サンライズ瀬戸号乗車記

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 夜の東京駅、久しぶりに夜行列車に乗車して旅行に出ます。はまなす廃止後は日本最後の定期夜行列車になりますサンライズ瀬戸と出雲、ここ近年の私にとっては、何度も旅行のスケジュールに組み込みつつも、毎回満席で乗れなかった列車になります。

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 今回は空いていまして、瀬戸号のシングル2階喫煙室が取れました。この時間帯の東京駅の9,10番線ホームは、昔はブルートレインや湘南ライナーがメインで静かな雰囲気だった記憶ですが、今は上野東京ラインの開業で、遅い帰宅客でごった返すただの中間駅になってしまいました。しかし車内に一歩足を踏み入れますと状況は一変、静寂な個室寝台車の通路、そして喫煙車両特有のなんか懐かしい香り、旅行に出掛けるんだという気分がここで盛り上がります。

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 今夜の私の部屋です。それにしても登場から17年も経っている、しかも喫煙室であるというのに内部のパネルはとてもきれい。新しい建材というのは凄いなぁ・・・と、思っていたのですが、2014年にリニューアル工事でパネルの張り替えがされたらしい。出発まであと数分、外から見られてるみたいで恥ずかしいのでカーテンは閉めておきます。

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 22:00、定刻で出発。こうして並走する通勤電車を見るのも夜行列車の醍醐味。日常と非日常、大きな声では言えませんが、ちょっとした優越感に浸れる時です。

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 室内の照明を消して見る品川手前の車両基地の景色も格別、東京タワーだって一段と美しい。横浜を出て東京駅で買った高い割にはそれほど美味しくない蟹の枡寿司で一人乾杯。

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 荷物が少ないので寝台料金の安いソロでも良いのですが、シングルにする理由は喫煙室である事。サンライズのシングル個室の灰皿はこんな感じ、引き出しタイプでテーブルの下、ドアすぐ横にあります。しかしおそらく皆さん、右写真のように引っ張り出して窓枠上に置いて、ベットの上で胡座をかいて景色を楽しみながら喫煙されているのではないかと思います。そういえば寝台車には必ず国鉄フォントの「寝台使用中は禁煙」というプラスチックのプレートが貼ってありましたが、この車両は・・・

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 探したらコントロールパネルの上にありました。ステッカーでして表記は「寝たばこ禁止」になります。

 進行方向右側(山側)個室でしたので、小田原を出てしばらくデッキで海を見ます。ほぼ満月の月が出ていまして、海側個室にしておけば、照明を消した室内からは、それは幻想的な光景が見られたことでしょう。自室に戻って横になれば、時折天井まで回り込んだ窓から真上に月が見えます。そして丹那トンネルを出てからは、富士山が下半分月明かりに照らされた状態で見えました。遅いのでそろそろ寝ます。

*** 

 目を覚ましたのは岡山到着前のおはよう放送。深夜、浜松停車で起き、豊橋での運転停車でも起き、岐阜手前でも起き、雪はどのぐらい積もっているだろうかと、期待したほどありませんでしたが関ヶ原通過まで外を見てたりしてたので、よく寝ておらず、そのまま横になったまま過ごします。数分の遅れが出ているとの事。

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 児島出発直後にセットしておいたアラームで起床。遅れていますのでまだ宇野線単線区間を走っています。海側個室の人を楽しませてくれただろう月が西の空に沈みます。

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 児島を出てさぁ瀬戸大橋だ。四国に渡るのは久しぶりでして、その時は土佐くろしお鉄道が中村まででしたので約20年ぶりになります。空室でドアが開いたままの進行方向左側個室に入ってみますと、晴れていたらちょうどサンライズが見られたところでした。前日に買っておいたコンビニサンドイッチの朝食を食べます。温かい飲み物が欲しい。橋を渡り切り、洗顔と歯磨きにデッキ洗面所に行きますと坂出に到着、ホームは高校生が一杯、もうそんな時間なのだ。

 右手に盆栽屋さんが見えてきました。そろそろ高松です。私はこれを見ると四国に来たなと感じます。おそらく何十年も変わっていない風景ではないでしょうか。

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 高松には7分遅れの7:35に到着。駅も新しくなってずいぶん雰囲気が変わりました。来た時は必ず寄っていた、高徳線ホーム付け根にあった立ち食いうどん屋さんもどこかに移動してしまったようです。帰ってから知るのですが2001年に駅自体を300m宇和島側に移設したらしい、どうりで昔と違うわけだ。温かいうどんを食べたい、しかし時間が無いので外に出て先を急ぎます。

