急行はまなす・カーペットカー乗車記

函館駅から次に乗車するのは日付も変わり1:23発の急行はまなす札幌行き。1時間以上も静かな駅周辺をぶらぶら歩いたりコンビニを覗いたりして過ごし、0:50からやっと改札が始まり駅構内へ入る事が出来ます。

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時刻は深夜1時、列車はED79 4に牽引されて青森から到着。好きだったED75の面影を残すこの機関車、海峡号が引退する前にも撮影に来ましたが、その頃はドラえもんペイントのものばっかり。正装に戻った今、あらためて撮影し直したいと思っているのですが、深夜早朝しか見れない機関車になってしまっています。

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すぐに機関車は切り離し。現在、函館駅で機回しが出来るのはここ8番線だけ、いつからなんでしょう。

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札幌方に行って見ると既にDD51が連結されています。いつ見てもカッコいいなぁ。

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牽引するのはDD51 1142。単機なのに重連札がついているのは何故?、私はこれを「重連総括運転していますよ」を表しているものと今までずっと思っていたのですが間違いでして、本当は「重連総括運転できますよ」を表す札。北海道のDD51には昔は「重」の他にも「半」(半重連型=重連総括運転が出来るがブレーキは本務機しかかからない)や「非」(非重連型=重連総括運転できない)の札もあったそうでして(知らなかったなぁ~)、現在は函館にいるものはすべて「重」タイプなので区別する必要は無くなってしまっているようなのですが、国鉄時代の名残がここにも一つあるという事なんでしょう。

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乗車するのはこの車両でカーペットカー、あけぼの号シングルデラックスもそうでしたが、こちらも最後の残り1席が確保できたのです。もちろん乗るのは初めて。

最後の1席でしたので、個室風になる人気の上段ではなく下段、しかも荷物置き場の無い3列単位の区画の真ん中という一番残念な席でしたが、僅か300円の指定席料金で横になって寝れるわけですし、毛布と枕まであるという、あり得ないくらいの大サービスにはありがたいとしか言いようがありません。これを逃してしまったら座席で寝るか、それが嫌なら僅か4時間半の乗車に寝台券を払わなくてはならないのです。

途中駅からの乗車ですので、みなさん既に寝ていらっしゃいます。私もすぐに横になって毛布をかぶって寝る事に。出発しますとほとんど車両の床に寝ている事、また私の席は車両の端に近い事からか、ポイントやジョイント通過時の振動が直に体に伝わってくる感じです。なんとなくカーブで台車が回転しているのも解るような感じもして、なかなか面白いなと思っていたのですが、5分で眠りについてしまったようでその後の記憶は無し。

***

車内放送で目を覚まします。もう札幌到着直前です。みなさんムクムクと起き上ってきます。ここでびっくりしたのは外国人旅行者がとても多いのです。カーペットカーの乗客の3分の1がそうでして、でかい人だなぁと思っていた私の隣もなんと若い白人女性。

これは一体どういう事か、もう間違いなくLonely Planet(=主にバックパッカー向けの英語の旅行ガイドブック)の日本編にこの列車が紹介されているとしか言いようがないでしょう。「お金をかけない北海道へのアクセスは急行はまなすが最高!、その中でもカーペットカーは指定席料金で横になれて毛布まで付いている。日程が決ったら急いで指定券をゲットせよ!」、おそらくこんな風に書かれているのではないでしょうか。そういえば昨夜函館駅では指定席のドリームカーにも外国人が何組も乗車しているのを見ました。

せっかくの外国人による日本の鉄道旅行、JAPAN RAIL PASSを使って昼間走る特急列車に乗ればいいのにと思うのですが、彼らは1が月以上にも及ぶ長期旅行なのでしょうか。私としては現時点で世界最長の青函トンネルを座ってじっくり体験し、函館では途中下車して夜景やイカそうめんでも味わってもらい、それから昼間の特急列車で札幌方面へ向かう行程にして、大沼小沼や雄大な駒ケ岳を見て本州とは明らかに違う風景に北海道に来た事を実感してもらいたい。この区間を夜行列車で素通りしてしまうのは、とても勿体ない事だと思うのです。

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駅では少し写真を撮って改札を出ます。20年以上前の地上駅時代の札幌駅には、釧路・網走・稚内からも到着する夜行列車にあわせて、早朝からモーニングサービスを出してくれる喫茶店がありました。ゆで卵トーストセット、サンドイッチセット、朝がゆセットの3種類で値段はすべて300円だったと記憶しています(今日はどれ食べようかなぁ~と度々考えていたのです)。現在、駅で一番早く開く飲食店はミスタードーナツさんみたいでここで朝食。札幌の地下鉄もほとんどが未乗なのですが、乗りつぶしはまた今度にする事にして、とりあえず何処かでシャワーでも浴びようと街に出る事にします。小雨が降る中、駅を出るとすぐにシャワーのあるネットカフェを見つける事が出来ました。

(乗車は2013年6月)

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札幌駅で撮影~新千歳空港から福岡へ

今回、札幌駅で撮影出来たものを少々

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まずは私の大好きな711系、今も急行型車両の面影を色濃く残す貴重な電車です。2009年に北海道に来た時は、札幌に顔を出す機会は限られていて、運用をしっかり調べた上で夕方に乗車したのですが、今回は早朝だったからか簡単に出会えました。そういえば旧塗装に復刻した車両も最近登場したんだっけ・・・

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と思ってたらひょっこり顔を出してくれましたよ。何たる幸運。

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ぶれてしまいましたが3両記録。左からクハ711-114、モハ711-114、クハ711-214。

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あれ?キハ141。札沼線電化でもう見れないかと思ったのですがまだいたんです。東室蘭行きで、この地区を走っていた711系が札沼線に来た代わりに移って行ったみたいです。仲間の一部はミャンマーで活躍をしているみたいですね。

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そしてディーゼル特急。

度重なる車両トラブルによる夏休み期間中の特急列車の運休。もう残念としか言いようがありません。私にとって思い入れも深くとても大好きなJR北海道さんに道内を走る気動車特急たち、早く原因が究明されて元通りになる事を願っています。

