九州再訪に出発~500系こだま号乗車記

2013年の11月、やっと自由時間が取れて鉄道旅行が出来ましたのでブログ再開します。目指す先はもちろん九州。メインは前回6月に運休期間中に行ってしまった三井化学専用線の再訪です。

短い休みを有効に活用すべく、前日は東京からサンライズ瀬戸or出雲で岡山まで行き、そこから新幹線で九州を目指すプランを組んでいたのですが、この日のサンライズはすべてが満席。東京を早朝の新幹線で発つのはどうもスケジュールがうまく組めない。そこで前日は夜の新幹線で関西まで行っておく事にします。

乗車するのは東京19:33発のひかり531号。夕方いろんな事から解放され、ほっとして中央線快速で東京駅へ向かうのですが、御茶ノ水駅でなんと緊急停止、安全が確認されるまでの10分強車内に閉じ込められ、東京駅では走って乗り換えです。ベルが鳴っている中でのギリギリセーフの乗車で、非常に慌ただしい旅行のスタートとなってしまいました。

新大阪からは11分の乗り継ぎで、こだま773号で姫路まで向います。大阪で宿泊するよりも姫路の方が駅近くに安いビジネスホテルが沢山あって、お金も時間も節約できるだろう(実際は予約無しの飛び込みで安くはならなかった)、それに駅そばも食べられる、とこうしたのですが、もう一つ理由があって、この車両にもちょっと乗ってみたかったのです。

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500系です。

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第一線からは退いた車両とはいえ、今見ても斬新すぎるデザインだよな。

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カンセンジャー?
山陽新幹線の公式キャラクターとの事で、マナー向上の呼びかけとお子様ファンを増やすのが任務で、普段は車掌さんをしているらしい。

指定席の6号車に乗りこみます。おーっ!グリーン車のシートそのまんまだ。深いシートに腰を下ろしてみると、実に素晴らしい座り心地。元グリーン車のシートだからという次元の話ではなく、本当に快適なのです。実は東京から新大阪までもN700系のグリーン車に乗って来たのですが、それ以上に快適なのです。なんでだろう…。その理由はしばらくして解りました。フットレストが取り外されて無いのです。

私はそれほどの高身長で足が長いというわけではないのですが、グリーン車のフットレストというのが邪魔でして、靴を脱げるのはいいんですが、どうやったって膝を少し折り曲げなくてはならない。座席で休息を摂るならば普通車で前の座席の下にまっすぐ足を伸ばせる方が快適だよなとも思っています。この500系の6号車の座席は豪華で深い座席の上に足まで伸ばせる事が出来る。私にとっての最も座り心地のいい座席に認定決定です。

グォーンと大きく響くモーター音と共に出発します。そうかそうか、君はこんな音を奏でていたのか。まぁ700系やN700系と比べてしまうとうるさいわけで、この辺がやっぱり2世代前の車両なんだなと感じさせます。私にとってこの車両に乗るのは2回目。最初に乗ったのはこの車両が最も輝いていた時代でして、私が小学校の時に新幹線が博多まで伸びましてその時の所要時間を7時間56分というのを今でも覚えているのですが、なんと5時間をも切る運行、そして初めて体験する時速300km運転。フランスのTGVに世界最高速度を抜かれ、今また追いついた、という事で大興奮しっぱなしの乗車でした。

そういえばこの時は博多発東京行きの最終のぞみ号で、隣の方から同行者とバラバラの席になってしまったので替わってくれませんかとお願いされたのですが、「私、窓際がいいんです」とピシャンと冷たく断ってしまったのです。東京駅までずっと気まずい雰囲気で、大人げない事をしてしまったなと思っているのですが、この時はこの電車に乗るのをずっと楽しみにしていたんです。許して下さいね。

(乗車は2013年11月)

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博多南線乗車記(再び500系に乗車)

姫路で一泊して、6:54発のさくら541号で九州へ向かいます。朝食はもちろん前回同様で姫路駅の駅そば、今回は大盛りにしておきます。隣はかやくご飯と卵焼きの付いたセットメニューを食べてるぞ、うーん、こっちにしておけば良かったかな。しかも今日の私の天ぷらには、裏返しにしても小さなエビがついていない。なんだか悔しい。(解説するとここの一番安い標準メニューが天ぷらそばで、天ぷらには小さなエビ(桜エビ?オキアミ?)が一匹貼り付いている。)

さくら号の車内では良く寝る。新幹線で九州入りするのも実は2回目。在来線では無くともやはり地面を走る鉄道、小倉を出ると右手に製鉄所が見え、ちゃんと九州に来たんだなと感じる事が出来ます。

***

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博多に到着して最初の乗り潰しをするのは博多南線、やって来たのは、おおっ!また君か、500系です。ちなみに左隣の700系ひかりレースルターには一度も乗車した事が無く、乗車しないままお別れとなりそうな気がしないでもありません。発車までしばらく時間があるので一回改札を出て改めて乗車。全車自由席ですので元グリーン車の6号車の座席に納まります。

さて出発。九州新幹線上をトロトロと走る事しばらく、

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分岐ポイント来た!