(乗車は2016年1月)

次の記事:琴電琴平線乗車記1(高松築港~一宮)
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関西本線乗車記2(亀山~河原田)

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 亀山16:23発名古屋行き快速列車、私の乗ってきた17分遅れの加茂発普通列車を待っての出発です。転換クロスシートのどの席も一人が座っている状況で、こういう時はどの人の隣に座るべきかとても迷うわけですが、一番前の立ち席が空いていました。

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 左はこの電車の進む河原田・名古屋方面、右は紀勢本線で津方面なのですが、この前方のダイヤモンドクロス、とても鈍角で営業路線上にあるものとしてはとても珍しいものではないでしょうか。ちなみにここを発着します紀勢本線のローカル列車は、キハ25という(昔のキハ25では無い!)、電車かと見間違うステンレスピッカピカの3扉ロングシート車でカルチャーショックみたいのを感じます。

 出発しますとさすがは電車、気持ちよく山沿いをかっ飛ばします。右手には川を挟んで、とても発展した地域、これから向かいます鈴鹿市中心部が見えます。なんで国鉄沿いは発展しなかったんだろう。JR化が10年早ければ少しは違う展開がされただろうかなんて考えながら18分・・・

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 高校生の待ちます河原田駅に進入します。この光景を見て、今回の乗り潰し旅行、大失敗だった事に気付きました。

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 降りて跨線橋から見ます河原田駅の名古屋方面、下2本が関西本線、右上に見えるのが伊勢鉄道の河原田。

 私は関西本線の河原田駅から名古屋へは、上り特急南紀と上り快速みえで2回、2000年前後にどちらも運転席後ろかぶりつき席で津方面から乗車した事があります。なので乗り潰し上のルールとしては亀山方面から河原田駅到着で関西本線はすべて乗ったことになるのですが、せっかく最近は渡り線等の乗車にも拘るようにしているのに、これではこの関西本線河原田駅から伊勢鉄道と交わるポイント、グーグルマップで測ること約1,250メートルもの区間が残ってしまうではありませんか。河原田駅の構造を前もって下調べしていたのに、なんでこの事に気付かなかったんだろう。

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 名古屋行き電車は、私の乗りたい線路の上を思いっきり加速して走り去ってゆきます。この後、伊勢鉄道上下線の間に入り込み、大きなポイントなのでおそらく減速せずに合流するという、この路線のかぶりつきで一番の見所でもあったのでした。後からをここを乗り直すスケジュールを組むのは大変そうであります。

 今日は阪堺電軌から始まりずいぶん乗りました。乗っていろいろ見てやろう感じてやろう、そして面白い記事にしてみようというエネルギーもだんだん無くなってきまして、路線が短いのもありますが、これからの記事も短くなります。

(乗車は2016年1月)

前の記事:関西本線乗車記1(王寺~加茂~亀山)
次の記事:伊勢鉄道に1区間だけ乗車(河原田~鈴鹿)

伊豆箱根鉄道・三島駅の渡り線乗車記

岳南電車の乗りつぶしを終え、家へと帰るのですが、ちょっと三島で寄り道します。修善寺を発着する特急踊り子号の通るJR三島駅構内の渡り線、つまりJR東海道本線と伊豆箱根鉄道駿豆線の接続する線路を一度乗ってみたいと前々から思っていたのです。

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まずは三島から乗車します15:41発の修善寺行き3000系の2次車。写真の左側がJRのホーム、右側が伊豆箱根鉄道のホーム、間の斜めに横切っている線路が、私の今日の目的の渡り線です。写真の電車で2駅目の三島田町駅まで行って、戻って来る時にここを乗ろうと思います。

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三島田町に着いて、一旦外に出て140円の三島までの切符を買い直し三島方面のホームへ、まずは15:58発三島行きの3000系1次車が到着。

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反対のホームで交換待ちの元西武1300系修善寺行き電車はしばらく停車。

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そして来ました16:01発の特急踊り子114号東京行き、普通列車の3分後の続行運転なのです。

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うわーい!185系は久しぶりだ。
185系は、中学生高校生時代から東海道方面に遠出するのに帰ってくるのに度々特急券を払わないで乗り、本当に一言でいえば「お世話になった」車両なのだ。特急券を払わなかったのは、古いファンはご存知の通り、この電車は普通列車としての運用が数多くあったため。決して不正乗車してたわけではないので念のため。

