北陸本線を走る「急行型電車」お名残乗車記

北越急行ほくほく線を特急はくたかで乗車した後は、やはり北陸新幹線の延伸により、路線はJRから第3セクター鉄道会社へと移管され、走る車両も電車からディーゼルカーがメインとなり、激変する区間の一部、直江津から糸魚川まで普通列車で行って帰ってくることにします。

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乗車しますのは12:08発の普通列車の富山行き、お目当ては最後に残った急行型電車475系だったのですが、残念ながら近郊型に改造された413系。車内に入ります、いい席はみんな埋まってます、辛うじて先頭車の進行方向左の山側に一つだけボックスシートが空いていたのでそこに座ります。青春18きっぷシーズンの普通列車での旅行のコツは、まずはいい座席の確保なんだろうな。ほとんどの座席は荷物だけ置かれていて人はいない。

さて、買った駅弁でも食べよう。直江津駅では30分の接続時間の間で立ち食いそばを食べる予定だったんですが、今は無くなってしまったよう。仕方なく駅弁にしたのですが、ここも昔は立ち売りもやっていて駅弁ファンにとっては有名な所、買ったのは一番安かった親子にしん弁当950円。

美味しい弁当でしたが食べ方を失敗した。出発間際に混んでくるかもしれないので、その前にと、寒いホームから車内に入ってすぐの冷え切った体のままで食べたので、重たい冷や飯を胃袋の中に放り込んだ感じしか味わえず終わってしまった。まずは席に座ったらゆっくり休み、温かいお茶でも飲んで一服、体が暖まったところで上着を脱いで、それからおもむろに駅弁を開く…、ぐらいの余裕で今度は望みたい。それと、急行型車両のボックスシート窓際についているテーブルで、駅弁を広げるのを楽しみにもしていたのですが、この近郊型に改造された413系は取り外されてしまっていて無い。

それでは出発、少年期に青春時代に数々の思い出のある急行型電車、相当乗ったと言えるでしょう。ここではその懐かしさを充分に味わうつもりだったのですが、デッキを失ったことにより急行型電車特有の静寂性というか雰囲気が全く損なわれてしまっている。昔の国鉄時代からのデッキ付の特急電車や急行電車の車内は独特の匂い(喫煙車の匂いとは別のもの)がしていたはずですが、それも感じられません。残念ながら私の求めていた急行型電車とはここで出会う事は出来ませんでした。

車窓はほとんどがトンネルで、トンネルを出た僅かな区間に駅があるの繰り返し。しかし私にとってこの区間は、夜行列車では何度も通過しましたが(唯一下りトワイライトエクスプレスで夕方も通過)、日中は初めてなのでとても新鮮です。

3つ目の名立は昔から降りてみたかった駅で、複線の通過線の両側にそれぞれ待避線を作り、そこにホームを置いた、新幹線の途中駅にあるような駅、ここで降りて通過する特急列車の写真でものんびり撮ろうかなと(次に通過する金沢行きはくたかは赤・赤編成だし…)、一瞬思いかけたのですが、次の筒石駅もこれから初めて見るわけですし、乗り続けることにします。

すぐにトンネルに入り、外に出ることなく減速して止まってしまったところが、トンネル内にある事で有名な筒石駅。ホームには駅員さんの他に、2名のおそらく地元の女子学生さんと、2,3名の鉄道ファン。今まで何度も気付かずに通り過ぎ、今日初めて見るその姿。ここでも降りてみたいなぁ、でも乗り続ける。

次の能生は海岸ギリギリにホームがある駅だと思っていたのですが違った。ここ能生付近は、1969年の北陸本線複線電化前は海側に線路が敷かれていて波をかぶって走ったと言われた所、その辺について書かれた読み物を見て、現在もそうなんだと勘違いしたようだ。

浦本を出発する前、運転席後ろのカーテンが巻き上げられガチャンと音がします。この先にトンネルは無いようだ。さっそくカメラを持った鉄道ファン2人(一人は20代、一人はかなりの高齢)が座席から飛び出してきてかぶりつき。ちょっと見苦しい。自分も同じような行動をしているのかと思うと少し恥ずかしい、今度からはさりげなくやるように気をつけよう。

