中国地方へ出発、姫路駅で見られる車両と姫路おでん

10月の末、久々に時間が取れ、いろいろ乗ってこれましたのでブログを再開します。

今回目指したのは中国地方。このエリアは私にとって未乗区間がたくさん残っているスカスカ地帯で、福知山線・山陽本線・山口線・山陰本線で囲ったエリアは、伯備線を夜間にサンライズ出雲で上から下へ通り抜けたのと、スーパーはくとで下から上へ通り抜けて若桜鉄道に寄り道した事ぐらいしかありません。

まずは中国地方のド真ん中を横断する地形的にはメインルートである姫新線と芸備線、それに接続する今は列車本数が少なくなり乗るのがとても困難になってしまった福塩線・木次線・三江線の3線トリオ、おまけに岩徳線・宇部線・小野田線を乗りつぶしに行きます。

出発は10月18日の夕方。周遊券無き今、このエリアを乗りつぶすには青春18きっぷが無いと費用に無駄があって厳しいのですが、秋の乗り放題パスというJR全線普通列車3日間乗り放題で7,500円というのが発売されており、この切符が利用できる10月6日~21日までにぎりぎり間に合ったかたちです。

初日は東京から姫路まで移動するだけなのですが、東京駅に着いたのは16時半、16:50発の姫路に止まるのぞみ51号に乗ります。この日は午前中にお仕事とかお買物とかいろいろ雑用がありまして、どの時間の新幹線に乗れるのか見通しがつかないので、自由席特急券での乗車です。この時間帯の新幹線に乗る事はおそらく初めてなのですが、けっこう混んでいます。もうちょっと遅ければ窓際どころか席も無い状態でした。

新幹線については書く事も特に思いつかないので飛ばして姫路駅に到着。夜8時で真っ暗なのですが、普段来れない場所に来たわけですから心が躍ります。乗車券は姫路駅までなのですが、この駅は新幹線乗り場から一回在来線乗り場に入って出札する形なので、入場券などを買い直す事無く在来線ホームに上がれます。

まずは播但線の103系3500番台。
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ワインレッドのカラーがいいです。大抵の鉄道ファンの方がそうだと思いますが、子供の頃、いや大人になっても架空の鉄道や架空の車両を空想して、路線図を書いたり時刻表を作ったり車両を描いたりした事があると思います。私も同じで、子供の頃に103系の交直両用バージョンの501系(当時、JR東日本のE501系はまだ存在せず)というのを空想して色はワインレッドに設定していました。そんなわけでこの電車には親近感がわくと言うか、会えて嬉しいというか、思わずニンマリしてしまうのです。

続いて明日乗る姫新線のキハ122。
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余部行きの文字を見て、山陰本線の鉄橋で有名だったあの駅!?どうやって行くの!?と思いますが、こちらは「よべ」と読みます。鉄橋で有名な駅は餘部と書き、鉄橋名は余部鉄橋(今はコンクリート製なので余部橋梁)と書きますので、中途半端に知識のある鉄道ファンにとっては紛らわしいですね。実際は姫新線の余部駅が先にあったので、山陰本線のは駅名だけ餘部と表記するようにしたらしいです。

同じ駅から出る似たような客層と思われる支線で、播但線は4扉ロングシートの中古電車だったのに対し、姫新線は転換クロスシートの新車。えらい違いなのですが、こちらは沿線の市町村が一部費用を負担しているようで、Wikiを見ると北陸地区の521系、125系、山陰本線のキハ121,126系でも同じような形が取られているとの事。なるほど!どうもJR西日本の鉄道車両には地域によって格差が激しいというか、どうしてこんな所だけに、こんないい車両が登場するのかと思ってましたが、そういう事情があったのですね。

一通り楽しんだ所で改札を出て、山陽電鉄の姫路駅(これもなかなか味わいがあり、じっくり再訪したいところ)を少し覗いて駅近くのビジネスホテルに一旦チェックイン。

夕食は「姫路おでんあります」の看板のある駅近くの居酒屋でとりました。生ビールを飲み、串カツ盛り合わせを食べ終えたところで姫路おでんとやらを注文。生姜味のつゆなのですね。まぁ普通に美味しいおでんを食べ終えて、最後にこの生姜の利いたさっぱりしたつゆを飲み干してしまいたい。しかし出された器は四角い平皿で、どう口を付けて飲むべきか、姫路おでんはつゆは飲まないものなのだろうか。意を決してエィと飲み干してしまおうとも考えますが、うまく口に入らずこぼしてしまい、服やテーブルを汚して隣の若い女性達に「あの一人で飲んでるオジサン間抜けね」と、ひそひそ笑われてしまうのもなんなんで、結局つゆは残したまま店を後にしました。つゆも飲めるようにれんげとかスプーンでも添えてくれればいいのに…、姫路おでん、とても残念です。ホテルに戻って12時過ぎに就寝。

(後で調べたら、姫路おでんは生姜醤油をつけて食べるのが本流らしい、私の入った所は違う流儀のお店だったようです。)

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姫路のえきそばと、姫新線乗車記1(姫路→播磨新宮→佐用)

2012年10月中旬の金曜日、この日は朝早く姫路を出て姫新線・芸備線を明るいうちに一気に広島まで乗り通し、その後福山まで戻る予定でいます。

ビジネスホテルを6時過ぎにチェックアウトして駅へ、まずは朝食です。姫路といえば駅のホームの一風変わった立ち食いそば、名前もズバリ「えきそば」を食べなくてはなりません。朝早いですが、昨日夜に何時から営業しているかも聞いておきました。6時からやっています。

今ではすっかり有名みたいですが、高校生時代の30年前の鉄道旅行、何も予備知識が無い状態でこの駅そばに出会った時、和風醤油だしの汁なのに黄色い中華風の麺が入っているのに「なんじゃこりゃ!?」と驚いたものです。でも食べてみれば美味しい、その時空腹だったからなのか、とてもとても美味しい。メニューにかけそばが無く、一番安いのにも天ぷら~これも独特でヤル気が有るんだか無いんだかわからないといった感じの不思議な食感~が乗っかっていてなんだか得した気分。その後はここに来たらこれを食べるのが楽しみになっています。

今回は久々でしたが、やはり変わらない味わいというかチープさに朝から幸せな気分。大盛りにしておけばよかったかな。私、普段朝食は摂らないのですが、胃に優しそうな麺の食感が食欲を刺激したのか、まだ少し食べ足りない感じもしましたので、売店で菓子パン(練乳サンド)とお茶も買って車内で食べる事にします。

まずは播但線の103系3500番台がいい場所に停まっているので撮影。
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左がクモハ102-3503、右がクモハ103-3503。
明るいところで見ると塗装が継ぎ接ぎだらけなのですが、経費を掛けずに小まめに手入れされているという事で、これも味があるってもんです。

これから乗る姫新線6:55発の播磨新宮行きはキハ127の2連。
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転換クロスシート車ですが、方向が変わらないトイレの後ろ、進行方向を背にしての窓際の席が空いていたので座ります。この列車は完全に高校生の通学列車で出発間際に立席が出るほどの乗車率になりました。

出発です。さすがは新型車、加速もいいです。左手に山陽本線が別れていくのを見届けて姫新線へ入ってゆきます。二つ目の駅が昨日アレレ?と思った余部駅。もっと内陸まで入ったところに位置するのかと思えば僅か2駅目だったのですね。この短区間を走る列車が多数設定されています。

余部を出てしばらく走ると山中に近代的な車両基地が見えます。朝のラッシュ時なので止まっているのはキハ127の2連が1編成だけ。昔の姫路の車両基地といえば、小学生の頃の家族旅行で、新幹線東京方面ホームの博多方先端から見下ろす事が出来、10系気動車のキユニ・キハユニといったなんとも魅力的なゲテモノ類を初めて目にし感動したのを思い出します。あっ、今書いていて思い出しましたが姫路といえばモノレールの遺構もしっかり見ておくべきでしたね。

姫路から遠ざかっていくわけですが、乗客の高校生は各駅でどんどん増えてゆきます。朝のラッシュ時ですので頻繁にすれ違う列車も満員。この区間を走っているのは、どれもキハ122・127で3連・4連といった編成を組んでいます。

本竜野に到着。前に座る高校生のかばんにTATSUNOの文字が入っていましたので、ここで彼らは全員下車と思っていたのですが、降りる気配は全く無く更に乗ってきます。ここの駅前には揖保の糸の工場?みたいのがあります。この近辺、醤油で有名なのは知っていましたが、そうめんの揖保の糸もここが本拠地だったのですか。すみません。私、そうめんは岐阜県の揖斐とずっと勘違いしてました。

高校生たちが一斉に席を立ち、ここでガラガラになるかと思いきや、この列車の終点の播磨新宮です。35分もの乗車でしたが、彼らのたわいのない話(時々こちらまで吹き出しそうになる)に耳を傾けながらの乗車で退屈しなかったからか、あっという間の到着です。

接続するこの駅始発の列車は階段を上がって別ホームでの乗り換え、車両もここで古い国鉄型車両に変わるわけでもなく、前と同じキハ127の2連です。高校生達も全員この列車に乗り換えなので同じく大混雑です。

さて、ちょっと車内で気になった事は、日本の女子高生はいつから列車の中で胡坐をかいて床に座るようになったのでしょうか、これは悪いマナーなのか。

マナー全体という事でよくよく冷静に考えてみますと、私達おじさん世代の高校生時代と比較してすごく良いのではないかと思います。こういうのは地域差というのもあるかもしれませんが、とにかく今の彼らは人に迷惑をかけるようなことは一切しません。騒ぐ事もなく、座席を占領したりしません。なんと彼らは一般の乗客に席を優先するように、発車するまでは立っており発車してから空いている席に座っているのです。そんな彼らに誰が行儀が悪いと言えますでしょうか。

男女比はほぼ半々なのですが、どちらも服装も髪型も乱れていない。列車到着までホームでタバコを吸って待っているようなのも一人もいない。私たちおじさん世代の時なんかは、目立つ事や人に迷惑をかけるのがカッコいいなんて風潮もありましたので、それは酷いもんでした。

そう思って一人掛けの転換シートに背を向けてずらり並んで胡坐をかいて座る彼女達を見ると、ちょうど試験前なのでしょうか、参考書の最後のチェックに励む子、昨日遅くまで勉強したのか疲れて居眠りする子、朝日を浴びて髪の毛を栗色に輝かせて、列車の揺れに合わせて揃ってゆらゆらする姿は実にほのぼのする光景。お地蔵さんが並んで日向ぼっこをしているようでもあります。

今も就職難等、若い人たちにとって厳しい時代かもしれないですが、彼らに素晴らしい将来があるといいなぁと思ってしまいます。そんな事を考えているうちに、この列車の終点の佐用に到着。高校生達の学校はここにあるようで全員改札を出ます。試験頑張って下さいね!