(不謹慎かもしれませんが・・・)運休のニュースが出た時、昼間休んでいるはまなすの車両を札幌~函館~札幌と臨時客車急行として運転したら、鉄道ファン大喜びだろうな~と思っていたのですが、リゾート特急の車両がピンチヒッターとして登場するみたいですね。

***

さて、北海道ともお別れです。ホームで天玉そばを食べて札幌9:55発、721系の快速エアポートに乗り新千歳空港へと向かいます。発車間際に隣のホームにトワイライトエクスプレスが入線、1本遅らせれば良かったな。

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次は新千歳空港11:20発の福岡行きに搭乗します。特典航空券というやつでネットで予約したのですが、座席指定をするページでは、この便既にほぼ満席でして僅か2席しか残っておらず(そのため座席指定は省略)、一体どんな客層が乗っているんだろう、ひょっとしたら福岡や佐賀を起点に北海道に来て東京を素通りして帰る中国からの団体観光客で一杯なのだろうかと思っていたのですが、自動チェックイン機で座席を見るとキャンセルになってしまったのかガラガラ。後方窓側の席に座る事が出来ました。札幌から福岡までの乗客は至って普通の日本人だけでした。

関係ない話ですが中国の方にとって北海道は大人気のようで(それと沖縄も)、私の知っている中国の方みなさん北海道に憧れる、行ってみたいと口をそろえて仰って頂いています。そんなわけでこの地を表す「北の大地」という代表的なキャッチコピー、30年以上前から使われていると思うのですが(日本の鉄道ファンもみなさんこの言葉が大好きなようでよく使っているのを見ます。JR北海道の社歌もこの題名なんだとか)、もっと大きい大地から来るお客さんを意識して、そろそろ新しいのを作ってもいいんじゃないかなとも思うのです。大自然の雄大な景色、温泉、世界屈指とも言われる雪質のスキー場、そして盛り沢山の美味しいもの、そういったものがギュウギュウに詰まった宝のような島・・・なんかいいのないかな。ただの私の戯言ですので気にしないように。

離陸して空弁(釧路の豚丼)を開きますと、雲が切れて北の大地の隅っこが見えて来ました。

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おっ!室蘭です。地球岬もしっかり見えます。弁当なんか食べている場合ではありません。

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続いて駒ケ岳、いつも列車からこれを見ると北海道に来たなと実感するものが帰りに見れました。北の大地の地形はとても解り易くていいですね。さぁ次は見れるか見れないか!

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函館キタ!駅もしっかり見えます。空からこれ程簡単に見つけられる駅は、他にはなかなか無いでしょう。

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これは松前半島全景、昨日ここを右下から左上に抜けたのです。

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さぁこのルートだと青函トンネル記念館も見えるかも・・・
しかし津軽海峡を越えると厚い雲が続くだけ、北海道には梅雨が無いのをこの目でしっかりと確認する事が出来ました。弁当を食べて寝る事にします。

(訪問は2013年6月)

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福岡空港到着~JR博多駅へ

新千歳から福岡への2時間半のフライト、ゆっくり眠れたようでして起きたのは既に着陸態勢に入っている時。天候が悪いのでよく揺れます。雲の下に抜けた一瞬、これから香椎線で向う海の中道が見えました。順番忘れましたが新幹線とJR在来線と西鉄本線を見て、大雨の滑走路に盛大に水しぶきをあげて福岡空港に着陸。機内アナウンスでは梅雨前線停滞中に台風も接近してるので気をつけてとの事。えらい時期に来てしまったなぁ。

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エスカレーターを降りて行きますとすぐに福岡市交通局の空港線乗り場にたどり着きまして、14:08発の姪浜行きに乗車します。福岡空港を利用するのも初めてなのですが、福岡空港~博多間も初乗車でして、今回のブログタイトルは本来なら「福岡市交通局空港線・福岡空港~博多乗車記」になるのですが、あまりにも乏しい内容になってしまうので止めときます。

乗車した車両の1000系は205系同様のステンレス車体ですが、内装は濃い木目調のパネルが使用されていてバブルの雰囲気。この電車も地下鉄開業時から走っていますので長い活躍だなと思ってましたが、後で調べれば機器類は更新されており、この路線の最新の電車と性能は変わらないようです。それにしても空港がこんなに市中心部にあるのは便利そうで羨ましい。

思ったより早く到着した博多駅、ここで思いついたのが博多南線に乗ってみようか。出発時刻をチェックしようと新幹線乗り場に行って見るものも、特殊な路線だからか博多南線の案内表示さえももなかなか見つからず、ひょっとしたら九州新幹線の開通と共にひっそりと統合されてしまったのか、なんて事も頭によぎるのですが(そんなことはありません、ちゃんと存在します)、時間も勿体ないので今回は止める事にします。

それにしてもこの駅、前に来たのはおそらく15年以上前、それに2,3回しか来た事が無いので勝手がわからず、地下から上がると、どっちが東京側でどっちが鹿児島側か方向感覚がまったくつかめません。案内に従ってJR在来線乗り場へ行き、自動販売機で切符を買い、福北ゆたか線ホームに上がってやっとどっちが東京方かが解りました。

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ここでは人気のこんな車両も見る事が出来、九州に来た事を実感します。

この福北ゆたか線、私としては篠栗線のイメージのままなのですが、博多から黒崎まで律義に路線名を読み上げて行くと4路線にもなり、2001年にこの愛称が付けられるまでは案内方法や車内放送もさぞ大変だった事かと思います。余談ですが今まで私はこの読みを“ふくきたゆたか”だと思っていまして、「服着た豊君が福北ゆたか線に乗って~~、博多で裸~~」なんて寒い駄洒落が出来るなと思っていたのですが、正しい読みは“ふくほくゆたか”。時刻表や地図好きでありながら、ほとんどテレビを見ない、ラジオも聞かない、そして何より会って話しをする同じ趣味を持つ友人がおりませんので、こういった間違った読みで認識してしまっていた事が私にはとても多くあるのです。例えば札沼(×さつぬま)線、一畑(×かずはた)電車などなど。他にもあるんだろうなぁ、いやいや恥ずかしいです。

(訪問は2013年6月)

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福北ゆたか線(博多~長者原)と香椎線乗車記

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次に乗車するのは博多14:27発の快速直方行き。最近の九州の鉄道事情についてはあまり詳しくなく、快速なので転換クロスシートの車両かと思っていましたが、ロングシートでたった2両編成とは驚きです。817系という初めて見る電車ですが、新しい電車にしてはずいぶんとごつい顔です。