糸魚川到着寸前、かぶりつきの二人が左側車窓にカメラを向けてバシャバシャ撮影していたので、何がいるのかと見てみれば、えちごトキめき鉄道のキハ122同系の気動車。これは姫新線で乗りましたが、速いし快適だし電車に全く劣らない素晴らしい車両、第3セクターになってからのこの路線を盛り上げてくれる事は間違いないでしょう。

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糸魚川で乗ってきた電車のお見送り、左写真は左から乗車しました413系、大糸線のキハ120、赤いはくたか、バックは2か月後に開業します北陸新幹線の駅。

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こんなのもいた、左のラッセル車は大糸線のDD16だろう。右のDE10 1596はどんな用途でここにいるんだろう。

次に乗る直江津行き普通列車まで46分もあるので外に出てみます。まずは新幹線側の南口へ、ここには赤レンガの車庫があったんだよな、全部撤去されてしまったのか…と外に出てみると。

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まずは新幹線の駅なのに駅前が普通の住宅地なのに驚いてしまうのですが、赤レンガ車庫は広場にちゃんと保存されていました。切断して別の場所に向きを変えてまた組み立てたみたいですが、レンガだからボロボロ崩れて大変だったのではないかと想像します、鉄骨で補強するにも相当費用がかかったはずです。柱だけは再現できなかったみたいでコンクリート製のようで白く塗られています。また駅構内にはキハ52が1両保存され、線路があるので屋外に引っ張り出せるようです。

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昔の写真も引っ張り出してみた。2008年4月の撮影ですが、この時から柱はこうだったんだ。

とにかく、これがレンガの重み、質感でです。
ここで思うのは復原されたと話題の赤レンガ駅舎の東京駅。まだ私はじっくり観察した事なく、中央線のホームから外観ぐらいしか見てないのですが、どう見たってレンガというよりタイルである(解説には厚み15㎜の化粧レンガと書いてある=つまりレンガではない)。ドーム内部の装飾品だってほとんどが軽い材質で作られているようにしか見えない。地震大国日本において、これだけ公共利用客の多い場所で、当時と同じ本物の材料の使用は不可能な事は充分承知ですが、これで保存したとか復原したとかで通ってしまったら、歴史的文化財を扱うにおいて、日本は可笑しな国になってしまうのではないかとちょっと心配です。

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まだまだ時間もあったので北口にも出てみる。海が見えたので歩いて行ってみた。しかしこの道路を潜る地下道が閉鎖されていて海までたどり着くことは出来ず。

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帰りに乗車します糸魚川13:33発の直江津行き普通電車。また413系だ、でも一番後ろの1両は急行型車両のままのクハ455だ。しかし車内を見るとデッキは撤去され急行型らしさは薄れ、何よりこの車両だけやけに混んでいる。モーター音を聞けるモハに乗車します。

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通路側シートでトンネル内に熱く響く、国鉄MT54モーターの音を楽しむこと40分、直江津に到着。写真が一番後ろに連結されたクハ455-702。サハ455からの改造車だそうだ。後で知るのですが475系は、2014年3月のダイヤ改正で運用が縮小され、糸魚川・直江津間ではもう走っていなかったのでした。いくら待っても413系しか来ません。そんな中でこの413系に組み込まれたクハ455に出会えたのはラッキーだったと言えるでしょう。また、413系の方も種車は471系、車体もモーターも更新されたとはいえ、1962年製造なので半世紀以上走り続けた車両、本当にお疲れ様でしたとしか言いようがありません。さようなら、国鉄急行型電車。

(乗車は2015年1月)

前後の関連記事
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JR七尾線・のと鉄道七尾線乗車記2

のと鉄道七尾線の終着駅の穴水に滞在できる時間は僅か13分。急いで切符を買い直し、この駅構内で見られる車両の撮影をします。

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まずは2番ホームから1番ホームを望みます。手前1両が穴水まで乗車して来た車両、奥の2両編成がこれから乗車します16:20発の七尾行きになります。おかしな天気のおかげでそこそこ明るいのに影が無くて不思議な光景、アートフィルター等の加工は全くしていません。