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姫新線乗車記2(佐用→津山)

佐用は智頭急行との接続駅ですので10年ほど前に通り抜けた事があります。

智頭急行の私の思い出といったら10年ぐらい前の話・・・

これに乗るならば特急スーパーはくとの前面展望抜群の一番前の座席でかぶりついて最高速度130km/hの振り子式ディーゼルカーの走りを堪能したい。この列車の下り先頭は自由席で始発の京都で早くから並んでいれば、この鉄道ファンにとって超特等席に座れるのです。

乗車した日は平日の昼間でしたので、途中駅からでも一番前の席を確保出来たぐらいに空いており、最大のライバル?のお子様もおらず、これは運が良いぞと喜んでいました。ところが姫路だか上郡から隣に50過ぎの相席者、この方が機関銃のように喋る喋る。それだけなら良いのですが話を進めていくうちにマルチ商法の勧誘が始まります。

ゲルマニウムだかなんかの鉱石を買って、お風呂に入れて入浴すれば毎日健康で病気知らず、女性はお肌ツルツルで、男性はこの年になっても朝はそりゃもう大変よ!という事だそうで、鉱石は1個20万円もするのですが宣伝して他人に売ると10万円もらえるのだそうだ。そのうちに私に鉱石を売るのは諦めたようですが、今度はこの商売に対するこの人の持論が始まります。健康商品を売るのには自分がバリバリに元気である事を強烈にアピールしなくてはならないという事で、ますます調子を上げて車両中に響くような声でまくしたてるわけで、振り子特急の豪快な走りを楽しむどころでは全く無くなり、当初は鳥取まで乗り通すつもりでしたが、もううんざりして郡家で下車。おかげで若桜鉄道に乗れる事になりました。

考えてみれば、この人もその道のプロ。健康に不安のあるお年寄りなんか一発で騙されてしまうのではないかと思い、その後帰省して自分の親に、変な健康商品の勧誘には気を付けるように忠告しておいたような気がします。


話を今の姫新線に戻しましょう。

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次に乗るのは佐用発8:25の津山行き。左は智頭急行のホームです。

キハ120です。
今のJR西日本のローカル線の顔といったらこれでしょうか。今回の旅行ではこれからさんざん乗る事になります。ちょっと面白みに欠ける感じで、この時点ではテンションも下がってしまうのですが、実はその後何度も乗るうちに、この車両の魅力に気付くようになっていきます。

接続時間は9分なのですぐに乗車。まずは出発前ですが車内のトイレを借りて小をします。元々トイレの無い車両だったようですが、クレームが多くて2004年~2007年にかけて全車取付工事がされたとの事。きれいに清掃され紙もちゃんとあり。泡で流すタイプだからか、ボタンを押すと水の流れる音のする装置まであります。今回の旅行はひたすら普通列車乗り継ぎのですので、何度も列車内のトイレを利用したのですが、どれも綺麗だったように感じます。

さぁ出発。
ボックス席は僅か4区間、進行方向右側がまるまる空いているのですが、一番先頭の席に座る事にします。もう高校生はおらず、乗客は全部で10名ぐらいか、お年寄りが多いです。

新しい規格の路線の智頭急行上郡方面としばらく並走して別れて次は上月。ここも運転系統が分断される駅なので興味を持って後ろから1枚撮ってみました。予想に反して小さなシンプルな駅でした。
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上月を出ると兵庫岡山の県境を越えます。そしてJR西日本のローカル線名物?速度制限区間が始まります。

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写真のように、あまり除草されていない林の中に突っ込む感じです。木々の枝葉が車体にビシビシ音を立てて当たります。こういう事は今まであまりなかったはず。子供の頃にローカル線に乗ってかなり手を伸ばしても草木には届きませんでした。ここを走るすべての車両が窓が開かないキハ120になった事から、あまり草を刈らなくても良くなったのでしょうか?

県境を越えてからは里に出ます。紅葉はまだ早いのですが線路端のセイタカアワダチソウが満開です。鮮やかな黄色以外にも、稲穂の黄金色、美味しそうに実る柿の木の実の赤、民家の庭先に咲く手入れされた花々、ススキ、田畑の緑、蒼き遠くの山々、いやいやそれにしても日本の里山の秋とは何て色彩豊かなのでしょう。

ほのぼのとした風景の中をトコトコ快調に進んで、右から因美線と合流し東津山、もう一区間走って終点津山に到着します。
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津山といえば一大ターミナルだったはずなのですが、高速バスや智頭急行の開通で一気にローカル駅に転落してしまった感じで閑散としています。
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次の新見行きまで40分弱の接続時間がありますのでちょっと周辺を歩いてみます。関係ないですがこの辺の床屋さんのクルクル回るものはでかくて派手で本数も多いのが傾向のようです。扇形機関区のある岡山・新見方面の踏切まで来ました。

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タラコ色のDCの佇む津山駅方面を望む。

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左が津山線の岡山方面、右が姫新線の新見方面。

駅に戻ったらこんな看板が裏返しになっていました。
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後で知りましたが津山の扇形機関庫は頻繁に公開されているようです。今回は縁がなかったという事で諦めますが、そのうちに機会があれば、小学生時代の私にとっての幻というか憧れの機関車・DE50を見てみたいものです。

(乗車日:2012年10月)

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姫新線乗車記3(津山→新見)

引き続き姫新線を西へ進みます。

津山では津山線の国鉄型DCがいましたので撮っておきます。
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左はキハ40 3005、右がキハ47 44。
これからはすべてタラコ色になるそうですが、この白系の岡山色(?)も、なかなかこの車両のデザインに合っていて良かったです。

私が乗る10:11発の新見行はまたもやキハ120。
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乗客は先ほど同じ10名ぐらい、やはりお年寄りが主体です。
一番前の席に座ります。空いていましたので前に時々立って写真撮影です。

ここはたぶん美作落合駅
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のどかな秋の里山を走ります。実際はもっと色鮮やかなんですが…うまく色が出ません。
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久世駅で交換。跨線橋はどこも同じような作り。
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ここを境に列車本数が少なくなる中国勝山を過ぎると山の中に分け入って行きます。
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30km/h制限、雨の日は15km/h制限。
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中国地方のローカル線の最近の旅行記を見ると、線路の保守作業を軽減する事による速度制限でひたすらノロノロ運転で、乗っていてとてもかったるいというイメージがありましたが、実際に正面で運転振りを見ていますと、地盤の悪そうな箇所、落石の多そうな箇所、見通しの悪い箇所等に速度制限区間が設定され、そこを慎重に運転するといった感じで、それを過ぎると軽快に加速します。

実際に運転される方々にとっては、さぞかし緊張の連続で苦労がしのばれるわけですが、乗って眺めている分には、こんな事を書いては不謹慎かもしれませんが、こちらまでその緊張感が伝わって来てとても楽しいものです。

車両がこのキハ120なのも、そういった楽しみを倍増させてくれているような感じです。これらの車両、小型気動車というのか軽快気動車というのか正式にどう分類されるのか分かりませんが、おじさん世代の私にとっては、趣味的に全く面白みが無いという認識でした。

しかし乗ってみれば前面展望は素晴らしいですし(実際にやってませんが、半室運転台なので車両の一番前のガラスまで近づく事が出来ます)、ドア近くに乗車していれば、バスのように床面近くまであるガラスで開放感も高く右も左も車窓を楽しめますし、加速も良し、エンジン音も高らかで、峠の上り下りもしっかり実感出来ます。

列車に乗ってその路線の景色や雰囲気を楽しむという点では、がっしりとした造りのかつての国鉄型の気動車や客車列車に乗るよりも、現在のキハ120の方が、よりじっくり味わえるのではないでしょうか。もう一つ私の好きなところは、車体が短いのでスピードを出している時のタタン♪タタン♪の線路のジョイント音のテンポが速く、とても気持ちがいいのです。幸せな気持ちになって、車内をキョロキョロしてみますと。

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非常用ドアコックのプレート。現在私は普段電車に乗らないので分からないのですが、これは久しぶりに見た感じ。旧型国電の73系なんかもこのプレートだった気がします。

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撮影時刻からたぶん富原駅。標高が高くなったからかセイタカアワダチソウは見られなくなります。

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そして新見に到着して、姫新線158.1kmに乗車完了です。

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隣の伯備線ホームには興味深い電車が止まっています。四国に行った時に何度かお世話になりました213系です。

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サハ213改造のクハ212-101
JR西日本の運転台取付改造車の面白さといったら、昔の旧型国電や10系気動車の郵便荷物車改造車に匹敵、あるいはそれ以上ではないでしょうか。窓の途中でステンレス車体を切断して運転台部分を取りつけてしまうなんてなんとも豪快。運転室側にトイレを取りつけて多くの窓を塞いでしまったので窓配置はまるでクハニ212?

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クモハ213-7
側面の窓周りは途中までグレーのラッピングがされているようですが、これは何だか不明。

駅の外に出てお昼にします。ちょうど駅前すぐのところの食堂がありましたので入ります。朝は軽めだったので、がっつりご飯もの、かつ丼あたりを食べようかと考えていましたが、看板の「名物備中そば」というのに興味を引かれてそれを注文。

昔ながらのお蕎麦屋さんといった感じの店内のお座敷に座れば、ちょうど正午でテレビはNHKのニュースが始まり、こんな雰囲気の中で瓶ビールでも注文したら最高に贅沢な昼食かなとも思いましたが、これから芸備線の1日3往復しか走らない過疎路線に乗るというのに、気持ちよくなって眠ってしまうのも困りものなので止めておきます。

野菜の載った備中そばは美味しく頂きますが、鉄道旅行中はなぜか食欲が旺盛になるもんで全然満腹になりません。駅前の本屋と薬局も兼ねたパン屋さんでカレーパンを買って、朝と同じように腹の足しにしました。

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駅前を流れる高梁川を少し見て、駅へ戻ります。

(乗車日:2012年10月)

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1987年の姫新線の時刻表

今回は旅行から帰ってから、現在は優等列車はほとんど走らず、しかもキハ120のみとなってしまった線区の多い中国地方ですが、かつてはどうだったのかかと興味を持ちまして、昔の時刻表を引っ張り出してみました。

どの時代の時刻表を…という事ですが、

私が一番乗り鉄・撮り鉄に夢中になった時代、かつアルバイトも出来て、親の脛も齧らずに長期間の旅行も出来た1983年~1988年ぐらい、その中でちょうどキリのいい、国鉄の歴史が終わり、JRとなった時の1987年4月号を選んでみました。

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表紙は新幹線100系。量産車が増備されて1時間ピッチで東京・博多間を走り始めた頃でしょうか。今までの0系の丸っこくて親しみやすいフォルムから一転、吊り目というかサングラス顔で、今度のはずいぶん怖い顔だなと思ったものです。この頃の私は時間は有り余るほどあってもお金は無しで、東海道を移動するときはいつも在来線をひたすら普通列車で移動していましたので、この車両に初めて乗るのは社会人になった後のおそらく1993年ぐらい。展望のよい明るい食堂車に、広くで快適な座席、0系と全く違うのにびっくり。ここで新幹線にも興味を持つきっかけにもなりました。

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裏表紙も面白いので貼っておきます。
スティングが缶ビール持って飛び跳ねてます。まだ若いです。

それでは姫新線の頁をめくり、当時の状況に思いを馳せてみます。

姫新線といえば、何といっても急行みささ・みまさかの存在です。
みささ・みまさか・みささ・みまさか…
この、どちらも「み」から始まる軽快な平仮名の愛称名は、東海道山陽本線のページにおいて、掲載される欄は小さくても存在感はとても大く、どこへ行くのだろうととても興味を引かれる存在でした。漢字だと三朝・美作と非常に重々しい感じになってしまうのですが、東京発の夜行急行列車だったらこちらの方が似合ったかもしれません。

時刻ですが
下りは大阪発8:47、姫路発10:08、姫新線内は本竜野・播磨新宮・佐用・美作江見・林野・勝間田の順に停車で、津山着は11:51。ここでディーゼル急行お得意の分割併合の大作業となります。まずは11:58にみまさかが普通列車になって中国勝山に向けて出発、次に12:06着の岡山から来た砂丘4号と併結、そして因美線を鳥取に向けて12:14に出発して、終点鳥取着は13:40。所要時間は4時間53分。

現在のこれに相当する列車は、スーパーはくと3号でしょうか。大阪発は9:24で鳥取着は11:57、所要時間は2時間33分という事で、ルートの変更も大きいですが、半分にも短縮されています。

今の倍もの時間もかけて、とてものんびりだったのか。いや、おそらくは姫路までは高速で走る電車に追いつかれないように、須磨の海岸あたりもエンジン音を高らかに大激走し、非電化区間も今のような極端な速度制限区間も無しで、小さな駅をどんどん通過して軽快に、当時の気動車急行としては、それなりに奮闘していたのではないかと思います。

編成は大阪出発時先頭から
1:普通車自由席(急行みまさか・中国勝山行き)
2:普通車自由席(急行みまさか・中国勝山行き)
3:普通車指定席(急行みささ・鳥取行き)
4:グリーン車指定席(急行みささ・鳥取行き)
5:普通車自由席(急行みささ・鳥取行き)

津山で併結される砂丘4号は全車自由席なので編成内容はこの時刻表に掲載されていないのですが、グリーン車がついています。確かここはキサロキロハだったと思います。そして津山から鳥取間は、模型で再現したくなるような短い編成(たぶん6両か7両)に、グリーン車が2両も連結された豪華編成だったはずです。