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勾配をスルスル下って、

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九州新幹線と分かれて、左手に車両基地が広がった(写真なし)と思ったら博多南駅に到着です。

この路線、博多駅から九州新幹線と分岐するまでの区間はJR九州との共有みたいで、乗り潰し上のルールとしては8.5kmも乗車した事になりますが、実際に本線から分岐するポイントから博多南駅の駅舎までの距離をグーグルアースで計ってみると僅か0.97kmなのです。

駅を出てみます。

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駅前風景。右の立派な建物は駅とは関係ないようで、右の入り口を入って行って

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九州新幹線の高架下をくぐり、

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東急池上線や西武拝島線にでも有るような無いような駅構内、しかし改札を抜けると…

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500系が待っている!というギャップが面白いんですけど、理解できないんだろうなぁ普通の人には…

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そしてずらりと並ぶ新幹線の車両群!、興奮するなぁ。

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車両基地の一番隅の線にホームを付けただけの駅。鉄道ファンにとってはパワースポットですよ。

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最近車止めというのにも愛着を感じるようになってしまったのですが、これは現代アートにも通じるんじゃないかとも思われる直線的で美しい第2種。在来線で見るのよりも櫓の裾が広いような感じもします。ところで第2種も第3種も、暴走した鉄道車両を止めるという目的としては、どうも頼りないような気がしないでもないのですが、どうしてここまできちんと規格が決まっているのか、ルーツはどこなのか(やはり英国?)、この辺を誰か研究して行ったら面白い論文が書けるんではないかと思っているのですがどうでしょうか。

さて戻ります。勝手知ったる地元の乗客の皆さんで元グリーン車の6号車は窓際座席がすべて埋まっており、普通車に乗車する事にします。

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500系と言ったら、この車体断面と、

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翼型パンタ…あれ?シングルアーム型に交換されている。


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それから外を眺めにくいドアと、

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圧迫感ある窓際座席の記録を残しておきましょう。

1997年デビューですのでもう16年…いやまだ16年しかたっていないと表現した方がいいのか。食堂車付きの100系X編成がデビューからたった13年で引退し、そのまま廃車になってしまった時は、あまりにも早過ぎますが、毎日東京博多を往復してたのですから走行距離は相当たるもので、それも無理ないかと思ったものです。そしてこの500系、東京博多を1日で1.5往復出来てしまうという事で、私は100系X編成の3分の2の期間、10年に満たないで引退してしまうと予想していたのですが、こうして今も現役なのは嬉しい事です。鉄道趣味の大半を占めるだろう懐古趣味的な見方をすれば敬遠されがちな新幹線車両ですが、なんてったって日本の鉄道車両史に残る、名車中の名車なんですから。

(乗車は2013年11月)

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九州新幹線乗車記

続いて九州新幹線に乗車します。

初めて乗るわけですので、どうせなら速いのに乗りたいと、新鳥栖・熊本・川内の3駅以外通過のさくら547号のグリーン券なんか取ってしまったのですが、元祖のこっちにしておけば良かったかな。

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東京方が行き止まりの九州新幹線専用ホームに止まる800系。

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こんなところに伝統あるヘッドマークが復活していたんだ。

山陽~九州直通新幹線の最も速い列車の愛称がみずほに決定した時、鹿児島県知事から不満の声が上がったのも記憶に新しいですが(そりゃそうだよな、まずは昔の名前を復活させるという点においては、最も相応しいのをタッチの差でJR東日本に先取りされてしまい、明らかに格下で熊本止まりだった列車名なのですから…)、私が思ってる格付け「つばめ>さくら>みずほ」をそのまんまに、最速列車は「つばめ」を昇格させる形にすればいいのになと、この時は安易に考えていました。しかしここまでこの車両が「つばめ」のイメージで固められてしまっているのを見て、それも難しかったわけかとちょっと納得します。

面白みには欠けますN700系に乗車しまして出発、しばらくは進行方向左側のデッキにて、先ほど博多南線に行って見た車両基地(博多総合車両所)をもう一回見下ろして置きます。

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あっという間に通過、100系とWin350の先頭車の姿も見えました。

さて、小腹も空いてきましたので博多駅で買ったかしわめしでも食べる事にします。折尾名物と書いてありますので本家の物なのでしょう。炊き込みご飯の上に鶏肉・錦糸卵・刻み海苔を乗せたものですが、750円も払っておいて、鶏肉のスペースは半分以下だし、箸を挿してみるとご飯の厚みは2センチにも満たないではないかと、貧乏旅行をしていた学生時代の私だったら怒りの炎がメラメラし始める状況ですが、40代後半に突入してしまった今、量もちょうどいいし、750円の駅弁なんて今では安い部類に入るのではないか。それに素朴な味わいで実に美味しいぞ。駅弁というのは年取ってからその良さが理解できるもんなんだろうな。なんだか悟ったような気分で全部平らげます。