さて、そろそろ私の特にお世話になった185系も引退の時期なのですが、後継車両はなんだろう。やはり新型車の登場する中央線や、房総地区で本数削減により余ってくるE257系なのだろうか、そして一番気になるのがこの修善寺編成、中央線E257系付属編成のクモハE257が先頭に出れば楽しいなぁなんて思いますが、ひょっとしたら廃止もあり得るかも、熱海・三島間のみを受け持つJR東海にとっては、とっとと廃止にして、その客ごっそり新幹線に頂き…と行きたいところでしょう。そもそもお客さん乗車しているのか、この時代に東京から修善寺に直通する特急電車があるなんて、鉄道ファン以外はほとんど知らないのではないか。

と、心配していたのですが、さすがは12月最後の日曜日です、5両編成どの車両も温泉帰りのグループ客で、ほぼ70~80%の乗車率。私の乗車した最後尾車両の自由席も窓際の席が2つ3つしか空いていない状態でした。三島まで特急車両に乗りたい人がほとんどではないか、そんなことも無し、三島で降りる客は私ぐらいで(ちょっと恥ずかしい…)、三島から乗車してくる人も多かったです。

とにかく伝統ある列車の盛況な姿に嬉しくなります。私の知っているのは153系の急行伊豆時代からですが、80系電車、客車時代まで遡れば戦後間もないころから走り続けている列車なのです。しかしこれだけ乗客がいればJR東海は益々廃止にしたいだろうなぁ。

さぁ、僅か3分の乗車ですが185系の乗り心地を楽しみます。気のせいでしょうが、さっきよりバネが柔らかく、優しく左右に揺れる感じ、「どうぞ東京までごゆるりとおくつろぎ下さい」とでも語りかけているよう。さすがは特急電車だ。そして出発してすぐに車内放送が始まります。三島での乗り換え案内の他に、三島からは特急になる件、三島駅で降りる場合JRの改札からは出られません等、説明すべき事がとにかく多い。あっという間に三島広小路を通過、そして左からJR東海道線が近づいてきて、1回、2回と車体をくねらせて渡り線を通り車体を東海道線ホームに横付け。

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これがその渡り線通過シーンなのですが、乗ってしまえば大した事は無い。

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これが通ってきた伊豆箱根鉄道駿豆線からの渡り線。曲がり具合が芸術的だ。ここを通る電車に乗るよりも、ここを通る電車を見る方が楽しいかもしれない。手前のホームが、カーブを曲がってくる電車が激突しないように削られているのに注目。

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無事にホームに激突しないで到着した踊り子号、さぁ後は東京までひとっ走り。

ポイント部の線路とホームの間には木の角材が挟まれています。カーブを曲がってくる電車の横圧で、線路が変形しないようにこうしているのだと思いますが、これがスポンと抜けたりしたら危険ではないだろうか。

ホームのこのポイントの脇には、立ち食いそば屋さんがあり、カツオ出汁のいい匂いがたまりません。せっかくだから食べて行こう。メニューと価格から3時間前に食べた沼津駅のと同じ系列のようだ。ここも天ぷらを一回汁で温めてからそばに載せてくれる。美味しいなぁ~。ここのそばは私と相性が合うんだろうな。ペロッと食べられる。

(乗車は2014年12月)

前の記事:岳南電車乗車記

御殿場線乗車記

2014年最後の日曜日、使い切れるかどうか分かりませんが、買ってしまった青春18切符で御殿場線に乗りにやって来ました。

国府津11:23発沼津行きはたったの2両編成、車両は313系3000番台という新しい電車ですが、座席配置は113系や115系と同じ昔ながらのセミクロスシート、先頭車進行方向右側のボックスシートに座ります。それにしてもこのボックスシートはシートピッチは広めだし何より窓が大きくて快適です。ワイドビュー近郊電車と言ってよいでしょう。出発時間が近づくにつれ乗客はどんどん増え車内は満員に。ちょいと立ってかぶりつきなんて出来る状況ではなくなり、私の前には若い女性も座りカメラなんて取り出せる雰囲気でもなくなってしまいます。