指定席グリーン車が連結されるぐらいですので、車内販売員も乗車して冷凍みかん(これはもっと古いか?)なんかも売っていたのでしょうか。

下りのこの列車ですが、時刻表から判断する限り、乗客の都合のよい時間というより、明らかに車両運用の都合のよい時間で運転されているようで、鳥取発は14:01、津山では同じように岡山行き砂丘5号と分割、中国勝山発のここまでは普通列車のみまさかと併結して大阪へ帰ってゆきます。中国勝山に行ったみまさかは、時刻表から一回津山まで普通列車で1往復しているようです。

客車列車はどうでしょう。
姫路から、今も運転系統が別れ写真を取っておいた上月駅まで朝夕3往復運転されています。

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上月駅、ここで50系客車編成の機回しが行われていたとは…

末端部の中国勝山から新見までの運転本数、これはこの頃も8往復、今も8往復で変わりません。

今回のスケジュールを1987年に当てはめてみたら、
2012年現在、
姫路6:55→7:30播磨新宮7:45→8:16佐用8:25→9:24津山10:11→11:47新見
1987年当時、
姫路7:02→9:37津山9:54→11:45新見
とほとんど同じ時刻で辿る事が出来ます。

駅弁マークは津山と新見についています。
津山:うなぎ弁当(1000円)、かに寿司(700円)、しいたけ弁当(600円)
新見:おこのみ弁当(800円)、ちらし寿司(800・600円)、たきこみ弁当(800・600円)
津山のしいたけ弁当というのに引かれて、どんなものかと検索してみますと、なんと今も存続しているみたいで津山の名物らしい。ちゃんと調べてから行けば良かったです。

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芸備線乗車記1(新見→備後落合)

次に乗車するのは芸備線・新見発13:00の備後落合行きです。

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本日3回目のキハ120、岡山所属の同じカラーなのですが、佐用からはキハ120 339、津山からはキハ120 353、そして今度はキハ120 343と車両は全部違っています。この列車は今までよりは乗客は多く全部で20名ぐらいか、鉄道愛好者も4,5人乗っています。

発車間際に伯備線ホームには米子方面からまたまた面白い電車が来ましたので、ちょっとホームに出て撮影します。

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クモハ114-1173、中間車の運転台取付改造車、非貫通で103系みたいですが、窓の傾斜は無しでサングラスをかけた感じの風貌。2丁のパンタグラフ化で前パン(しかも菱形!)なのが何とも凛々しい。この辺の車両もじっくり研究して見たいものです。反対側の車両の運転台もどんなものか見てみたい気がしますが、そろそろ発車なので列車に戻ります。(後で調べたらオリジナルのクモハ115のようです。)

さぁ出発、しばらくは伯備線を走ります。
次の布原は芸備線だけが停まり、元々信号所なので極端に短いホームで秘境駅としても有名な駅。ここは私よりも上の世代の鉄道ファンの先輩方々にとっては、何といってもD51三重連の撮影地として思い入れが深いのではないのでしょうか。窓からどの辺の鉄橋が有名な撮影地だったのだろうと注意して見ますが、どこだかさっぱり分りませんでした。もう40年も前の事ですので、木々も成長したりして変わってしまったのでしょうか。

ちなみにこの伯備線、一応乗った事がある事にしていますが、上りサンライズ出雲号で夜に通り抜けてしまっただけですので、景色はさっぱり見ていません。思い起こしてみますと同じような線路で、北から花輪線の十和田南~好摩、羽越本線の新津~新発田、信越本線の直江津~新津、高山本線の猪谷~高山、山陰本線の亀岡~綾部、日豊本線の都城~西鹿児島など結構あります。景色もそれなりに良さそうなところも多いので、いずれ乗り直さなくてはと思います。

備中神代で伯備線と分かれ、芸備線となるのですが、この線の起点は広島ではなくこの備中神代駅。どうしてなのだろう。歴史を調べてみると全線開業時に広島側は芸備鉄道だったそうで、それが関係するのかもしれません。

この列車には新見から先頭部にオレンジ色の作業着にヘルメット姿の方が、仁王立ちになって前方を注視しています。時折運転手さんから「次のトンネルを出たらすぐ右手の上」といった会話がされ、どうも線路際の木々の伐採をされる保線作業員の方のようです。鉄路を守るこういった職業につかれる方というのは、カッコいいなというか、今でもなんとなく憧れてしまいます。私も物心ついたときから鉄道少年だったので、憧れの職業はもちろん鉄道関係、幼少の頃は京王線特急(その頃は5000系!)の車掌さん、小学校3,4年生ぐらいではブルートレインの車掌さん、ところが小学生の高学年の時、視力の悪い者は鉄道会社には就職できないという事を知り、その夢は早くも砕かれます。視力が悪くても就職できる道はあったかも知れませんが、好きな事と仕事は一緒にしない方がいいという忠告にも耳を傾けることにし、今は全く別の業界に身を置く事になってしまっています。

東城を過ぎてからは1日3往復しか列車が走らない区間で山の中へ入ってゆきます。つい写真に残しておきたい印象に残った風景は、小さい川を渡る、車の通行は出来なさそうな細い橋。こんなのがいくつも見られました。
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そしてきれいな川。
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道後山から最後の1区間は一番前でかぶりつきを楽しみます。ますます山深くなり、15km制限というのもあって、慎重に慎重に走る感じです。
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カーブの鉄橋はひょっとしたら有名撮影地?
日のあたる時間にここを列車が通るのは6時台と14時台のそれぞれ2往復のみ。今の撮り鉄の人たちは車での移動がメインのようなので関係ないかもしれません。
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紅葉も楽しむ事が出来ました。
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素晴らしい景色を堪能して備後落合駅に進入。かつては主要接続駅として賑わったようですが、今はこの駅をまたいで運転される列車は1本も無し。構内のポイントは通常切り替わる事はなさそうですが、こうして見るとメンテされているみたいな感じです。保線用車両が側線に入ったりするのでしょうか。
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(乗車日:2012年10月)

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芸備線乗車記2(備後落合駅とその歴史)

かつては主要な接続駅でありながら、現在はこの駅をまたいで運転される列車は1本も運転されていないので、新見・三次・宍道を起点とする3本の盲腸線の終着駅といった感じの備後落合駅。

駅員は無配置で周辺に集落もないことから、今は秘境駅としても有名みたいです。確かにもうここまで乗車してくる乗客は、どの線からも鉄道に乗るだけが目的の旅行者ばかりです。
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右手に見えるのは往時をしのぶ宿舎の跡?
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ターンテーブルなんかが隠れていそうな雰囲気です。
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こちらは翌日に乗る予定の木次線のキハ120 2
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2番線に三次からの列車が入線します。
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三次発のこの列車も鉄道に乗るのが目的の方々がとても多く乗車しており、扉が開くとこの駅の状況を写真に収めようとする方々(私も仲間です)が走りまわり、小さな山間の駅はまるでたくさんのニワトリが箱から飛び出した出したような状態に。

ここで3色のキハ120が並びが見られます。
左に岡山支社、中央奥に木次線の米子支社、右に広島支社所属の車両。
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ここに3色のキハ120が揃うのは1日1回、14:31から14:34の僅か3分の間。そのうちこの車両の終焉の頃には、3色並びを山の上から俯瞰して綺麗に撮影できるポイントが開拓されて、鉄道雑誌に紹介されるようになるかもしれません。タイトルは「キハ120の聖地」なんてどうでしょう。雪晴れの日なんてさぞかし素晴らしい絵になる事が想像出来ます。耐用年数がそれほど長くないと思われる車両ですので、それは意外と近い将来かもしれません。

 * * *

その後、この駅を三次・広島方面へ向けて出発し、明日も三次方面から再びこの駅へやってきて今度は宍道方面へ抜けるのですが、3方向どの線に乗っても、とにかくこの駅付近は深い森の中。どうしてこんな所に接続駅ができたのか、おそらく広島・新見・宍道の3方向から建設されて、最後のゴール地点がここだったんだろうと思い、歴史を調べてみると、やはりというか面白いくらいにその通りだったので、この駅にたどり着いた順にまとめてみました。

広島ルート
1915年:芸備鉄道、東広島~志和地 開業、同年に三次(現在の西三次)まで延伸。
1920年:芸備鉄道、広島~東広島 開業、国鉄と接続。
1922年:芸備鉄道、三次~塩町(現在の神杉)開業
1923年:芸備鉄道、塩町~備後庄原 開業
1933年:備後十日市(現在の三次)~備後庄原間が国有化、庄原線となる。
1934年:国鉄庄原線 備後西城まで延伸
1935年:国鉄庄原線 備後落合まで延伸

新見ルート
1930年:国鉄三新線 備中神代~矢神 開業、同年に東城まで延伸
1935年:国鉄三新線 小奴可まで延伸
1936年:国鉄三新線 備後落合まで延伸
(1937年に芸備鉄道の国有化、備中神代~広島間が芸備線となる)

宍道ルート
1916年:簸上(ひのかみ)鉄道 宍道~木次 開業
1932年:国鉄木次線 木次駅~出雲三成 開業
1934年:簸上鉄道の国有化、木次線となる、同年に八川まで延伸
1937年:国鉄木次線 備後落合まで開通

そして鉄道を建設する上で重要な地形、並走する川を見てみても、忠実に分水嶺は備後落合駅付近に存在します。それぞれのルートは、

広島ルート(備後落合駅含む):西城川(江の川水系)
新見ルート:成羽川(高梁川水系)、分水嶺は道後山付近
宍道ルート:斐伊川水系、分水嶺は三井野原付近

現在のようにトンネルをホイホイ掘る事が出来ない時代、鉄道の建設が川を遡って行くのは当然の事。こう考えると、ここにこうして備後落合駅が存在しているのはごく自然な事で、どうしてこんな山の中に接続駅?というのは全くの見当違いなのであります。

ひょっとしたら最初にゴール・この駅を造った広島ルートが、新見・宍道ルートに「お前ら峠を越えてこいよ」と言ったのでは・・・(私のただの瞑想・邪測です。本当は違うと思いますよ。)

現在、3ルートの運転系統が完全に分かれ、それぞれの路線の終着駅みたいになってしまっているのも、鉄道の成長・衰退の流れに合った自然な事なのかもしれません。

いずれにせよ、この駅には今度は歴史を感じながら、もう一回降り立ってみたいものです。

(乗車日:2012年10月)

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芸備線乗車記3(備後落合→三次→広島)

次に乗るのは備後落合発14:38の三次行き。本日4回目のキハ120ですが、今度は広島支社の車両(車番は324)ですので色が変わります。
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木次線からの乗り換え客が加わり、今までで一番の混雑です。ほとんどが鉄道ファンではないでしょうか。ハイキング帰りの方もおられました。

出発して右に見える木次線との分岐はいい感じです。こちらが勾配を上っているのか、木次線が勾配を下っているのか分かりませんが、鬱蒼とした谷の中で高低差が開いてゆき、木次線の線路はおもむろに右へカーブを切るとすぐ、生い茂った木々に隠れて見えなくなりました。
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この写真は翌日も乗った時に撮影したものです。

その後も速度制限区間の連続する森の中を走ります。ここに、かつては夜行急行列車が走ったとは信じられないような区間です。
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撮影時刻から高付近でしょうか、左手に美しい川と並走します。ここのへんも地盤が悪いところなのか、ゆっくり走ります。私の感じた芸備線の一番の見どころです。
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このあたりも「速度制限区間=景色の良い所」という公式が当てはまるようで、国鉄時代に急行列車や客車列車が走る頃に乗るよりも、今、窓も大きく軽快な走りのこのキハ120で乗る方が楽しめるのではないかと、またまた思うところであります。

里が開けてきて備後庄原で交換、後で知った事ですが芸備線の歴史上重要な駅だったんです。線路際のセイタカアワダチソウもまた見られるようになりました。
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塩町の手前で鉄橋を渡ります。川の向こうに明日乗る福塩線の線路があります。
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塩町で大勢の地元の乗る人がいて、この人たちは三次の一つ手前の矢次で降りてゆきました。器用に乗りこなしています。

そして三次に到着。
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駅本屋のある1番ホームに停車中の福塩線のキハ120 326もついでに撮影。
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接続時間は3分。ちなみにこの駅には明日は福塩線で来て木次線へ抜け、明後日は三江線で来て広島方面へ抜け、3日連続で来る予定です。