初めて乗る線ですので一番前でかぶりつきを楽しむことにしますが、立ち客も多く見られましたのでカメラは仕舞っておきます。吉塚までの1区間は鹿児島本線を走るのではなく、東側に敷かれた福北ゆたか線専用の単線路線を走ります(この区間は3線)。吉塚を出て鹿児島本線と分かれても単線、なんとなく青梅線の立川~西立川間の短絡線みたいな雰囲気です。青梅線の方はチンタラ走りますが、こちらは100kmぐらいのスピードで飛ばします。二つの駅を通過してあっという間に長者原に到着です。

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香椎線のホームに上がりますと、西戸崎方面へのキハ47の2連がやって来ました。西戸崎側がアクアライナー塗装(キハ47 79)、宇美側はJR九州標準色(キハ47 127)です。車番は後で写真を見て解ったのですが、これは国鉄時代のエンジンそのまま??、これに乗りたかったなぁ。

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この長者原駅、篠栗線と香椎線が立体交差する場所に、2001年の篠栗線(→福北ゆたか線)電化の時に出来た駅でして、香椎線南部の方々の博多への所要時間が大幅に短縮されたわけですが、私のような人間にも恩恵がありまして、香椎線の乗りつぶしが、昔と比べてとても楽になりました。

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乗車する14:52発の宇美行きがやってきました。今度は宇美側がアクアライナー塗装(キハ47 9031)、西戸崎側がJR九州標準色(キハ47 8072)でして、同じ塗装同士に揃えればいいのになぁという感じですが、wikiを見れば現在アクアライナー色が香椎線の新色として塗りかえられている最中のようです。(そういえばここには昔アクアエクスプレスというバブリーな車両が走っていましたね。)

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各ボックスシートに乗客一組が収まるぐらいの乗車率、雨の中まったり走って終点の宇美に到着。ここには勝田線という路線が1985年まで通ってまして、歴史の関係から双方の宇美駅は離れた場所に位置していました。宮脇俊三さんがここで乗り換えるためにタクシーに乗ると、駅前のロータリーを半周回って到着した、というのが確かこの駅だったと思います(違ったっけかな?)。廃線跡でも見れるかなと傘をさして駅前に出ますと、正にロータリーの反対側くらいの位置に簡単に見つける事が出来ました。

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この道幅、緩いカーブ、これに間違いないでしょう。この方向が吉塚側になります。

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廃線跡にあった「ふみの里まなびの森」の表記、無駄に長い名前。勝田線跡等の表記は無し。

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後ろ(駅前広場側)を振り返るとこんな感じ、樹が立っているところが廃線跡でしょう。

この勝田線、起点は博多の一つ隣の吉塚でして沿線にも住宅が多い、にも関わらず1日数往復しか列車を走らせず(沿線住民はバスを利用)、赤字路線のままほったらかしにして廃止にしてしまったという、当時の国鉄の愚かぶりを象徴するような路線でした。

もしもJR化まで存続していたならば、ちょっと手を加えれば経営的にもいろいろと美味しい路線になったはず。今頃は電化して福岡市交通局との相互乗り入れ運転なんて事に化けていた可能性も大いにあったのではないでしょうか。歴史なんてどう転ぶか解らないものです。

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地理的には不利ながらも生き残った香椎線の宇美駅へ戻ります。ホーム反対に見える道路は石積み貨物ホームの跡みたいです。

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こちらは行き止まり側。車止めの向こうにも線路跡が続いています。大谷炭鉱前へと続いていた廃線跡みたいです。

乗って来たのと同じ列車で西戸崎を目指します。沿線の小さな駅ではどこも紫陽花が咲いています。

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何度も別の路線と交差しますので、東京神奈川の南武線に乗っているみたいでして、香椎線と交差した後は新幹線の下をくぐり、

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次は香椎で鹿児島本線と接続。おっ!EF81 301だ。

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その後鹿児島本線をオーバークロスして西鉄貝塚線と接続。おっ!湘南スタイルの古い電車だ。

ここからがこの路線のハイライトでしょう。海の中道の細い砂州を突き進んで行きます。数時間前に上空から見えたところです。左手に博多湾が見え、右手には玄界灘が…すぐそこに海があるのは解るのですが、残念ながら右手側は立って背伸びしても海面は見えません。2階建て車両でも走らせれば両方見えるかもしれませんね。

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海の中道駅に到着、どうしてこんないい場所なのに1980年代になってからここが開発されたのか、昔ここには大日本帝国海軍の飛行場があり、その後米軍に接収、これが返還されて開発が出来るようになったようなのです。なるほど。旅行後にブログを書くといろいろ勉強になります。

海の中道は正式には何半島というんだろう。いかにも最近付けられたような名前です。そんな疑問もあったのですが、18世紀にはこの辺の住民は海の中道と呼んでいたそうで、○○半島という呼名は無いとの事。(恥ずかしながら出典は全部wikiです)

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そして博多湾を見渡せる終点の西戸崎に到着。

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海に向かった2本の片面ホームのある面白い構造の駅です。

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二つ並ぶ車止め。かつてはこの先には石炭の船積み施設なんかがあったのでしょうか。今はマンションなんかが建っています。

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一回外に出て切符を買い直し、すぐに折り返します。

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ガラガラなので車内の写真を撮ってみたり…、ドア付近の座席は撤去してしまったようです。こういうのを見ると元はどんな座席配置だっかか思いだせなくなって来ます。

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和白駅で下車します。交換待ちをしていた列車も2色編成でした(左写真)。

(乗車は2013年6月)

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西鉄貝塚線乗車記

香椎線の和白駅を出て、ここからは西鉄貝塚線の乗りつぶしをします。双方の路線のホームはほぼ並んでいるのですが、1回改札を出まして、

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香椎線の踏切を渡り、

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双方の線路の間の自転車置き場を少し歩いて、貝塚線の駅にたどり着きます。不便だなと思っていましたが、よく見たら遠回りしなくても香椎線西戸崎方面ホーム側の出口を出ればすぐ目の前が貝塚線の駅でした。上の写真に写ってます貝塚行き電車が停車したままですので、これは交換待ちかと急いで行ってみますと、

