のぞみ喫煙グリーン車で九州へ

2017年夏の乗り潰し旅行は九州へ、8月3連休の一番混んでる3日間で回ることになりました。1ヶ月前の指定券発売初日の夕方にサイバーステーションを覗いてみますと、この日の朝の東京から小倉までの通し指定券はほとんどがすでに×(満席)、慌てて立川駅指定席券売機に並び、東京7:13発のぞみ155号喫煙グリーン席を確保しておいた次第です。窓際はこれしかありませんで、グリーン券の出費が痛いですが、取り敢えず喫煙者で良かった。

ところで年末の帰省ラッシュで一番混む日に、私は東京から京都まで何度か新幹線に乗った事があるのですが、グリーン車だけは3,4日前でも窓際が空いていました。博多行きってこんなに混むのか、サイバーステーションでこの列車の区間ごとの状況を見てみますと、
⬛東京→新大阪:○空席あり
⬛新大阪→新神戸:△空席残りわずか
⬛新神戸→岡山:Ⅹ満席
⬛岡山→広島:△空席残りわずか
⬛広島→博多:○空席あり
なるほど!新神戸~岡山間が最初に埋まってしまうのか。首都圏から大阪を越え中国地方への乗客と、関西地方から中国・九州地方への乗客が重なってしまう区間ということで、こうなってしまうのでしょう。

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さて当日の東京駅、自由席に並ぶ列は階段下まで続く状況で、今頃テレビの取材が来てるのかもしれません。出発したらおにぎりの駅弁を食べ一服。700系も引退が発表されましたので、こうして約5時間も喫煙座席で過ごせるなんて、これが最後かもしれません。後は新大阪までほとんど寝て過ごします。

新大阪では、前を走る列車の混雑の影響により、駅手前で10分程停車したので、12,13分の遅れで出発。いつも指定券を取る時は対向列車の見える進行方向右側ですが、今回は左側にしました。数少ない上り山陽新幹線に乗車する時は、今まで夜間か山側でして、下り列車の左側、つまり海側の景色というのを私はほとんど見たことがないのです。

印象に残った光景を列記しますと、まずはかつての宮原操車場。並ぶ車両は、スカイブルー103系、EF65PFの原色とトワイライトエクスプレス塗装、もちろん原色のDD51、サロンカーなにわ、なんだか国鉄時代にタイムスリップしたかのような光景でして、これが大阪の中心部で見られることに驚きです。山陽電鉄並走区間は、防音壁があって見えるのは半分ぐらいでしたが、いろんな電車が見られて楽しい。相生の赤穂線分岐箇所のカーブとトンネルは、山陽本線から見ると独特の雰囲気があって私は大好きなのですが、新幹線から見てもよい。広島手前の車両基地では、EF67はまだ現役、でも電車の半分が茜色の227系になっている。新岩国ではカーブした錦川鉄道の線路がちらっと見える。これ乗るときはここで乗り換えてギャップを楽しみたい。5年前に岩徳線に乗車した時に見えると思っていて全然見えなかった徳山の工場地帯は、新幹線からは良く見える。それと徳山駅が海がこんなに近かったとは知らなかった。駅前が港ではないか。

思った以上に車窓を楽しめて、遅れは8分までに回復し、12:15に小倉到着。急いで階段を駆け降りて改札を抜けJR九州の窓口へ向かいます。混んでなくて良かった。ここで長い時間並ぶことになって、乗る電車が遅れると面倒なことになるのです。買う切符はJR九州の普通列車と私鉄3日間乗り放題の「旅名人の九州満喫きっぷ」。旅名人なんて言葉を発するのはちょっと恥ずかしいな。ホームへ降ります、まだ時間があるぞ!かしわうどん行っちゃおう。ゆるゆるのうどんを食べ切ったところで、乗車予定の12:29発門司港行きが入線。でも大丈夫、ここで5分停車するようです。かしわうどんは、最後に飲み干す汁が美味しいのだ。

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余裕で車内へ、かしわうどんには、次から次へと客が来ます。こういう食文化は、いつまでも続いて欲しい。

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門司港に到着です。

(乗車は2017年8月)

次の記事:平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線(北九州銀行レトロライン)乗車記
関連タグ:新幹線喫煙車
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四国旅行へ出発、JR西日本のこだま用車両