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あっという間に熊本に到着。
その後海が近くに見えてきてそろそろ水俣付近かと思ったら、車端部の電光案内にはもう出水を通過中との表示が出た。川内に停車し、長いトンネル内で減速が始まり地上に出たら、あらら、もう終点の鹿児島中央に到着です。

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九州新幹線は私の未乗区間では最長の256.8kmもの路線だったのですが、進行方向右側(海側)の窓際の座席からずっと車窓を眺めていたものもトンネル多いし、地上区間でも防音壁が高く遠くの景色しか見えず、本当に印象ある風景というのがありませんでした。最大の見どころは博多駅を出てすぐの車両基地だったもしれません。もうちょっと予習して見どころを掴んだ上で乗ればよかったかもしれません。つばめ号の800系が、なぜここまでインテリアや居住性にこだわったのかというもの、全く車窓が面白くないこの辺にあるんだろうな。

まぁ新幹線なんだからこんなもんなんでしょう。これでこれからの未乗の最長区間は東北新幹線の盛岡~新青森間になるのですが、同じような感じで終わる事かと思います。

乗車はつまらなくとも、東京から長い時間とお金をかけて辿り着いたわけですから、私としては閑散としたホームに終着駅の風情というか、清々しさをそれなりに感じる事が出来まして、

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こうこれ以上先に延びる事は無い線路と車止め

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反対側はすぐにトンネル

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ホームは8両編成分しかなく、どちら側から撮っても私のカメラでは全編成きれいに収まらない。在来線ホームと新幹線ホームは平行に並んでおらず、直角に配置されているというのは知らなかったのでちょっとびっくりです。

(乗車は2013年11月)

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鹿児島中央駅前で市電を撮影

この駅には西鹿児島駅時代に2晩連続で来た事があります。九州豪遊券というグリーン車B寝台乗り放題の切符を利用して、1日目はデビューしたばかりのつばめグリーン車で、2日目は485系にちりんのグリーン車でこの駅に到着し、市電に乗ったりぶらぶらして過ごし、2晩とも駅近くのサウナで休んで一杯やった後、急行かいもんのB寝台で博多方面へと向かったのです。いつ頃だったのか思い出せないでいたのですが、いろいろ調べてみると787系つばめと客車かいもんが存在した期間ということで1992年7月から1993年3月の間になります。ということで20年ぶりの訪問です。

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観覧車のあるビルなんてもちろんその頃はありませんでした。おそらくここは新幹線開業前の旧駅舎があった所でしょう。

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駅広場北側には昔から変わらないっぽい街並み、この界隈のサウナで休んだと思います。

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気温は22度。ちょっと汗ばむほどの陽気で、南の方まで来たんだなぁと感じます。

鹿児島中央での接続時間は1時間15分、駅前で鹿児島市電の撮影でもして時間をつぶす事にします。西鹿児島駅前(当時)~鹿児島駅前以外は乗った事がないので、僅かな区間でも乗り潰ししてもいいのですが、指宿枕崎線にも乗った事が無いのでここにはまた来るはず。その時のためにも残しておく事にします。

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いきなり来たのはこんな電車。

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1000型の1019番。この手の超低床電車というのは初めて見ました。両端の台車の間にフローティング車体(というらしい)を挟み込む方法、こういうやり方があったか!と言わせる見事な発想です。1990年代まで存在しなかった事から鉄道車両におけるコロンブスの卵みたいなものかもしれません。製造費は普通の路面電車に比べてどのぐらいアップするのだろう。そして鉄道模型メーカーの方々にとっては、再現が難しそうで頭を悩ませているところなのでしょうか。

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9500型の9508番。車体中央に大きなパンタグラフが乗っかり、スイスの軽量客車みたいな窓の質感といい、これまたヨーロッパ風?の4枚折れ戸といい、なかなかカッコいいではないか。調べてみると1960年代に製造された800系という旧型車の車体更新車なんだそうだ。

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2120型の2121番。これも似たような電車ですが1991年から新造されたグループ。9500系に比べ黒くて太い窓枠が気密性は良いのでしょうがやはり外観の美しさを損ねてしまっている。

20年前に乗った時は石畳の上をゴロゴロ走る旧型車ばっかりのイメージだったのですが、来たのはこんな真新しいデザインのものばかり。

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左から2111、9515、2122消防号と1017

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窓サッシが銀色のバスが来た。こういうのも見なくなったなぁ。

路面電車の撮影もほどほどにして駅に戻ります。その前に喫煙所で一服。いままで電車しか見てなかったので全く気が付かなかったのですが、紫煙をくゆらせ、ふと空を見上げると、ビルの谷間にも巨大な煙が!