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西戸崎へ向かう時に香椎線から見た、湘南スタイルの古い電車がホームの奥の方で停車しているではありませんか。

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しかし既に扉は閉っており間に合わず、残念。

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15分ほど待って次の電車で西鉄神宮を目指します。今度は両開きドアの新し目の電車です。

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1駅走って次の三苫でほとんどの乗客が下車してしまい乗ってる車両は私一人に、しかもなかなか出発しないのでここが終点かと思うのですが運転手は乗ったまま。この手の路線の交換待ちにしては長いので、この時間帯に15分間隔から10分間隔になるのでそのための時間調整みたいな感じです。

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雨に霞む向こうからやってくるのは魅惑の湘南スタイルのこの電車。

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本日3回目のすれ違い。乗りたいなぁ~。

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やっと動き出しまして終点の西鉄新宮駅に到着。

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乗車したのは600系の604F。

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2007年3月まではこの先の津屋崎まで線路が伸びてました。一旦改札を出ますが激しい雨ですので駅前を散策する事もせず、すぐに切符を買い直してホームに戻ります。乗ってきた電車は見送って次のに乗る事にします。

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次は湘南スタイルのが来るのを期待したのですが、残念ながら新しいので600系の602F。これで貝塚へと向かいます。1番前の座席に座ってかぶりつきを楽しみます。各駅に停車するたびに乗客はどんどん増えて来ます。それにしても実に味わい深いさっきの湘南スタイルの電車をしっかり撮影しておきたい。この辺ですれ違うかと西鉄香椎で下車。

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やって来ました。写真は暗くてぶれてしまいました。本日4回目のすれ違いです。

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ボケーッとして焦点が合っていないような目というか困ったような顔というか、いい顔だなぁ。2枚窓で丸みをもたせつつも上方には傾斜をつけないと、こういう顔になってしまうわけで、似たようなので小田急2200形がありましたが、もうちょっとしっかりとした顔つきだったように思えます。そして側面をよく見れば1枚目2枚目のドア間と2枚目3枚目のドア間の窓数が違う。どうしてこんな風になってしまったんだろう。

この電車、いつも予習不足で後から知ったのですが、313型(300型では無い)という1編成だけ残るとても貴重なものでして、カルダン車だしノーシルノーヘッダーですのでそれほど古いとは思っていませんでしたが、何と1952年製で還暦を過ぎているのです。元は2扉の吊り掛け車でして、1984年に3扉化(そのため扉間で窓数が違う)、1992年にカルダン車に改造されたとの事。そして特筆すべき事は、日本で初めてモノコック構造を目指した車両という事で、この車両のデータを元に東急5000系や国鉄90系(後の101系)が生まれたのです。可愛いローカル線の電車だなぁと(見下す感じで)思っていましたが、とんでもない経歴を持っておりまして、この電車に心があれば「ごめんなさい」と頭を下げなくてはなりません。

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次の電車で貝塚に到着。乗車したのは656。均整のとれたスタイルから新し目の電車だと思っていましたが、車内の製造プレートを見ますと昭和38年(1963年)製。こちらも私よりも年上だったのでした。これまた「ごめんなさい」です。

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この駅はホームをそのまま前方に歩いてゆくと、改札を通して福岡市交通局の箱崎線乗り場につながっていまして、いつでも西鉄の古い車両を突き出して直通運転してやるぞという形状になっています。しかし計画は昔からあるようですが実現には至っていません。

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1本見送りまして空港線に直通します姪浜行きに乗車して天神まで、この路線も初乗車でした。

(乗車は2013年6月)

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西鉄太宰府線乗車記(天神大牟田線も)

福岡市営地下鉄を天神駅で降り、後は本日の宿泊地である大牟田に西鉄に乗って向かうだけです。西鉄(西日本鉄道)は大手私鉄の中では私にとって最も縁のない鉄道会社でして、1995年頃に1度だけ西鉄福岡から大牟田まで特急電車の一番前の座席で乗った事があるのみ。今回は太宰府線に寄り道して、1本だけ乗りつぶしをしておこうと思います。

駅のドトールコーヒーでちょっと一服してホームに上がりますと、特急は出てしまったばかりで次の急行に乗る事にします。ふくれっ面した3000形という電車で、座席は転換クロスシート、2007年にローレル賞を受賞したらしいのですが、帰宅ラッシュ中の満員電車で座ることが出来ませんでしたので快適さは全く味わえず、車窓も見れず、約20分立ちっぱなして西鉄二日市に到着です。

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跨線橋を渡って乗り換えますと太宰府行きはすぐに発車。この西鉄太宰府線は2.4kmの短い路線でして単線、西鉄二日市を出ると福岡方面に向けて走り出します。西鉄福岡~太宰府直通列車は(京王動物園線のように)方向転換しなくてはならないのですが、元々この路線は現在のJR二日市駅まで通じていた太宰府馬車鉄道だったそうで、その名残なのかもしれません。唯一の途中駅の西鉄五条で交換します。この時間帯は2本の電車が行ったり来たりしているようです。

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6分で終点太宰府に到着。初詣で有名な所ですが、雨も降ってますので切符を買い直してすぐ戻る事にします。

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乗車するのはさっき乗って来た電車。それにしてもこの西鉄独特の運転席側だけパノラミックウィンドウのこの顔。見れば見るほど不思議というか、角度によっては目の錯覚か車体断面も左右で違うように見えてきます。「助手席側はパノラミックウィンドウにする必要ないか」ってな感じでこうなっちゃったんだと思いますが、素人考えで余計製造手間がかかってしまうような感じもします。

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途中駅ですれ違うもう1本の電車は3ドアで田の字窓が並ぶ5000系。

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19:24に西鉄二日市に到着。先端は行き止まりですが本線に向かってカーブしており、昔はつながっていた事が伺えます。

さて、乗りつぶしも終えて大牟田へと向かうのですが、30分に1本の特急は行ってしまったばかり、急行が立て続けに3本も来るのですが、途中駅止まりと当駅止まりで20分以上もホームで立って次の特急を待ちます。快適な転換クロスシートで座って行きたいのですが、来たのはロングシートの電車で満員。電車は結構スピードを出して揺れますので、つり革につかまって立っているのもしんどい。今日は疲れたなぁ。さすがにこの年で夜行列車2泊はきついです。