7月の南東北旅行の記事を書き終え、ようやく8月の四国旅行記をスタートできます。真夏の旅行記なのですが、書くのが遅くて季節はすっかり冬になってしまいました。

お盆も終わった8月後半の土曜日、このブログ初めてから最長の丸4日間という自由時間を確保し、新幹線で西へ向かいます。7:50発のぞみ号自由席を予定し、並ばないと席がないかと早めに東京駅に着けば、前を走るのぞみが出発間際でも余裕で窓際に座れる状態でして、30分早いのぞみに乗ってしまいます。
新大阪でこだまに乗り換えて相生を目指す予定だったのですが、余る時間をどう過ごそうか道中検討してみたところ、新大阪で後続のひかりに乗り換え西明石で下車しますと、ここで予定していたこだまを待つ間に、上り500系こだまの撮影ができることが判明。

ということで西明石。到着しますとホームにはカメラを持ったファンが7,8名もいます。下りホームからはちょうど順光。ここだけは一眼レフカメラに望遠レンズ付けて持ってこれば良かったなぁ。最近はコンデジしか使っていません。

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定刻通りに来ました500系こだま730号。見ればなんか変な色してるぞ。

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なるほど、アニメのエヴァンゲリオン仕様の500系だったのでした。それでファンが多かったのか。私は普通のが良かったな。まだ1枚も500系のまともな編成写真撮ったことないし。そういえばカンセンジャーはどうしちゃったんだろう。

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この列車はここで11分も停車します。お決まりののぞみが追い越すシーンは、ぴったり横に並びましたがN700が白とび。

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新大阪に向けて出発。

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その後乗車したこだま739号は、まだ一度も乗車したことがなかったひかりレールスターの700系で、8号車自由席に乗車しました。車内は3割程度の乗車率、2+2列シートの分厚いグリーン車と変わらない座席に収まる乗客は、皆さんダレ過ぎですよと言いたくなるぐらい寛いでらっしゃる。座ってみて納得、こりゃ快適。リクライニングを倒し、足を伸ばし、腰の位置を座面の真ん中まで持ってきて、私もだらしなく座って寛ぐことにします。

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快適に走って23分、相生に到着します。乗り足りないなぁ。錦川清流線を予定するときは、この車両で新大阪から新岩国まで行くのはどうだろう。

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相生で降りると反対の上りホームでは10名ほどの中高年(なんと3割が女性)が三脚を立てて新幹線の撮影をしています。これはドクターイエローのお出ましでしょうか。時間に余裕があれば通過時刻を教えてもらって私も参戦したい。それにしても鉄道写真を撮る人の層は広がったんだなぁ。でも速い新幹線の撮影に三脚は必要ないと思うのですが、これは場所取りと画面に入る入らないのトラブル防止のマナーなのか。それにカメラを向けてる方向から上り通過列車の撮影のようですが、上りホームより下りホームから撮った方が光線が良いのではとも思うのですが、ちょっと解らない。

さて、表題の「四国へ出発」と書いておいて、なんで相生で降りるかといいますと、因美線と津山線に寄り道するからでして、まずは黄色い3両編成の115系普通列車で2駅乗って上郡へ、次に2分の接続でスーパーいなば5号に乗換え智頭へと向かいます。いつも混んでいるイメージのキハ187系特急ですが、今回も混んでいて、残り数席の自由席通路側座席に落ち着きます。

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遠回りになるも圧倒的なスピードアップで急行砂丘を置き換えたこの列車は、さすがに速い。42分で鳥取県側の智頭に到着します。

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智頭駅と智頭急行の普通列車用車両。ヘッドマークは鉄道むすめのキャラクター。

どうでもよい話しかもしれませんが、自分の旅行の備忘録ということで書かせていただきますと、私は喫煙者なのですが、のぞみに乗車した後、煙草が切れてて買っておくのを忘れたことに気付きました。無いものは仕方ないで我慢し、そのまま智頭まで来てしまったのですが、旅行中ぐらいストレスもないし煙草やめようかと決心。智頭駅前のスーパーマーケットでは煙草のケースを見ないようにして清涼飲料水だけ購入(これは凄いことなんです)。結果4日間の旅行中、1本も吸わないで過ごす事になります。

(乗車は2016年8月)