次に乗るのはホーム反対側に止まっている三次16:02発の広島行き、キハ47が2連の快速でみよしライナーという愛称が付いています。残念ながら窓際の席は座れず、ボックスシートの通路側の席に座ります。
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出発しますが今までのキハ120とは全然違う走りです。この系列特有の、出発時のエンジンは気合い十分で凄い音なのですが、実際は全く加速出来ておらず、ホームをそろりそろりと出ていく感じです。駅間ももっさりとした走りで、昔は全部これで懐かしいと感じるはずですが、軽快なキハ120に乗った後では何だかかったるい感じです。

乗車した時は、これは国鉄時代のままのオリジナルエンジンだと思っていましたが、後でwikiで調べてみると、JR西日本のキハ40系列はすべて新エンジンに交換済みらしい。ちなみに、この2日後に乗る岩徳線のキハ40は明らかに新しいエンジンの音でした。交換したエンジンの種類によって音が違うのでしょうか。それとも単なる私の思い違いか。

もっさりな走りのままですが快速なので駅を通過して行きます。そのうち西日が強くなり窓のカーテンを閉められてしまい、車窓も楽しめなくなってしまいました。明後日もこの区間に乗る事ですので少し眠る事にします。

広島市内に近ずくと各駅停車になり乗客もどんどん増えて来ます。

最後の停車駅は矢賀。この駅で私は芸備線の全線に乗った事になります。ここには大きな車両基地があり、30年前に広島からここまで1駅乗ってやって来て、可部線の73系やEF59の写真が敷地外から撮った記憶があります。

しかし矢賀駅に着いてみても、思い出せる情景というのが全くありません。新幹線の線なんかあったっけ?、本当に来た事があるのか自信が無くなります。

後で調べてみると、私が訪れたのは矢賀検修分所という所で、2004年に広島新幹線運転所用地に転用されたとあります。なるほど、そういう事だったのですね。

広島駅すぐ手前、山陽本線と合流すると、左手に白に青帯の広島の103系が見えました。なんと呉線の快速でまだ現役のようです。

そして芸備線専用の切欠きホームに到着です。切欠きホームの付け根には、立ち食いそば屋さん(関西だからうどん屋さんか)があり、ちょうどお腹もすいてきたところなのですが、次乗る列車まで7分の接続時間しかありません。乗り換えを急ぐ事にします。

(乗車日:2012年10月)

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1987年の芸備線の時刻表

またここで1987年の時刻表を取り出して、25年前の芸備線の状況を偲んでみます。
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当時、急行列車は3往復走っていました。
上りの広島発は
ちどり 広島8:28→米子13:58(芸備線・木次線経由・松江から普通列車)
みよし 広島12:43→新見16:40(三次から普通列車)
たいしゃく 広島17:20→新見21:08(備後落合から普通列車)
下りの広島行は
たいしゃく 新見5:47→広島10:00(備後庄原まで普通列車)
ちどり 米子9:55→広島15:50(木次線・芸備線経由)
みよし 備後落合16:04→広島18:33(三次まで普通列車)

3本ともグリーン車も指定席車も無し、すでに急行列車としての輝きは全く失われており、これに関してはもっと古いのを見るべきでした。芸備線の急行と言えば、備後落合でスイッチバックをし木次線に乗り入れ、陰陽連絡列車として機能していた「ちどり」が私としては一番に思い浮かびますが、wikiを参照すると、グリーン車連結時代は1984年、夜行のちどりが存在していた時代は1980年まで遡らなくてはなりません。現在の備後落合駅の衰退ぶりも、この頃から約30年もの歳月が流れていると思えば、納得できないわけではありませんね。

私が三次から広島まで乗った快速ですが、現在1日4往復の運転。ちょうど当時の急行に相当するといった感じです。当時の三次→広島の所要時間は1時間15分程度、現在は広島付近を各駅に停車しますので1時間25分程度となっています。当時は急行、現在は快速運転となる下深川・三次間に絞ってみると、ほぼ同じ所要時間です。

広島・三次間の急行列車は、なんと2007年まで走っていたそうですが、最後までボックスシートだったそうで、沿線住民から急行料金不要の快速にしてくれとの要望があったのも分かる気がします。一方、急行列車にしておくことで、定期券で乗ってくるマナーの悪そうな高校生を排除した、ビジネス客用の列車としての側面もあったのではないかとも少し感じられます。(当時、私は沿線に住んだ事はもちろん、乗った事もありません。時刻表を見てのただの推測ですので間違ってましたらご了承を・・・)

普通列車ですが現在3往復しか走らない東城・備後落合間はその頃8往復もありました。三次・広島間は現在の方が本数が多いです。

客車列車は三次・広島間で6往復も存在しています。その中で1本新見まで行く面白い運用がありました。

834レ 広島15:03→(三次で26分停車、三次発17:26)→備後落合18:42→ヨ
820レ 備後落合5:20→新見7:05
837レ 新見7:20→三次10:04

広島発は下校の高校生を満載、備後落合でも三次の通勤帰りや高校生を乗せて、賑やかな列車だった事が想像されます。その後なぜ客車列車を新見まで走らせ中途半端な時間に折り返してくるのかがよく分からないのですが、東城に高校があるみたいなので、やはり朝の高校生のための列車でしょうか。いずれにせよ趣味で乗る分には、この7:20発の三次行き、とても楽しそうで、ガラガラの車内のボックスシートに身をゆだね、50系客車の軽快なジョイント音を聞きながら、山深い備後落合付近の美しい風景を満喫出来たのではないかと思います。

最後に駅弁。
三次駅では面白いのが3種類も販売されていました。

山女魚弁当 600円
鮎ずし 600円(8~9月)
山菜富貴寄せ弁当 500円(10~3月)

どれも興味深いです。価格も安いし、季節限定物も2種類もありますし。山女魚は甘露煮でしょうか?、鮎ずしはお米の代わりにおからを詰めた名物なんだとか。今はどうなんでしょう。こんなお弁当があるんだったら買って行きたかったですね。

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天神川駅でEF67とEF210 300番台に出会う

次に乗るのは広島発17:35の白市行き普通列車。車両は115系、3扉ですが転換クロスシートに改造されています。すでにホームに入線しており帰宅する通勤通学客で満員です。

お腹も空きました。駅弁でもあったら買おうと、ホームの立ち食いそば屋さんを覗いてみると、パックの稲荷ずし(160円)があったので購入しておきます。乗車して、まずは発車前ですが車内のトイレを借ります。青春18系の切符での旅行は、本当に普通列車のトイレのお世話になります。

座れないので扉近くに立って過ごしますが、次の駅でこの地域特有の機関車が目に飛び込んできました。EF67 1とEF210 301、新旧の瀬野八の補機が並んでいるのです。降りちゃおうか?

この後の予定は、瀬野で降りてスカイレールに寄り道して福山まで行きます。あまり接続時間に余裕のないスケジュールで、確か最後に福山まで行く列車に乗りそびれてしまうと、次まで相当待たなくてはならかなかったはず。どちらかと言えば今日は早く福山に着いて美味しい物を食べてゆっくりしたい。しかしここで逃したら、もうEF67なんて撮影できないのではないか、EF67 1とEF210 301が並ぶ風景なんていうのも素晴らしいではないか、この際スカイレールはダメなら諦める事にして降りる決心をします。

ところで、機関車がこんなに良く見える駅なんてありましたっけ?
天神川という駅で、調べたら2004年に出来たそうです。機関車が停まっている場所が広島車両所蟹屋派出というところで、瀬野機関区が移ってきた形らしい。思えば私がこの地区に鉄道趣味目的で本格的に来たのは、まだ可部線の72系やEF59が最後の活躍をしていた時代以来。ずいぶんと変わっているものです。

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EF210 301とEF67 1の並び
EF210 300番台は、車体に2本の黄色い帯、一番手前の車輪も黄色、「俺は普通のとは違うんだよ」という強烈な主張があって、なかなかカッコいいですね。

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EF67 1
この機関車もそろそろ引退ですね。私が昔来た時は確かデビューしたばかり、この時はちょっと浮いた感じのオレンジ塗装に黄色帯が好きになれませんでしたが、時を経て今こうしてみるとすっかりなじんで当たり前の光景に感じます。
この塗装からあまり古さを感じませんが、実は1964年製のEF60後記型(車番は104)の改造なので私よりも年上で、なんと現在48歳。かつてのEF59も、種車となるEF53やEF56の製造が1932~1940年で運用離脱が1986年でしたので、それに匹敵する長期間の活躍をしてきたわけです。

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こちらはEF67 103
種車は1969年製のEF65 133。
後ろはEF66 123、実はこの機関車も製造されてもう20年になります。

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ホームの後ろにはクモヤ145-1102も、撮ってくれと言わんばかりの素晴らしい場所に停車中。モーターは交換されているとはいえ、これもルーツを辿ると101系なので相当古いはず。後ろの建物も国鉄時代を感じさせる味わい深い物です。

空はまだ蒼くなっていないのに被写体には光が当たらず真っ暗なので、空が完全に白飛びしてしまいましたが、今を象徴する記録を僅か8分の下車時間中に残せてとりあえず満足です。

ちなみにこの駅、やはり鉄道ファンの集う駅のようで、「君は30年前の私か?」と言いたくなってしまいそうな、一眼レフを持って制服を着たひ弱そうな高校生も撮影していました。

次に来た列車に乗って瀬野へと進みます。来たのは115系3000番台、すぐに席が空いたので、座って広島駅で買った稲荷ずしを食べてしまいます。

そして携帯電話のiモードで(私はまだスマホを持ってません)時間をかけて時刻表を検索。予定外の途中下車をしてしまいましたが、この後、スカイレールに寄り道しても、なんとか本日予定していた列車で福山までたどり着けそうなことを確認します。

(乗車日:2012年10月)

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(広島県の) スカイレール乗車記

瀬野駅で降りて急いで階段を駆け登り、スカイレール乗り場へ急ぎます。

正式には「スカイレールサービス広島短距離交通瀬野線」というらしい、一応鉄道に分類されるこの路線の存在を知ったのは、今回のこの旅行のプランを組んでいる時。懸垂式モノレールの路線にスキー場のゴンドラがぶら下がっているような新交通システムの一種という事で、路線延長距離は僅か1.3km。しかし日本の鉄道全線に乗車しようと思っているので、ここで通り過ぎるわけにはゆきません。

ICカード対応の改札機がありますが、Suicaは使えそうにないので(この辺私は全然詳しくない)、自動券売機に硬貨を入れて切符を買います。久しぶりに見る古風な自動券売機で押しボタンは四角形。何処かの中古品みたいにも見えます。200円入れて「おとな150円」を押したら10円玉が5枚出て来ました。

階段でホームに上がると、確かにスキー場のゴンドラのようなものが待っていました。ちょうど帰宅ラッシュなので、すでに前後4席ずつの座席も埋まり、立っている人も多いです。すでに周りは暗く、乗車した時間が悪かったのか、車内は何とも言えない圧迫感。知らない団地のエレベーターにそこの住民と乗り合わせてしまったような感覚です。

正にエレベーターに乗っている感覚で、発車まで壁とか天井を見ながら黙って立っているわけですが、車内で目に着いたのは、

「1999年ローレル賞受賞」のプレート
全く新しい規格のそれなりに価値のある車両というかシステムのようです。他の場所でも採用されたら、本当に認められたという事になるかと思います。今の日本国内では難しそうですので、海外に展開されたりしたら面白いかもしれませんね。

「定員25名」のプレート
今乗ってる人を数えたら20名、ラッシュ時は7分半間隔で運転されているようなので1時間当たりの輸送量は200名。詳しく分かりませんが、「kmあたりの建設費」÷「1時間当たりの輸送量」で計算すると結構高い乗り物かもしれません。

「監視カメラあり」のプレート
監視カメラで見張られているとはいえ、なんとなく危険な雰囲気が漂います。若い女性一人で乗車するのは少し怖くないか。そもそも私のようなよそ者に乗車させるような路線では無いのではないか。私はあまり治安がいいとはいえない荒んだ場所での生活も経験しているせいか、こういった雰囲気には少し敏感になってしまうのです。