西鉄久留米か花畑で座る事が出来て少しウトウト。それにしても飛ばします。モーターの無いクハに乗車していたのですが、柳川で空席も目立つようになり、隣の電動車に移ってみる事にします。

するとどうでしょう、凄いじゃないか!素晴らしいモーターの音です。全力疾走する抵抗制御車に乗るのは久しぶりかもしれません。京急初代1000系の快速特急、常磐線103系の快速を彷彿とさせるこの走り、小さな駅をビュンビュンと連続して通過するのは何とも痛快。一気に眠気が吹き飛びます。

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しかし気付いたのは遅くあっという間に大牟田に到着。特急運用に入る5000系。変な顔していますが、この魅力に早く気付けば良かったです。

この日は駅近くの旅館に宿泊、かつては炭鉱で栄えた街ですが、最近も新幹線が通らなくなってますます寂れてしまったようで、駅周辺(西鉄側)には一人で適当に食事が取れそうな店は全く無く、旅館に聞いて繁華街まで歩いて行って昔ながらの店構えの中華屋さんでちゃんぽんと餃子の夕食(とても旨し)。明日も早起きして三井化学専用線を訪問しますので、お風呂に入ってすぐ寝る事にします。

(乗車は2013年6月)

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三井化学専用鉄道訪問記

今回の無料航空券を利用して北海道に寄り道しての九州旅行の最大の目的である三井化学専用線。長くなりますが私のこの鉄道に関わる思い出を書かせてもらいますと…

ここ(その頃は三井三池専用鉄道)の存在を知ったのは旧型国電に興味を持っていた中学生の頃でして、国鉄モハ63系が客車として従業員輸送列車で走っている炭鉱鉄道がある、そして牽引するのは明治大正生まれの可愛い2軸の凸型電機、時刻表には掲載されていない鉄道という事もあり、おとぎの国のような世界が日本にもまだ存在するんだなと、いつの日か訪問する事を夢見てました。

そして1983年の高校2年になる前の春休み、青春18きっぷを持って大牟田を目指します。この頃私は駅寝(貧乏旅行でホテル等には泊まらず、駅の構内や待合室で一夜を過ごす事)をやっており、東北・信州・四国でそれなりに実績を積んできたつもりでしたが(今となってはいろいろと心を暖められる思い出があります)、北九州はちょっと事情が違ってました。

まずは初の九州入りを果たし門司駅で次々にやってきて機関車を交換するブルトレを撮影、この駅で過ごそうとしていたのですが構内に適当な居場所が無く外も激しい雨でして小倉駅に移動、小倉駅には待合室があったのですが雨しのぎの酸っぱい匂いのおじさんたちで一杯、仕方なくそこで一緒に過ごすしかありません。しかし、さらに今度は未明になってシンナーの匂いプンプンのお兄さん達が入って来ました。絡まれてたかられそうになるも、絶対に怯えるそぶりは見せないようにと必死で耐えて、何とかその場を逃げ出し雨降る未明の街へ。ARBのトラブルド・キッズという歌の歌詞そのまんまの体験で、始発列車がどれだけ待ち遠しかった事か、そしてその時の始発は門司下関方面だったようで、大牟田へは向かわず関門トンネルを本州へ逆戻りしてしまったのです。

そんな経験もあり、その後の鉄道旅行の行き先は、九州を選ぶ事はほとんど無く北海道ばかり、社会人になった1990年代前半、何度かブルトレ乗車目的で九州に足を運びましたが、この頃は大牟田の元炭鉱鉄道の存在なんてすっかり忘れてしまっていました。

しかしあれから30年の歳月が流れて2013年、この鉄道、名前は変えるもまだほんの一部区間が存在しておりまして、嬉しい事に可愛い凸型電機も健在なのです。

***

大牟田の旅館を朝7時に清算を済ませ出発。テレビはどこをつけても台風接近の注意を促すものばかりだったのですが、外はまだどんよりと曇っていながらも雨も風もなく、正に嵐の前の静けさといった雰囲気です。予定ではレンタサイクルを借りるつもりでいましたが、台風が来たら自転車では大変な事になるので徒歩で向かう事にします。まずは牛丼屋さんで朝食。

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線路際を博多方へ歩いて専用線へと向かいます。ちょうど大牟田駅から415系の門司港行きが出発、JR九州にもどんどん新しい電車が登場してますが、まだ国鉄型が走っていたんですね。

ここで駅構内にDE10の姿が見えない事から嫌な予感がします。

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JRと西鉄線をオーバークロスする三池浜へと通じていた廃線跡。この構造物はパイプラインの土台になっていますので一応まだ現役といっていいかもしれません。

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こんな所で九州横断特急の通過。昨年7月の豪雨により豊肥本線が寸断されていた時期でしたので、それに伴う回送かもしれません。

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そして専用線の旭町1号踏切に到着。しかし…悪い予感は的中でして、

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線路は完全に錆ついています。運休期間中に来てしまったのでした。この時期運休になる事はうすうす知っていたのですが、休む日は選べませんでしたので仕方ありません。

おそらく来ることは無いと解っていつつも、ひょっとしたら今日から運転とかで踏切操作の作業員の方が登場しないか期待しつつ、踏切小屋でも観察してしばらく待つ事にします。

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こういった風景もなかなか見られなくなってしまいましたのではないでしょうか。鉄道模型のレイアウトを作る方にとっても非常に参考になるというか、忠実に再現してみたくなる情景かと思います。味わい深い踏切小屋自体も然る事ならば、小さなプラットフォームみたいなコンクリート製の列車見張り台?なんかも素晴らしいではないですか。

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中もちょっと覗かせてもらいますと、線路に向かった机のようなのが操作台でして、この下にモーターが入っているのでしょう。相当古いのではないかと思われます。

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操作台の下からワイヤーが張られ、こんな感じで線路の下を潜って滑車で向きを替え

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ここでまた滑車で上に向きを替え

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このワイヤー(竿では無い)が上下して車を遮断するのです。踏切をこんなにじっくり見たのは初めて、なかなか面白い。