それでは出発、天気がいいので前に富士山がドンと見える。東海道本線上り線をオーバークロスして進むと左手に車庫が広がります。高速道路からよく見てましたが電車から見るのは初めてです。休日の昼前だからか休んでいる車両は多く、217、231、233系全部揃ってます。この車庫は駅から遠くて昔(30年以上昔)はクモハ40が職員輸送で駅との間を行ったり来たりしていましたが、今はどうなっているのでしょう。

さて、この御殿場線と言えば丹那トンネルが開通するまではメインルートの東海道本線で複線だったところでして、戦時中に単線になるも、今ももう1本の線路のあった路盤やトンネル跡が残り、兵達が夢のあと…的風景をずっとたどれるのが一番の見所だと私は思っているのですが、肝心のどちら側に見えるのかを予習して来なかった。残念ながら撤去された線は今のところほとんどが左側みたい。

松田の手前で小田急線をオーバークロス、御殿場線車内からはあさぎり号の走る短絡線の全貌がよく見える。ここだけは一回乗った。またテープ音声の車内放送の聞いて、松田の発音は3文字同じトーンではなく、最後のダが下がるというのも知る。

松田駅では小田急からの乗換え客かどっと乗車、立ち客で左側車窓もほとんど見えなくなってしまいます。空にはパラグライダーふわふわと浮いている。いい天気の日曜日の風景だ。次の東山北駅で右側に見えるマンションはみんなベランダに布団を干している。ここにもいい天気の日曜日の風景だ。しかし家もやっておかなければと、年末の慌ただしさを思い出してしまう。

この辺りから谷が狭くなり、御殿場線らしい風景になって来ます。山北ではたくさん乗客が下車。普段御殿場線に乗らない帰省客が多いようで、Suicaで乗ってしまった客が多く精算はなかなかスムーズに進まない。こんなに下車する人が多いのに無人駅なんだ。昔は東京発の普通列車で付属編成が山北行きというのもあったはずなのに。ここで交換する電車も2両で同じように混んでいる。

出発の前に運転席後ろのカーテンが閉められます。ここからトンネルがあるようです。出発してすぐに堀割の中、ここは桜の時期に有名な撮影ポイントだ。ここからが御殿場線車窓の一番のメイン、撤去された線のトンネル跡が見える区間なのですが左側だった。この線は南側に座るのがよかったんだな。進行方向右側に拘るのなら沼津側からの乗車だ。しかし南側に座ると富士山が見えなくなってしまう。難しい選択だ。

山裾の高い位置に高速道路が見える谷峨駅からは、嬉しいことに撤去された線がしばらく右側に、トンネル跡は見られませんでしたが、撤去された橋の基礎を一瞬ですが見る事が出来ました。

駿河小山を出たあたりから右手に富士山、近くから見ると見事だなぁ。写真は撮ってないので貼れませんが、どう見事なのかは日本人なら解ってもらえるでしょう。D52が保存されている公園を見て御殿場に到着。

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ほとんどの乗客が降り、ボックスシートは私一人だけになり、やっとのびのび出来ます。しばらく停車するみたいで、ここで乗車した電車の写真が撮れました。側線には3両編成の313系が止まっていて、こっちはロングシート、これに当たらなくてよかった。交換する上り電車はとっくに着いているのになかなか出発しないと思っていたら隣のホームに小田急ロマンスカーが到着。60から70パーセントぐらいの乗車率で、帰省客なのかキャリーバックを引きずってる人が多い。この電車への乗換え客も多く、私のボックスシートもまた4人になって出発します。

富士山の右手前ぐらいにとても広い枯れた草原地帯が見えるのですがなんなんだろう。たぶん富士サファリパークだろうと思っていたのですが(ずいぶん広いんだなぁ~と)、帰ってグーグルマップを見ると、なるほど、ここが自衛隊の東富士演習場だったんだ。

御殿場からは軽やかに坂を下って行きます。富士山もだんだん後方へと移ってゆきます。御殿場沼津間には途中2か所の駅にスイッチバック跡が残っていたそうなのですが、全く気付かないで通り過ぎてしまいました。

沼津に到着します、これは東海道本線に乗っていても分かる事なんですが、沼津駅へ至る留置線含めた線路の数(束と表現するのがいいのかな)は、東海道本線のよりも御殿場線の方が多い。これも一つの御殿場線が昔本線だった名残でしょう。