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桜島が噴火している。あーっ、はるばる鹿児島まで来たんだな~とちょっと感動です。

(訪問は2013年11月)

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肥薩線乗車記1(特急はやとの風4号・鹿児島中央~吉松)

次の乗り潰しは肥薩線の隼人・吉松間。
今回の旅行では青春18きっぷのシーズン外ですので、普通列車に乗るよりもいろいろ楽しめそうなJR九州ならではの特急列車にじゃんじゃん乗車します。まずは2004年から走り始めた特急はやとの風から。とりあえず反対ホームから車両を記録。

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左:1号車指定席のキハ47 8092、右:2号車自由席のキハ147 1045。

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ちょうど指宿枕崎線の列車が1番ホームに到着。このホームと鉄骨が無機質感丸出しの立体駐車場にはなんとなく見覚えがあります。ここだけは新幹線開通以前からそのまま残っているのでしょうか。

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それでは車内へ、左写真は自由席の2号車、右写真は指定席の1号車の運転席後ろ部分。座ってみるとクッションの無い部分は、見た目の通りに背中がちょっと寒々しい。

ドアが閉まり、エンジン音も高らかに勢いよく出発です。いやいや、それにしてもエンジン音が大きすぎ。女性客室乗務員の放送案内も聞き取れないぐらいのレベルです。一応これでも特急列車、JR化後にエンジンは交換されているとはいえ、所詮は国鉄近郊型ディーゼルカー・キハ47なんだなと、私としてはちょっと嬉しくなってしまい、なんだか顔がほころんでしまいそうです。私の座席が(おそらく防音対策とか何もされていないままの)ドアすぐ横だったから一層煩かったのかもしれません。

スピードが乗って来た所でトンネル。鹿児島中央・鹿児島駅間にトンネルなんてあったんだ。市電も並走する区間なのに…。日豊本線の都城から南は、日が暮れた後にに通り抜けてしまっただけですので初めて乗るようなもんなのです。鹿児島駅には貨物駅がありED76やEF81の姿も見え、ホーム先端には写真を撮っているファンもいます。ここから乗車すれば良かったか。

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そして鹿児島駅を過ぎると鹿児島湾を挟んで見える噴煙を上げる桜島。こんな風景が展開されるというのも恥ずかしながら知らなかった。

私が小学生高学年の頃はちょうどブルートレインブームでして、当時日本最長距離を走る富士の個室寝台に乗って東京から日豊本線経由で西鹿児島まで24時間以上もの長旅をするのがその頃の私の夢だったのですが、なるほど、もし実現できていたとすれば最後はこんな感動的な風景に出合えたのか。(一応、富士の個室寝台に乗るという夢は約30年後の2006年に実現するのですが、その時は大分止まり。)

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隼人駅に一時停車、こんな区間(と言っては失礼か)にも新しい電車が走っている。右は特急列車になれなかった普通のキハ47 8000番台。キハ147とどう違うのかそのうち調べてみよう。

肥薩線に入ると勾配区間になるのでしょう、エンジン音はますます大きくなり快調に山間を走り抜けて行きます。「はやとの風」という愛称もぴったりな感じです。

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100年以上前に建造された駅舎の嘉例川駅で5分の停車。この列車が誕生する以前は、車利用という手段を除けば時間に余裕が無ければ非常に困難だったこんな駅にも、簡単に訪問できるようになってありがたい事です。コアな駅マニアにとっては誰でも簡単に来る事が出来るようになって格が落ちてしまった事かも知れません。

ここで自由席車両を覗いてみると、2,3人しか乗客がいません。一方私の乗る指定席は約50%の乗車率、私の席はドア横の小さな戸袋窓の景色があまり良く見えない残念な場所で、この車両の最大の魅力である大きな窓のカウンター席もおじさん・おばさん達で鹿児島中央駅から占領されてしまっています。という事でちょっと先頭自由席車両に移ってみます。

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カウンター席に座ってみる。いい感じだ。

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こんな山中を走っている。

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指定席に戻りますと皆さん降りる支度をしています。霧島温泉駅でほとんどの方が下車。やっと自車のカウンター席にも座る事が出来ました。

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続いてこちらも古い駅舎の残る大隅横川駅で少々停車。機銃掃射の跡というのが凄い。木の柱を貫通してしまうんだ。

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そろそろ栗野に到着、左側車窓に注目します。これがそうだろう。山野線の廃線跡です。昔はここから水俣へ抜ける55.7kmもの路線が伸びていたのです。途中駅の薩摩大口から川内へ抜ける山野線というのもありました。その時代に乗り潰しなんて大変だった事だろうな。いや、その頃はワイド周遊券と島内を走る夜行列車もたくさんありましたので、時間さえあれば今よりも金銭的には全然楽だったかもしれません。

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そして一駅走って終点吉松に到着。それにしても、乗って楽しい列車が出来たものです。

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次は黒いのから赤いのに乗り換えです。

(乗車は2013年11月)

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肥薩線乗車記2(しんぺい4号・吉松~人吉)

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スイッチバックにループ線。肥薩線の最も面白い区間である吉松から人吉まで、これまた2004年から走り始めたしんぺい号に乗車します。ホームには駅弁の立ち売りが行われていて、迷った挙句お茶だけ買ったのですが、こういう所でお茶だけ買うのは、良くない行為だったのかもしれない。