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2両編成の手前に描かれるキャラクターは「のとりあーな」ちゃんだそうだ。

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そしてこっちの車両はもっとすごいぞ。

最近のローカル私鉄によくあるお客さんを呼ぶための、車両の内外装の改造またはラッピング方法として、

①水戸岡先生にお願いする
②昔のアニメキャラの力を借りる
③萌え系の力を借りる

この3通りが多いように思えるのですが、①はまぁ非常に一般受けするので理解できる。②は古いアニメばっかりに思えるのですがどうなんだろう。ずばり鉄道会社さんは、おっさんを対象にしているのだろうか。純粋に子供がうわーっと喜べそうなのは、アンパンマンとドラえもんぐらいではないだろうか、キティちゃん電車やポケモン機関車なんかも出てきても良さそうなのに、この辺はお金の件とか大人の事情もあるのでしょう。そして③、私としてはちょっとなぁ…という感じでして、突っ込んだコメントはしませんが、これ目当てで遠方からお客さんが沢山来るのならすべて良しでしょう。

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しかしこうやって丁寧に描かれた女の子の絵をずっと見ていると、だんだんこの世界に引き込まれそうにもなってくる。どんなストーリーなんだ?どの子もみんな可愛いのですが、主役はどの子なんだろう。

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さて今度は0番線に保存されている車両。0番線は今まで乗って来た側と反対に向いています。そうなんです。ここから線路は二手に分かれ、輪島まで20.4km、蛸島まで61.0kmもの路線が存在していたのです。0番線という表示からなんとなく連想されるように、能登半島の鉄道を登山にでも例えれば、今は終着駅の穴水駅はまだ五合目、ここで一息入れて再スタートをする場所といったところ。

津幡から穴水まで87.5kmを乗車して、能登半島の鉄道は全部乗った事にしてしまいましたが、当時からしたらまだ半分なのです。自分のやっている事(乗り潰し)もなんだか少し馬鹿馬鹿しく感じて来ます。輪島への路線の廃止が2001年、蛸島の方は2005年の廃止ですので、実は意外と最近で、その気になればいつでも乗りに来れた路線なだけに、よけい悔しい。まぁ仕方ない。

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中を除くとバブルの雰囲気プンプンのNT800型。この車両の経歴については他でもいろいろ書かれていますので、ここでは省略いたしますが、保存されているのが痛々しく感じるほど残念な経歴でして、うーん、仲間と一緒にミャンマーに行けなかったのか…(要人専用車両なんかになったりして)。

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さて帰ります。そろそろ夕暮れの空と共に、女の子たちともお別れ。手を振ってくれているではないか。

ここから七尾までは、もう乗車してから3カ月以上過ぎたので良く覚えていない。寝てたのか?、ちなみに来る時乗った車両のクロスシートの配列は1+2列でしたが、帰りは2+2列でした。そして乗客のほとんどが高校生でした。

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七尾駅ではまた雨。ここから乗車するのは17:06発の普通列車美川行きは415系800番台、七尾線初乗車ですのでこの電車も初めてです。登場時は、直流区間しか走らない485系から交流器機を113系に移設して415系にし、交流器機の無くなった485系は183系にしてしまうというのに、なかなか面白い事するなぁと思ったものです。私の乗車したのは初期の113系からの改造のようで、窓はユニットサッシでないタイプ。

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そしてトイレのこの窓の形状に、うわっ懐かしい~と思わず写真を撮っておきました。

出発しますが外は真っ暗。ほとんどウトウトしながら過ごしてしまうのですが、津幡手前では上手い具合に起きて、内部の照明がバチンと落ちる、古い電車ならではの交直デットセクション通過を久々に体験できました。

ちょうど夜でして白熱灯の非常灯が優しく光り、惰行状態でのふわふわした感じの乗り心地に、室内照明が無い状態でないと見えないちょっと違った外の景色。いいなぁ~、夢の中で電車に乗ってるようだ。

非常灯は壁に着いた縦長の物で、485系から交直切替関係の器機を移設したとの事ですが、485系の非常灯は天井に付いていたはず(この辺はうろ覚え)。この非常灯は廃車になった401~系や451~系あたりから移設された物なのでしょうか。