出発すると一気に高度を上げます、昼間乗ればとても爽快な景色を眺められるはずなのですが、夜なのでますます車内の密閉感・孤立感が増し、(私が感ずるに)危険な雰囲気になってしまします。乗車時間はとても短かったはずなのですが、非常に長く感じられて駅に到着、なんとなくほっとして降りますが、まだ乗っている人がおり、中間駅だったようで再乗車、乗客が約半分になったところで終点のみどり中央に到着します。

駅前を散策する時間はなく、急いで切符を硬貨で買い直して(ここで行きにお釣りで出た10円玉を戻します)瀬野駅に戻ります。

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(山上の)みどり中央駅構内

みどり口、みどり中街、みどり中央
部外者にとってはとても分かりにくい駅名。
起点は瀬野駅で良いのでは、
又はみどり山下、みどり山中、みどり山上なんてどうだろう。

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みどり中央駅のホーム

帰りの山を下る列車(ゴンドラ?)は私入れて4名。今度は座る事も出来、少し気持ちも余裕が出来て景色も楽しむ事も出来ます。山の斜面のきれいな分譲住宅地です。しかし、このスカイレールの恩恵が受けられる住宅は何パーセント程度でしょうか。

山下のみどり口を降り、急いでJRへ乗り換える途中で気付いた事ですが、どうしてこんなに雰囲気が好ましくないというか、なんとなく犯罪が起こりそうに感じてしまうのか。(これから書くことは、鉄道に乗るのが趣味なだけの全くの現実を知らない、よそ者の無責任な戯言になってしまいますが・・・)このスカイレールに1往復乗車して、ここで働いている人の顔を一度も見なかったからではないでしょうか(急いで乗ってきただけなので、私が見落としているだけかもしれません)。運営しているのも企業ですので、合理化も仕方ない事かもしれませんが、起点のみどり口ホームで安全確認やお年寄りの案内をする人がいたら、又は事務所には監視カメラを見張っている職員さんがいるはずですので、ここは前面ガラス張りにでもして働いている人の姿が見えたら、雰囲気は大きく変わるのではないかと、ちょっと思ったのでありました。

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真っ暗ですが、JR岡山方面のホームから撮ったスカイレール。
確かこの下に瀬野機関区が広がっていたのですよね。

(乗車日:2012年10月)

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夜の福山城と福塩線105系

瀬野駅から乗る18:30発の岡山行きは10分遅れで入ってきました。2扉転換クロスシートの115系3000番台で約1時間半の乗車には嬉しい車両ですが、残念ながら混んでいて座れません。たまたまモハに乗車していましたので、次の八本松までは駅間距離10.6kmもの長い勾配区間を、いい感じで響くモーター音に耳を傾けます。確か西条で降りる人が大勢いて座れるのですが、その後も乗ってくる人も大勢いますので福山まで混雑していたと思います。

三原~福山間は、子供の頃に時刻表を見ていて駅数が少なく、そのほとんどが優等列車の停車駅なので非常に短い区間に感じながらも、実際は意外と距離が長い区間でこの列車でも30分かかります。明るいうちなら瀬戸内沿いのいい景色が広がるはずなのですが暗くて全然見えません。そしてやっと福山に到着しました。

隣のホームに停車していた岡山行き快速の117系、これもそのうち黄色になるのでしょうか。
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まずは福塩線ホームに向います。黄色い105系2連が2本、連結されていない状態で停車していました。
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そして大阪方面のホーム先端付近に行くと
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福山城バックの福塩線105系です。
車両は違いますが、昔、ここでこの写真が撮りたかったんです。中学生の頃、本格的に旧型国電に興味を持ち、ここは70系最後の地として訪れてみたかったのですが、当時の私には福山はとても遠すぎました。やっと高校生になって来れるようになった頃は、可部線の73系(これはぎりぎり間に合った)と小野田線雀田支線のクモハ42だけになってしまいました。

そして当時指をくわえて眺めていたのが、この場所で夜に撮影された、美しくライトアップされた福山城をバックに佇むスカ色70系だったのです。どの雑誌だったか忘れましたが、素晴らしい空気感?というか静寂感が伝わってくるいい写真でした。あれから約30年経って、やっとここに来る事が出来たわけです。すぐそばに喫煙所がありましたので、ここで至福の一服を楽しむ事にします。

府中側に停車していた2連が20:11に出発すると、後ろに待機していた2連が府中側に移動、次の20:40発の府中行きになります。
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ここでまた福山城をバックに撮影。
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2連なので70系時代は撮れなかったアングルです。
先発したのは黄色一色でしたが、こちらはクモハ105-1、クハ104-1のトップナンバーで登場時の姿の青帯を巻いています。しかもとても美しい。

福塩線と言えば70系が転入してくる前は、クモハ51とクハ68がメインでした。このカラーがなんと新幹線0系の青20号。あまりにもマイナーな存在だからか、私の中学生時代、この車両のカラー写真は雑誌等でなかなか見る事が出来ず、幻というか神々しいまでの存在感だったのですが、今はインターネットの時代です、「福塩線 旧型国電」で画像検索かけますと・・・出て来ました。まさにこの場所で撮影されたものが。貴重な写真をありがとうございます。

もう遅い時間なのでここで撮影は切り上げて、駅裏手のホテルにチェックインして荷物を置いて夕食に出ます。駅下のレストラン街は閉店時間で、駅南側の繁華街を歩いてみます。駅前には金券ショップの自動販売機が新幹線回数券を安く販売しており、次から次へと購入者がいるのには驚きました。

福山には福山ラーメンというのがあったはずですが、歩き回ってみたもののそういう看板は見当たりません。一方、博多もつ鍋と九州ラーメンの店はとても多く、食文化は他の地域のものが圧巻してしまっているようです。地元の酔っ払いがテーブル席で盛り上がっている混雑した九州ラーメン屋さんがあり、こういうところは美味しいかなと、入ってカウンターで食べたらとても美味しかった。ギョウザに替え玉でお腹も満たせて大満足でホテルに戻ります。

今日は朝早くから1日中列車に乗って座り続けていたので腰が痛いです。さぁ、明日も頑張って座る事にしましょう。

(乗車日:2012年10月)

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福塩線乗車記(福山→府中→塩町)

2012年10月中旬の土曜日、本日は福山→府中→塩町→備後落合→木次→宍道→江津と移動します。まずはホテルの朝食をしっかり食べて駅へ向かいます。

これから乗車する福塩線、福山発7:18の府中行きですが、改札上の案内板には3両編成とあります。

3両? 105系の2連+クモハ123? 福塩線にクモハ123はいましたっけ? あるいはクモハ105を1両増結? いや、もしかしたら103系かも?・・・確かめるべく期待を胸に急いで階段をホームへ駆け上がってみると、待っていたのは115系の3連でした。例によって福山城バックで撮影しておきます。
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115系とは意外でした、ここでは105系に乗るのを楽しみにしていたのですが、ロングシートから転換クロスシートになったので良しとしましょう。車内は通学の高校生で半分ぐらいの席が埋まる程の混雑、ここの高校生もマナーは良くとても静かです。今日は土曜日ですが平日はもっと混雑しているのでしょうか。

それでは出発します。
福山の次の備後本庄駅は、いきなり「兵どもが夢の跡」といった情景です(福塩線が「つわもの」だったかどうかは疑問ですが・・・)。この線の電化区間は昔より本数が増えているはずなのですが、ダイヤを整理して交換駅を少なくする工夫がされているみたいに思えます。
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写真は撮りそびれましたが神辺では井原鉄道を見ます。この鉄道衰退の流れにありながら、1999年に開通した地方路線というのは、ちょっと信じられないのですが嬉しい事です。

この福塩線、元電化された私鉄らしく架線柱の間隔が短く、走りっぷりはちょっと力行して、すぐノッチオフ、惰性でたらたら走って、ゆっくりブレーキをかけて停車。なんとなく昔の大糸線に乗っているみたいな感じです。私が最初に大糸線に乗ったのも、夜行急行アルプスで現地に到着して、今のように早朝に乗車していたので、そう感じされるのかもしれません。

すれ違うのは3回、すべて105系の4連でした。一番混雑する時間は、上り列車にロングシートの105を集中させて、足りなくなってしまった分、下りのこの列車に115系の転換クロスシート車を充当しているみたいな感じです。

電化区間の終点の府中に到着。たった5分しか滞在できなかったのが残念な、それなりの規模を持ったとても面白い駅でした。
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駅本屋のある今度乗る三次行きが発車を待つホームは2番線。
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跨線橋から見下ろす。左2番線、キハ120が停まっているのが3番線、その向かいに乗ってきた115系が停車する4番線があります。
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1番線は2番線の裏手の行き止まりホーム、駅によっては0番線となる場所です。その向こうには貨物ホームも残っています。そういえば似てるなと思った大糸線の信濃大町駅もこんな感じの貨物ホームがあったような気がします。
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塩町・三次方面を望む、さっそく上り勾配みたいです。
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次は府中発8:10の三次行きに乗車します。本日も何度もお世話になるキハ120。今回初めてのすべてロングシートのキハ120 6です。座席は1/3が埋まる程度、キハ120の路線としては混雑しているような感じです。ワンマンの表示が出てますが車掌さんが乗車していました。

府中の次の下川辺から山深くなり。ここでもいろいろな形状があって面白い、車の通れない人道橋がいくつか見られたような気がします。河佐からは比較的新しく造られたっぽい長いトンネルに入ります。こんなにも早く分水嶺を越えて江の川流域に入るのかと、その時は思っていましたが、八田原ダム建設による切り替わった新線で1989年に開通したトンネルらしい。

面白い駅名で気になっていた上下駅も過ぎ(実はここが分水嶺でした)、淡々と長閑な農村風景の中を走ります。この辺りの線路沿いの田畑は、おそらく作物をタヌキやイノシシに食べられてしまう事が多いのでしょうか、どこもきっちり、大人が簡単に跨げる高さの柵で囲われています。柵は木製のもの、鉄線を井桁に組んだもの、ワイヤーを張ったもの、とてもバラエティーに富んでいます。セイタカアワダチソウも満開です。
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左から芸備線が合流して、福塩線の終点、塩町に到着します。予定ではこの列車で三次まで行って、次の備後落合行きに乗る予定でしたが、気分を変えてこの駅で降りる事にします。乗継駅なのですが、降りるのは私一人でした。乗ってきた列車を見送ります。
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下の写真は塩町駅に掲示されていた福塩線寄り道マップ
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府中から北は列車本数が少ないので、途中下車なんかしようものなら次の列車を待つのに1日が終わってしまう状態で、寄り道という言葉は相応しくないように思われます。しかしこの看板を良く見てみると写真の電車は福塩線90周年のヘッドマークがついており、この線の開業は1914年なので、この寄り道マップが掲示されたのは2004年頃のはず。この頃は途中下車して寄り道出来るほどの本数が走っていたのでしょうか。

ちなみに1987年の時刻表を見ると充分寄り道可能な本数が運転されていました。
1987年:福山-(下り26本)-府中-(下り12本)-三次
2012年:福山-(下り30本)-府中-(下り7本(うち1本は臨時))-三次

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塩町駅とその周辺散策、第3種車止めについて想う

次に乗るのは塩町発10:59の備後落合行き、1時間15分の待ち時間を、接続駅でありながら現在は無人のこの駅でのんびり過ごす事にします。

まずは塩町駅の時刻表をチェック。
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全列車ワンマンカーとは全列車キハ120なのでしょうか。次に乗る列車が来る前の10:15に備後落合方面からの三次行きが来ます。そういえば昨日、駅を出てすぐ新見方面に撮影に良さそうな鉄橋があったのを思いだしました。そこで待ってこの列車を撮ってみる事にします。

駅を出ます。駅舎は何か神事の飾り付けがされています。
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駅前食堂も同じような飾り付け。
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芸備線・福塩線の分岐部はシーサースクロッシングです。
左が新見方面、右が福山方面。
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飛び出し坊や。
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鉄橋にはすぐに着きました。川と並行して通行量の多い県道があります。道路際で列車を待ちます。
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来ました。
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セイタカアワダチソウも入れてパチリ。車両の後ろに立派なコンクリート橋があったので、それを隠すタイミングでシャッターを押したのですが、水面に映った車両は少し草に隠れてしまいました。もうちょっと右寄りの位置で構えてれば良かったです。もう一回チャンスがあればいいのですが、しかたなく駅に戻ります。

