撮影は2009年4月)

懐かし写真(2009年) 489系の急行能登とホームライナー

前回の記事「EF64 0番台の牽くあけぼの」と同じフォルダーに入っていた489系の写真も出してしまいましょう。EF64 0番台のブルートレイン牽引も奇跡でしたが、ボンネットスタイルの特急型が2010年まで上野駅で見られたというのもこれまた奇跡。

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上野駅地上ホームに佇む489系のホームライナーです。私が子供の頃に見た輝いていた姿とは程遠く、本当に草臥れきった姿でして、ボンネットの開閉する部分にべったり塗られたコーキング材が、40年近くにもなる長い間の激走を表しているようです。よく頑張ったよね。

急行能登の間合い運用の489系が充当されるホームライナーですが、私が写真に納めたのは、たったこの1枚だけなのですが、2000年から2005年まで王子と東十条の間の線路際に住んでましたので、何度も目にしています。これがですね、独特の雰囲気でして実に良かったのです。

ヘッドマークの照明は無し、上野への回送の場合は室内の照明も無し(…だったような)、そしてこの区間では前に列車が詰まっているからか、いつもゆっくり走っていまして、グォーンと響くMT54電動機の音と共に、3複線区間の中央をボンネットスタイルのこの先頭車が静かに静かに通過して行く様子は、なんだか水族館の巨大水槽を悠々と泳ぐ、生きた化石シーラカンスでも見ているようでなんとも神秘的。

ちなみに私はシーラカンスなんて一度も見た事が無く、あくまで想像するだけのイメージなのですが、東北上越新幹線開業前はあれだけ見られた上野口の481系グループも、この時は能登用の489系が唯一の存在となって久しく、しかも残ったのは古いボンネットスタイルの方だし、ほぼオリジナルの塗装だし、何と言っても保存ではなく現役、日本の鉄道界・JRグループ科の生きた化石状態であった事は間違いないでしょう。

***

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こちらは翌朝に撮った上り急行能登。この状態での写真はフィルム時代にたくさん撮っているのですが、デジタルでは初めて(そして最後の写真)。フィルム時代はこの時間帯は光量不足で苦労したんですけど、あっさり綺麗に撮れて、もっと早くデジタル一眼レフ買えばよかったなぁ~と思いつつ、その後本番の撮影でピンボケさせてしまったのは前の記事の通り。

(撮影は2009年4月)

懐かし写真(2010年) EF64 1000番台の牽くあけぼの

EF64 0番台の牽くあけぼの号を記事にしましたので、その1年後のEF64 1000番台が牽引する、上野口のこの列車最後の姿も載せさせて下さい。この組み合わせを私が撮影に行ったのはこの1回だけ。天気は残念ながら曇りでして、撮り直したいなぁと思っていたのですが、結局行けず仕舞いで終わってしまっています。

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この界隈で早朝撮影した写真のフォルダー・ネガ・ポジには、手前の線路を走る別の列車に被られない限り、「能登」「北陸」「あけぼの」と早朝上野到着夜行列車3兄弟が揃っていたのですが、この写真のフォルダーにはあけぼのの姿しかありません。この時はもう能登と北陸は廃止されてしまったんですよね。

そして今はあけぼのも定期運行終了で早朝上野着の夜行列車は絶滅。これも時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、よくこの時代まで走っていたよなぁ…というのももう一つの感想でもあります。

上野発着夜行列車で残る北斗星・カシオペアは北海道新幹線開業までとの事でしたが、つい先日、JR北海道から、津軽海峡線の新幹線開業に向けた設備検査により、今年10月以降、夜行列車の運休・時刻変更・運転日変更が発生しますとのアナウンスがされました。運休(=廃止?)が前倒しされてしまう可能性もあるわけで、最後にもう一回乗ってみたい。しかし無理そう。お二人様用のカシオペアにはまだ乗った事が無く、どうも私とは縁が無かったようです。

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追っかけて鴬谷の陸橋へ。

そういえば、長岡のEF64 1000番台も定期運用が無くなってしまったのではないか。双頭連結器を装備したのは、まだまだ活躍しそうですが、最終ナンバーの1051~1053は廃車になってしまうのでしょうか、JR貨物所属のも廃車が出ているみたいですし。しかし新しい機関車と思いつつも1979~1981年製ですので33~35年目、実はこの機関車の登場によって廃車になったのもいる、EF58(の大半)よりもずっと長い活躍をしてきたわけなんですよね。