次の記事:因美線(智頭~津山)乗車記

はやて111号で南東北へ

7月最後の土日、久々に宿泊を伴う鉄道旅行に出かけます。今回はJR東日本の週末パスを利用し東北地方の南部の乗りつぶしです。

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まずは久しぶりのJR東日本側の東京駅新幹線ホーム、列車案内板には金沢行や青森・函館行も登場し、昔は上野駅の5~20番線で発着していた特急急行列車を、2面4線でやりくりしてしまうようになったのも凄い事です。それと大きなリュックを担いだ登山者も多い。私も30年前、登山に夢中だった時があるのですが、乗車するのは夜行列車や急行列車がメインでした。両方とも無くなった今、登山者は新幹線にも乗るようになったんですね。

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乗車しますのは東京7:17発のはやて111号、これで仙台まで行きます。

恥ずかしながら東北新幹線に乗るのも久しぶりでして、最後に乗ったのは終点が盛岡だった時代。確か多客期に何本も増発される583系の臨時はつかり号(今で言う中央本線189系祭りみたいなもの)か十和田観光鉄道の吊り掛け電車が目的でした。

15年以上も乗らない間に東北新幹線は進化に進化を遂げ、八戸開業では「はやて」「E2系1000番台」が登場し、青森開業では「はやぶさ」「E5系」「グランクラス」が登場し時速300km運転を開始、しばらく間をおいて320km運転の開始、そして函館開業。その進化を少しでも順番に体験しておくために、今日この時、私はE2はやてに乗っておかなくてはならないのです。

現在このはやて号は、はやぶさの影に隠れ、中途半端な立ち位置から、東京発着の定期列車は上下で5本、盛岡・新青森から函館までの区間運転が1往復ずつという状況にまで数を減らしています。東京発着列車ではやてを名乗るには厳しい条件があり、全車指定席である事、大宮仙台間はノンストップである事、そして基本E2での運転で、臨時列車等でE5を使用したとしても最高速度を275kmに抑えて運転しなくてはなりません。間違っているかもしれませんが、時刻表から読み取るにそんなところでしょう。いずれにせよ近いうちに姿を消す運命にあるものと思われます。

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最後尾に行ってみますとちょうど185系と並びました。

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それでは出発、E2の1000番台普通車も初めてなのですが、デッキドア上のLED案内板は東海道新幹線のと比べ小さくて見にくく、何より窓が大きいというのが古い新幹線である事を感じます。しかし新幹線車両は窓が大きい小さいを繰り返していますので、いずれまた大きいのが登場するのでしょう。写真は尾久の車両基地ですが、防音壁が邪魔であんまりよく見えず。眺めのよさならE4には敵いません。今日もいい天気、暑くなりそうな予感です。

大宮でも乗客は増えず、私の3人掛シートは一人のまま。一気に加速して上越新幹線と別れると見所も一段落ですので少し寝ます。起きたところで新白河通過、下に701系の6両編成が走るのが見えました。東京から1時間で東北本線の交流区域に入ってしまうんだ、これが275km/hか。実際に240km/h運転とどのぐらい差が出るのか細かく追求しませんが、「やまびこ」から「はやて」への進化を体験できた事にしておこう。

2015年1月に水郡線に乗るために青春18きっぷで4時間以上もかけて来た郡山をあっさり通過し、福島通過では退避線に止まるE5系の定期やまびこを抜いた。レアな存在というイメージだったE5系も、こんなに増えたんだな。使用する車種の順位も逆転してしまっている。

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さぁ仙台、在来線ホームに降りますと仙台地区ならではの電車がずらり揃ってます。浜吉田なんていう聞きなれない行き先は、分断された常磐線の仙台口の現在の終点。そういえば被災した地域にはまだ1回も旅行してない。鉄道旅行ブログなんかやってて怒られそうですが、今回も行かない。次の仙石東北ラインの出発するホームはキャリーバックを持った旅行者で一杯、並ぶ列の後ろ半分以上は座れないだろう長さです。旅行による復興はこの人達に任せておいて、私はもう少し後になってからにしようと思います。

(乗車は2016年7月)

次の記事:リゾートみのり・陸羽東線乗車記

ガーラ湯沢線乗車記

年末年始、青春18きっぷ日帰り乗りつぶし旅行の4回目は、北陸新幹線開通で見られなくなります、ほくほく線を走る特急はくたか、475系(413系含む)の普通列車、189系の妙高号のお名残乗車をしてこようと思います。そしてついでにガーラ湯沢線の乗りつぶし、正式にはガーラ湯沢線という名称は無いようで、走っているのは東京から来る新幹線ですが、実際は在来線の上越線の一部区間という扱いらしい。