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はやとの風と似たような内装ですが、こちらは普通列車だからかボックス席でカウンター部分に椅子はありません。私の座席は運転席すぐ後ろの進行方向右側のボックス席。この車両は私一人の貸し切りでした。

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さて出発、どんどん山を登って行きます。

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真幸駅に到着。ホーム先の停車位置表示には「ななつ星」の文字が、凄い列車が走り始めたものです。折角九州まで来たのですからチャンスがあれば見てみたいなと思い、後で時刻を調べてみると、この区間を走るのはなんと真夜中。乗客の皆さん、特に最後尾の客室の方は眠れないのではないか。

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この列車でも各駅で数分の停車時間が設けられており、しばし駅を見学。この区間は一度乗車した事があるのですが、急行えびので宮崎から熊本まで一気に通り抜けてしまったのみ。いい時代になったのもです。駅到着前にせっかく客室乗務員から鐘の説明があったのに誰も鳴らさないので、普段こういう事はしないのですが、出発前に鳴らしておきます。

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真幸駅の第3種車止め

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一回スイッチバックして駅を見下ろします。駅では手を振って見送ってくれる人がいる。こちらもしっかり応えなくては。

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そして日本三大車窓の一つ矢岳峠越え。ところで三大車窓を決定したのはいつ頃なんだろう(ちなみに決定したのは国鉄らしい)。旧狩勝峠は約半世紀も昔に廃線になってしまったし、時代も大きく変わったところで新たに設定しなおしても良いのでは。しかし揉めるんだろうなぁ、評論家も多そうだし、鉄道会社や地方自治体も巻き込んでの大論争。余計な事を考えるのは止めておこう。

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続いてSLが保存されている矢岳駅。私は現役時代のSLを知らないので、保存蒸機を見ても実はあまり感動はしない。

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おおーっと思ったのはこっち、SL時代に乗客が顔を洗った洗面台跡。この花形のお椀も100年以上前の作品なのか、今はボロボロになってしまっていますが、昔はテラゾで輝いていたのでしょうか。当時の職人さんがコツコツと削り上げて作ったものである事には間違いありません。この駅から遠足の小学生達が大勢乗りこみます。

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肥薩線のクライマックスのループ+スイッチバックの大畑駅が見えて来ました。昔、急行えびので通り抜けた時はもっとはっきり見えたような記憶がありましたが、木々が成長してしまったのでしょうか。

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スイッチバックといってもあまり高低差は無い。明治42年に開通した箇所ですので、まだ9600や8620も生まれる前、当時の蒸気機関車がいかに非力であったかというのも伺えます。

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最後の停車駅、大畑に到着

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この駅にも同じ洗面台跡がありました。

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洗面台を眺めていると、ホームに出ていた運転手さんが木陰に給水塔があるのを教えてくれました。洗面台もそうですが給水塔の水だって近くの沢や井戸から水道管を引いて来なければならない。こう考えると鉄道建設というのは線路だけでなく、本当に巨大なシステムの構築です。今では当たり前のコンピューターの無い時代、昔の技術者達は凄かったんだなぁ。

大畑を出ると後は軽快に人吉に向かって坂を下って行くのみ。今まで私一人しか乗っていなかった車両は、矢岳で乗り込んだ30名程の遠足の小学生たちが移ってきていました。指定席車両という事でか、このスペースはOK、このスペースは駄目、座るのも絶対駄目と引率の先生が忙しく児童の居場所を割り振りしています。そして児童たちも言われた事をきちんと守るところが日本なんだろうな。私一人ボックスシートに座っているのがちょっと辛くなってくる。

(乗車は2013年11月)

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くま川鉄道乗車記

次はくま川鉄道湯前線に乗車します。この路線のダイヤは肥薩線吉松方面、特に「いさぶろう」「しんぺい」号との接続が非常に悪く、スケジュールを組むのに苦労したところです。もっともこの路線と肥薩線吉松方面へ乗り継ぐ客なんてのは、私のように鉄道に乗るのが目的のごく少数の観光客しかいないわけですので、それも当然なわけで、温泉にでも浸かってちょっと待ってなさいという事でしょう。

駅に併設された案内所に尋ねると、駅前のお土産屋さんの横で入浴できるという。いやいやありがたい。しばし人吉温泉を堪能。駅横には駅弁屋さんもあり、そろそろお腹も空いてくるだろうと鮎すしを買っておきます。

さて、JRと第三セクター鉄道との関係、元は同じ国鉄だったのですが経営が分離され、駅舎等の建造物やホーム、果ては乗客の通る通路までもきちんと分離され、お互い協力し合う形で、少しは共有すればよいのになと思う事がよくあるのですが、ここは最たる例かもしれません。

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こちらはJR九州の人吉駅。中にはくま川鉄道の出発時刻等の案内はもちろん、くま川鉄道の文字さえなかったような気がします。