貨物が通過するといわれる時刻を過ぎても全く動きは無し。諦めて宮浦操車場に行ってみる事にします。ちなみにこの踏切のそばに専用線を跨ぐ歩道橋もあるのですが、柵はフェンスでなく壁、しかも非常に高く作られており線路が全く見えない(写真も撮れない)状態でして、一企業の専用線なんだなという事を実感させられます。迷惑は絶対にかけないようにしなくてはなりません。

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5分か10分程歩いて高いフェンスに囲まれた宮浦操車場の北側の踏切に到着しました。踏切部分の線路もゲートが閉じられ本日の運行は無い事をここでまた悟るのですが、奥にはエンジ色の電気機関車が停まっているではないですか。

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それにしても何と表現したらいいんだろう、この光景に出合えた時の感動は。列車に乗って車窓を眺めているだけでは決して見る事が出来ない光景でして、大げさかもしれませんが登山者が何時間も山を歩き続けて見る事が出来る絶景と同じようなもの。こういうのも専用鉄道の一つの魅力なんだろうなぁ。

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操車場を時計と反対周りに一回りしてみます。こんな台車や木造の無がい車なんかも見る事が出来ます。

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道は操車場から一旦離れてしまうのですが、坂を上がって行くと宮浦石炭記念公園というのがありまして、かつてここの地中で活躍した車両が保存されています。

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ここからは操車場を見下ろす事が出来ます。かつての大牟田を知らない部外者の私は、見晴らしのいい丘の上に車両を持ってきて公園を作ったんだなぐらいしか思っていなかったのですが、ここが操車場より高い位置にあるのには理由がありまして、

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人車の置かれている先には坑道口があるのです。ここに石炭が地中から運び出され、ベルトコンベアー等で操車場の貨車に積み替えられた事が伺えます。積替え施設はどんな風だったんだろう。

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ちょっと進むと木陰からこんな光景も見れます。

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坂を下り、また操車場に添って戻ると南側の踏切にたどり着きます。そばには部品取りとなった機関車が3機。

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今回の旅行は一眼レフは置いてきてコンデジを持って来まして、かぶりつき写真では遠景でなく水滴の付いた窓ガラスにピントが合ってしまい使えないなぁと思っていたのですが、ここではレンズの小ささで威力を発揮。フェンスの隙間から綺麗に写真を撮る事が出来ました。

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いかつい顔?とぼけた顔?どっちにも当てはまるED級の機関車(45t電車というらしい)。どんな経歴を持っているんだろう。

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こちらは誰からも愛される顔のEB級の機関車2機(20t or 22t電車というらしい)。真ん中のは車番が「2」これはシーメンス製のオリジナルか、確か実家の押し入れの中に三井三池の特集で機関車1両1両の解説がある古い鉄道ファン誌が眠っているはず。捨てられていない事を願いたい。

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操車場側を振り返ると花が見事に咲いています。これは雑草の花?

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線路の南側の工場側はこんな地形でして、炭鉱の跡である事が伺えます。当時はどんなふうに線路が張り巡らされていたのでしょうか。

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操車場東側へ、この詰所も鉄道模型のレイアウトを作る人にとっては堪らない魅力のはず。

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詰所の前には11号機。ずっと会いたかったんですよ、君たちに。正面から顔を見る事は出来ませんでしたが、こうして今も現役で美しく整備されて残っている奇跡に感謝。動き出したらどんな音を奏でるのでしょうか。

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手前はバッテリーカーで「デ-4 自重17.5t」とあります。もう少ししますとJR東日本の烏山線に蓄電池駆動の新型車が登場しますが、似たようなものは何十年も前からここに存在しているのです。

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曇り空の下、形式写真を撮るのに最高の位置に停車していてくれました19号機。こちらも美しい姿に惚れ惚れします。「TOSHIBA・S12-2」とあるのですが昭和12年製でしょうか。

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コキ200とコキ106、こちらは平成生まれ。

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ハト152という無がい車、これは古いんだろうなぁ。

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お茶目な保線用車両、こんな車両まで保有しているとは専用鉄道も奥が深いです。

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架線を吊る梁はワイヤー?で吊っています。こういうタイプもあまり見ませんので、やはり専用鉄道ならではの光景か。

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線路の反対にはこんなもの。この放射状のはパイプの上を歩いて渡れないようにする柵みたいなものでして、子供の頃に見た思い出があります。

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操車場を一周して北側踏切まで戻って来ました。私のそばに乗用車が停まり窓が開いて中から従業員の方と思われる年輩の方が「ごめんなぁ、今日は電車は走らへんで、来週からかなぁ~」、いえいえ謝られる事なんて何もないのですよ、「しょうがないですよね、ハイ…」とペコペコする私。昨日の旅館といいラーメン屋さんといい大牟田の人は皆さんとても人当たりが良くて親切です。

いつまでもここに残っても邪魔なだけ、名残惜しいですが帰る事にします。幹線道路に出たあたりで風が強くなり大粒の雨が降って来ました。そういえば台風が接近中だったのをすっかり忘れていました。急いで大牟田駅に戻ります。そして今度の休み(10月頃取れるかな?)の旅行の目的地は再度大牟田に決定です。

今回の訪問にあたっての情報収集には様々なブログ、特に「眠れないマクラギを数えて」様を参考にさせて頂きました。お礼を申し上げます。

(訪問は2013年6月)

前の記事:西鉄太宰府線乗車記(天神大牟田線も) 
次の記事:熊本市電乗車記1(田崎橋~通町筋駅~上熊本駅前)

追記:
以下は5ヶ月後に再訪問し、機関車が動くシーンも無事に見る事が出来た記事です。
三井化学専用鉄道を再訪問1

熊本市電乗車記1(田崎橋~通町筋駅~上熊本駅前)

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今回は残念な結果、とは言いつつもそれなりに楽しむ事が出来ました大牟田を後にし熊本へと向かいます。乗車するのは10:41発の快速列車でなんと2両編成。815系という初めて見る電車です。

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座席はロングシートでして、東北地方や東海道静岡大陸に続きここも青春18きっぷ利用者にとっては辛いところかもしれません。

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隣のホームの西鉄に出入りしている電車も2両でして、こちらもモダンでセンスの良いデザイン。