(撮影は2010年6月)

懐かし写真(2006年) ブルートレイン富士のA個室寝台1

2006年の1月の連休初日の事、何も予定が無く昼まで家でゴロゴロしていたのですが、どこか行ってみようか。そうだ!思いきって久しぶりにブルートレインで九州に行ってみよう。東京発のブルートレインも「富士・はやぶさ」最後の1本となってしまい、いつ無くなるかわからない状態。そして私、実は3月から転勤で東京を離れる予定で、もう二度とこんなチャンスは無いかもしれない。思い立ったが吉日、早速着替えて駅のみどりの窓口へgo。

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食料、飲料、アルコール類、それと煙草をしこたま買い込んで、夜の東京駅から乗車しますのは、大分行き富士号のシングルデラックス。連休中というのに、寝台券は当日買いであっさり取る事が出来ました。

私が小学生の頃はブルートレインブームでして、富士のA個室寝台・オロネ25で東京から西鹿児島まで24時間以上かけて旅するのが、その頃の私の夢だったんです。33年の時を経て、大分止まり、食堂車はもちろん車内販売も無い列車になってしまいが、やっとその夢は一応叶う事となりました。

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JR化後に改造によって生まれたあけぼの号のシングルデラックスに比べたら、本当に簡素な設備。しかしこの車両登場当時は国鉄ですから、これで最も豪華な車両だったんです。そして私にとって憧れの車両だったんです。

ちなみに私の予約した個室は、座席状態で進行方向と反対側に向いていましたので、東京出発直後に車掌さんが検札に来た時に、部屋を移る事は出来ませんかと聞いてみると、ちょっと乗務員室に確認しに行った後すぐに、隣へどうぞと案内して頂けました。上2枚の写真は移った後の部屋ですが、移る前の部屋とは灰皿が違い、うろ覚えですが前の部屋はネジみたいので開け閉めする珍しいタイプでした。写真撮っておけばよかった。

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車内の製造プレートは「昭和51年 新潟鉄工所」「JR小倉工場 平成17年改造」とあります。昭和51年といったら自分が9歳の時だ。そうそう、ブルートレインが最も輝いていた時期の一つかもしれない。その1年か2年後に東京~下関間の牽引機が、EF65 500番台から同1000番台に変更になったのは衝撃的なニュースだったっけ。それ以来、自分のブルートレインに対する熱は少し冷めてしまいます。

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それと大事な事、A個室寝台車はこの時はオロネ25ではなく、オロネ15 3000番台になってしまったんだった。

他の車両も覗きに行ってます。

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全くリニューアルされていないB寝台の洗面所。

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B寝台通路への扉。「くずもの入れ」のフォントが今見てみるととても懐かしい。

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もちろん冷水機は装備。

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こんな写真があるので、夜中に8号車から先頭の1号車まで出かけて行った見たいです。

とにかくこの時に乗車して思ったのが、連休中というのにガラガラに空いている事。私の乗車するシングルデラックスも、他に乗客がいる気配がほとんど無い(別府と大分で1人か2人降りたような)、B寝台もスカスカ、一人客より1両に1組か2組のグループ客が見られる程度。1990年代の後半のお盆休みにはやぶさに乗った時はほぼ満席だったんですが、旅行を楽しむには空いている方が良いとはいえ、ちょっと悲しすぎます。

夜行列車の時代は終わったと言えばそれまでですが、やはりJR4社にもまたがる運行、度々噂されるJR東海を走るのがこの列車の不運の始まりか。北へ向かう夜行列車に比べてしまうと、あまりにも魅力なさすぎになってしまったのですから。

2に続きます。

(乗車は2006年1月)

懐かし写真(2006年) ブルートレイン富士のA個室寝台2

前記事の続きです。

念願叶って富士のA個室寝台でゆっくり一晩寝まして、九州ブルトレ最大のお楽しみ、下関・門司での機関車交換を当然見に行っています。

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下関までの長い距離を牽引して来たのはEF66 50。それにしても乗客の姿がほとんど見られない、がらんとした駅構内がちょっと寂しい。

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はやぶさの姿が見えました。富士・はやぶさと言ったら、多くのファンがそうだと思いますが、平面顔の24系25型のイメージが頭にありますので、丸っこい14系にこのヘッドマークはどうもしっくりこない。誰か悪戯して回したんではないかと思ってしまうくらいです。

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関門間はEF81 410。

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こんな写真があるので関門間は機関車すぐ後ろのスハネフに乗車したようです。