次に乗車するのは13:07発の富士行き、私の時刻表も、Webサイトの駅から時刻表も、駅に掲示してある時刻表も13:07とあったのですが、電光掲示板と駅案内放送は何故か13:12発。少し時間が出来たのでホームで天ぷらそばを食べて行きます。東京の立ち食いそば屋さんでは、混雑時に通行の邪魔にならないようにするためか、壁で囲ってある中で食べますが、沼津駅のは吹きさらし。寒い中食べるのもなかなかいい。塩辛い汁なんですが、それがとても美味しい。

(乗車は2014年12月)

次の記事:岳南鉄道乗車記

高山本線(特急ワイドビューひだ)乗車記

高山本線は1991年の年始に、確か金券ショップから買った残り2日分の青春18きっぷを使用して乗車した事があり、私の乗り潰しマップは赤く塗りつぶされています。

しかしこの時は富山出発する時点で日が暮れ車窓は真っ暗。高山ではユースホステルに宿泊し、朝ちょっと観光した後に岐阜へと抜けたのですが、乗車したのは満員のキハ11の2両編成で、座る事も車窓を楽しむ事も出来ず、覚えているのは途中長時間停車駅でのトイレの行列ぐらいなのです。

と、いうわけで22年もの月日が経ってしまいましたが、今回はこの路線を乗り直しします。この路線に乗車するのなら、特急ワイドビューひだの先頭グリーン車の一番前の展望席を選択するのが一番でしょう。急に決った旅行ですので指定券購入は前日、残念ながら1番前の座席は3席とも埋まっており、あるのは2列目のC席。これで我慢する事にします。

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乗車します名古屋8:43発の特急ワイドビューひだ3号。7両編成ですが後ろ4両は高山で切り離し、前3両のみが高山まで行きます。

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最初は後ろ向きで名古屋を出発します。これが2列目C席からの展望。1列目が欲しかったなぁ。高校生時代「お前は1番にはなれるタイプではない」と言われたっけ、なんだか嫌な事まで思い出してしまった。

岐阜で方向転換の後、前回は全く車窓を見る事が出来なかった高山本線へと入って行きます。正直なところ乗車から3ヶ月が経ちまして、だんだんどんな様子だったか思い出せなくなって来てしなっているのですが、印象に残ったのは、かつて特急北アルプスの走った鵜沼駅の連絡線はもう撤去されていた。美濃太田では外国人ツアー客がどっと乗車して来た。緩やかにカーブした鉄橋があり、ここがこの路線で良く紹介される有名な撮影地かと思ったのですが、カーブした鉄橋など、この路線ではいくつもある。すれ違う普通列車はキハ40系ばかりでキハ11は見なかった。景色はとにかく素晴らしい、しかしあまりにも長く続くのでだんだん飽きてしまう…といったところでしょうか。

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それと11月中旬で紅葉の季節。山を登って行くうちにどこかで紅葉のピーク、一番美しい所が見れるだろうと、周りの山々を注意して見て来たのですが、やはりガラス越しで見るからか、残念ながら特に素晴らしいと思うような紅葉を見つけ出す事は出来ませんでした。一番きれいに色づいていたのは下呂駅前の街路樹か、これは単に私に見る目が無いのかもしれません。

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高山に到着。ここではキハ40の国鉄標準色(朱色+クリーム色)に出会えました。リバイバル塗装ブーム(これの始まりは茶色いEF63あたりか)が始まって、実際には存在しなかったにせよ、どうしてキハ40系列を朱色+クリーム色にしないのかといつも思っていたのですが、2011年にJR東日本とJR東海でやっと登場。欲を言えば酷寒地仕様小窓タイプを保有するJR北海道さんにも是非やってもらいたい。ファンに喜ばれる事は間違いないでしょう。

そして高山駅で一番嬉しかったのは、最前列の3席が空席になった事。出発してここから乗ってくる乗客がいない事を確認した後に移動させてもらいます。

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いいなぁ先頭座席は、ここは1C席からの眺め。写真を見て気付くのですが、紅葉のピークはこの辺だったのかもしれません。

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最前列3席を座り比べてみます。前面展望が一番良いのは窓際でない1B席でしょう。という事でこっちに移動。1C席には3列目に座っていたおじいさんも移動してきました。おじいさんもニコニコ顔。いいですよね一番前は。

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1B席は対向列車の撮影も可能。ここで朱色+クリーム色のを捕えられないかなぁ。

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カーブした鉄橋なんてのは、この路線では次から次へと出てくる。