ところでこの七尾線、(今更ながら)なんで直流電化なんだろう。調べてみたら天井川をくぐるトンネル内の絶縁の問題を考慮してこうなったんだそうだ。それならば天井川を一跨ぎしてしまう鉄橋を作ってしまえばいいのに…とも思うのですが、変電所を作る方が設備投資も少なくて手っ取り早かったのでしょう。交流電化にした所で、この415系を含む古い交直両用電車は直流モーターで走っている事ですし。

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金沢に到着。中間車の車端部の窓は小窓が2つ並ぶんだ。細かい所でこんな手の込んだ改造をしてるとは知らなかった。萌え系のラッピング車両より、萌えてしまう。しかし金沢駅ではもっと感動してしまう車両と出会う事が出来まして、

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475系の旧塗装車が停車中でした。東京都の西の方で育ち親戚は関西と長野県、子供の頃、交流区間とは縁の無かった私にとって交直両用急行電車は憧れでして(何故か交直両用特急電車より)、特に車体裾にクリーム色の細い帯が入ったのは写真でしか見た事が無かったもの。カッコいいなぁ~。

駅下の食料品売り場で閉店間際で安くなったお寿司を買って、しらさぎ16号、ひかり536号を乗り継いで名古屋へ、この日は駅前のビジネスホテルで就寝。

(乗車は2013年11月)

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JR七尾線・のと鉄道七尾線乗車記1

高山本線の乗り直しを終えて、次はJR七尾線とのと鉄道の初乗車に向かいます。ちょうど良い接続で七尾線に直通する、はくたか6号があるので、20分の接続時間の中で急いで立山そば(旨かったなぁ~)をすすってから乗車します。

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やって来た編成は北越急行所属の赤いラインのスノーラビット(写真は金沢駅で撮影)。お目当てのカラーが来てラッキーと思っていたのですが…

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金沢駅で七尾線に直通する3両編成の方にホームを歩いて移動すると、ゲゲッ!なんと付属3両編成は青いラインのJR西日本所属の編成ではないですか。こんな混結運用をしていたとは恥ずかしながら知らなかった。昔は統一されていて時刻表にも何号はどちらの所属編成か出ていたような気がしたのですが…

後で知るのですが2005年からこういう運用が始まったらしい。そして北越急行のホームページには編成表が公開されていて、基本編成と付属編成の所属会社(=色)が揃う事の方が、どちらかと言えば珍しく、2014年2月分のこの列車「はくたか6号」を見ると、青青で揃ったのは8日、赤赤で揃ったのは僅か2日しかないのでした。

来年の春、北陸新幹線の開通によって、特急はくたか、そして北越急行の赤いラインの681/683系は消える運命にあるようなのですが、撮り鉄の方々にとっては赤ラインの捕獲、特に基本・付属編成すべて赤ラインで揃った編成の捕獲には、大変な苦労が想像されそうです。

和倉温泉まで直通します唯一の自由席の7号車ですが、ほとんど金沢で降りてしまったようでガラガラ。ほとんどが後ろ向きのままの座席の一つを適当に選んで回して、ボックス状にしてまったり過ごす事にします。津幡を通過して初乗車となる七尾線に入って行くのですが、じっくりこの路線を見てやろうという情熱というかエネルギーを高山本線で使い果たしてしまったようで、ボケーッと車窓を眺めているうちに終点和倉温泉に着いてしまいました。また高山本線では晴れていたのに、津幡を出たあたりから激しい雨でした。これが太平洋側と日本海側の違いでしょうか。

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終点和倉温泉は2面2線の駅で、はくたか6号は駅舎と反対側の2番ホームに到着。他の乗客にとっては階段上り下りさせやがって…となりますが、私にとっては、出札の前に綺麗な編成写真を撮影できるのでありがたい。しかしここでは、赤いラインの3両編成の絵が欲しかったなぁ。

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「はくたか」の幕も記録に残しておきましょう。

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駅前に出てみますと、ちょっと晴れ間が出て来ました(その後、秋の?又は能登半島特有の?めちゃくちゃな気象状況を目にします)。この駅での接続時間は59分、この間温泉でもザブッと行きたいところですが、駅近くで入れる所は無いようで何もする事が無く、温泉客を迎えに来た旅館の送迎員の方々など見て過ごします。さすが有名どころとあって、みなさまスマートで丁寧な接客でして、私もいつかは泊まってみたい。