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門司では機関車がホーム先端より出てしまい、正面の写真は撮れず。

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まずは、はやぶさを牽引するED76 94を連結。そして出発。この駅のホームにも下関と同じように人の姿がありません。

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富士の客車先頭はスハネフ15。これもやっぱり違和感があります。そしてこちらの牽引機はED76 70。当時の時刻表が今手元にないので何分停車したのか解りませんが出発。日豊本線をのんびりと走ります。確か途中、電車特急に2回抜かれたと思います。

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食堂車もありませんので個室内でまったりと過ごします。写真を見返してみると、個室内でヒゲを剃ったみたいです。それと大判の時刻表も持って乗車してます。通路に並ぶ灰皿は国鉄灰皿。

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お昼前に終点大分到着。機関車はすぐに切り離されます。

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そしてさらばオロネ25(じゃなくてオロネ15 3000番台)。最後に乗車出来て良かったよ。この客車、縦長の窓がずらりと並ぶのがA個室ならではの特徴。また、通路側もちょっと高めの大窓が広い間隔で並び、古いヨーロッパの客車みたいでいい雰囲気なのですが、この時は記録できず。

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DE10 1753に引かれて車庫へ

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その後は携帯で撮った写真から、別府まで戻り、海を見に行って、温泉に入って、まだ開店前の昭和の雰囲気を残す通りを歩いて…

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この電車と新幹線でその日のうちに東京へとんぼ返り。それにしてもお金使ったんだなぁ。最初で最後の貴重な体験が出来たわけですので良しとしましょう。

(乗車は2006年1月)

***

連休中というのにガラガラの状態で、いつ廃止されてもおかしくないと思っていましたが、この列車、私が乗車してから3年、東京~九州唯一の夜行列車となってから4年も走り続け、2009年の3月についに廃止されています。下の写真は2009年1月に横浜駅で撮ったものです。
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5月前半の米タン写真

火曜日と木曜日に運転されるという米軍横田基地へのジェット燃料輸送の貨物列車。5月前半は6日の祭日以外すべて運転されました。


(5/1)     
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いつも午前中のみ見に行けるのですが、この日に限って午後に行ってきました。拝島駅で待っていると来たのは特急色のEF65 2119号機。2119号機と言ったら元は1119号機、君は昔下関にいてブルートレインを牽引していたんではなかったっけ、ようこそ青梅線へ。ED16やEF15しか走っていなかった頃からすると、EF65PFが青梅線に来るなんて考えられなかった事です。そしてJR貨物のEF65PFで、この塗装は今では2機しか存在しないらしい。どうりでカメラをもった鉄道ファンが多いわけだ。

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この日はDE10も原色でして1553号機。左は横田4号踏切で。ここはつつじが綺麗に咲いていたんですが、上手に撮れてない。右の単機回送は1号踏切にて。



(5/8)
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この日は拝島には行けず。東中神のホームの先端で8078レを待っていますと、またまた特急色のEF65 2121だ。こんなの来るんならいかにも青梅線と解る場所で構えていれば良かった。この機関車も昔は下関にいてブルートレインを牽引していたはず。



(5/13)
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単機回送は1日と同じ4号踏切で、つつじは枯れてしまいましたが、マーガレット(?白い花)が綺麗に咲いていました。

横田基地発のは、基地のすぐそばまで行ってみました。第5踏切に当たる砂川街道踏切から基地側は、4月のオバマ大統領来日前に行った時は、非常に厳しい警備が敷かれ、とても線路際でカメラ持って立っている雰囲気ではなかったのですが、今月は大丈夫。でも、あんまり基地に近づくのは控えておきます。

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フェンスの向こうは米軍基地、いまゲートを通過し基地の外に出て来たところ。日本に国際列車はありませんが、こういうのも国際(貨物)列車に準ずるものなのかもしれません。

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引き寄せてもう一枚。この踏切は6号踏切で、遮断機も警報機も無い踏切になります。

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8078レは立川駅の3・4番線ホームから中央線日野方面・青梅短絡線西立川方面を望む場所で撮影。シンプルかつなかなか美しい線路の配線ではないかと思っております。説明しなくては解りませんが、写真の米タンが乗っかっている線路は、青梅線短絡線~南武線を直通する列車、つまり現在は米タンしか走らない線路になります。昔は石灰石輸送貨物列車がたくさん走っていたんですけどね。ちなみにこの機関車は2091号機。