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スノーシェルターのある打保駅で、朱色+クリーム色のキハ48に遭遇。残念ながら逆向きで、塗装変更によっていかつい顔から一転して優しい顔になった(と、私は感じている)前面は見る事が出来ず。

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猪谷に到着。ここからハンドルを握るJR西日本の運転手さんと、キハ120がお出迎え。

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猪谷を出ると右手に廃線跡っぽい地形が見え、その後川面(実際はダム面)にはかつてここに巨大な鉄橋が有った事を示す、二つのコンクリート基礎が見えます。

国鉄神岡線を引き継いだ神岡鉄道の廃線跡か…、廃線は最近のはずですが(廃線は2006年12月)、鉄橋は壊してしまったのか、残しておいたところで危険ですし保守も必要、壊してしまうのが一番なんだろうな。乗っておくべきだったなぁ…。

しかし神岡鉄道は猪谷から岐阜方面に分岐してたのではなかったっけ?、気になって調べてみますと、この鉄道の深い歴史を知る事になります。

神岡鉄道は私の記憶通り岐阜方面に分岐していました。そして私が見た富山側にあった鉄橋跡は別の鉄道のものでして、1966年開通(←意外と新しい)した国鉄神岡線以前に存在した、軌間610mmの神岡軌道の物だったのです。この鉄道の廃止は1967年3月31日、なんと私が生まれる前に役目を終えた鉄橋跡だったわけです。

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写真は取り損ねてしまったのですが、この川面に神岡軌道の橋脚の基礎が見られます。

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いい雰囲気の楡原駅。この駅に停まる朱色+クリーム色のキハ40・48はさぞかしいい絵になるだろうなぁ。しかしここにはキハ40・48は来ない。

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お祭りで有名な越中八尾を過ぎ、ひなびた沿線風景から一転、突如現われる貨物ターミナルを持つ速星駅。タンクコンテナも見られます。ここで見たDE10の車番は3501。そんな番台あったっけ?、除雪モーターカー導入で余剰となったDE15を改造(というかスペックダウン)したDE10だそうで、2009年に登場したらしい。知らなかった…

さて、そろそろ終点富山に到着。線路の配線はどんな感じだろう、どんな風に北陸本線と合流するのだろう。ここを座ってしっかり見られるのが展望座席の特権。なんだか興奮してきます。

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まずは北陸新幹線の高架が見えて来ました。

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北陸新幹線の下を潜った所で、北陸本線と並走。ここで北陸本線への渡り線があるのですが、単線非電化の高山本線の専用線(という表現は間違いか?)をまっすぐ進みます。

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高山本線用に作り分けられた鉄橋を渡り、

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工事中の在来線高架アプローチ部分と強引なカーブ。高架に切り替わったら、ここから先は見られなくなる風景になります。

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そして切欠きホームの1番線に到着です。

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0番線的な(実際は1番線)切欠きホームに停まる、特急ワイドビューひだ。この日のこの列車の富山到着時の乗車状況は、1号車グリーン指定席が4,5名、2号車自由席も4,5名でガラガラ、しかし3号車指定席はほぼ満席という状況でした。この写真の背後の1番線的な(実際は2番線)メインのホームには、2両編成のキハ120、高山本線普通列車越中八尾行きが出発待ち。発着するホームが逆ではないかと思うのですが、そうなる理由があるのでしょう。その後、富山地方鉄道の電車でも見れないかと2番ホームの一番東へ行ってみますが、工事中の新幹線在来線高架駅に挟まれて全く見えませんでした。

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切欠きホームに停まる3両の特急列車はなかなか絵になります。よその会社に乗りいれたからといって遠慮しないで、もっと手前に来ればいいのに…と声をかけたくなるような感じです。安全面の理由でこうなってしまうのでしょう。

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せっかくなので1両1両記録。左からキロ85-4、キハ84-305、キハ85-1119。この系列は私にとっては今でも新車のイメージですが、1989年デビューですので、もう結構古い。そろそろ代替車の話も出てくるのかもしれません。安全面の問題が度々指摘される前面展望可能なスタイルが引き継がれるのかが気になるところです。

(乗車は2013年11月)

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プロフィール

QJ7000

Author:QJ7000
おじさま鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになりました。未乗区間は4,000km以上もあり、今の生活パターンではおそらく不可能な領域なのですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事順にご覧になりたい方は下の「月別アーカイブ」からどうぞ。
(2013年2月より海外編も始めました。)

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