快速列車はロングシートながらも快適な座り心地だったようで、終点熊本まで気持ちよく寝てしまいました。大牟田には昼過ぎまで滞在するつもりでしたが、予定変更で時間が余ってしまいました。ここで熊本市電に全部乗ってしまう事にします。小銭もたくさんあって準備もOK。

外は激しい雨ですが、JR駅から市電へは傘をささずに乗り換えが可能。市中心部へ向かう乗り場の前には制服を着た若い女性職員が案内にあたっていまして(観光案内も兼ねてるみたいです)、釣られてそっちに行ってしまいそうになるのですが、私が向かうのは線路を渡って反対方向の田崎橋方面。

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健軍町行きの9204で駄菓子屋さんのラッピング車。市電に限らず現在あちこちに氾濫するラッピング広告車は残念なデザインのものがとても多いのですが、こんなにすっきりとセンス良く、車両の格好良さまで引き出してくれるのはなかなかお目にかかれません。熊本のお土産には黒糖ドーナツ棒を一押ししておきましょう。

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激しい雨の中やって来ました田崎橋行きは昔ながらのスタイルの電車。

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一番後ろの座席に座ります。頻繁に運転されているみたいで、すぐ後ろにチキンラーメン号が続行。

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吊り掛け音に耳を傾け2駅、距離にして僅か0.5km乗車しまして田崎橋に到着。乗車したのは1097。

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すぐに次のが来ますので1本見送ってチキンラーメン号に乗る事にします。田崎橋駅付近は単線になっていまして、歩いて2,3分の隣の駅で交換待ちをしているのが見えます。

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グリーンベルトを滑るようにやって来ました。この広告も古い電車のデザインにぴったり合っていて実に好感が持てます。車番は1205。

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車内はこんな感じ、一番前の座席に座らせて頂きかぶりつきを楽しみます。熊本駅前を過ぎますと、直角に曲がる個所がいくつもあり、その都度景色というか街の様子ががらっと変わるのが面白い。20年ぐらい前、熊本市内の何処かで1泊だけ宿泊した事があり、その記憶を辿れるかとも思ってましたが、全然思い出すことが出来ません。

2度目の乗車でちょっと思ったのが、車内放送の解りやすさ。ゆっくりとした丁寧な口調でとても的確な案内で声も気持良く車内に通る。私の乗車した運転手さんがたまたま優秀だったのか、それともこれが熊本の標準なのか。路面電車の走る街はいいなぁ。

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この辺りが熊本の中心部っぽい通町筋で下車して今度は逆方向の上熊本駅前行きに乗ります。手前の辛島町で乗り換えても良いのですが、乗りつぶしのためにはここまで一旦来ないといけないのです。

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0800系という新しい車両同士のすれ違い。写真だと解りませんがこの車両は接連車。こういう電車にも乗ってみたかった。

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この電停の熊本駅側には熊本城がありまして、こんな写真が取れました。雨は少し治まってきた模様。
左:1096、右:1355

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上熊本方面のB系統は本数が少ないようで、何本か見送った後にやって来ました。一番前に座ります。

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この辺からは専用軌道になります。後で知ったのですがここは洗馬橋という電停。ここが童謡「あんたがたどこさ」に出てくる船場でして、この写真を拡大して見ますと猟師に撃たれて食べられてしまうタヌキの像が小さく写っていました。

この駅で多数の乗客があり満員に、ここで立ってスマホをいじっていた女子大生から嬉しいニュース。「台風、ただの低気圧になっちゃったみたいよ!」

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上熊本駅前に到着しました。乗車したのは8802。中国桂林市とあるのですが熊本市とはどんな共通点があるのでしょう、カルデラぐらいしか思いつかないのですが、調べてみますと姉妹都市ではなく友好都市協定というのを結んでるみたいです。

(乗車は2013年6月)

前の記事:三井化学専用鉄道訪問記
次の記事:熊本電鉄乗車記1(上熊本~北熊本) 

熊本電鉄乗車記1(上熊本~北熊本)

熊本市電で上熊本まで来て、次に向かう先はこちらも私にとっては初訪問となります熊本電鉄です。青ガエルこと東急5000系との久々の再会は、今回の旅行の大きな目的の一つなんですが…

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雨に濡れる青ガエル。いい風景になるはずなんですけど、痛いなぁ~やっぱり、どう見たってこのラッピングは…。本当に貴重な名車中の名車なんですけど、これで子供たちが喜ぶんですから仕方ありません。大切に残してもらっている事に感謝、2両存在するうちの1両はちゃんとしたオリジナルの姿なんですから。

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それでは乗車してみます。増設した運転台側には「ありがとう青ガエル」の文字、引退が近いのでしょうか。

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ドア下のこのカーブは懐かしいなぁ。旗の台に住む従兄を訪ねるのに大井町線でよく乗ったのです。ステンレス車体の5200系(湯たんぽ)というのも存在していて5両編成のうち1両だけ緑の5000系だったのとかも鮮烈に覚えています。最後に乗ったのは長野電鉄ですので15年ぶりか。

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運転台との仕切りは、確かオリジナルは中央に大きな1枚の窓でとても見晴らしが良かったのですが、ここはワンマン化で改造されてしまっています。

座席が半分ぐらい埋まる乗車率で出発。ちなみに車内放送はケロロ軍曹の声。それにしてもよく揺れます。途中で長い吊り革がガチャンと網棚の金属部分に数回ぶつかります。こんなもの久しぶりの体験。これの一番凄かったのは高校生の時スキーに行くのに乗った松本電鉄の日車標準車体の旧型電車でして、その様子はまるで踊る吊り革、ちょっとスピードを出すと盛大にガッチャンガッチャンぶつかりまくっていました。

途中の池田駅はとても風情のある駅でして、近くにトンネルもありよい写真が撮れそう。後で検索してみますとやはり撮影地として有名みたいでして皆さん素晴らしい写真を撮られています。

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3.4km、時間にして9分で北熊本駅に到着。

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この駅ではこの時間帯毎時00分、30分頃に上熊本・藤崎宮前・御代志の3方向から電車が同時にやってきて、

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また一斉に3方向に散って行きます。すると誰もいなくなってしまう構内。

さて、この鉄道・この駅の魅力は古い電車もさることながら、架線構造物の架線柱・架線梁(←正確になんていうのか解りません)もとても味わい深いものでして見逃せません。

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柱は木製が基本、どれも様々な方向に微妙に傾いている感じでして、古い電柱を見て興奮してしまう方(そういう人もいるんだろうなぁ)にとっては一本一本名前を付けて愛してやりたくなってしまうくらい個性的。