(5/15)
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DE10単機回送、緑が濃く青梅線の青梅より先みたいな雰囲気ですが、

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西立川の駅から望遠レンズで撮ってトリミングしたものなんです。

この日は小雨が降っていまして、拝島でも屋根のある所から撮影する事にします。西武拝島駅の入場券を買って西武線ホームへ、こんな時にここで撮りたかったのは・・・

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横田基地への専用線の、線路マニアにとっては一番の見どころでもあります西武拝島線との平面交差です。

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こんな光景が展開されるわけなのです。

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基地発のも駅のホームから撮ってみます。

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8078レは、またまた立川駅の3・4番線ホームからなのですが今度は望遠レンズで。今、機関車が乗っかっているポイントを直進すると南武線へ、その右側線路は中央線→青梅線直通列車が走る線路になります。

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坂を下りてきた所をトリミング。牽引機はEF65 2037号機、菱形パンタグラフの古いのがやって来ました。

(撮影は2014年5月)

5月後半の米タン写真

(5/20)
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まずは拝島へのDE10送り込み回送を、特徴ある東中神駅で。拝島駅~横田基地間の作業に当たるのは、最近このDE10 1749号機ばかりでして、もう専用機と言っても良いくらい。しかし先週と向きが変わっています。この機関車を追っかける形で拝島へ向います。

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いつも同じ機関車ですし、出来るだけ毎回違う場所で記録したいと思いまして、横田基地への単機回送は遮断機も警報機も無い6号踏切で。

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タンク車を牽いてきて来た所は5号踏切に当たる砂川街道踏切で。ここは結構交通量の多い道路で、滅多に閉まる事の無い踏切。この路線を知らないドライバーさんからしたら、こんなタンク車がいきなり来てびっくりするんだろうなぁ。

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8078レはまた東中神駅で、この日はEF65 2096号機。



(5/22)

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この日は拝島へは行けず8078レのみ撮影。またまた東中神駅で。曇りだったのでこの駅の特徴である木造屋根と木製ベンチが良く見えるかな。この日はPFの最終ナンバーの2139号機でした。



(5/27)

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拝島へ向かう途中、立川駅の一番南側の線路で一休みするDE10。現在の中央線の主役達と並びます。

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一休みの後、青梅短絡線へと中央線をオーバークロスする坂を登ってゆきます。普通の撮り鉄さんは、こんな所では撮らないと思いますが、私はなかなか好きなシーンなのであります。前の記事にも書きましたが、DE10の乗っかっている線路は、南武線~青梅短絡線を直通する、現在では米タン関連の列車しか走らない線路。青梅短絡線も元は五日市鉄道として開業、そして南武鉄道と合併という歴史があるわけで、米タン輸送ルートはその頃の唯一の名残、なんて言うのはこじつけに過ぎないか…

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さぁ、この日は青梅短絡線で撮影しようと、思っていたものの、暑いので駅前のマクドナルドで時間をつぶし、立川南口ペデストリアンデッキでEF65単機回送を撮影。モノレールやあずさなどと共演して立川らしい光景になって欲しかったのですが残念。クレーン車が見える所は第一デパートのあった場所(立川知らない人には関係ないですが、いろいろ思い出があるんです)で、今度はなんと高層ビルが建つんだそうだ。


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せっかく来たのですから、暑いですが8078レは青梅短絡線で撮影しようと線路沿いを行ってみます。上り列車を撮るいい場所はなかなかありません。それにしても歩いてみて気付くのは、小さな可愛らしい踏切がいくつもある事。ここは「裏通り踏切」という安直な名前の歩行者自転車用の踏切。ここの標識を見ると、この路線の名前は「おうめだいさんせん」とも言うらしい。

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時間も迫ってますので、ここで撮影する事にしました。



(5/30)

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都合により拝島には行けず、8078レのみ西立川・東中神間で撮影。菱形パンタグラフのが来ればいいなと思っていたら来たよ!(2040号機)

(上の撮影はすべて2014年5月)




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今回はあんまりいい写真が無いのでおまけ。1981年か1982年、中学生時代にほぼ同じ場所で撮影した米タンです。牽引機はEF15 199、タンク車はタキ3000になります。
プロフィール

QJ7000

Author:QJ7000
おじさま鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになりました。未乗区間は4,000km以上もあり、今の生活パターンではおそらく不可能な領域なのですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事順にご覧になりたい方は下の「月別アーカイブ」からどうぞ。
(2013年2月より海外編も始めました。)

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