朝4時台の青梅線下り始発電車からスタートしまして、拝島で八高線下り始発電車、高麗川でまた始発のディーゼルカーを乗り継いで7時前に高崎駅着、続いて115系の普通電車で上越線を北上、水上で乗り継ぎ「トンネルを抜けると雪国だった」を久しぶりに味わい(この日はトンネルを抜ける前から雪は多かった)、家を出てから4時間ちょっとで越後湯沢に到着。接続が良かったのと余裕でボックスシートに座れましたので意外と早く着いたなという印象です。

ガーラ湯沢へは青春18切符では乗れない特急列車になりますので切符を購入します。どこで買うのか。指定席も発券できるタッチパネル式の券売機で、自由席特急券からスタートして購入を試みるも、越後湯沢~ガーラ湯沢の短区間には対応してないようで途中から先へは進めず。次に普通の券売機、こっちは最初の画面からガーラ湯沢のボタンがある。タッチすると、乗車券だけか、特急券だけか、両方かを選択するように画面が変わりまして、両方を選択し240円入れると、乗車券と特急券きちんと2枚に分かれて出て来ました。

乗車案内も分かりにくい、まず改札上の案内には下り列車は新潟行きしか掲示されてません。ガーラ湯沢行き列車は別の所に発車時間が掲示されています。新幹線ではないという事なんでしょうか、越後湯沢からは乗らないでよ…という事なんでしょうか。ホームの乗り場案内も解りにくい、今度のガーラ湯沢行きは東京から16両編成で来た編成の前8両のみなんですが、「中央待合室より右手前よりで待て」との事。日本語は難しい、中央待合室をどう見て右なのか、右手前というのは、右手の前側なのか、右の手前側なのかで解釈する場所は違ってくる。普通に○番乗車口や○号車の乗車口と案内した方が全然解りやすいと思うのになぁ。

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到着しました9:34発のMaxたにがわ403号、ここで切り離し作業を行い手前の8両がガーラ湯沢行きとなります。もちろん2階席に乗車です。

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切り離し作業を終え、出発したと思ったらチャイムが鳴って「ご乗車ありがとうございました。間もなく終点…」と車内放送が始まります。

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本線と少し離れ下へと下り、本線をゆっくりアンダークロス。トンネルに入ったと思えばすぐ出て、出たところがガーラ湯沢駅。

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距離は1.8㎞、乗車時間は3分で到着です。

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越後湯沢方面を望みます、左の防音壁(防雪屋根??)で囲われた高架が上越新幹線本線。昔は防音壁は無く、本線側からガーラ湯沢駅が見えたような気がします。

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右側は保線車両の基地。駅の横に保線車両基地を作ったのではなく、保線車両基地の横に駅が作られた。面白い経緯の駅だ。

階段を上がって改札を出てみますと、本当に改札を出たところがスキー場でリフト・ゴンドラ券売り場、奥へ進むとスキー・スノーボードのレンタルショップ。越後湯沢から一駅乗るのではなく、東京から乗って来てスキーをやってこそ、この路線の革命的な凄さは実感できるんだろうな。レンタルショップ前は平日なのに結構人が並んでいる。週末はかなりの混雑が予想されそう。せっかく新幹線で1時間ちょいで着いたのに、ここで延々と並ばされたんではストレスがたまるだろう。越後湯沢までの普通電車には、自分の板・ボードを持った人がたくさんいたのですが、この駅は少ない。また、駅構内には温泉施設もあるのですが今は営業時間外。

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外に出てみよう。東側がメインの入り口で駅前は駐車場、旅館からの送迎バスも来る。

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反対側の西側はもうゲレンデ。昔は私もスキーに夢中になった時期があったんですが、社会人になって忙しくなってからは全く行かなくなってしまった。今やったらうまく滑れるかなぁ。

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さぁ戻ろう10:23発のMaxたにがわ408号東京行き、たぶんここからこの列車に乗るのは私一人。そろそろ引退の予想されますE4系を観察する絶好の機会です。

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巨大イカのようにヌメヌメしてそうに見えなくもない先頭形状と、車体全体のうち客室部分が占める割合がほんの僅かしかないのが楽しい新潟側先頭車のE444型。

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2階のグリーン車と1階の普通車で窓割りが全く合わない新潟側から2両目のE446型。

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この編成ではわずかしかない台車の上の平屋席、ここには一度も座ったことがない。