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ビーム(梁)だって高さはみんなバラバラ。碍子が上を向いていたり下を向いていたり、一番奥のは短いのを2本継ぎ足していたり、もう手作り感が一杯。逆への字に少したわんでいるところなんかも、モデラーの方々にとっても課題というか再現したくなるポイントではないでしょうか。

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この辺は鉄製トラス組柱にワイヤー吊りでしてちょっと近代的。この駅は1949年に開業、1964年に車両基地が移設とあります。徐々に駅構内の規模が大きくなるにつれて、その都度架線柱を建てていったらこんな風になってしまったというか、架線構造物がこの駅の歴史を語っていると言ってもいいのではないでしょうか。

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留置されている電車の紹介が後回しになってしまいましたが、車両基地でお休み中の手前赤帯の6108Aと奥の元南海の200系。200系も1本だけの貴重な電車なのですが、どうもこれが走る時は青ガエルはお休みしてしまうようです。

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元東京都交通局6000形の6231A、遠くからどの編成か識別できるようにするためか、前面の帯の色、形状は各編成ごとすべて違っています。

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駅舎は架線構造物とは違って最近建て替えられたみたいでしてとても小ぎれい。外に出ても雨ですし見どころも無さそうですので構内にまた戻ります。

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これは東急5000系の台車ですね。

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奥の方にも古い台車が転がっています。

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転轍機標識なんかもホーム脇にたくさんあります。

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北熊本駅での途中下車タイムの30分もそろそろ終わり、まずは青ガエルが戻って来まして、

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東京都交通局オリジナル塗装の電車が御代志方面から来まして、

写真撮り損ねましたが藤崎宮前方面からも到着。これに乗車します。

(乗車は2013年6月)

前の記事:熊本市電乗車記1(田崎橋~通町筋駅~上熊本駅前) 
次の記事:熊本電鉄乗車記2(御代志~藤崎宮前) 

熊本電鉄乗車記2(北熊本~御代志~藤崎宮前)

北熊本発13:31発の御代志行きに乗車します。先頭でかぶりつきをしようと思っていましたが、この電車は通学帰りの小中高校生たちでかなりの乗車率、運転手さんの運賃収集・定期券チェックの邪魔になりそうですので後ろの車両の座席に座って過ごす事にします。

走り出しますとスピードはたいして出ないにもかかわらず、低く響くモーター音。どうも坂をぐんぐん登っていっているみたいです。そういえばここは菊池温泉へ通じていた路線。坂を登って温泉地に向う長野電鉄みたいな感じだったのかもしれません。菊池まで通じていた1986年2月以前、もっと欲を言えば青ガエルが大量(といっても4両)入線する前の1985年以前に乗ってみたかったものです。

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20分の乗車で終点の御代志に到着。小学生達は途中駅で降りてしまい。残った中高生はバスにお乗り換え。

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菊池へと延びていた側の車止め。

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右側の草だらけの所が廃線跡でして、もうほとんどに自然に還ってしまっています。

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藤崎宮前側、島式ホームの片側を残して使っているのが解ります。

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高校生たちが菊池温泉行きのバスに乗って行ってしまうと駅には誰もいなくなってしまい、

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こうして見るとバス乗り場の裏手に電車が(台車を外されて)置かれているとしか見えません。

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車内はこんな感じ、

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「日立製作所・昭和47年」や「東京都交通局」の銘板もしっかり残っています。

それでは乗って来た電車で折り返します。ガラガラに空いていますが一番後ろで立って後方の風景を眺める事にします。

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さっそく25パーミルの勾配標識。こんなに急勾配だったんだ。吊り掛け時代はさぞかしいい音が聞けた事でしょう。

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黒石駅で交換。この辺の架線柱はコンクリート製。

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三ツ石という、いかにも幹線道路が出来たのでそこに新しく作ったような駅でして、路線図もこの通り。

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架線構造物ウォッチングの楽しい区間になって来ました。御覧のようにカーブでは線路と垂直に2本の柱が並んでなかったり、

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完全に柱が傾いていたり、

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ビーム(梁)が柱から飛び出す長さが全く揃っていなかったり、手作り感一杯!いやいや楽しいなぁ~。

そういえば子供の頃もこれを眺めているのが好きでした。青梅線の単線区間や五日市線が面白かった気がします。今ではすっかり新しいものに変わってしまっている事と思いますが、西立川・東中神付近に青梅電気鉄道時代からのものかもしれない三角垂の形をした鉄骨製の架線柱が残っています。(興味ある方は見てみて下さい)

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架線構造物ウォッチングのクライマックスはやはり北熊本駅構内。上熊本行き青ガエルとは同時発車にはならず、そういえばここではもう1両の青ガエルを見る事が出来なかったのが残念。

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上熊本方面と分岐するあたりも素晴らしいでしょ(架線柱が…)

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ここで先頭車両へと移動いたしまして、見えて来ましたのは熊本電鉄の名物もあります併用軌道区間。水滴の付いた窓ガラスにピントがあってしまい申し訳ない、これはこれで私にとっては良き思い出。

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併用軌道が終わりますと民家の裏をノコノコと走りまして、見えて来ました大きな建物。

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今までと全く違った雰囲気の駅、藤崎宮前に到着です。

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この駅も熊本電鉄の名物かもしれません。パチンコ屋さんのビルの中にある駅は日本全国でここだけ?、それとも他にもあるのでしょうか。この業界もこれからも益々発展…とは行かなそうな感じですので、この駅も今後どうなってしまうのか気になるところです。

あと2回の記事で今回の旅行記も終わりなのですが、都合によりしばらく更新お休みします。

(乗車は2013年6月)

前の記事:熊本電鉄乗車記1(上熊本~北熊本) 
次の記事:熊本市電乗車記2(通町筋駅~健軍町)
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QJ7000

Author:QJ7000
おじさま鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになりました。未乗区間は4,000km以上もあり、今の生活パターンではおそらく不可能な領域なのですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事順にご覧になりたい方は下の「月別アーカイブ」からどうぞ。
(2013年2月より海外編も始めました。)

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