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JRの駅舎とビルの影にひっそりと存在するくま川鉄道の事務所?くま鉄ゲストハウス。

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のりばの案内に沿って進むと、左がJR、右がくま鉄、それぞれの跨線橋が2本並んでるのです。

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ちょっと無駄だよな。しかしこの鉄道が出来たのは20数年前、当時の役人さんなりの考えで跨線橋を2本作っておかなくてはならない理由があったのでしょう。ちなみに左のJRのはバリアフリー化の影響でか構内踏切に切り替えられ、今は使用されていません。

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跨線橋から見下ろす湯前・吉松方面。ちょうどこれから乗車する列車が入線してきました。

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乗車するのは17:27発の湯前行きで3両編成。日も暮れかけて月も出てきたところで出発。

駅場内を過ぎると肥薩線の線路と交わります。跨線橋はしっかり作り分けていたものの、線路はJRと共用の部分があるみたいです。3両編成でも夕方なので通学帰りの高校生で30%ぐらいの乗車率、しかし乗っているのは男子高生だけなのがちょっと不思議。

肥薩線とポイントが分岐してすぐの、以前は東人吉駅だった相良藩願成寺駅、ここでまた高校生達がたくさん乗り込んで来ます。今度は女子高生が多い、ここで男女比率が半々になって、納得というか少し安心します。

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球磨川を渡ります。写真では空が明るいですが実際はもうほとんど真っ暗。乗り潰しは景色の見える明るい時間にとスケジュールを組んだつもりで、冬至までまだ1カ月あるし、九州だから日の暮れるのも遅いと思っていたのですが甘かった。

昔は免田駅だったあさぎり駅で交換。やって来た列車は水戸岡先生デザインの車両だ。この鉄道にもあったんだ(知らなかったです…)、ミュージアムトレイン・KUMA1/KUMA2というんだそうだ。制服の女子高生たちが木質系の素材がふんだんに使われた室内、いや車内、特にボックスシートのテーブルでノートを広げて宿題?なんかやっているのを見ると公民館とか図書館でも覗きこんでいるようです。

ところですれ違った反対方向の人吉へ向かう列車も、帰宅する高校生達で3両編成という長編成にもかかわらず満員だったぞ。空いていると思った戻りの車内で人吉駅で買った駅弁を食べようと思っていたのですが、そんな雰囲気ではないかもしれない。幸い私の座っているボックスシートは(周りの高校生たちは遠慮してか)私一人だけ。今急いで食べちゃおう。

背開きにして酢で締めた鮎の押寿司。情緒があっていいのですが、味わっている余裕は全く無く、鮎の香りさえ確認する事無く食べ終えてしまいました。この頃には既に日は完全に落ち、窓の外も暗闇しか見えません。残念ですが車窓をしっかり見ておきたいという諦めもついたところで、短い車体の数両連結特有の(うまく表現できませんが→)タタッタタッ、タタのリズムが心地良く感じます。

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終点の湯前駅に到着。

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ちょっと駅前を散策するも夜なんで何も面白いものは見つけられません。昔は駅名から温泉地を想像し、旅館が立ち並び、道路端の排水溝からは湯気が…そしてほんのり硫黄の香り…なんて雰囲気を想像していたのですがちょっと違います。

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駅は単線1本なのですが、ホームは両側にあり、駅舎と反対側ホームは広場になっており床には木材がふんだんに使用されています。昔は木材の積込み基地があって、そのモニュメントみたいなものなのでしょうか。

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行き止まり側には暗闇にアーチ見たいのが見えます、何だろう?(新しいデジカメのお陰で割とはっきり写ってますが、肉眼では暗くてほとんど見えなかったのです。)

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自販機で切符を買って戻ります。

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この時点では車内はガラガラ。この日の編成は湯前側から、KT202-KT104-KT201。真ん中の車両だけがボックスシートありでした。

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ところでこれは何なんだろう。窓の内側に取り付けられた鉄板に2つのフック、帽子掛けって事は無いはず。ロングシート席にもボックスシート席にも窓一つ置きに付いていました。

多良木を過ぎたところで、右手車窓にブルートレインが飛び込んで来ます。車内の椅子席ではおばさん達が食事しているぞ。熊本県に列車ホテルが出来たというのはここだったのか。調べてみると宿泊費は3000円で温泉入浴付きだそうで、面白そうではないか。

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あさぎり駅では再度水戸岡先生デザインの車両とすれ違い。やっぱり公民館とか図書館の雰囲気だ。

人吉行きの列車も、多良木、あさぎり駅で高校生がたくさん乗ってくるも、人吉に近づくにつれて少しずつ下車し、一つ手前の(行きの列車には女子高校生がたくさん乗車した)相良藩願成寺駅ではほとんどの乗客が下車し、湯前出発時と同じようにガラガラになってしまいました。ローカル盲腸線は起点が乗客最大、終点が乗客最小というイメージでいましたが、その考えは改めなくてはなりません。この路線では行きも帰りも中間付近が一番乗客が多かったのですから。