やはり何かのお祭りみたいです。
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塩町駅を裏手から1枚。
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駅前は郵便ポストも密集地帯。
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駅に戻ります。ホーム側から駅舎を1枚。当然今は無人駅ですが、昔ながらの鉄パイプ製のラッチが残っています。
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駅舎の中を覗いてみると、古めかしい計りがあります。手荷物扱い時代の名残でしょうか。奥には1段上がった和室、おそらくここで寝泊まりしていたのでしょう。昔の事務員さんがよくしていた肘まである手袋?をした駅員さんが出てきそうな雰囲気。とにかくここだけ見事に時間が昭和のままで止まってしまっています。ちょっと感動してしまいました。
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ホームへ上がるのは、ここだけ近代的でコンクリート製の地下道。無人駅化する際に出来たのでしょうか。
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ホームへ上がります。ちなみにここで列車が交換されるのは1日2回。
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線路のそばで人が集まっています。良く見ると祠があってお参りしています。神事はこれだったようです。塩神神社と書いてあります。
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塩神=塩の神様?=塩の町、なぜ海から離れたこんな場所が・・・昔、瀬戸内海沿岸で採れた塩がここまで人の力や馬の力を借りて運ばれて一旦保管、そしてここから当時は河川交通が盛んだったろう江の川を経由して日本海側の都市に運ばれたのでしょうか。

調べてみるとその予想は全く外れ、塩分を含んだ温泉が湧いていた場所なので塩町との事。写真を撮った祠の場所で湧き出ていたのでしょうか。

貨物ホーム、もしくは芸備鉄道時代のホーム跡があります。
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その先に車止め。この形は第3種車止めというそうな。
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久々にじっくりと第3種車止めというのに向き合ってみます。私は建築関係の仕事に就いているのですが、考えてみるとレールをこの方向に曲げるのは非常に大きな力が必要です。はたしてどうやって曲げたのでしょうか。私が思いつくのは2通り。

1案、
「第3種車止め製造機」なる専用の機械があった。相当なテコの力で曲げた事と思います。その機械はおそらくワム80000の半分ぐらいの非常に大きなものだったのでは。

2案
職人さんがバーナーで焙りながら柔らかくして曲げた。一見簡単そうですが、これだけの断面積のレールを溶かさずに均一に曲げるというのは非常に難しいはず。しかも2本そろえるのは正に神業、超熟練職人でないと出来ないはず。

今はこのタイプの第3種車止めはほとんど見られなくなってしまいましたが、1案なら機械が壊れた、2案なら技術が継承されなかったと言う理由で、もしかしたら現在は製作できなくなってしまっているのでしょうか。どうやって曲げたのかご存知の方がおられましたら教えていただきたい。

そんな事を考えながら列車を待っていたわけですが、1時間15分の以上の待ち時間はあっという間、次に乗る備後落合行き列車が入線してきました。
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(旅行日:2012年10月)

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芸備線再乗車(塩町→備後落合)

塩町から乗車する10:59発の備後落合行きです。
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無人駅からの乗車ですので後ろのドアから乗り込みます。この列車は木次線の奥出雲おろち号の運転日に合わせて運転される臨時便。本日は土曜日、天気も良く気温も暖かく絶好の秋の観光日よりで、みなさん奥出雲おろち号乗車かと思われる普通の観光客と鉄道ファンで満員です。座れないのですが、これ幸いに一番後ろに立って流れゆく景色を楽しむ事にします。昨日も乗車した区間のおさらいみたいですが写真を並べてみます。

まずはさっき撮った鉄橋を渡ります。
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線路際や休耕地はセイタカアワダチソウが満開。
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この草はススキと一緒に生えている事が多いのですが、調べてみると地中では日本古来のススキと外来種のセイタカアワダチソウの仁義なき戦いが繰り広げられているらしく、今はなんとススキが勢力挽回中らしい。

美しく整備されている七塚駅。
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秋の花見日より。
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備後庄原駅
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そして備後庄原~高間の川沿いの美しい風景。
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こういう場所は速度制限ありの徐行運転、もう少ししたら紅葉も見ごろでしょう。ここにオリジナル急行色のキハ28-58が走ったらとても絵になるだろうなぁ。

川から離れたこういう区間は軽快に走ります。
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味のある短いトンネル。いや、これは落石・雪崩よけのシェルターかも。自然と一体になりつつあります。
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今回の旅行であちこちで見かけた、昔は交換できた駅の今の姿。
撮影時間から高駅です。
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そして木次線と合流し備後落合駅に到着です、
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昨日に引き続きまたここにやって来ました。写真には写っていませんが小さな駅は観光客と鉄道ファンでいっぱいです。
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備後落合の駅舎。
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備後落合駅前の様子、私も少し散策しましたが何も無いようですのですぐに戻ってきてしまいました。
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(乗車日:2012年10月)

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木次線「奥出雲おろち号」乗車記(備後落合→木次)

次に乗る列車が山の中からひょっこり顔を出します。
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備後落合発12:44の木次行きトロッコ列車・奥出雲おろち号です。
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控え車は貴重なスハフ12 801
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運転台の付いたスハフ13 801、
ケーブルカーみたいな雰囲気で憎めない顔です。
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今回の旅行のスケジュールを組む上で最後まで悩んだのが、この木次線で奥出雲おろち号、又は普通の列車のどちらに乗車するかです。私のような上級鉄道ファンは、素人が喜びそうなド派手な観光列車よりも、日常的に走っている列車への乗車を好む訳なのですが、ロングシートのキハ120ではあまり風景を楽しめそうにないし(実際にそんな事は無い)、追加料金も指定席代510円で安いし、接続も良いし、ここはせっかくだから乗ってあげようではないか・・・・

と、いうのは嘘でして、本心は機関車牽引の客車列車だし、スイッチバックも客車先頭で楽しめそうだし、何より窓が無いトロッコ列車、凄く乗ってみたいのですが心配なのはおじさん一人で乗って恥ずかしくないかです。秋の観光シーズン真っただ中、ボックス席の周りをおばさん観光客に囲まれてしまったらどうしよう、それならまだまし、前がカップルだったらどうしよう、最悪は親子3人家族旅行なんかに囲まれてしまって、テーブルにお母さん特製の手弁当なんかを広げる事になってしまったら、向こうも困ってしまうのではないか。しかしもう東京出発日に指定券も手に入れてしまった事ですし、牛肉弁当や亀嵩のそばも注文してしまいました。もう腹を決めて笑顔で楽しむしかありません。勇気を振り絞って?列車に乗り込みます。居ずらい雰囲気だったら控え車のスハフ12に逃げる事にしましょう。

これがトロッコ車の運転台と展望席
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空いているうちにスハフ車内も撮っておきます。
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座席は進行方向向きの左側、購入時は窓際と言っただけで何も指定していなかったのですが、木次行きは左側が景色が良いそうで気を利かせてくれたのかもしれません。同じボックス席向い側は、私と同じような目的の30台ぐらいの男性でホッとしました。とりあえず挨拶。乗車率は50%ぐらい、ちなみにおじさん一人の鉄仲間は5,6人いました。

まずは2時間ほど前に携帯電話で注文しておいた仁多牛べんとうを受け取って出発前に急いで食べてしまいます。車内ではみなさんこれを手にしており、良く予習して乗車している事が伺えます。

出発します。森の中を右に左にカーブを切って進んでゆきます。それにしても本日は天気も良く暖かくて良かったです。それ以上に前が親子連れでなくて良かったです。トンネル内でのディーゼル機関車の煙も気になる程ではありません。観光案内をしてくれる人はボランティアらしい。楽しい案内に車内はとても賑やか、私もこんな仕事やってみたいですね。脂っこいお弁当だったのでコーヒーが飲みたくなりました。車内販売のコーヒーは価格は200円なのですがドリップしてくれるもの、とても美味しく頂きました。

三井野原に到着します。
JR西日本で一番標高が高い駅のようですが、時刻表ファンだった私にとってこの駅で思い浮かぶのは、冬期に広島方面からこの駅まで運転された臨時列車、三井野原スキー号、三井野原銀嶺号です。そんな列車の終着駅だったここはどんな駅なのか、駅前に展開されているスキー場はどんなものなのかがとても気になります。

写真が車窓左手に広がる三井野原スキー場、雪が無いのでどのぐらいの規模かよく分かりませんが、関東甲信越のに比べたらかなり小さそうです。貸スキー屋さんもあります。
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ホームは左側に1面あります。かつての臨時列車の終着駅です。反対側にもホーム、あるいはホーム跡、機回し線跡とが残っているのでしょうか、激しく右手も見てみたい。ところがこの駅では、この先左手に素晴らしい景色が見えるとの事で通路には右側のお客さんが全員立って左手を注視しており立ち上がって確認する事が出来ません。仕方ありません。(後で調べたら1面1線だったようです。)今、このスキー場へのアクセスはほとんどが車かと思いますが、列車で行こうにも、この木次線、雪のある時期はタクシーで代行運転となってしまう事があるらしく、なんとも悲しい事です。

三井野原を出ますとこの列車一番の絶景ポイントとなります。ガイドさんの「私が良いというまで目を閉じているように、カメラを準備しておくように。」の言葉に従って、目を開けると・・・ジャーン。
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そしておろちのシッポ。
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まぁこの木次線。山間を走るローカル線で、これと言った見どころポイントはあまり無いわけなのですが、ちょっとこの景色を盛り上げ過ぎでは・・・

こういう事を書いてはいけないかもしれないのですが、赤い鉄橋は確かに素晴らしい景観かもしれません、しかし小山にドクロを巻いているコンクリート橋に至っては、これが良い景観と言えるのだろうか、どちらかと言えば景観ぶち壊しの良くない光景ではないだろうか。ついでに戯言を言わせてもらえば、おろちをイメージして設計されたというこの橋、着工がバブルの時でしたので仕方ない事かもしれませんが、今となってはこんなにお金をかける必要あったのか、普通のジグザグ坂で良かったのではないか。車を持っている人には素晴らしい恩恵なのでしょうが、この橋が出来たおかげで存続が怪しくなってしまった鉄道路線から、こうやって凄いでしょうと見せつけられるのも、ちょっと複雑な気分です。間違いなく言える事は、こうやって観光客に見てもらえて、この橋の工事にかかわった人は幸せです。

そしてこの列車一番のイベント、スイッチバックのある出雲坂根に到着します。左手に下に次に走る線路が見え、バックで走り始めると車内は大騒ぎ。
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出雲坂根では下り列車と交換でしばらく停車。ここで機関車の写真が撮れます。DE15 2558
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駅の湧き水を飲んでしばらくすると下り列車が入線します。
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八川あたりで見た樹齢100年だかの銀杏の木。大きいです。
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亀竹では事前に注文しておいたそばを受け取ります。ここでトロッコ車両では容器の蓋とか鰹節の袋とかが風で飛びそうですので、控え車の室内に席を移動して、そばを食べる事にします。既にこちらに移っている人もたくさんいて、乗客の1/4から1/3が乗車している感じです。おそばはお店で食べたら美味しいのでしょうが、お弁当風の容器なので残念ながら感動は無し。しかし500円と安いのでとても良心的です。ちょうどよいおやつになりました。

どこかの駅では左手に女性駅員さんが手を振ってくれますとの事。この日は残念ながら駅業務が忙しかったようでお出ましにならなかったのですが、こういう時、昔はよく「美人の」と一言付け加えて注意を引かせていました。そして実際に出てくる女性は普通のおばさんである事が多く、後で「美人だったのは30年前なんですけどね」とボケるのがパターンでしたが、今そういう発言はセクハラになってしまい難しいのかもしれません。

終点木次に近づくと見どころはあまりないようで、ボランティアさんの観光案内もあまり内容が無いものになってしまうのですが、ちょっと私が思ったのは、この列車は島根県の助成金で運転されているらしいので、もっとその事をアピールして、島根県全体にお金を落としてもらえるように名産品の案内なんかをするのはどうでしょう。備後落合行きの乗客は広島県・岡山県に抜けてしまうので難しいのですが、木次行きの乗客には
「松江や出雲市に着いたら、お土産にしじみ買ってね、トビウオの蒲鉾買ってね!」
「今の季節はカニが美味しいですよ、マスカットが美味しいですよ、是非食べてね!」
「帰りに米子空港をご利用の方、米子は鳥取県なのでお土産は出来れば島根県内で買うようにしてね!」といった具合に・・・なんだか偉そうな事を書いてしまいましたが、ただの戯言ですのでご了承を。