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自由席1階席の2+3人掛けシート。

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自由席2階席の3+3人掛けシート。2階建て新幹線と言ったらこの座席でしょう。昔は中央の座席には折り畳み式の肘掛けがありましたが、今は無いようです。窮屈な座席ですが、隣に人がいないときはこっちの方が快適に感じます。

このE4系、1994年デビューの初代オール2階建て車両E1をルーツとする車両で、1997年にデビューし、16両編成での定員は1634名、確か当時は1編成で最も座席数の多い列車としてギネスブックに載ったんではなかったっけ。E1やE4の登場した頃はまだまだ日本も元気でした。行楽客の大量輸送、群馬や栃木方面への通勤輸送に大活躍したものの、その後は後継車として2階建て新幹線は登場していません。バリアフリー化の影響もありますが、やはり人口減少、高齢化による通勤通学客の減少で需要がなくなってしまったんでしょうか。数年後に控えるE4の完全引退は、ブルートレインの引退以上に日本の変化【ここでは衰退】を象徴するものかもしれません。

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公衆電話にテレホンカードの販売機だ。今使う人はほとんどいないだろうな、でも公衆電話はN700はもちろん北陸新幹線用E7・W7にも付いている。

3分の乗車で越後湯沢に戻ります。越後湯沢では特急はくたかからの乗り換え客と思われる人々がどっと乗車します。北陸新幹線が開通したら、この乗客もいなくなり、上越新幹線は支線のような扱いになってしまいそうです。

次の記事:北越急行ほくほく線を走る 特急はくたか お名残乗車記

懐かし写真(1984年) 東海道新幹線開業20周年記念号

先日は東海道新幹線開業50周年の記念日、早朝からいろいろと催し物が行われ、各駅は賑わったようですが、なんと30年前の10月1日、偶然にも東海道新幹線20周年記念号というのを田町駅の東京側先端で撮影しておりましたので、ここに掲載します。

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今でこそ鉄道ブームですし、最近妙に増えたなと思う、日本人の功績を称え、日本の技術の優秀さを扱うテーマにもぴったりですので、テレビやさまざまな書面で新幹線が取り上げられていますが、30年前の国鉄時代は、新幹線なんてただ速いだけで全くつまらない乗り物という扱いがほとんどだったように記憶しています。

鉄道ファンだって、新幹線を趣味の対象としていた人はほとんどいなかったと思います。私もそうでして、この頃の東海道山陽新幹線は0系しか存在せず面白くなく、新型の0系だって3人席の半数は後ろ向きという、今では考えられないほどの低スペックの車両でぜんぜん魅力がなかったのです。この写真を撮ったのも本当に偶然、私の本来の目的は下の列車の写真を撮りに来ていたようです。

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東海道本線を下るEF65PF+サロンエクスプレス東京なのですが、この頃はまだEF58が現役でしたので、東京駅に回送される時点で牽引機がPFと解り、皆さん関心を失ったようで、人気列車が走る時はいつも人一杯の田町駅もガラガラ。この列車が通った後で新幹線20周年記念列車が通ったのですが、撮影していたのは4,5人で、皆さんついでに撮っておくといった感じでした。

この記念列車、写真をよく見れば国鉄側もやる気のなさを感じさせる面もあり、今でしたら最新型の車両(といっても小窓の0系)を使用すると思われますが、大窓の古いやつ、しかも12両編成で食堂車無しのこだま編成。

しかしこの半年後の1985年3月、新幹線も国鉄民営化を数年後に控え劇的な変化を遂げます。20年たって初めてのフルモデルチェンジ車・100系が登場するのです。登場してすぐは、私はまだ学生の身分で乗車する事が出来ませんでしたが、1990年代になって晴れて社会人になり、小遣いにも余裕が出来て趣味の旅行で新幹線にも乗れるようになり、そして食堂車で食事やお酒も楽しめるようになり、100系って素晴らしいじゃないか!特に2階建て食堂車は最高!と、新幹線に対する認識を180度改めるのでありました。
プロフィール

QJ7000

Author:QJ7000
おじさま鉄道ファンの日本の鉄道乗車記録。ふと日本の鉄道全線に乗ってみたいと思うようになりました。未乗区間は4,000km以上もあり、今の生活パターンではおそらく不可能な領域なのですが、路線や車両に愛情を込めながら、少しずつ記録に残しておこうと思います。古い記事順にご覧になりたい方は下の「月別アーカイブ」からどうぞ。
(2013年2月より海外編も始めました。)

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