(乗車は2013年11月)

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人吉~新八代~熊本~新大牟田乗車記(800系つばめ号乗車記)

くま川鉄道湯前線を後にし、今晩の宿泊地で今回の旅行の一番の目的地であります大牟田へ向かいます。

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乗車するのは19:40発のくまがわ2号、JR四国から転属してきたキハ185系です。新幹線の100系、JR北海道のキハ183 500番台など国鉄末期に登場した特急列車というのが私は大好き。この車両も登場して27年ですが、ステンレス車体ですので機関を交換しつつまだまだ活躍出来そうな雰囲気です。

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隣のホームはキハ31。これも国鉄末期の車両のはず。小さな車体に転換クロスシートという独特な仕様で一度乗ってみたいのですが、なかなか機会がありません。人吉~吉松間は、ガラガラに空いていれば、いさぶろう・しんぺいよりもこっちの方が楽しいかも知れません。

くまがわ2号は片手の指で足りる乗客数で出発。国鉄末期に登場した車両の座席と言えば、深いリクライニングに前の座席の下に足を伸ばせる快適なシート、早速寛いでみようとするのですが、ゴツン、あれ?足伸ばせない、座席の下は鉄板で蓋がしてあって中には配管みたいのがあるぞ。

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隣の席を見てみると無い、しかし左右1席ごとにある。進行方向右側に座って、2席分の大きな窓の(展望の良い)後ろ側、つまり鉄道ファンにとって美味しい席だと、足は伸ばせないようです。

蛇行する球磨川に丁寧に寄り添って走る、素晴らしい景色の区間なのですが、もう真っ暗なので停車する駅ぐらいしか見えません。途中停車する駅は、この時間帯だからかどこも無人駅のようで、ワンマンの運転手さんも忙しいかと思いきや、乗降数もほとんどないのでそんな心配は無用でした。

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旅行出発前は熊本まで乗る予定でしたが、新幹線800系に乗りたくなってしまったので新八代で下車します。新幹線乗り換え駅ですが、改札は全く別でして、在来線側はこの駅も(この時間だからか)無人だったのは驚きです。

一回駅前広場に出て新幹線側の改札へ、次に乗車するのは20:52発のさくら458号、11分しか接続時間がありませんが、ちょっと見ておきたいものがありまして反対方向のホームへ

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九州新幹線が新八代~鹿児島中央間で開業時に、特急リレーつばめ号が発着していた線です。今は標準軌の線路しかないですが、枕木はかつて在来線がここに乗り入れていた事を語っています。

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連絡線の博多方向。こういうのも廃線の一つなんだろうな。乗ってみたかった。

さくら号の車内から、この連絡線を目で追ってみようとするも暗くて全く見えず。今も存在するのか、もう取り壊されて無いのかさえも解らない。(追記:連絡線はまだ残っており、現在は新幹線の保線車両の基地になっているとの事です。UTXC様、情報ありがとうございます。)

僅か1駅、11分の乗車で熊本に到着。続いて乗るつばめ号は隣のホームに乗り換えかと思いきや別ホーム。新八代からエスカレーター・階段を登ったり降りたりばっかりだ。(連絡線跡なんて見に行っているからなんですが…)

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お目当ての800系に新大牟田まで僅か18分ですが乗車します。

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ここは洗面室、やっぱり凄いなぁ。

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この座席も座り心地がいい。新宿湘南ラインのグリーン車以上ではないか。

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座り心地はいいんですが、背ずりは高すぎないか。車端部の電光案内は、座席をリクライニングさせないで背筋をピンと伸ばしておかないと見えない。まぁどうでもいい事でしょう。

新大牟田に到着、大牟田駅方面のバスは既になくタクシーでホテルに直行する事にします。

(乗車は2013年11月)

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(大牟田到着)大牟田の衰退をJR時刻表に感じる事について

夜の9時半過ぎ、新幹線の新大牟田駅に到着し、連絡バスも無くタクシーで駅近くのホテルへと向かうのですが、表題の件につき、ちょっと記事にしておきたい事があるのです。この日の朝、博多に到着し、今後乗る予定の列車時刻をみどりの窓口に置かれたJR時刻表でチェック中、どうも事前に調べていた時刻と合わない。そして、そんな馬鹿な!嘘だろう!信じられない…と、いう事実を知ったのです。

***

私は小学校低学年の頃から時刻表に興味を持ち、見知らぬ遠い土地や見た事も無い列車に対して思いを寄せては空想旅行を楽しみ、挙句の果てには架空の鉄道の時刻表まで作成してしまうという、とても根暗な少年だったのですが、駅には格というものが時刻表上にはあると思っています。

まずは主要な駅とそうでない駅=大きな文字と小さな文字の駅。
主要な駅は、すべて(ほとんど)の列車がここを始発・終着駅とする東京駅や上野駅等を除いて、出発時刻と到着時刻が表記されるため、時刻欄は2行になり、左端の駅名は大きな文字で表記されます。そうでない駅は出発時刻だけですので、時刻欄は1行ですみ、右端の駅名は小さな文字で表記されます。