なんだかんだ2時間弱もの乗車時間でしたが、まったく退屈せずいろいろと楽しむ事が出来ました。木次に到着します。
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(乗車日:2012年10月)

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木次線乗車記2(木次→宍道)と山陰本線(宍道→江津)

木次に到着しますと、今回の旅行では一度しか見られなかった鋼製車体のキハ120が発車します。まだ午後3時なのですがこれが備後落合行きの最終列車となります。
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木次線の車両基地はここ木次にあります。木次線車両は他の線区へ乗り入れる事もほとんどなく、キハ120も独自のカラーですので、なんとなくJRですが独立した第3セクターの鉄道みたいです。庫内には奥出雲おろち号の予備機関車も見えます。
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第3種車止め、ここのも素晴らしいカーブ。奥のレールのツメ?(私が勝手に名付けた右端の折れ曲がり点)の仕上げはちょっと失敗したか。
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次に乗車するのは木次15:09発の宍道行き。キハ120のロングシート車です。
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奥出雲おろち号の乗客ほぼ全員がこちらに移って来ます。遅めに乗り込んだので席はほとんど埋まっていましが、一番良い場所、運転席の横のトイレの前が空いていました。ここに立たせて頂きかぶりつきを堪能します。

この線の木次~宍道間は定期奥出雲おろち号の走らない区間ですが、前からかぶりつきすると実にほのぼのとした車窓が楽しい区間でした。この区間、斐伊川に添って線路が引かれれば、木次から出雲市へと抜けるのが自然ですが。山裾を走って小さな分水嶺を2回越えて宍道に抜けます。直線距離は10kmそこそこなのですが、W字に迂回するので20km以上も走ります。ここの開通は1916年で当時は簸上(ひのかみ)鉄道。そう思ってみるとどの駅も小ぶりで昔の国鉄路線ではないような感じがしてきます。

加茂中のちょい手前
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狭いホームの交換駅加茂中
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加茂中・南宍道間の小さな峠越え?
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南宍道駅
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終点の宍道駅、昔は専用ホームがあったのに今は線路も剥がされ、山陰本線下りホームの反対側に到着します。
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続けて山陰本線(宍道→江津)の乗車記も書いてしまいます。

次は2分の接続時間で同じホーム反対側に入ってくる快速アクアライナーに乗り換えて、一気に江津まで移動します。キハ126の2連で、混んでましたが通路側に座る事が出来ました。

出雲市では13分の停車、乗客のほとんどが下車し海側の窓際に座ります。ちょっと出て写真を撮り、ペットボトルのお茶を買っておきます。
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出雲市出てすぐの神戸川橋梁には、まだブルトレ出雲が2往復、夜行だいせんが客車時代の頃に来た事があります。その頃はプレートガーダー橋だったはずですが今はトラス橋に架け替えられたようです。当時の写真のデジタル化したのを載せておきます。反対側では夕方に出雲4号の浜田発の基本編成に、出雲市で増結する編成、2本立て続けにやってくる美味しい場所でした。
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急行だいせん(撮影は1998年)

西出雲を過ぎてからは左手に見える出雲運転区に注目します。見られた車両はサンライズ出雲の7連が1本、やくもの381系4連が1本、キハ120が1両、クモヤ145が1両、それでおしまい。広い構内なのですが、あまりにも少ない本数に拍子抜けします。かつては名門車両基地だったはずですが、現在は後藤総合車両所出雲支社という名前になってしまったそうで、いろいろ整理されて車両の数も少なくなってしまったのでしょうか。

それにしてもこのキハ126の快速列車は速い速い。今までローカル線の各駅停車ばっかりでしたので気持ちがいいぐらいです。小田あたりで海側に出ます。このあたりも昔撮影に来た事があるのですが、列車が速いからか、自分が撮影した場所や歩いた道を辿って思い出に浸る事は出来ません。田儀では満員のキハ120と交換。この駅も確か降りた事があるはず。
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この車両、私は乗るのが初めてなのですが、車内のボックスシートで1か所、排気パイプの関係でか間隔がとても広い区画があって、他にもなんとなく設計が中途半端な所があったり、シートの手掛けはパイプ製、荷物棚はボックスごとに独立したタイプ、どれも明らかにニセモノっぽい木目調の材質が多用されており、非常に内装が安っぽい感じもするのですが、この素晴らしい走りっぷりを感じれば、そんな所もあばたもえくぼ、愛着がわいてくるものです。

五十猛を過ぎて確か左写真前方の山に登って、右写真の海をバックに
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こんな写真を撮ったのです。
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出雲1号、1998年の撮影
この時は浜田行き出雲終焉の頃、狭い足場に10人ぐらいが密集して撮影、こういう有名撮影地に来て、みんなと同じ写真を撮るのもなんかバカバカしいなとこの時はちょっと感じました。

最後に江の川を渡って、江津に到着します。
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この車両の一番の手抜き箇所はこの前面かもしれませんね。無表情というか、やる気が無い表情というか・・・でも私は好きです。
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(乗車日:2012年10月)

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江津駅周辺散策と三江線乗車記1(江津→川戸)

次は三江線に乗車します。
この路線、全線通して乗車出来るスジは現在僅か3往復。この季節に明るいうちに走り抜けるのは三次発9:57しかありません、しかも石見川本で2時間弱の接続待ち(実際は同じ車両で長時間停車らしい)。現在、乗りつぶしにおいてJRでは一番困難な路線ではないでしょうか。

私は江津発6:00の始発列車に乗る事にします。しかしこの列車に乗るために江津のホテルを探してみるのですが、インターネットでは江津の宿泊施設にはヒットしません。浜田又は江津の一つ西の都野津に宿泊し、朝5時台の始発列車で江津まで来るほか無いようです。それもかったるい。さらに調べていくと三江線、江津から4つ目の川戸に駅前旅館がありました。本日は江津発18:56の浜原行きでここまで移動して宿泊する事にします。

実は私が旅行した時期の10月1日~12月31日までの間は、三江線増便社会実験バスというのが運転されおりました。下が三江線江津駅の時刻表ですが、通常列車は5本ですが、浜原までの増便バスが5本も運転されています。
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すぐ17:40発の浜原行きというのがあり、明るいうちに川戸まで行けて、バスから見る線路も面白そうなのですが、鉄道に乗るのが目的なので1時間半後の列車で移動します。これがそのバス。学生さんが5名ぐらい乗車してました。
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駅の案内には、種別:駅前、増便バス、17:40浜原行き、乗り場は実際にはない4番線。
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ここで残念なのは江津・川戸間を景色が全く見えない夜間の移動になってしまう事。この区間はおそらく川幅も広く海に近いとはいえ山深い場所、ひょっとしたら三江線で一番良い(おそらく穏やかな)景色が広がる場所かもしれません。出発まで時間はたっぷりあります。その風景を少しでも見てみたいので、江の川まで歩いてみる事にします。

駅前のパチンコ屋さん、15~20年ぐらい前に私もパチンコに夢中になってしまった時期がありました。レトロな雰囲気でちょっと覗いてみたい気がしましたが、現在は外装がそのままで焼肉屋になっていました。
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国道を東へ歩いて5分ぐらいか、江の川にはすぐに着きました。写真は山陰本線の鉄橋で、左は河口側、右は川上側から撮ったもの。
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今回の旅行の今まで乗った区間は圧倒的に江の川流域が多いのですが、ここがその川の終点、海にそそぐ場所だと思うと感慨深いものです。

川上側に堤防を歩いてゆくと三江線の線路が見えて来ます。
三次方面を望む、上の立派な橋は江津バイパス。
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江津方面を望む、奥の煙突は日本製紙ケミカル江津事業所。
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もう遅い時間、この辺は静かな住宅街ですので、カメラを持った怪しいのがうろうろしていると通報されるのもなんなんで駅に戻ります。まだまだ時間に余裕があるので、浜田側の線路を跨ぐ陸橋まで行ったり、静かな商店街を歩いたりして時間をつぶします。
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そして乗車する江津発18:56の浜原行き。最終列車ですが、この約1時間後にも増便社会実験バスが運転されます。
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山陰本線下り普通列車との接続をして出発。乗客は6,7人、地元のお年寄りに学生さんです。右にカーブを切り山陰本線と分かれ、さっき行った場所を通り左に江の川が見え、すぐに江津本町という駅に到着します。

本町というからには本当の江津の中心地か、もしくは江の川の河川交通が盛んだった頃の街か、とはいえ駅の周りは真っ暗、灯りがほとんど見えません。しかし調べてみると赤瓦の古い家並みが残る街があるらしい。さらにこの駅、1日の平均乗降人数0人という凄い駅。さっき江の川を見に来た場所からもう少し歩いてこの駅まで来て、この駅18:46発の江津行きに一駅乗り、その折り返しとなる今乗っている列車に乗車すれば良かった。よく調べてから来るべきでした。

その後、ゆっくりとしたペースで川沿いを走るのですが、左の車窓は灯りが全く存在しない真っ暗な空間があるだけで、ここに大きな川が存在しているのだなという事だけが解ります。

三江線増便社会実験バスの運転期間中なので、車内にはアンケートをされる方が乗車しており、乗客の始める世間話を交えながら、どこから乗ってどこで降りるのか、バスが増便される事を知ってるか、三江線に対して何か要望はあるかを聞かれておりました。私にも廻ってこられたのですが、三江線への要望で、本数が増えればみたいな事を回答させて頂きました。現実を知らないよそ者のくせに、なんだかとても恐縮です。

川戸を降りると、旅館はすぐ目の前にありました。

こういう所に泊まるのもいいですね。
7500円で2食付き、しかし料理はとても豪華。中でも魚の煮つけがとても美味しい。こんなに美味しい煮つけはなかなか出合えません。聞けばのどぐろという魚だそうで、関東ではあかむつ、ってことは超高級魚ではないですか。昔、会社の有志で船をチャーターしての相模湾での釣り行事に参加した時、鯛を狙うのですがド素人の私には、別な魚ばかりがかかります。そしてこの高級魚むつ(黒いやつだったかな)を釣り上げてしまい、何だかよくわからないですが、羨ましがられた思い出があります。

いつも安めのビジネスホテルに宿泊し、夕食は居酒屋さん等でなるべくその土地の料理をあまりお金はケチらずに食べるようにしているのですが、どちらかといえば期待外れだった事がほとんど。ここで地方の旅館の素晴らしさに認識を新たにしました。お風呂も快適で広い和室でゆっくり眠る事が出来ました。今度からはビジネスホテルよりも、一人客を受け入れてくれるのなら、こういった食事付きの旅館にもどんどん泊まるようにしようと思います。女将さんの話によると三江線目的のお客さんもたくさん来られるそうです。

(乗車日:2012年10月)

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三江線乗車記2(川戸→三次)

本日最初に乗るのは川戸発6:30の始発三次行きです。駅前の旅館では朝早いのに快く朝食を出して頂き恐縮です。ひもの美味しく頂きました。

川戸駅。無人駅ですが整備されています。
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ホームへ出るとかつては交換駅だったホームの跡。
霧がかかっていて北海道の釧網本線の駅みたいな雰囲気です。
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キハ54 500番台が現われそうな雰囲気ですが来るのはキハ120。
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乗車しているのは、乗り鉄さん2組3名、ハイキング客が1組3名、アンケート員の方1名、そこに私が加わる形です。川側左側のボックスシートが空いていましたのでここに座ります。

窓に広がる江の川、穏やかで中国の山水画のような雰囲気ですが、洪水の時は大変なのでしょうか。
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川沿いの区間は地盤が緩い等の理由でおそらく速度制限区間となっているのでしょう。ひたすらゆっくり走ります。川から離れるとおそらく地盤がしっかりしているからか僅かな距離ですがここでスピードを出します。そしてまた川沿い区間になると再びゆっくり。まるで景色の面白くない所の車窓を、ビデオの早送り再生で見ているような感じです。