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やがて天気は再び激しい雨となります。写真はやっとやって来ました和倉温泉15:34発の穴水行き。NT200という新しい車両の1両編成。乗車率は30~40%ぐらいか、一番前の席が空いてましたので、そこに座らせてもらいます。

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次の田鶴浜駅で交換。交換した車両はマジンガーZのラッピング車。

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おっ!オユ10だ!そういえば能登線の何処かの駅にオユ10が保存されていたのを思い出しました。(昔は甲駅に保存、甲駅廃止により現在は能登中島駅にて保存だそうです。)

この車両が保存されたのは相当昔で、まだ私が学生だった頃。その頃はこんな屋根にクーラーが乗っている新し目の車両より、内部が木造ニス塗りのもっと古い車両(例えばオハ61なんか)を保存すればいいのにと思っていたのですが、鉄道郵便車そのものが日本から消滅してしまった現在、極々僅かに保存されている郵便車でして、当時、保存にあたりこの車両を選択した方々、現在もこの車両の保存に携わっている方々には頭が下がる思いです。こうして美しい姿を維持するのも相当な労力がかかっているかと思います。

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なんと能登中島から先は天気が雪になります。しかも結構積っている。

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次の西岸駅では雪はもう止んでいる。ほとんど海岸線沿いを走っているのにどうしてコロコロ変わるのだろうと思っていたのですが、能登中島から西岸駅間は小さいながらも峠越え区間でして、グーグルアースで見てみると、両駅の標高は11m、この間の最高部は69mと結構な標高差なのです。

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そろそろ終点の穴水、だんだん晴れ間が出て来たぞ。海に浮かぶオレンジ色のブイ?がキラキラ輝いています。

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穴水に到着。何と遠方は晴れているではありませんか。私のいる部分はまだ雲がかかっていまして、なんだか不思議な光景。マジックアワーみたいなものなのでしょうか。

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駅前の光景も不思議な感じ。

和倉温泉から穴水まで僅か28km、33分の乗車で曇→雨→雪→晴と、めちゃくちゃな気象状況を体験した訳ですが、たまたま私の行ったのがそういう天気の日だったのでしょうか。「女心と秋の空」という言葉もある事ですし。いや、もしかしたら日本海と富山湾に挟まれ、富山湾の向こうには3000m級の山々も控える能登半島というのは、非常に複雑というか安定しない気象状況が日常茶飯事なのではないだろうか、対岸の魚津では蜃気楼が頻繁に見られるのも関係するのかもしれません。ちょっと興味を持って「能登半島・気象」「能登・天気・特徴」あたりでいろいろ検索してみましたが、その答えは見つかりませんでした。私の考え過ぎのようです。

(乗車は2013年11月)

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武生→敦賀→京都 乗車記

福井鉄道の越前武生駅とJRの武生駅は少し離れていて歩いて移動。次に乗るのは10:30発の敦賀行きで少し時間があります。お腹も空いてきたところですが、適当な立ち食いそば屋さんは無し。駅前にデパートがあったので、フードコートでもあれば軽く食事が出来るかもと、ちょっと入ってみました。食事出来るのはパン屋さんぐらいしか開店していなかったのですが、そのまま食品売り場へ入っていくと、お惣菜売り場で福井名物との事の「ソースかつ」を発見。これと駅のコンビニのおにぎりで今日の昼食とします。

武生駅にて季節外れの除雪車
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貨物列車が通過
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武生から敦賀までの普通列車はたった2両編成。しかし座れましたのでソースかつとおにぎりの昼食をここで食べてしまいます。ちょっと私には脂っこかったか。やはり北陸トンネルでは窓が曇り、敦賀に到着。

敦賀からは11:23発の新快速で京都まで、なんと播州赤穂行きという長距離ランナーです。ガラガラに空いているので先頭車両でかぶりつきます。ループ線をひたすら右に右にカーブして進んでいくのはとても面白いのですが、ずっと正面を見ていたので、今走ってきた線路を下に見下ろす、というのは見逃してしまいました。沿線で撮影されている方も数名おられました。