大きな文字の駅にも、さらに格付け見たいのがありまして、駅表記の左横にマークがいくつ付いているかで表されます。
マークは4種類
「+マーク」が医務室がある駅
「帽子マーク」が赤帽(ポーター)のいる駅
「弁マーク」が駅弁を販売している駅
「みどりの窓口マーク」がみどりの窓口のある駅
勲章バッチみたいなもんで、マーク4つすべて揃っているのは東海道を下って行くと、東京、名古屋、京都、新大阪、大阪、岡山、博多ぐらいだったと思います。次にマーク3つ、これもそんなに数は多くない、第1級では無いにせよ非常に格の高い駅。マーク2つ、これは一気に数が増える、ほとんどが駅弁販売とみどりの窓口なのですが、普通の大きな駅。ちなみに大きな文字でもマーク0というのもローカル線の乗り換え駅などでいくつも存在します。

下の写真は交通公社の時刻表1979年8月号の鹿児島本線下り1ページ目。
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当時の大牟田駅はもちろん大きな文字で3つのマーク、駅弁を販売していて、みどりの窓口マークがあって、赤帽までいるという、小学生時代の私は、九州旅行なんて出来る裕福な家では無かったので、想像するだけで行った事も見た事も無いのですが、私にとっては非常に格式の高い駅という認識なのです。実際に未明に通過する寝台列車1本を除いてすべての列車が停車し、炭鉱もまだまだ存在し、飛行機もまだ一般的でない時代ですので、お偉い方々の利用も多く赤帽も必要とされた重要な駅だったんでしょう。


そして下が2013年のJR時刻表
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なな…なんと、大牟田駅が小さい文字になってしまっているのです。駅弁も販売されずマークは一つも無し、いくら衰退した街とはいえ、これではそのへんの無人駅と全く変わらないではないか。大牟田を馬鹿にしすぎではないか。

代わりに大きな文字に昇格されたのは荒尾駅、優等列車が走らない今、昔から小倉・博多方面からの普通列車は荒尾を終点としているので、時刻表としてはこの方が多くの情報を盛り込めるのかもしれませんが、大牟田は西鉄との乗り換え駅で、島原港へ向かう高速船の発着する三池港への連絡バスも発着する交通の要所である事には今も変わりないはず。ひょっとしたら世界遺産に登録されるかもしれない街なんだぞ。

いったいどういう事なんだ、これは。
2013年に2回来ただけの外部の人間がこんな事書くのは問題かもしれませんが、大牟田と荒尾の関係はちょっと複雑でして、この二つの街は炭鉱を中心に炭鉱鉄道も含め一体として発展(そして衰退)してきたようですが、大牟田は福岡県、荒尾は熊本県に位置します。

昔は大牟田がメイン、荒尾もかつては市電が走っていた街なのに優等列車はほとんど通過。荒尾の人たちは苦汁をなめる思いで、大牟田に対してライバル心を持ち続けていたのではないか。そして実はJR時刻表の編集者に荒尾出身の人がいて…なんて事もあるんじゃないかというのは考え過ぎか。

ちなみに私が通常使っていますJTBの時刻表は、今も大牟田が大きい文字だった気がします(今手元に無いので断言できない)です

***

タクシーは夜の幹線道路を走ります。途中には大牟田駅付近には見られなかったショッピングセンター、ますます車社会になって、鉄道(特に在来線)自体が衰退の流れにある中、そして石炭産業なんてとっくに終わっていますので、時刻表上の駅の格なんて小さな事でマニアの戯言にすぎないのでしょう。

この日に宿泊するのは大牟田で一番大きいと思われるガーデンホテル。私が趣味の旅行で泊まるホテルとしては非常に高級な部類に入ります(寝るだけですので個室で入浴出来て浴衣かパジャマがあれば充分なので…)。前回の駅前旅館でも良かったのですが満室のようで、他に探すのも面倒だったのでここにしたのですが、部屋から線路が一望出来るのが嬉しい。

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写真は西鉄5000系の特急電車

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そして三井化学専用鉄道を目的とする場合、ここは最高の立地条件でして、ホテル目の前が旭町1号踏切なのです。前回ここで待ちぼうけを食らったところですが、今回はちゃんと線路が輝いている。思わず触ってしまった。明日は天気も良さそうだし期待できるぞ。

さて、行きつけのラーメン屋さん(…といっても2回目ですが)に美味しいチャンポンと餃子を食べに行く事にします。

(訪問は2013年11月)

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QJ7000

Author:QJ7000
おじさま鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになりました。未乗区間は4,000km以上もあり、今の生活パターンではおそらく不可能な領域なのですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事順にご覧になりたい方は下の「月別アーカイブ」からどうぞ。
(2013年2月より海外編も始めました。)

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