町役場のある石見川本で江津方面始発列車と交換。車内はアンケート員の姿しか見られませんでした。
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同じように山水画的風景が広がります。何も考えないでボーっと過ごします。
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粕淵ではハイキングの3名の方が下車。ここでこの列車の乗客は4名の乗り鉄さんのみになってしまいます。ここから川は右側に見えるようになるので、右側のボックス席に移動します。

浜原で交換、この列車は三次発5:46の始発列車。5人ぐらい乗車していました。
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ここからは1975年に開通した区間になりますので、今までの走りとは全く違い、どんどん飛ばしてゆきます。キハ120ですが、深い川沿いの景色だからかJR四国の特急列車にでも乗っているような感覚です。

風景は変わらず。
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しかし線路は高架。
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浜原からは口羽までは最後に開通し島根広島県境なのでおそらく過疎区間、この間は乗り鉄さん4名だけの乗車かと思っていましたが、2駅に1駅ぐらいに乗る人がいて、意外にもどんどん乗客は増えてきます。アンケート員の方も忙しくなります。

その筋では有名な高架上にある宇津井駅、秘境駅というわけではないようで下には集落が広がっています。ここでも1名乗車。
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口羽の手前でまた江の川を渡りまた川は左手に、左側のボックス席は埋まってしまっていますので、このまま川の反対側の景色を楽しむ事にします。ここから1930年代に開通した区間で、またゆっくりの走りになります。日本鉄道旅行地図帳・中国四国編というのを持って来ているのですが、これを見るとこの辺りは島根・広島県境が江の川上にあり、線路は広島県・川向うの国道は島根県、どちら側にも多くはありませんが家屋が存在しています。こういう場所に住んでいると、学校も役所もそれぞれ別方向に行かなくてはならないのか、いろいろややこしそうな所を走ります。

香淀付近ではしばらくの間、江の川が右側に来ます。
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この江の川、中国地方最大の川でありながら、私のパソコンで「ごうのかわ」と入力しても一発で漢字に変換されない、なんとなく世間一般にしっかりと認知されていないみたいな感じですが、鉄道開通以前は川の道として栄えていたらしい。実際どうだったのでしょう。

国土交通省HP・江の川の歴史によると河川交通が盛んだったのはまずは戦国時代以前、藩政時代なってからは藩外交易が禁止されたために一旦途絶えます。次に明治維新後から鉄道・道路交通が発達し堰の建設も始まる1930年代までの僅か60年から70年の間。

もしも三次が安芸でなく石見の国に属していたら、または河口の江津がもう少し平地が開けており人口も多く商業的にももっと発展していたなら、この川をとりまく環境は違ったものとなり、三江線もこんな状態にはなっていなかったかもしれません。

そしてだんだん平野部に入って町が見えてきて終点三次に到着します。
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次の列車まで43分の接続時間、駅の外に出てみます。三江線増便社会実験バスは三次側でも運転されており、駅前がその発着場所。と、そこに大型観光バスが横付けされます。ドア横には「三江線」の張り紙、乗客は満員。今、列車が着いたばかりなのにこれも増便バス?

窓の上の表示を見るとこちらには「三江線の旅・・・」と書かれており、広島あたりから来た三江線に乗る観光ツアーバスのようです。次から次へとリュックサックを背負った中高年団体が降りてきて、そのまま改札を抜け、3番線に停車中の私の乗ってきた列車の折り返し、9:57発の三江線石見川本行きの車内へ。本日のこの列車、立席が出るほどの混雑となってしまいました。鉄道利用者が多いのは嬉しい事ですが、本音を言えばこの列車に乗るスケジュールでなくて良かったな・・・です。

ちなみに三江線増便社会実験バス、12月からさらに増便されるらしく鉄道だけに比べ本数は約2倍となるそうです。鉄道廃止、バス転換への第一歩みたいなことも噂されていますが、実際はどうなんでしょうか。

ただどうしても気になって一つ書かせて頂きたいのが「社会実験バス」という名称。本数を増やせばのこの地域の方々がどう乗るのか、正にネズミを扱うかのように実験しているみたいで良くないですね。ちょっと失礼ではないか。こういう硬い名称にしないと補助金が出ないとかの問題もあるのかもしれませんが、外部に公表するときは「三江線利用促進増便バス」とかにした方が良いのではないかと少し思いました。

(乗車日:2012年10月)

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芸備線(三次→広島)、山陽本線(広島→岩国)の乗車記

三次駅では時間が朝の9時過ぎという事で、駅前に開いている店も無し、出歩いても面白くなさそうですので、ちょっと早いですがホームで待つ事にします。

1番線ホームの広島側で今度乗る列車の入線する所を写真に収めようと待っていると、柵の向こう側で素晴らしい毛並の猫が鳴いています。手招きするとスリスリしにやって来ました。三次駅の猫なので名前はミヨちゃんか?
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そんなセクシーなポーズでウインクなんかされちゃうと、おじさん困っちゃうなぁ、
しかし一転して冷たい態度、そのままどこかにいなくなってしまいました。
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寂しい私を慰めるかのように代わりにやってきたキハ47の2連。今度乗車する三次発10:03の広島行き、快速みよしライナーです。
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2番線には福塩線が到着、昨日乗って塩町で下車した列車です。
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一昨日に乗車した区間ですが、ボックスシート進行方向右の窓際に座り、今度は寝ないようにしてしっかり景色を見ます。

しかし寝なかったものの、乗り鉄旅行3日目で少し疲れて観察力もなくなってきたのか、こういったブログで書くようなネタを見つける事も出来ず、まったりとしたスピードで駅を次々に通過し、時間が過ぎてゆきます。

この芸備線の三次~広島間、日本海側の江の川流域から、瀬戸内海側の太田川流域の分水界があるはずなのですが、どこが峠越え区間かも分からずじまいのまま広島側へと抜けてしまいます。調べてみると分水界のある場所は、三次・広島のだいたい中間の吉田口・向原間にあり、ここは平地の真ん中、実際には田んぼの畦道が分水界となっている「向原の泣き別れ」いう有名な場所らしい。なるほど、後になって気が付かない訳を納得します。

太田川が近くなると、川の向こうすぐの所にJRの可部線が走っている区間となります。遠くに黄色い電車でも見えないか注視してみようとしますが、堤防が高くて川面も見えない状態。昔可部線に乗った時、こちら側の芸部線を見ようとしても全く見つけられなかったのですが、こんな堤防があれば見えないわけです。

広島に到着します。

次に乗る列車は1番線からの発車。接続時間はちょうど20分。このホームに立ち食いうどん屋さんがあったので昼食はここで済ませる事にします。空腹だったので注文したのは一番豪華なスペシャルうどん、天ぷら、肉、生卵が乗ったもの、少ししょっぱかったかな。ついでにカウンターでおにぎりも一つ注文。

次に乗る11:49発岩国行き、115系3000番台です。
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列車はうどんを食べてる最中に入線しており、すでにかなりの混雑、山側通路側ですが席を見つけて座ります。三江線に乗車している時はずっと曇りでしたが、こちらは快晴。山陰山陽でこんなにも天気が違うのでしょうか。広電宮島線と並走する楽しい区間なのですが、日差しが強いのでほとんどの窓のロールカーテンが下ろされてしまい、車窓を楽しむ事は出来ません。お腹も満たされてだんだん眠くなってきました。

周りが騒がしくて目を覚ますと宮島口。ここでほとんどの乗客が下車。国際観光都市だけあって外人さんの姿も見られます(JRで宮島観光とはなかなかやりますね・・・)。車内がガラガラになったところで、海側の座席に移動してロールカーテンを上げて車窓を楽しみます。写真は大野浦~玖波間、うららかな光景です。セイタカアワダチソウも満開。
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岩国到着すると入換専用のDE10 1577がいました。
この薄紫色のは私は初めて見ます。
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次は岩徳線に乗車します。

(乗車日:2012年10月)

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岩徳線乗車記

次は未乗区間の岩徳線に乗車します。
岩国発12:55の徳山行き、キハ40の単行です。
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うまい具合に進行方向右側の窓際に座る事が出来ます。岩国出ると大きな町の割には綺麗な用水路を右に見て進みます。芸備線のキハ47とは明らかに違う交換されたっぽい新しいエンジンの音です。(後で知りますがJR西日本のキハ40,47系列のエンジンはすべて交換されているらしい、エンジンの種類によって音が違うのか、それとも私の単なる思い違いか・・・)

次に停車する西岩国駅はとても見事な洋風建築の駅舎、これも後になって知るのですが文化財に指定されているらしい。

この岩徳線、元々は山陽本線のバイパス線として建設され、開通後はこちらが山陽本線を名乗っていたものの、複線化するにあたって山間部を走るこちらではトンネルをもう一本掘るのも大変だという事で、結局柳井経由の海側を複線化して山陽本線に戻し、こちらは岩徳線というローカル線になった経緯があるのですが、乗って一駅目でこの歴史を見せつけられる事になります。かつてはこの駅が岩国駅だった時代もあり、錦帯橋への観光客でにぎわった時期もあったとの事。

その次の川西駅は旧国鉄岩日線、現錦川鉄道錦川清流線との分岐駅でどんな駅が現われるかと期待しますが、意外にも山の斜面に無理やり作った感じの1面のホームがあるだけの交換も出来ない簡素な駅。出発しても右に線路が分岐する事無くそのままトンネルに入ってしまいます。あれ?もしかして分岐するのはさっきの立派な西岩国駅で見過ごしてしまったのか?

トンネルを出るとすぐにポイントを通過する音、ここに信号所があって錦川鉄道と分岐するのでした。信号所を過ぎるとすぐにまたトンネル。

これは面白い。こんな山中で分岐しているとは全く知りませんでした。この信号所は森ヶ原信号場といい、名前の通り森の中にあります。旧国鉄岩日線の開通を調べてみると意外と新しく1960年、すでに岩徳線がローカル線になってしまった時代。こんな山の中に信号所があったり、川西駅が簡素な造りである理由が少し見えて来ます。

こうして分岐する錦川鉄道は未乗区間でありながら今回は通り過ぎてしまうのですが、実に面白そうです。宮脇俊三さんも経験された新幹線新岩国駅から御庄駅への乗り換えも一緒に、近いうちに乗車を楽しむ予定を組んでみたいと思います。

3つ目の駅、柱野を過ぎると長いトンネル。おそらくここのトンネルをもう一本掘るのが大変なので複線化は柳井経由を選定したのでしょう。ここで分水嶺を越えたようで、エンジンの音も軽やかになります。この辺りで前半に集約されたこの路線の鉄道ファンにとっての見どころは終わったようで、姫新線や芸備線で見てきたようなのどかな里山を走ります。

それにしてもさすがは旧山陽本線、どの駅もホームが異常に長い。元々は駅本屋のある1番線に中線を挟んで2,3番線のある島式ホームで建設され、現在は中線と2番線の線路が剥がされているパターンが多いようです。写真は撮影時間からおそらく周防高森駅。岩国出発時はほぼ満員でしたが今はガラガラ、写真を撮る事も可能になります。
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短編成化によりホームの長さを持てあましている感じの駅は、例えば東海道本線の静岡県内など、どこにでもありますが、この線を走る列車はキハ40がたった1両(朝のラッシュ時には3,4両編成になるのかもしれません)ですので、その持て余しっぷりは際立っています。とはいえホームの列車が停まる事のない箇所も、きれいに砂利が敷かれ、雑草も生える事もなく整備されていた感じがしました。ポイントも長い列車が交換できる位置のままなのは、柳井ルートが災害等で不通になった時、こちらに貨物列車を走らせるためなのでしょうか。

写真はおそらく米川・高水間
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櫛ヶ浜で現在の山陽本線である柳井ルートと合流。徳山付近の火を噴く工場群の見える箇所は、私の大好きな車窓風景の一つ。もっと間近にギラギラ見えていた感じがしましたが、新幹線だと見えるのか、それとも別の場所だったのか、ちょっと忘れてしまいました。
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徳山に到着します。

(乗車日は2012年10月)

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おじさま鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになりました。未乗区間は4,000km以上もあり、今の生活パターンではおそらく不可能な領域なのですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事順にご覧になりたい方は下の「月別アーカイブ」からどうぞ。
(2013年2月より海外編も始めました。)

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