近江塩津で席に着き、近江今津から前に8両増結との事で、さらに空いてそうなそっちに移ります。夏に湖西線に乗るのは初めてで、車窓から湖水浴をしてる人、湖岸でバーベキューをしている人が見られるとは新たな発見。そして堅田駅(だったと思う)では、117系の単色抹茶色に初めて遭遇しました。ファンの間ではいろいろと騒がれているようですが、私は結構いけていると思うんです。第一線を退いてローカル落ちした車両の正しい姿というかなんというか、この緑色も深みがあって落ち着いた感じでいいではないですか。

この手の塗装変更と言って思いつくのは時代は30年以上前に遡りまして、大糸線スカイブルーの元京阪神急電クモハ43810とかつて東海道本線で先頭を走ったクモユニ81003。私の世代は素直にカッコいいと思えましたが、輝かしい登場当時の姿を知る大先輩ファンの方々にとっては、なんで京浜東北線の色なのよ!?と、それは大ショックだったのではないかと想像します。

JR西日本の単色化ですが、山陽地区の黄色、和歌山地区のオーシャンブルーの105系もいいですね。特に元クハ103-1000番台は撮ってみたいです。

なんだか個人的な思いばっかり書いてしまいましたが京都に到着して乗り換えです。

(乗車日:2012年8月)

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福井鉄道 田原町→越前武生 200型で初乗車

それでは200型の田原町8:20発の越前武生行きに乗車します。
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車内から運転席を通して203を1枚
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車内はセミクロスシート。製造された50年前より日本人の体形も大きくなった事からか、シートピッチの拡張が行われており、写真では分かりにくいですが窓柱中心と座席背もたれ中心の位置が少しずれています。
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連節部分の車内はこんな風になっています。半円の床継ぎ目に注目。
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なんだか田原町での撮影ばかり夢中になってしまい、あんまり乗車中の記憶が無いのですが、クロスシートに座って併用軌道を走っているところを1枚。
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北陸地方らしいスノーシェルターのある駅で770系と交換
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終点一つ手前の北府にある車庫。直進すると車庫で行き止まり、左に曲がるのが本線で北府駅・終点越前武生方面。本線の方が後から出来たような線路配線なので、歴史的にそうなのかと興味を持って調べてみますが、そうではないようです。
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左写真の右に写っているデキ、これは除雪車としてなんと現役。動くところを一度見てみたいところ。

ここでコカコーラ電車と交換
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そして終点、木造屋根が素敵な越前武生に到着
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駅を降り、周りの電車もちょっと撮影。
これは元は名古屋の地下鉄で610形。これはこれで非常に希少で趣味的にも面白い電車なのですが、あまりにも魅力的な200型のおかげで、鉄道ファンにもあまり人気の無い、損な立ち回りの電車といったところか。ロングシートだし…(1枚は駅構内からの撮影)
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少し福井寄りに歩いたところに留置してあった新福鉄塗色の202。
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そういえば田原町で引き上げ線に入っていた福鉄急行色203の回送列車が向ってくるのを思い出しました。どこかに撮影できそうな場所はないかちょっと歩いてみると踏切発見。まずは770形の田原町行きが通過して、
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すぐにやってきました。白熱灯のヘッドライトの弱々しい灯りが歴史を語っているよう。右の後追い写真は大トリミングしてます。たいした写真では無いですが、望遠レンズを持ってきておいてよかった。
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駅に戻って201と203の並びを再び撮って、福井鉄道を後にします。この日の201は朝だけの運用に留まらず9:52発の田原町行きで出発して行きました。203のサボも福井駅前経由田原町行きになっていましたので、その後も運用に入ったかもしれません。
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(乗車日:2012年8月)

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プロフィール

QJ7000

Author:QJ7000
おじさま鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになりました。未乗区間は4,000km以上もあり、今の生活パターンではおそらく不可能な領域なのですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事順にご覧になりたい方は下の「月別アーカイブ」からどうぞ。
(2013年2月より海外編も始めました。)

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